11-5 風来のスコップ男、山を穿つ - 四男ヨルドと兄上の因縁 -
「見くびって悪かった。ワシは十竜長のコンズだ。ゲオルグ様によろしく伝えておいてくれ」
「何? アンタ、ゲオルグ――いや、将軍の知り合いだったのか……?」
「ああそうだ。これでもワシは昔な、士官学校で実技指導をしていたんだ。まだゲオルグ皇子と人に呼ばれていた殿下に、いくらか技を教えたこともある。この年寄りの数少ない自慢話だ……」
意外なところで意外な縁と出会うものだった。
しかしそうなると、当然ながら好奇心が湧いてきた。
「ならアンタに聞きたいことがある。士官学校でゲオル――ゲオルグ皇子の身に、いったい何があったのだ?」
「ふんっ、上官の過去を詮索か? 喩え知ってても、そればかりは言う気にはなれん」
正論だ。同じ立場なら俺は喋らない。
それでもどうしても俺は兄上が変わってしまった理由が知りたくて、どうこの老人をこじ開けたものやら、悩み込んでしまっていた。
コンズ老は何か知っていそうだ。
知りたい。兄上があんなに苛烈に変わってしまった経緯を。
「どうしても知りたいって顔つきだな……。弱みを握って、って感じじゃないか。……わかった。土砂をどかしてくれた礼に教えてやる」
「いいのか……!?」
「どんな手使ってでも聞き出したいって、顔に書いてあんぞこの若造」
「それは間違っていないな。どうしても知りたいに決まっている」
他の者には話せない話だ。
俺たちは道を離れて林に入り、声を低くくぐもらせた。
「実はな小僧、ここだけの話、ゲオルグ皇子には弟がいてな。確か名前が――ア……アーレイ、だったかな?」
「アーレイか。何やらしきりに腕を鍛えていそうな名前だな」
「んん……いや、待て、なにか少し違うな。ア……アシュ――」
そうだ。俺はアーレイではない、アシュレイだ。
今やシンザの方が身体に馴染んでしまっているがな、一応はアシュレイ・グノース・ウルゴスだ。
「そうだ、アシュリンだった! ゲオルグ様には、弟のアシュリンってやつがいてな」
「いや待て。その弟、本当に、そんな女みたいな名前だったか……?」
「俺を疑うのかよ、百竜長。俺はまだ頭まで老いさらばえてないぞ! アシュリンで間違いねぇよ!」
まあ、俺の名前などどうでもいいか……。
アシュリン、アシュリンな……。ジラントが向こうの世界で爆笑していそうだ……。
「それで、そのアシュリンがなんの問題なのだ?」
「おおそうそう。それがな、ゲオルグ様はな、皇帝の四男にあたる兄のヨルド皇子と、士官学校の大会で手合わせをすることになったんだ」
「ああ、ヨルドか……」
「俺の見立てだと、ヨルド皇子の方が当時身体が出来上がっていたが、ゲオルグ様の持つ才能にはほど遠い。負けるはずがないと思っていたよ」
「その話、思い出した。確か負けたのだ。……士官学校に入った年の後期に、ヨルドとゲオルグが準決勝で争って、ゲオルグが負けた」
あの頃はまだ俺も幼く無知だった。
年上に負けるのは仕方ないと、子供の理屈で受け止めた。だがこれはおかしい。
兄上があんな小者に負けるはずがないのだ。
「お、詳しいな。しかしアレには裏があってな、教職員だけじゃなくて、皇帝陛下まで巻き込んでもめることになった。あのヨルドはな、不正をしていたんだよ……」
皇帝の四男、第四王位継承者ヨルド・グノース・ウルゴスは取るに足らない男だ。
母親は名のある騎士の娘で、父親たっての願いで側室入りした。
一言で言えばヨルドは乱暴者だ。
今は騎士団長として、騎士の位にある者たちを束ねている。
ちなみに騎士は騎士、帝国軍は帝国軍、それぞれに上下や協力関係はない。
「今思うと、ヨルドなら不正をやらない方がかえって不自然だな……」
