7 初陣
ウィントポル王国の国門とも言うべきクラーベン要塞。長年サノーラ帝国に攻め込むウィントポル王国の最重要防衛拠点として建てられたものの、今まで一度も戦争を経験したことのない要塞。
現在、その要塞の城壁の回りを八万の帝国兵が取り囲み、要塞を落とそうと攻めている。
「要塞を落とすのは至極単純。門を開け、中に突撃するのみです」
ジルベルトの背後に控えるマリは、姿勢を正したまま静かに副将であるスクォギリオスの話を聞いていた。
くすんだ金髪を剃りあげ、蟀谷に龍を彫っている。大将軍としての威厳を発する鎧には、歴戦の印が無数に刻まれている。
右目の少し上辺りにある大きな切り傷は、見るもの全てを威圧させる。
「このクラーベン要塞も、まさか帝国兵が攻めてくるとは思っていなかったようですな。兵の数も少ないようです」
「そのようだな。では早速攻め入るとするか」
マリがいる本陣は要塞の北面に設置されており、大きな城門が視認される。それを破城槌で叩き壊すか、城壁に梯子を架けて中に侵入して内側から開けるというのが大まかな流れだ。
ジルベルトと共に戦場に並び立てば、感じるのは戦場の威圧。背後から発せられる帝国兵の殺気と、城壁上の王国兵の殺気が濃密に漂って混ざり合い、重圧の奔流となって全身に倦怠感にも似た四肢の重みを与えてくる。
胸に手を当てずとも感じる心臓の鼓動を大きく息を吸って落ち着けるが、呼吸するだけで疲労感を覚えた。
「これが戦場ですか‥‥‥」
「ああ。緊張してきたな」
マリもジルベルトもこれが初陣である。戦場に呑まれながら冷や汗を拭っていた二人の横に体格の大きい騎竜が歩み寄ってきた。
「戦場に呑まれてはなりませんぞ。緊張はしても構いません。ですが、舞い上がって味方から離れたり、敵を殺すことを躊躇してはなりません。殿下が討ち取られれば、味方も総崩れになりかねません。まずは御身を優先なさるのです」
「わかっている」
ジルベルトがデルバードに向かって一つ頷き、脇に抱えていた兜をかぶった。
眼前では既に戦禍の幕は切って落とされている。城壁の上には既に拠点ができつつあり、その周辺に梯子が殺到している。あとは城門が開くのを待つだけだ。
「殿下。そろそろのようです。御覚悟は決まりましたか」
「当然だ。全軍、戦闘体勢!!」
ジルベルトが叫び、それを合図に法螺貝の音がブオーッと戦場に木霊する。ジルベルト槍を構え、マリもまた槍斧を握る手に力を込めた。
「小童。貴様もそう構えるな。穂先が震えておるぞ」
「黙れジジイ。武者震いだ」
デルバードの言葉に強がったものの、マリの心中は穏やかではなかった。死ぬのではないかという恐怖がそこには確かに芽生えていた。
背中に棚引くアナから貰ったマントに顔を埋め、不安を消し去ろうとするも、手の震えが止まらない。自分の槍の腕に自信はある。だが、マリの恐怖心が消えることはなく━━━
レイラが鳴いた。長い尻尾を巧みに操って、マリの背中を叩いた。それはまるでしっかりしろと檄を飛ばされたようで、可笑しくなって笑いが出てきた。
「フン、騎竜に励まされているようではまだまだ未熟じゃの」
「うるせえよジジイ。ま、ありがとなレイラ」
竜鎧の上からレイラの首を叩くと、レイラは気合いを入れ直すかのように大声で鳴いた━━━直後、城壁が軋みを上げながらゆっくりと開き始めた。
「まるでお前が開けたようだな」
「ククク。騎竜にそんな力はないぞ。マリ、準備はいいか」
