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5 相棒

 


 初陣の日まであと三日に迫る今日。マリはいつもよりも早く登城し、ある一角にやって来ていた。


「お、貴方がマリアンナ殿ですかな?」

「ああそうだ。ここで例のものが手に入ると聞いてきたんだが」

「そうですとも。ささ、こちらです」


 やって来たのは城門を抜けて程近い場所。そこには長屋にも似た建物が綺麗に並んでおり、獣特有の香りと物騒な鳴き声が早朝の空気を震わせていた。


「こんなにうるさいものなのか?」

「こいつらは知らない気配に敏感なんですよ。自分に無害だとわかればすぐに静かになります」


 マリは彼を出迎えてくれた男の後ろについて、長屋群を抜けていく。

 いや、長屋というよりは厩舎というべきだろうか。もっとも、そこに入っているのは馬という人畜無害な生き物ではなく、もっと物騒な生き物なのだが。


「こちらがジルベルト皇太子殿下よりマリアンナ殿にお渡しするように申し付けられた()()になります」


 長屋━━━竜舎の最奥部。通過する中で見てきた騎竜達の中でも一際見事な大きさと鱗を持つ騎竜達が並ぶ竜舎の前で立ち止まった男は、ある一頭の騎竜を指差した。


「とは言いましても、選ぶのは人ではなく竜です。この騎竜はサルブレア種というのですが、気に入った者しか絶対に乗せませんし、一度乗り手を決めれば生涯その者以外を乗せることはない貞操観念の強い竜です。一般的であるホルコス種よりも体が大きく、硬い鱗を持っていますので、将校方が重宝なされる種類になります」


 男の説明を片耳に入れつつ、ジッと眼前の騎竜に視線を向けた。マリの視線に気づいた騎竜もまた、マリのことをジッと見つめ返す。


 美しい竜だ。馬よりも一回り大きい体は光輝く黒鱗で覆われている。大地を踏みしめる強靭な後ろ足に、後ろ足よりも小さいが鉄鎧すらも切り裂くであろう鋭い爪を持つ前足。尾もまた、筋骨隆々で逞しい。

