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13 目指すは帝都

 


「一大事にございます」

「何だ。俺様は暇じゃねえぞ」


 一人の鎧を着た従者と思わしき男が膝まずく。彼の前には、机に脚を乗せ、酒を飲んでいる一人の人物がいた。


「それどころではございません。帝都が王国軍に包囲されたようです」

「あ"ぁ?」

「急ぎ兵の用意を致します」

「ならん」


 背を向け、部屋を出ようとした男の背後から絶叫に近い声がかけられた。男はまさか自分が止められると思っておらず、目を白黒させてその人物を振り返った。


「しかし、帝都が包囲されているのです」

「わかっている。だがここから出てはならん」

「正気ですか!?」

「黙れ。正気の筈がないだろうがッッ━━━」


 グラスが宙を舞い、男の額に命中して割れた。男の顔面をヌルッとした紅い液体がつたった。

 荒い息づかいで激昂していた主は、グラスを投げた長後の体勢のまましばらく男を睨み付けていたが、冷静になり、静かに謝った。


「すまん。手当てしてこい」

「いえ、こちらこそ心中を察することができず申し訳ございません」

「この要塞は北の国門でありただの要塞にあらず。俺様が帝都に行ったとして、その背後を蛮族に突かれるかもしれねえ。だから、ここからは一兵たりとも出してはならん。そうすれば帝国は確実に滅びるのだ。良いな」

「ははっ」


 男が部屋から去り、その人物が一人部屋に取り残される。


「親父殿、アナ。無事でいてくれよ」


 


 ◇◆◇◆◇◆




 時は遡る。




「━━━━どうして城壁に王国旗が掲げられているんだ?」


 思わず口をついたその言葉に答える者はいない。ただレイラだけが、何も言わず、器用に自分も岩に体を隠しながらジッとマリのことを見つめているだけ━━━早く命令しろとでも言いたげに


 何を考えればいいかすらわからない。命からがら逃げ出してきてみれば助かる光明も潰えた状況なのだ。腹も減ったし、目眩も酷い。本当に、生きていることが自分でも不思議なのだ。


 ジルベルトはマンナソ要塞にいるのだろうか。それとも、土砂の下にて躯を晒しているのだろうか。


 ジルベルトの近侍(ヴァレッド)としての職務を全うするため、ジルベルトを探しに戻るべきか。はたまた、マンナソ要塞に捕らえられていると仮定して突撃して死に華を咲かせるべきか。


「死にたくない」


 マリは死にたくなかった。アナに会いたかった。目を閉じればいつだってアナの顔がある。今、自分が幸運にも生かされているのはアナのためなのかもしれない。

 そう考えれば何をするべきかは一つ。帝都への帰還だ。


 近侍(ヴァレッド)としての役割を果たせなかった自分を人々は責めるだろう。アナも責めるだろうか。


 しかし、マンナソ要塞が落ちているということは、敵が帝国領内へと入った可能性が高い。そうなれば、帝都にいるアナも危ないかもしれない。


 敵は安定した統治のために皇族は皆殺しにするだろう。それはアナもまた同じ。


 帝都が落ちるとは考えにくいが、ここで野垂れ死ぬくらいなら帝都を守るために死ぬべきだろう。


「帝都に帰るぞ。大急ぎだ。軍に見つからないようにしながら最速で走れ━━━━行くぞ」


 レイラが走り始める。敵が帝国を攻めているならば、マンナソ要塞の防衛は疎かになっている可能性が高い。旗はたくさん掲げられているが、間違いなく見せ掛けだ。


「帝都の側のグイガの森はわかるな? あそこへ向かえ。あそこには城から続く隠し通路の出口がある」


 昔、アナに教えてもらった広く長い地下通路。数多に枝分かれした地下迷宮は、道を知らない者が一度でも踏み込めば二度と出てくることはできない。

 しかし、マリは道を知っている。いつか使うことがあるやもしれないと、仕事の合間を縫って覚えていた。


 ここは帝国領内。地図は頭に叩き込まれているし、人々は協力的だった。

 占領された街に忍び込んでいくつか情報を仕入れた。


 一つ目は、バイザス大将軍の謀叛により、王国軍は帝都のすぐ側にまで迫っているということ。

 二つ目は、ジルベルト、デルバート、スクォギリオスが死んだということ。


 二つ目は噂話でしかないらしいが、酒場に屯している王国兵が自慢気に話していたらしい。なんでも、マンナソ要塞の前で生きながら燃やされたとのこと。


 それを聞いたマリは、通りすがりの王国兵を殺したくなった。腹の奥底から沸き上がる殺意を圧し殺すのにいくらか労力を使わされたが、情報の他にも、食料や薬を手に入れることができた。

 槍斧は手に入らなかったが、助けてくれた肉屋の主人が隠していた片手剣を譲ってもらった。

 決して良い剣ではないが、武器が手に入ったというのは非常にありがたいことである。


 長居は禁物だと、すぐに街を出た。レイラも少なからず腹を満たしているため足取りが軽かった。



 それから四日ほどかけてマリはグイガの森へと辿り着いた。記憶を呼び起こして森の中を進んだ。茂みに隠された洞窟に入り、少しずつ通路へと向かって歩いていった。


 通路につき、置いてあったランプを持ち、レイラを走らせた。ぬかるんだ地面をレイラが走る音が狭い空間に木霊する。湿気臭く、苔に覆われたこの地下通路に入るのは実に数年ぶりだろう。

