第九幕 バッドエンド
「猫…。」
襖の奥に立ち、少々驚いた様子のいかにも冴えない男は私たちの想像を超えてこない特徴のない声でぼそぼそと発した。男は変わらずぼーっとした表情のまま少し考えたあと、ニヤッと口角を上げ私たちに歩み寄った。男の真意は分からなかったが第二幕で私の足を動かしたのと同じものが、ただ「危険だ」と回りくどい私の文章とは正反対に簡潔且つわかりやすく訴えかけた。そんな簡単な信号でさえ聞き終える前に私は小窓の方へと飛び移っていたが、私の惹かれたハルトの論理的且つ頭脳派な性格は男の狂気に数秒劣っていた。男はハルトの首根っこを掴み、したくもない想像をかき立てられるほど染みの着いた机の上に押さえつけた。私はその光景に見覚えがある気がしたが次の瞬間知りたがっていた過去を最悪な形で思い出した。男はハルトの前足にミミズほどの注射針を刺し、得体の知れない液体を流し入れた。滝を登る鯉のように刺された所から頭に向かうように毛が逆立っていくのが分かった。血走るハルトの目は私に何かを訴えるようであったが私の悪い癖で理解しようとする心に逆らうように男の前足に噛み付いていた。