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9 籠城

アナを第三皇女に訂正しました。

 


 轟音が鳴り響き、兵士の絶叫、馬の嘶きが共鳴する。

 

「退避! 退避!」


 将校達が叫ぶがパニックは収まらない。いや、将校にすら指示を出す暇などない。


 轟音の正体は落石。崖上から巨大な岩が大量に降り注ぎ、峡谷を進軍していた帝国軍を一片の慈悲もなく潰していく。

 もともと狭い道であるため逃げ場などなく、統率なく逃げ惑う帝国兵が次々に犠牲になった。


 そしてそんな彼らを━━━(おびただ)しい数の矢の追撃が襲った。


「敵だ! 敵の弓が来るぞ」


 落石は終わったが、矢から逃げようにも落石によって逃げ道を封鎖されている。


「殿下!」

「やむを得ん。撤退する。貝を鳴らせ」


 本来であればこのまま全滅してもおかしくない危機だ。しかし、さすがは音に聞こえしサノーラ帝国軍と言うべきか、瞬時に統率を取り戻し、盾を持つ兵士達は盾で身を守り、盾を持たない兵士達は近くの盾を持つ兵士の盾に隠れながら、慌てることなく撤退を開始する。


「殿下。この盾を」

「すまん。助かった」


 スクォギリオスから盾を受け取ったジルベルト。今、全滅の危機に瀕しているこの場においては、ジルベルトの生存が最優先だ。

 兵士の間を抜け、ジルベルトが撤退を開始した。スクォギリオスは殿として後方に残り、デルバードとマリがジルベルトに続く。


 鎧を着ているため急所に矢が刺さることはない。とは言っても無数の矢が途切れることなく雨のように降り注いでいるのだ。太ももや肩、腕など鎧がない部分には矢が刺さり、痛みに喘いだ。


「レイラ。気合い入れろ」

「ギュオォォォ」


 不幸中の幸いで、敵は崖上の弓兵のみであったため守りに専念できた。なるべく姿勢を低くし、鎧がない場所を隠すようにして撤退した。

 全員が噛み締めた歯が砕けるほど悔しさに顔を歪めていた。





 ◇◆◇◆◇◆



 クラーベン要塞へ後退を余儀なくされた帝国軍は落石によって八万の兵を四万に減らしていた。

 その残った半数の兵も、矢による負傷を抱えており、再び侵攻できる状況ではなかった。


 寝る間も惜しんで走って逃げてきた帝国軍に翌日待っていたのは、周囲の丘の上にてクラーベン要塞を取り囲む五万の王国軍。矢の雨には火矢も混ざっており兵糧が大半を焼かれていることがわかっているのか、攻めてくる気配すら見せない。

 ただ、ひたすらこちらが降伏するのを待っているのだ。



 司令塔には主な将校達が集まっていた━━━が、その数は出発前よりも少ない。戦えば無双の名将とて、一方的に降り注ぐ岩と矢にはなす統べなく殺られてしまっている。それはもはや戦死と言えるのかすら分からない無念の死。


 スクォギリオスの配下の将軍は八人中三人が戦死し、二人が立てないほどの重症。スクォギリオス本人も、命に別状はないが、太股に刺さった矢の当たりどころが悪かったらしく、杖無しでは立てない状況だ。


 現在は、悔しそうな顔をしながら剣を杖がわりにして立っている。


 唯一の救いはジルベルトに大きな怪我がないことだろう。ここでジルベルトが死んだとあれば、黙って国に帰ることはできなくなる。

 近侍(ヴァレッド)であるマリもタダでは済まされないだろう。


「兵糧は何日もつ」

「市勢から徴収しましたが、切り詰めてあと十日ほどです」


 スクォギリオス配下の将軍の一人の報告に、全員が悔しそうに唸った。あくまでも切り詰めて十日だ。怪我と空腹で兵の士気が下がることは目に見えてわかっているし、ここは敵地であるため民も非協力的だ。