 しかし、道は覚えている。


 ランプの僅かな灯りを便りにレイラに指示を出しながら地下通路を抜けた。外の時間にして、その道のりを進むのにかかったのは約二日。

 地下通路はそれほどまでに長い。だからこそ、敵に追われても追いにくいようになっているのだ。


「着い‥‥た‥‥」


 マリもレイラも二日間飲まず食わず。空腹を通り越して腹痛となり、それを通り越して頭痛になっていた。

 街に寄ったのはあの一回きり。クラーベン要塞撤退戦に敗北し、目覚めてから四十日以上が経過しており、その間、その日を除けばまともな食事を取っていない。筋肉も落ち、服の下の胴体にはくっきりと肋骨が浮かんでいる。

 レイラを走らせなければ帝都には辿り着けないため、マリは得た少ない食料をレイラに優先的に与えていたからだ。


 思い返せば、貧民街にいた頃でもこれほどの空腹を感じたことはないかもしれないとマリは薄れつつある意識の中で自嘲した。

 ここ最近は、よく貧民街にいた頃を思い出す。泥だらけ傷だらけで、死に物狂いで生き延びていた日々。腹が満たされたことなど一度もなかった。

 そんなことを考える度に、そこから救いだしてくれたアナのことを想った。会いたい。アナに会いたい。


 マントを握りしめながら狭い螺旋状の階段を上った。レイラも途中何度か挟まって身動きが取れなくながらも、何とか階段を上りきった。


 そこは既に城の中。耳を済ます限りではまだ無事であるようだが、いつもになく静かだった。特定の動きを加えると、大きな本棚が軋みを上げながら横に動いていき、城の書庫の中に出た。

 当たり前かもしれないが人は誰もいなかった。


 書庫を飛び出し、城の廊下を走った。城の使用人達がマリを見て敵が攻めてきたと勘違いして悲鳴をあげた。その騒ぎを聞きつけ、僅かに城に残っていた近衛騎士達がわらわらと集まってくる。

 その中には、マリが後輩として可愛がっていたスーの姿もあった。


「せ、先輩!?」「何? マリか!?」「お前生きてたのか」「でも、王国に」「ちょっと待てよ。お前、その傷は何だ!?」


 驚いて騒ぎ始めた近衛騎士達を無視し、マリは声を絞り出して叫ぶ。


「陛下はどこだ。まさか、もう━━━━」

「まだ謁見の間にいま」


 スーの言葉を待たずしてレイラが地を蹴った。慌てて近衛騎士達もマリに続いた。





 ◇◆◇◆◇◆




 そして今に至る。


「━━━━マリアンナ」


 膝まずくというよりひれ伏すという方が正しいような無様な姿のマリに、レオポルド三世が駆け寄ろうとして━━━思い止まった。

 一兵士に駆け寄るなど、皇帝としては絶対にあってはならない愚行だ。たとえ、帰ってきたのが死んだと思っていた家族の者だったとしてもだ。


「陛下‥‥‥申し訳ご‥‥ざいません。私は、マリアンナは、ジルベルト皇太子殿下の近侍(ヴァレッド)であり‥‥ながら、おめおめと逃げ帰り、あまつさえ殿下を‥‥‥」


 溢れ出す涙でシミを作りながら、マリは何度も謝罪した。嗚咽混じりの懺悔は、肺の傷も相まってもはや自分でも何を言っているのか聞き取れないほどだ。


「そうだな。貴様は近侍(ヴァレッド)でありながら主を守ることができなかったという、絶対にあってはならない大罪を犯した。死刑も免れまい」

「‥‥‥ははぁ」


 覚悟はしていたが無念だった。出来るものなら、せめて敵の前に討ち死にしたかったが、それすらも許されないらしい。

 せめて最後は立派に死のうと決意し、静かに頭を垂れたまま、近衛騎士達に連行される時を待った━━━が、そんなマリの決意も無駄に終わる。


「貴様に刑を言い渡す。大罪人マリアンナは、アンネローゼを連れて帝都を追放とする」

「‥‥‥かしこま‥‥‥は?」

「この刑は再びアンネローゼと共に帝都に戻る日までを期間とする。刑の執行は明日の早朝。さあ、とっとと失せろ。恩知らずの大罪人にかける言葉などこれ以上はないわ」


 それはアナを連れて帝都から逃げろということ。


「お待ち下さい陛下」

「スーメリア・ランドル」

「は、ははっ」

「こいつが二度と我の前に顔を見せぬよう監視する命を与える。この無礼者を早く連れ出せ」

「は、ははっ」


 スーがマリを掴んで引っ張っていく。マリは止めろと抵抗したが、満身創痍の彼に抵抗する力などなく、ズルズルと引きずられながら謁見の間から姿を消した。


 マリがいなくなった謁見の間にて、レオポルド三世は大声で笑った。


「アナのことが心配でならなかったが、これで心も決まった。こればかりはマリアンナに感謝するしかないな」

「宜しいので?」

「ああ。あいつは見たところ歩くのがやっとのようだが、ランドルを連れていけば悪いようにはならんだろう。肉の盾くらいにはなるだろうしな」


 ひとしきり笑ったレオポルド三世は再び顔を引き締め、


「明日の早朝討ってでる。用意をしておけ」







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