11-4 おのぼりさんを育成しろと奇書が言う - 芋の夜 -
ジラントいわく65%増しになったという体力の恩恵か、翌朝の目覚めは清々しく気持ちのいいものだった。
隣のカチュアを起こさぬようにベッドより抜け出して、酒場宿ヨスガの窓より宿屋街の町並みをじっくりと眺めた。
ここ一帯は大きいもので三階建ての建物があちこちでひしめき合って、空が少なく全体的にごみごみとしている。
慌ただしく宿を出てゆく冒険者たちや出稼ぎ、帝都在住の商人が朝も早いのに通りを行き交い、忙しい彼らにファストフードを提供する屋台もまたちらほらとあった。
帝都ベルゲルミルは巨大だ。
コリン村から来たカチュアはさぞ、帝都のこの底知れなさに驚いたことだろう。
良し悪しはさておき、この国は何かに付けてでかすぎるのだ。
さて――もう朝だ。そろそろ俺たちも動きだそう。カーテンを全開にして、カチュアの部屋を朝日でいっぱいにした。
「ん、んん……。朝……?」
細くて小柄な少女がまぶたを擦る。
するとカチュアは己の手の甲をぼんやりと見つめ始めた。
昨晩、化粧を落とさずに寝てしまったことに今さら気づいたようだ。
「ああ、もう朝だ。それで疲れの方はどうだ?」
「平気……。だってオレ、まだ若いし……。今は、ただ眠いだけ……」
自称がオレに巻き戻っていたが、まあ野暮なことは言うまい。
それより寝起きの素顔を見て感じたことがある。
カチュアは確かに将来有望な射手だ。
だが俺の目の前にいる彼女は、やはりまだ子供であり少女だった。
「もう十分寝ただろう」
「そりゃ、シンザはグッスリだったけど……。はぁ、理不尽だよ……。こっちはドキドキして、ずっと寝れなかったのに……」
口を毛布で隠して、小声でモゴモゴと何かを言っている。
何が不満なのやらわからんが、ようやくカチュアの頭が覚醒してきたことだけはわかった。
「まあどうでもいい。とにかく動けるようで良かった」
「どうでもよくなんかないよっ! だってオレ、昨夜は、期待してたのに……」
「期待……朝飯の話か?」
「そんな話してないよっ!? ぅぅっ……朝ご飯なんて、別にどうでも――あ、でも、お腹すいてきたかな……」
まだ少し不満そうにしていたが、その感情も美味い飯を腹に詰めれば消えるだろう。
上着を羽織り、外の屋台飯を食いにゆく準備を進めた。
するとカチュアも俺につられて水と布で顔を拭い、急いで昨日の化粧を落としたようだ。
元の顔が綺麗なので、カチュアに化粧など要らないと思う。
「あ、それで今日はシンザ、どうするの? あ、あのさ、もしよかったら……」
「ああそのことか。実は一晩寝て思ったのだ」
「えっ、一晩……。な、なんだろ……っ」
「心配だ。冒険者の仕事は常に死の危険が付きまとう。おまけに帝都は豊かな分、悪党や詐欺師もまた多い。だから今日から付きっきりで、アンタを一人前に育てることにした」
そうすれば俺も安心だ。邪竜の書もカチュアを育てろと推奨している。
死なれるとせっかくのSTRボーナスと経験値が台無しだ。次の目標はこれの他にない。
「付きっきり……! それ、ホントッ!?」
「ああ。ラッキーさんやムダ毛の村長も、きっと俺が面倒を見ること前提で、帝都にアンタを送り出したのだろう」
「ぅ……。それは――そ、そうかもね……?」
カチュアは嬉しそうに笑っていたが、急に俺から目をそらした。
これはもしや――そうか、堪えられないくらい腹が減っているのだな。
「そうと決まったら腹ごしらえしてギルドに行くぞ。カチュア、俺がアンタを一人前にしてやる」
「あはは、シンザは頼もしいな……。うん、がんばるから、アタシをシンザの認める一人前にしてね……」
やる気で血が沸き立ったのか、カチュアの顔の血色が良くなった。
こういう反応をくれると、こっちも張り合いがあっていい。
真っ直ぐに見つめ返すと、さらにカチュアのやる気が顔色を真っ赤に染めた。
「任せろ。アンタには弓の才能がある、みすみす死なせるつもりはない」
「オレ、シンザと冒険するのが夢だった! オレ、どこまでもシンザに付いていくよ!」
俺たちは支度を済ませると、太麺のスープパスタで身体を温めてから、近所の冒険者ギルドに入った。
◇
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◇
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◇
冒険者ギルドは朝と昼では雰囲気が別物だ。
見ればいつも飲んだくれているギルドのおっさん冒険者たちが、珍しくも受付の列に並んでシャキッとしていた。
きっとシグルーンと同じだ。酒代が尽きたから働くことにしたのだろう。
「またなシンザ。今度一緒に仕事しようぜ」
「喜んで付き合おう。酒が入っていないアンタは勇敢そうだ」
「へっ……酒が入ってる方が俺の素だ」
「そうだろうな。こっちはカチュアだ、俺の知る限りでは一番弓が上手いやつだ」
「よ、よろしくお願いします……!」
「よろしくなルーキー。へへへ……芋臭ぇがシンザの紹介なら確かだろうな。おっと、じゃあな!」
芋臭いというワードに、カチュアが気分を害したのは言うまでもない。
子供みたいに唇を突き出して、ギルドの出口を恨みがましく睨み続けていた。
「ギルド連中のああいうところは諦めた方がいい。ここは言いたいことをズケズケと言い合う文化らしい」
「むぅぅ~。アタシって、そんなに芋臭いかな……」
「別に悪いことではない。そのうち勝手に馴染むから気にするな」
「そっか。シンザがいいって言うなら、オレはそれでいいや……へへへ♪」
やる気のスイッチがまた入ったらしい。再び血色を良くしてカチュアが俺に笑いかけた。
さて、そうこうして前の列がさばかれて、俺たちの順番がやってきた。
「ようお二人さん、昨晩はお楽しみだったんだろ? 詳しく知りたいねぇ、うへへ……」
「ああ、悪くない夜だった。コリン村と芋の話で盛り上がった」
「うん……芋の種類とか品種の違いを、いっぱい聞かされたよ……」
「あーー……察したわ。凄え心から今、察したわ。ま、がんばれよカチュア、コイツはこういうやつだ」
「うん……。ありがと」
なんの話かわからんが、カチュアが受付と打ち解けていたようで何よりだ。
それともう少し芋について語りたくなってきた。移動中の話題にするとしようか。




