意地を張るのも大概に~無視と睨みと無言電話でメンタルが崩壊します~
お前をマジで許さない!
これから先の人生呪ってやる!
ただで済むと思うなよ!
ほんとふざけんな! ふざけんな、ふざ……けんな。
教室のドアの外から、学年1の美少女はそんなことを心に思いつつ、窓側の一番後ろの席の俺に向かって全力、全開、最大、最強の睨みを浴びせてくる。
視線に気づいた俺も負けてはいない。
なに人の教室を見に来てんだ!
自分の教室に戻れや!
馬鹿野郎が! 馬鹿、野郎、馬鹿……野郎め……
という、想いを瞳に込めて睨み返す。教室にいた俺たちの視線に挟まれた女子の委員長はただならぬ事態を察し、さっと前の席の女子の方に行く。
「あんたを見に来てないってば! すごい勘違いじゃない。なにあれ、もしかして自分が好かれていると思ってんのかな?」
よく通る声で離れていても一語一句聞こえてくる。
「……」
言葉を返す気にはなれない。俺はさっと視線と顔を背け、机に突っ伏した。
両手が怒りで小刻みに震えだす。ほんの少しショックがあることはいつものこと。
あの女、マジでふざけんなよ!と、一時的にではあるが、史上最大くらいの怒りに襲われる。顔が真っ赤になっているのが自覚できた。
ああ、でもやっぱあいつ可愛い……いくなんてねーよ! 畜生、ちくしょう!
俺、ゆうたと彼女 ナンバー6の戦いはもう2年半も続いているのだ。
☆ ★ ☆
その戦いは朝学校に登校した時から始まる。
彼女は生活安全委員で、毎朝下駄箱にて生徒におはようのあいさつを同じクラスの男子と一緒にしているんだ。ものすごい仲良さそうに……
「おはよう」
女子生徒にも男子生徒にも変わらない無邪気な笑顔を向け、一言二言会話する。
「そう君、中間試験上位だったんだって、すごいね」
男子のクラスメイトは壮一って名前。なにがそう君だ。名前呼び……
俺に挨拶しないで、なに仲良しアピールしてんだ、この馬鹿!
近距離からこれでもかってほど睨みつけてやると、口を尖らせたかと思ったら、目で殺すと内心が聞こえてくるような表情を向けられるのはいつものこと。
無視無言で階段へ。
(今日も最悪な1日だ。マジで朝から気分悪い。なんなんだ、あいつ!)
もはや中学生活は俺にとって地獄と化していた。
最後に振り返ってあいつを見ると……顔を真っ赤にして何か八つ当たりするように地団駄を踏んでいた。
なにやってんだ、あいつ?
「また無視してきたのか……」
小学校時代から仲のいい親友が呆れたように声を掛けてくる。
「いや、今できる一番の睨みをお見舞いしてやったぜ」
「やせ我慢にしか聞こえない」
そして俺が学校から帰宅すると、けたたましくなる電話。
無視すればいいのに、毎回俺は出る。
「もしもし」
「……」
「誰だか知らないが、もう2度と無言電話はかけてくるなよ。迷惑なんだ、毎日よ」
「……」
本気で怒りながらの無言相手に言い聞かせる。
すると猫しゃんが爪を研ぐような音だけが俺の鼓膜に届く。
ホラーの世界だ。
これ、平日毎日だからな。
朝は俺だけ挨拶なしの仲良しアピール。
休み時間はわざわざ教室に現れての睨み&罵声。
帰宅後の無言電話!
怒っている声も、なんか甘えて抗議してくるところが可愛い……いいわけないけど……ちくしょう、チクショウ、畜生!