 風を切り裂いて走る美しいフォルムは、芸術の域に達しており、見る者全てを魅了するだろう。


 マリの紅い瞳と、騎竜の縦長の瞳孔を持つ黄昏色の瞳が合った。両者とも黙ったまま、互いを観察し合うが如く見つめ合い続ける。

 案内の男はそんな一人と一頭を見て、ゴクリと唾を飲み込み、他の騎竜達もその様子を見るために鎌首をもたげ、それぞれの竜舎から見つめ合うマリ達を見据えていた。


 暫く続いた腹の探り合い(睨み合い)。それを破ったのは、マリの方だった。


「こいつの名前は?」

「あ、は、はい。特別な名前はありません。今は八十二の三号と呼んでおりますので、マリアンナ殿のお好きなように」

「わかった。こいつを貰おう。竜舎から出してやってくれ」

「よろしいのですか?」


 男の確認に、マリは竜を一瞥する。すると、竜は了承の意を示すように、天高く吠えた。

 主が決まった竜を祝福する鳴き声が一斉に竜舎のある一角に響き渡り、静寂した空間が一転して喧騒に包まれた。


 竜舎から出てきた竜が側まで歩いてきた。男に手綱を握られたまま、他の飼育員達が鞍などの竜具を取り付けていく。


 取り付け終わった後、飼育員達が数歩下がってマリと竜だけが取り残される。周囲の竜達も静けさを取り戻していた。


「━━━レイラ。今日からお前はレイラだ」


 竜━━━レイラと見つめ合いながらマリは静かにその名を授けた。するとレイラは訝しげな視線でマリを睨んだ。

 マリにレイラの言葉はわからない。しかし、そんなレイラの心境を察したかのように、男がマリに恐る恐る尋ねる。


「あの、マリアンナ殿。この竜は雄なのですが」


 レイラが、そうだ、とばかりにグオッと鳴いた。


「わかってるさ。くくく。俺も男だがマリアンナだ。こいつも雄だがレイラだ。男の体に女の名前。これで俺とお前も立派な兄弟だな」


 マリはレイラの首を叩きながら声をあげて笑った。そしてふざけるなと怒りを露にして唸るレイラの背中に飛び乗って手綱を引いた。


「よし、散歩にでも行ってみるか。俺とお前の相性を確かめるためにな」


 機嫌が悪そうなレイラを宥めながら未だにクククと笑うミラが、レイラの横腹を軽く蹴る。

 それを合図に、不本意そうではあるもののレイラが地を蹴り、軽快な速度で歩み始める。


 二足歩行である分、馬よりも若干縦揺れがあるがそれ以外は特に馬と変わりはない。むしろ、人の言葉を理解するため馬よりも乗り易いかもしれない。



 城を出て城下町を抜けるとそこに広がるのは一面の草原。朝日に照らされた草が朝日に照らされながらサワサワと音を奏でている。


「よしレイラ。この草原を抜けてその先の丘を越えた所に花畑がある。そいつを摘んでアナ様のお渡ししようと思うんだ」


 いつもよりも視線が高いため草原がよく見渡せるからか、少しだけ誇らしい気持ちになる。

 準備万端だと言いたげなレイラの首を軽く撫で、マリは高らかに叫んだ。


()け、レイラ!」

「ギュオォォォンッ」





 ◇◆◇◆◇◆



 一走り終えてレイラを竜舎に戻したマリは、ジルベルトの近侍(ヴァレッド)としての任務に戻っている。レイラの癖などはおおよそ掴めた。あとは実戦あるのみだろう。


「騎竜に認められたと聞いたぞ」

「はい。これも全て殿下のおかげです」

「俺の隣を駆けるマリが貧相な竜に乗っていては俺についてこれないだろうからな。それに、アナのやつも名竜にしろとしつこい。ま、愛されているようでなによりだな」

「後ほど、アナ様にも礼を申し上げておきます」


 ジルベルトの背後に立ちながら、執務中のジルベルトと会話する。近侍(ヴァレッド)の基本任務は主の護衛であるため、任務中は何か申しつけられない限りは立っているだけだ。

