11-3 コリン村の田舎娘、帝都に来る - 再会とトマト煮込み - (挿絵あり
本を閉じて鶏肉のトマト煮込みを口に運んだ。
脂肪抜きされたチーズが入っていて、これがトマトと合って味わい深い。それに温まる。
「このパイ包みのシチューを頼む」
「はーい! それにしてもよく食べるね、お客さん」
店の娘だろうか。若い女給仕に注文をするとあどけなく笑い返された。
よく見れば、カチュアと同じくらいだろうか。
「物欲が弱い分、食欲が強くてな。……カチュアもここで飲み食いしているのか?」
「あ! もしかしてお客さんってあのシンザ!? へぇーー……へーへぇー♪ わぁ~~これはこれは~、うふふー……♪」
「なんだ……?」
「大事にしてあげてね。カチュアって超いい子だから、やさしくしてあげないとダメだよシンザ」
「やさしく……? わかった。しかし仲が良いのだな」
「わぁ……ホントに朴念仁……今どき希少?」
真っ直ぐにそう言い切られてしまった。
朴念仁か。よく言われるが、これは誉め言葉だな。
「だってカチュアとは友達だもん。そうそう、この牛肉のワイン煮込みも美味しいよ?」
「本当か? ではそれも頼む」
「ご注文ありがとうございます。カチュアならもうすぐ戻ってくると思うよ。絶対喜ぶから待っててあげてね! 帰っちゃダメだよ!」
「わかった。もし帰ってこなかったら宿泊してゆこう」
「ならカチュアの部屋で待ってたらいいよ」
「…………早くパイ包みのシチューを食わせてくれ」
給仕の後ろ姿を見守って、俺はカチュアに友達ができていたことに安堵した。
田舎から出てきたカチュアが、都会の荒波に揉まれて荒んだら悲しいからな。
パイ包みのシチューは生地がパリパリとしていて、ホワイトシチューがまた濃厚だった。
ワイン煮込みの方は歯がなくとも食べれそうなほどにやわらかく、帝国の豊かな食文化と、店の厨房に感謝したくなるほどだった。
◆
◇
◆
夜が更け、宿泊客は部屋に引きこもり、残るは泥酔した酔っぱらいばかりになった頃、コリン村のカチュアがようやく仕事から戻ってきた。
しかしな。俺としたことが最初それがカチュアだと見分けられなかった。
「カチュア、か……?」
「ぇ……」
給仕の子はもう上がってしまっていた。
だから遠慮がちに、二階の宿へと上がろうとする後ろ姿に声をかけた。
「し、シンザッッ!?」
「すまん。見違えてしまってその、誰かと思ってな……」
あの色気のない田舎娘が薄化粧をしていた。
軽装を好む射手らしく、急所を守るプロテクターを身に付けて、なんとあのカチュアがスカートをはいていたのだ。
「来てくれたんだ!? ア、アタシ、そんなに変わったかな……」
「……アタシ?」
「うっ……だって、村のお姉さんたちが、都会でオレっ子は止めろって……」
「ああ……なるほどな。確かに浮くだろうな」
綺麗だ。若い唇にはリップが塗られて、琥珀の髪飾りも付けている。
もろいから装飾品には向かないのだが、コリン村の出身らしさがある。
しかし口では言えんが、オレっ子が急にアタシと言い出すと、似合わんし違和感があるな……。
「変かな……シンザの前では、オレの方がいい……?」
「変じゃない。コリン村のカチュアの素顔を知るものは俺の他にいないしな。この際、なりたいアンタになればいい」
「うん……じゃあ、アタシにしてみる……。あらためてよろしくね、シンザ! やっと会えてホッとしたよ、もー!」
「飯は食ったか? まだ少し残ってるぞ」
「いいのっ!?」
「食いかけでいいなら全部いいぞ。この6,7倍は食ったからな」
「それは食べ過ぎだよ! でも良かった、もうラストオーダー過ぎてたから、部屋で干し肉でもかじろうかと思ってた!」
食卓に付くと、カチュアは俺の知るカチュアに戻った。
化粧をするようになって大人びたが、中身はまだまだ食い気の強いお子さまだ。
「ラッキーさんは元気か?」
「んぐっ?! けほっけほっ……う、うん、元気だと思うよ?」
「そうか。里が滅びて流れてきたのではないかと、心配になっていたぞ」
「そんなの大丈夫に決まってるよ! だってシンザがホブゴブリン・リーダーやっつけてくれたからね、すっかり平和! シンザが作ってくれたあの堀もあるし」
「それだけ真っ直ぐにおだてられると、悪い気はしないな」
「おだててないよ! シンザには感謝してるよ、やっぱり神様の使いだよ!」
食べながら少女が俺の顔を見つめて、笑顔を交えながら夢中で喋った。
俺の想像よりもずっと帝都に順応している。
その後のカチュアは饒舌に、コリン村での思い出話に夢中になっていった。
「そうだ。シンザ、今日は泊まっていかない……? アタシ小柄だから、ベッド大きすぎるし……もう夜も遅いよ……?」
「ああ……今日の寝床の問題を忘れていたな。大丈夫だ、別室を借りる」
「再会したら、今度こそシンザに恩を返すつもりだったのに……」
「報酬なら既に受け取った。礼などいらん」
「シンザって、ハチャメチャなところはあるけど、意外と品が良いよね……」
「そうか? むしろ礼儀がなっていないとよく怒られるが」
ところが会話がそこで途絶えていた。
何か気がかりなことでもあるのか、カチュアは急な物思いに没頭しているようだった。
「ねぇ、シンザ、やっぱりさ……アタシの部屋に来て……お願い……」
「お願いか」
「うん……。だってオレ、じゃなくて、アタシの知り合い、帝都にはシンザだけだから……」
「この酒場の給仕は、アンタのことを友達だと言っていたぞ」
「嘘……」
「友達になりましょうと、誓い合わなきゃ友達になれないなんてルールはない。それと、まあわかった、ここに泊まっていこう」
寂しいという感情はよくわかる。
爺と乳母が多忙な日は、幼い俺もあの暗い塔で独りぼっちだった。
「やった! ありがとうシンザッ、シンザが帝都にいなかったら、アタシ寂しくて死んでた……!」
「大げさだ」
こうしてなにやらそういうことになった。
テーブルの物を一通り腹に納めると、俺たちは部屋に引きこもり、またコリン村での昔話を再開した。
「シンザもこっちきて!」
「そればかりは断る。俺はベッドで寝たら灰となって死んでしまうのだ」
「そんなわけあるか! お願いだから、その……寂しいから、アタシと一緒に寝てよ……」
「その言い方は反則だ」
途中から、俺はソファからベッドに移った。
カチュアとするコリン村の話は、あの日の思い出が濃かったのかやはり楽しいものだった。
しかしカチュアと記憶を共有すればするほどに、とある感情が俺の中で膨らんだ。
それは欲望だ。このおのぼりさんが心配で心配でたまらないから、見守ってやりたいという強い欲望が、俺の中で膨らんでいった。