もはやこの3つで俺のメンタルは悲鳴を上げていた。
そして卒業するまで変わらないと思った、怒りの休み時間が来てちょっとした事件が起こる。
お互い睨みあい、彼女の罵声タイム。
「どれだけ自意識過剰なんだろうね。ていうか、なんでずっと睨んでんの、あいつ」
いつものように俺が机に顔を伏せ怒りで震えていると、
「とも葉、言いすぎでしょ! ゆうた君が何したっていうのよ!」
顔を上げると、クラス1美人の委員長がとも葉に詰め寄っていた。
「……別に、関係ないでしょ」
彼女 ナンバー6はそんなこと言われるとは思わなかったのか、委員長の視線から逃げるように顔を伏せる。
「関係ある。毎回、こっちが迷惑なの!」
彼女は両手をぎゅっと握りしめ、何か言いかけてやめると、踵を返して教室へと戻っていった。
委員長が俺に近づいてきて、
「ゆうた君、ちゃんと嫌って言った方がいいよ。されてることいじめだよ」
「……」
俺はなぜか涙が目に溢れていた。いじめじゃないんだ……違うんだ! そうじゃないんだ!
それを見た親友が俺の肩に手を置き、
「お前が悪い!」
と、珍しく説教してくる。
「えっ、ゆうた君は悪くないでしょ」
「いや、悪いのはゆうただ。そうだよな?」
俺は唇をかんで、こくりと頷くしかなかった。
☆ ★ ☆
それからナンバー6は教室に現れなくなった。
また周りに何かを言われるのが我慢ならなかったんだと思う。俺はというと変わらず朝は睨み続け言葉を交わさない。そうするしかない、自分がマジで嫌いになる。
2年半の間、一言だって俺はあいつと会話してないからな。
俺の中学時代は最悪だ。
受験生の今、成績は下降の一途を辿り、志望校を提出していない俺は放課後担任教師に呼び出しを食らう。
「まだ決められないか?」
「すいません……俺一人だけなんですよね、決まってないの?」
「まあそれはいい。提出期限まであと数日ある。将来にも影響があるかもしれないから、よく考えて決めなさい」
将来か……
はあ……
大きなため息しか出てこない。このままじゃ絶対不幸になるな。
やっぱそうそう都合よくはいかないよな。こんなことになるなんて思ってなかったな。
教室に戻るため、階段を上っていると話声が聞こえてくる。
「悪いな、残ってもらって……」
「うんうん、別にいいんだけど、なに話って?」
彼女 ナンバー6と壮一が放課後の教室で話をしているようだった。
足を止め聞き耳を立てる。
「なんて言えばいいのか……あのな、もうずいぶんと前から……」
俺の心臓は鼓動を増す。不安が体を締め付け金縛りにあったみたいだ。
「君のことが好きだ!」
告白。めちゃくちゃストレートな。
「……」
冷や汗が出てくると同時にとんでもないほどの後悔と自己嫌悪が同時にやってきた。
「嬉しい」
たぶん笑顔だろうと思う。廊下にも聞こえる声で彼女はそう発した。
俺は魂を吸われたようにその場を動けない。
「じゃあ付き合ってくれないか?」
「ごめん。それは出来ない。あたし、彼氏いるからさ」
その言葉は俺を谷底へ送り込むには十分だった。
体を支えられず、床にぺたんと尻もちを着くしかなかった。
☆ ★ ☆
小学校6年生の学校生活も終わりに近づいた3月。
同じ教室内で仲のいい友達の袖をぎゅっと握ってとも葉は席に座っていた俺に笑顔を向けて手招きする。
俺はため息をついてゆっくりと彼女の元へ。
「なんだよ?」
「ゆうたくんのこと考えてて、昨日も夜眠れなかったって」
とも葉の代わりに眼鏡をかけたとも葉のお友達が答えた。
「それを俺のせいにするなよな。別に俺、なにもしてないだろ」
「したじゃん。必要に意地悪するし、無言電話かけてくるし」
「あっ、あれは俺じゃない!」
「はいはい。相手先の電話番号が表示されるの、そんなウソ通じない。電話でなに伝えようとしたの?」
「……さあな、忘れちゃった」
もちろん、覚えてる。声を聴きたいっていうのもあるけど、それよりも。
「……お互いの好きな人、背中に書こう。言うのは恥ずかしいでしょ?」
何言いだしてんだ!
書くのだって恥ずかしいわ!