「ああ……しかもヤツはな、よりにもよって、ゲオルグ様が大事にしていた弟の、アシュリンを脅しに使ったらしい……。試合で自分に負けなければ、アシュリンを毒矢で撃たせるとな……。ひでぇ話だった」
「なんだと……」
「だがもっとひでぇのはな、誰もそのアシュリンを守ろうとしなかったことだ。実の親のはずの皇帝陛下すらもな……見て見ぬ振りをした。恐らくそのときだろう。ゲオルグ将軍が変わられたのは……」
知らなかった……。俺は狙われていたのか。俺は兄上に守られていたのか。俺を生かすために、兄上は望んで敗北を選んだのか。
それならうなづける。兄上が俺に対する態度を変えた理由にも……。
「ありがとう、コンズ爺さん。ずっと気になっていたことを、まさかこんな帝都の外れで知ることになるとは思わなかった」
「何、お前さんのおかげでこの辺の者も食いっぱぐれずに済む。助かったぞ百竜長。このジジィの代わりに、ゲオルグ将軍を任せたからな」
「当然だ、俺に任せてくれ」
俺が想像していた以上に、俺はゲオルグ兄上に守られ続けていた。
兄上が俺を強く育てようと躍起になっていたのは、真実の意味で俺を守るためだ。
父上すらも見放した俺の命を、ただ守るために兄上は変わった。
父上と和解し、正しい継承権と領地を得たことを、兄上は誰よりも喜び胸をなで下ろしているのだろう。
法律を俺に叩き込もうとしたのも、期待していたプィスを何も言わず俺に譲ってくれたことも、兄上なりの本心だったのだ。
「どうした百竜長? 皇帝家が想像以上にクソで絶望したか?」
「……いいや、それは最初から知っている。それよりコンズ爺さん、訂正がある」
「訂正だぁ?」
「ザンシというのは偽名だ。俺の名はアシュレイ、ゲオルグ将軍に極めて近しい者だ」
本名を口にすると、コンズ爺さんは自分の間違いに気づいたようだ。口を開きっぱなしにして固まった。
そうだ。アシュリンではない、ゲオルグ兄上の弟はアシュレイだ。
「ぁぁ、なんてこった……。はぁぁ、やだねぇ、やだよ、歳は取りたくねぇなぁ……すまん、弟」
「構わない。それより今度良かったら、学生時代のゲオルグ将軍についてもっと詳しく教えてくれ。できれば、兄上のカッコイイところがいい」
そう伝えると間が悪いことにカチュアが俺を呼ぶ声がした。
そこでまた会いたいとコンズ爺さんの住所を聞き出して、俺たちは握手をしてから別れた。
「弟! タフになりやがって、将軍もさぞお前を誇りに思ってるに違いねぇぞ! とにかくあれだ……会えて良かった!」
「俺もだ、コンズ爺さん。また来る」
巡礼者たちの荷馬車が、大量の山芋と一緒に峡谷を抜けてゆく。
その後の話題は芋で持ちきりだった。
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- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】31→32
【Exp】4460→4505
【STR】60→62
【VIT】253→256
【DEX】129→131
【AGI】210→211
【Skill】スコップLV5
シャベルLV1
帝国の絆LV1
方位感覚LV1
『そなたはどれだけ芋と兄が好きなのだ……。常軌を逸しておるぞ……』
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塔から出られない幼い俺の代わりに、爺が庭園に種をまき、大きなジャガイモの葉に育ってゆく様を見せつけて、その実りをホクホクのジャーマンポテトに変えてくれたあの日から、俺は芋が大好きだ。
異界の書にもしハマらなければ、俺はきっと芋の博士になっていただろうな。
『うむ……スコップではなく、芋使いになられても困る……。そこはよくぞ、発掘に夢中になってくれたと言っておくとしよう……この変人め』