 もっとも、ジルベルトは黙って机に座るのが嫌いであるため、後ろに立っているマリに話しかけてくるため、護衛兼お喋り役ということになるのかもしれない。


「初陣も迫ってる。陛下の代わりに戦場に行くんだ。少し緊張するが、恥ずかしい姿を見せるわけにはいかない」

「戦はスクォギリオス大将軍が副将を務めますし、デルバードも来るらしいではないですか。おそらく負けるようなことはございませんよ」


 サンダリク・スクォギリオスは、武と智を兼ね備え、数々の戦を勝利に導いてきた歴戦の大将軍だ。

 総大将はジルベルトであるとはいえ、彼の助言を聞きつつ指揮すれば、余程のことがない限り敗北はない。


 そう断言できるほど、スクォギリオス大将軍の名は偉大なのだ。何故ならば、彼は将軍人生三十年において無敗という赫赫たる実績を持っているのだ。


 大陸中に名を轟かせる将軍は、各国に数多くいれども、三十年無敗の実績を誇るのはスクォギリオスのみだ。

 レオポルド三世も、初陣でジルベルトを失うわけにはいかないと、南部で戦っていたスクォギリオス軍を帝都に戻しているのだから信頼が厚いこともよく伺える。


「その通りだぞジルベルト」


 マリの言葉にジルベルトが返答しようとした時、扉が開いて一人の壮年の男が顔を出した。荘厳な装飾品で身を飾り、見事なマントを羽織ったその男は━━━━


「陛下」


 ジルベルトが椅子から立ち上がって膝をついた。マリもまた、その場に膝をついて頭を垂れた。


「良い。面を上げよ。マリもだ」

「「ははっ」」


 男━━━レオポルド三世は部屋のソファーに腰を下ろし、ジルベルトにその向かいに座るように促す。ジルベルトはその命令に従ってソファーに座って姿勢を正した。


「マリ、お前もジルの隣に座れ」

「ですが陛下」

「良い。ここには俺とジルとお前だけ。煩い蝿共はおらん。たまには親子で話をしようではないか」


 皇帝というよりも闇の世界の住人と言われた方がしっくりきそうな厳つい顔でレオポルド三世が笑みを浮かべた。ジルベルトも笑いながら自分の隣を叩いてマリを呼び寄せる。

 二人の変わらぬ優しさに、マリは思わず目頭を指で押さえながら、一礼してジルベルトの隣に座った。


「こうしてお前ら二人と向かい合って座るのは久しいな」

「ええ。父上のお言葉を使うならば、煩い蝿が増えましたから」

「そうだな。血は繋がらずともマリも私の息子なのだ。それを奴らはわかっておらぬ」

「貴族制無き今でも、血の尊さを訴える馬鹿はおりますので」


 レオポルド三世とジルベルトが笑い合っていたが、フッとレオポルド三世が真剣な表情となる。


「さて、初陣が近いわけだが。お前らも色々と聞いているだろうが、改めて説明しに来た。地図はあるか?」

「少々お待ちを」


 マリは急いで棚から地図を持ってくると、レオポルド三世と自分達の間にある大きな机に地図を広げた。

 その地図は大陸地図ではなく、サノーラ帝国とその西部に位置する国を詳しく書き記す地図だ。その国の名は━━━


「攻めこむのはここ、ウィントポル王国だ」


 レオポルド三世が太い指で、地図にウィントポル王国と書かれた場所を指差した。


「知っての通り、ウィントポル王国の国境とほど近いこの山脈は大鉱脈地帯だ。鉄だけでなく、金や銅も多く眠っており、我が帝国の最重要地域と言っても過言ではない場所だ。長年ウィントポル王国はこの地域を得ようと攻めこんで来るわけだが、北征を進める我が帝国は守るだけで特に反攻することはなかった━━━━が、此度、帝国はウィントポル王国に攻めこんで国境線を大きく押し進めることを決定した」


 鉱脈地帯は国境に近い。だからこそ王国は攻めやすい。国境線を押し込んで鉱脈地帯と離せば、王国はより鉱脈地帯を取りにくくなるというわけだ。

 それはつまり、西部を抑えて北征に本腰を入れるという意味でもある。


「ではいよいよトルークの蛮族共を滅ぼすというわけですね」

「そうなるな。そのための西部攻めだ」


 帝国北部に国境を接するトルーク王国もまた因縁の深い国だ。こちらは帝国の持つ不凍港を得ようと南下してくる。帝国は国土が広いため列国が欲する戦略的または経済的要所が多い。

 そのため、東の海を除いた西南北全てに戦線を抱えているのだ。


「我が軍は八万の兵にてウィントポル王国に攻めこみ、クラーベン要塞を落とし、ナークラ、サルトゥグルの街を越えてローテルム城まで侵攻する。このローテルム城に帝国の旗を立てれば、此度の戦は終わりだ」

「ローテルム城から先は大河があります。ここを新たな国境線にというわけですね」

「そうなるな。ローテルム城を得ればそれも難しくはない」


 レオポルド三世とジルベルトの話を聞いていたマリは、今回の戦争が大規模侵攻であることを悟った。それ故に気も引き締まる。


「俺は帝都をしっかり守っててやる。お前らは存分にやってこい。ジルベルトは初陣だが、スクォギリオスとデルバードの話を聞いておけば悪いようにはならないだろう。ローテルムに帝国の旗を立ててこい」

「「ははっ」」








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