そんな俺の気持ちを察したのか……
「じゃあ出席番号でいいよ。ほら、こういうのは男の子が先」
とも葉は俺に背を向ける。俺を逃がさないようためだろう。お友達が逃げ場を塞いでいた。
なんて用意周到なことを。
顔を赤面させながら、左手の人差し指で背中の左上くらい、黄色いセーターの上に人差し指をくっつける。
(えっと、何番だっけ?)
俺はともかの番号を指でその背中になぞっていく。
「ふっ」
後ろからでも笑ったのがわかる。数字を書く途中で完成する番号を見抜いたのだろうか、そこはよくわからない。
律儀にも俺はその数字【ナンバー6】を書ききる。
「えっ~、6番ってあたしだよね。ゆうたってあたしのこと好きなんだ」
わざとらしいな、こいつ! しかもそこまで嬉しそうにされると……
「そっか、そっか、ふ~ん……」
満足したのか遠ざかっていこうとする。
「おい、まてまて。先だっていうから書いたんだ。お前も書けよ」
「知りたいの?」
「なっ!」
俺は恥ずかしさで思わず体を引いた。
知りたい。
知りたいけど……もしそうじゃなかったら俺は……
「しょうがないなあ。背中向けて」
躊躇なく素早く右手の人差し指で……あれ、俺の番号じゃなくない?
「まて、わかんなかった……」
「ふっ、今のは違うよ。予行演習。なに地獄に落ちたみたいな顔してるんだか」
「そんな顔してねえよ」
一瞬頭が真っ白になっただけだ。
「まっ、あたしも色々偽ってきちゃったし、今回は隠すのやめる」
その数字を確認する。9だよな。俺の出席番号だよな……
「俺のことすきなの?」
念のため、確信じみたものが欲しかった俺は訊いてしまった。
「馬鹿! 数字で書いたじゃ……」
「仲いいな、二人とも。でもだからこそ喧嘩でもしたら、物凄いことになりそう」
通せんぼしていたとも葉の友達がそんなことを言っていた気がする。
☆ ★ ☆
あの時はこんなになるとは思いもしなかった。
「なに座り込んでるの? 具合悪いなら保健室に……」
顔を上げると委員長が小首をかしげていた。
気分はこれ以上なく最悪だが、ここに居れば鉢合わせを食らう。逃げないと……
「ちょっと疲れただけ」
両足に気合を入れて立ち上がると少しふらついた。委員長がそれを見て支えてくれる。
「ごめん」
「うんうん、やっぱり保健室行った方がいいんじゃない?」
「いや平気」
「……ねえ、この後って何か用事あったりするの?」
「特にないが」
「じゃあ教室行こう。ちょっと話があるから」
部活動も引退し、高校受験も迫っている教室にはクラスメイトは誰もいなかった。
委員長はどこか緊張した面持ちでドアを閉め、俺を見つめる。
さすがクラス1の美女。目が合うとドキドキしてしまうではないか。
彼女はふうと大きく息を吐き、覚悟を決めたように人一人が入れる距離にいる俺に、
「好きです!」
顔を真っ赤にして、聞き違いかとも思えるような、ありえない言葉を吐き出した。
「えっ!」
俺の方は完全にパニック……そりゃあ、こんな子から気持ちを告げられれば嬉しいし、舞い上がりそうにはなる。でもさっきのがまだ整理できてないのに、こんな……
「好きです!」
反応が鈍いと思ったのか、再度言葉にする。
「うん……」
「ゆうたくん、付き合ってください」
付き合う……両想いならそういうことなんだよな。さっきのあいつの言葉が蘇る。
いっそ委員長と付き合うか……いい子だと思うし、たぶん好きに……いや、なるわけねえよな。
「俺さ……」
「ちょっと待った!」
それは、それは大きな声でドアが開き、とも葉がこのタイミングでここに現れた。
肩で息をし、見るからに機嫌悪そう。はい、案の定睨まれると。
ちっ、このアホ。なんなんだよ……立ち聞きしてやがったのか。俺を幸せにはさせないつもりか。
「とも葉、なによいきなり。今、大事な話をしてるのよ。遠慮して」
「出来ない」
ギロリとその目がこっちを向き、ゆっくりと俺の隣に来て、握っていた俺の右こぶしに触れる。
「ゆうたはあたしと付き合ってるのよ。人の彼氏取るまでしないで!」
…………………………なんて言った? ……………………
付き合ってる?とも葉と俺が!?