「勿論です殿下」
「全軍突撃!!」
ジルベルトが槍を掲げ、高らかに叫び、騎竜の横腹を強く蹴った。それに合わせて騎竜兵と騎馬兵が駆け出した。
目指すは城門。突撃してくる騎兵に城壁の上から矢が射かけられる。それを右手に持った盾で防ぎながら城門に騎兵達が攻めこんだ。
城門を抜けると王国兵と帝国兵が乱戦となっていた。そこに割って入ったジルベルトに続くようにマリもまた戦闘へと突入した。
マリに向かって突き出された槍を払い、敵兵を斬った。斧で敵兵が血を拭いて二つに裂け、地面を転がっていく。
乱入してきた帝国騎兵に対して王国兵は歩兵であり、突然のことに混乱した王国兵が次々に騎兵によって撃破されていく。
「慌てるな。隊列を整えて迎え撃てばサノーラの弱兵など恐るるに足りんぞ」
敵の司令官と思われる男が一喝し、敗走しようとしていた王国兵を統率し始める。
雑兵を蹴散らしながら、マリはその男に目をつけた。もともと逃げ腰になっていた兵を持ちこたえさせるほどの男だ。それを討ち取れば敵にどれだけの混乱を与えるかは想像するに容易い。
「レイラ。奴を狙うぞ」
竜上から槍を振るって次々に王国兵を突き伏せ、或いは斬り伏せながらその男の元へと駆けた。マリが槍斧を振るうように、レイラもまた頭に隆起した二本の鎧の角を振り回しながら、槍衾を形成しようとする敵兵を吹き飛ばしていく。
「一騎突っ込んできたぞ。冷静に槍衾を作るんだ」
敵司令官の命によって槍衾が作られていき、マリの行く手を遮る。その後ろには重装歩兵が隊列を組んで司令官を守っている。
「レイラ。どうする」
敵兵を屠りながら問いかけると気合いの入った鳴き声。レイラは言っているのだ。この程度の槍衾などに貫かれる鱗ではないと。
レイラの鳴き声にマリもまた覚悟を決めた。貫いた敵兵の体から穂先を抜き、構えて振りかぶる。
「馬鹿な突っ込んでくるぞ。槍隊討ち取れ」
槍衾まで残り数メートル。血走った目で槍を構える敵兵の殺気など気にならない。レイラが突入するために速度を上げ、股がる両足に力を込める。
レイラの鱗に敵の穂先が触れる━━━━寸前で、レイラが跳んだ。跳躍するとは思わなかったのか敵兵は槍を動かすことができず、その隙を見てマリが構えられた盾ごと粉砕し、敵集団の中に突撃した。
そんなマリの様子を見ていた帝国兵がマリの後ろに続き、敵兵は大混乱に陥った。
雄叫びを上げてマリが疾走し、重装歩兵の群れにぶち当たる。凄まじい金属音が鳴り響き、マリの槍斧によって敵兵が次々に倒れていく。
マリに槍や剣を突き立てる前に串刺しにされていき、弱腰となった敵が今度はマリに続く騎兵達の餌食となる。
倒れた敵の屍を踏み潰しながらマリは敵司令官を目指して突撃し、遂に彼の眼前に迫った。
「その勇姿。さぞ名のある騎士とお見受けした。いざ勝負!」
男がマリを殺そうと大槍を突き出す。今までの雑兵とは違う精錬された動きだ。
マリはその槍を冷静に受け止め、巻き上げて槍を彼方へと放った。自分の槍を失った司令官は腰に帯びていた剣を抜こうとしたが、マリは寸分違うことなく確実に喉を貫いて男を討ち取った。
周囲に殺到する敵兵を払い飛ばしながら槍の穂先に敵兵の首を刺して掲げ高らかに叫んだ。
「敵司令官の首。このマリアンナが討ち取ったり」
味方から歓声が上がり、もはや敗けと感じた敵兵達が敗走していく。マリは首をレイラの角に突き刺すと、敵兵の背後に襲いかかった。