 状況は最悪の一言に尽きた。


 思えば不可思議な点はいくつもあった。国門であるにも関わらず兵が少なかったこと。途中、敵兵に遭遇しなかったことなど、挙げ始めればキリがない。

 しかし、帝国軍は気づけなかった。それは、心のどこかに慢心があったことに他ならなかった。


 百戦錬磨、勇猛無比と吟われる屈強なスクォギリオス兵もであっても、()()()()()()()()()()勝機がないことに気づいているため士気は最悪だ。


 しかし、降伏はできない。降伏すれば王国がジルベルトをどうするか。

 首を晒されるなど、辱しめを受けるだろう。デルバードもスクォギリオスもまた、列国から死を望まれる将軍だ。


 残された道はただ一つ。


「討ち死に覚悟で要塞を撤退するしかないだろうな」


 ジルベルトが悔しさに拳を握りしめながらその決断を絞り出した。デルバード達も頷く。

 異など説なえられる筈もなかった。ジルベルトが悔しさに涙を流していることが分かっていたから。


「自力で走れる兵の数は」

「走れる且つ戦える兵は、歩兵二万。馬二千。竜五百。走れはするものの戦えない歩兵は一万おります」


 騎竜は鱗があるため比較的無事であるが、馬がかなり殺られている。


「そうか。ではそれらの兵を三軍に分け、それぞれ、北、東、南の三門より撤退することにする。合流地点はマンナソ要塞だ」


 つまり、その三つの何れかにジルベルトがいるのだ。敵に何か策があり、一点突破をしようとして全滅する可能性を恐れ、犠牲は増えるものの少しでも確率を上げようという方法に賭けたのだ。

 マンナソ要塞は帝国側の国門。そこまで逃げることができれば、国境警備軍が三万と合流することができるため、もし追ってきても勝機はある。


 マンナソ要塞は数百年前の建設以来、一度も落ちたことのない難攻不落の要塞。そこを守るのは『守護龍』の異名を持つメユティス大将軍だ。


「それは、三軍のうちの一つに殿下が、という認識で宜しいのですか」

「ああ」


 何度も言うが、それが最良策なのだ。たとえ、ジルベルトを含めた全員が、戦略上ではなく文字通り全滅したとしても、運がなかったとしか言いようがないほどの。


「では、南は某にお任せください」

「私は東を貰いましょうか」

「マリ、お前は行けるか?」


 ジルベルトがマリに視線を向けた。


 最前列をジルベルトと共に進んでおり、ジルベルトのように盾を得ることができなかったマリは、全身に矢傷を負っている。マリの鎧は機動性を重視した鎧であり、関節を中心に鎧がない面積が大きかったが、それが裏目に出たのだ。


 敵は高級鎧を身につけたジルベルトを集中的に狙い、その隣にいたマリにもその矢は襲いかかった。

 命に別状はないものの、今までのように槍斧を自在に振るえない。


 マリは、自力で長時間立っていることすら難しく、司令塔の壁に沿うように置かれた椅子の一つに座っていた。


「たとえ腕を失おうとも足を失おうとも、私は任務を全うさせていただきます。ここで殿下を失うようなことがあれば、アナ様に合わせる顔がありますまい」


 力強く笑い、立ち上がった。骨が軋みを上げ、耐え難い激痛が稲妻のように全身を貫き、脳を震えさせて焦がしたが、辛そうな素振りを見せないよう気丈に振る舞い、ジルベルトの隣に膝をついた。


「殿下。このマリアンナめに北軍と殿下の御鎧を」

「マリ、ダメだ。お前をここで死なせたら俺こそアナに合わせる顔が━━━━」

「それで良いのです」


 断固として反対しようとしたジルベルトの言葉をマリが遮った。

 マリの申し出とは、自分がジルベルトの鎧を着て身代わりになる、というものだ。ジルベルトと年齢も近く背格好も似ているマリにはそれが可能だ。顔は兜を付けるため問題ない筈だ。


 ジルベルトの鎧を着たマリを見て、敵はすぐにマリが偽物だという可能性に行き着くだろう。しかし、マリが偽物であるという確証はなく、逆に本物であるという可能性も捨て去ることはできない。

 怪しいならば殺しておくに越したことはない。よって、一定数の敵を引き付けることができる。


「私はアナ様に拾われた身。しかし、そのような出自も分からない下賎な身である私を、アナ様も、陛下も、皇妃様も、ジルベルト殿下も、フロリア殿下も、ブルニルダ殿下も、まるで家族であるかのように接してくださいました。それによって、私がどれだけ救われたことか」


 マリはジルベルトを見上げる。


「お願い申し上げます殿下。私に北軍と御鎧を。今こそ王家への忠義を見せたく存じ上げまする。無論、死ぬつもりはございません。アナ様には勅命に準ずるという形で、無傷の生還という命を受けましたので。まあ、このように傷だらけでありますので、帰って申し開きをしなければなりませんが」


 マリの言葉に緊張感に包まれていた空間に笑いが漏れた。


「マリアンナ」

「ははっ」

「無傷でマンナソ要塞に来い。これは勅命に準ずる命令だ」

「ははっ」

「お前らもだ。全員、無傷でマンナソ要塞に帰還するのだ。良いな」

「「「「ははっ」」」」












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