なにを言いだしてんだ、こいつ!
「あなたたち喧嘩してばっかりじゃない。話してるとこ見たことない」
「それは、この馬鹿が意地張るから、あたしもさらに上の仕返しをしてただけよ」
なんだそれ! 確かに無視しだしたのは俺が最初だけど、こいつ完全マジで怒ってたじゃないか。しかも他のやつといちゃついてて……それなのに、俺と付き合ってるだ!
あんなことやそんなことしたことねえぞ! 手だって繋いだことないんだ。
今は何のつもりか知らないけど触れているが。
「ゆうたはね、あたしのことが大好きなの! あなたは小学校が別だから知らないのよ。5・6年生のクラスメイトはみんなそう認識してるわ。あたしたちには何人も立ち入れない関係なのよ」
よく言うぜ。ほんと!
「あたしなんて、毎日ゆうたの家にイタ電かけてるのよ! 存分に声聞くために。学内じゃ一言もしゃべんないんだから、このアホは!」
やっぱりイタ電はお前の仕業か!
「ほら、ちゃんと振れ!」
肘で小突いてくる。
なんで従わなければいけないんだと思ったけど、誰かを巻き込んじまうのは良くない。
「近くにいるとやかましいな」
「はあ! 喧嘩売ってんの? ようやくかけた言葉がそれ! まじ、あんたムカつく」
「俺の方がムカついてるわ!」
「なによ! こっちは一緒のクラスになれなかったから、ゆうたはあたしと付き合ってます宣言しただけじゃない! 恥ずかしがる必要ないでしょ、好きって言ったじゃない。背中に書いたじゃない!」
「なにも大々的に言う必要ないだろ! 俺は何にもしてないし、お前からされてもいない」
「……なにキスとかしてほしかったの?」
「違うし! ああもううるせいな……」
委員長の方を見ると、俺たちを見て心底呆れている感じだった。
「1年生の時のそれは知ってる。でも、もうかなり経つし、とも葉はともかくゆうた君は嫌いになっていると思ってた……わたし、完全なキューピットしたってこと!」
ギロリとその目がこっちを睨む。
「好き同士ならちゃんとして! こっちが迷惑よ! お幸せに!」
委員長はそう言葉を吐き、無言でカバンを乱暴に引っ張りそのまま教室を後にする。
「はい、嫌われた!」
「……」
「なに、まだ無視してんのよ! あたしがどれだけ勇気出して突入してきたかわかってんの!」
「地獄に落とされて、すぐ生還出来た気分だ」
「馬鹿、あほ、間抜け!」
「うるせえ、お前だって似たようなもんだ。俺が意地っ張りなの知ってるだろ! なに同じ対応してんだ! 毎日優しくしてご機嫌なおしてくとか色々あるだろ!」
「こっちのセリフだし。ほんとガキ! ごめんね」
袖をぎゅっと握り、女の子のように謝罪してくる。
「いや、俺の方こそほんとにごめん」
ああ、こんなに素直になるのは2年半ぶり。大馬鹿だな、俺は。
「一応、仲直りと念のための確認に、背中に好きな子の番号書きっこしよう。ほら、男の子でしょ」
ちっ、と心の中で舌打ちをし、俺は3年前よりも大きくなった背中に人差し指を立てた。
ナンバー6……と書こうとしたけど、その数字を反転した番号を背中になぞっていく。
とも葉の今の出席番号くらいは知っている。こうやってまた書ける機会があればいいなとずっと思っていたんだ。
ちょっと恥ずかしがりながらも俺はその数字を彼女の背中に記したのだった。
後ろからでも彼女が安心しているのと嬉しそうなのがわかった。
全部許してあげるか……と思ってくれているに違いない。
2年半もの長きにわたるいじめにこの日けじめをつけたのだ。