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12 帝都包囲

 


 それは、昼下がりのことだった。一人の泥だらけの騎士が薄汚れた身なりのまま城へと駆け込んできたのだ。

 それを止めた近衛騎士に、その兵士は緊急事態につき陛下にお目通り願いたいと懇願し、ただ事でない事情を察した近衛騎士は急ぎその兵士を連れて城の一室へと向かった。


「ご無礼を。陛下緊急事態にございます」

「何用だ」


 皇帝レオポルド三世は主な政務畑の官僚を集め、王国領の占領後の統治について歓談していたところであった。

 そこへ近衛騎士に連れられて傷だらけの騎士が飛び込んできたのだから、大臣達は色めき立ち、何事かと騒ぎはじめる。


「静まれ」


 しかしそれは、皇帝の一喝によって、整然とした空間に戻る。


「何があった。申せ」


 その兵士は、レオポルド三世の前に膝まずき息も絶え絶えに報告した。


「ははっ。マンナソ要塞が陥落。ウィントポル王国軍十二万の軍勢が越境し、帝都へと向かっております」

「何!?」


 けたたましい音を立ててレオポルド三世が玉座を立ち上がった。


「メユティスはどうした。マンナソ要塞にはメユティスがいたはずだ」

「メユティス大将軍、以下八名の軍団長。全員がご戦死なさいました‥‥‥‥」


 大臣達から悲鳴が上がった。帝国は決して西北の守りを疎かにしていたわけではない。むしろ、強力な防衛網を張り巡らし、守りの名将であるメユティス大将軍を最前線の要塞に置いていたのだ。あり得ない事態が起きていることは明白だった。


 ただでさえ恐慌に支配されたその空間を、騎士の更なる報告が追い討ちをかける。

 騎士は嗚咽を漏らし、拳を握りしめながら、喉から絞り出すようにその事実を告げた。


「越境した王国軍に対し、メユティス大将軍は防衛戦の準備を始めました。しかし、いざ開戦というところで、敵軍の中から張り付けにされたジルベルト殿下、モンビーク卿、スクォギリオス大将軍が━━━━━」


 爆発音にも似た音が部屋に響き渡り、分厚い壁を振動させた。それはレオポルド三世が椅子を蹴り飛ばした音であり、そのあまりの気迫に報告していた騎士や周囲の大臣までもが腰を抜かした。


「続けろ」

「は、ははっ。敵大将ウィントポルのカーリオ王は、ジルベルト殿下の横に並び、要塞に向かって命が惜しくば交渉の場を設けるため、メユティス大将軍は即座に出てくるようにと叫びました。危険だという意見もありましたが、皇太子殿下のお命の前にすれば論ずるまでもない、とメユティス大将軍は磔台の前に向かい、非道な敵の弓の一斉掃射にかかって死亡。直後、三うの磔台に火がかけられ━━━━━恐慌に陥った要塞に敵軍が襲いかかりました。私は、第二軍団長トーポルトの命にて陥落寸前でこの帝都へおめおめと逃げ落ちて参りました」


 どうか死をお命じください、と騎士が頭を下げて懇願した。悔しさと悲しさと怒りによって自分の感情すら理解できない状況に陥っていたレオポルド三世は、すぐに冷静になり、命を下した。


「ただちに━━━━」

「申し上げます。バイザス大将軍謀叛。四万の兵と共に王国軍に合流し、帝都に迫っているとのこと」


 果たして、今までにこれほどの凶報が続くことがあっただろうか。否、あるはずもない。


 バイザス大将軍が寝返ったということは、帝都まで敵軍を拒む勢力はいないに等しい。


「帝都決戦か。面白い。返り討ちにしてくれるわ。全員、準備を整えろ。帝都決戦だ」

「「「ははっ」」」


 大臣達が次々に去っていき、部屋にはレオポルド三世のみが取り残される。


「まさか、この帝都で戦うことになろうとはな。先帝達に笑われてしまうのだろうか」


 彼の独白を聞くものはいない。





 ◇◆◇◆◇◆



「お、お父様。それは本当なのですか?」

「ああ。事実だ」


 レオポルド三世は妻と娘を呼び、先ほどの報告をそのまま告げた。ジルベルトの死を隠すことはしなかった。


 息子の残酷な最後に、皇后クラーラが涙を流して地面にひれ伏す中、アナはレオポルド三世に詰め寄って大声で叫んだ。


「マリアは!? マリアは無事なのですか!?」


 彼は何も答えることができなかった。王国征伐軍の生存者の知らせは受けていない。運よく命からがら王国領から逃げ出せたとしても、迎え入れてくれる筈のマンナソ要塞は既に敵の手に落ちているのだ。

 マリが生きている可能性などある筈がなかった。


 いずれ、どうにかしてマリとアナを結びつけてやるつもりだったレオポルド三世。彼にとってもマリは家族だった。名前すら語られない死だとしても、ジルベルトの死と同じほど辛かった。


 レオポルド三世の沈黙にマリが死んだことを悟ったアナが発狂し、レオポルド三世に殴りかかった。


「返してよ。私のマリアを返してよ。嫌だ。嫌だよぉ。マリアぁ、マリアぁ」


 レオポルド三世は娘の無礼に何も言い返すことなく、ただひたすらに殴られ続けた。長年戦によって鍛え上げられた体を、成人もしていない娘の拳で傷つけられる筈もない。

 しかし、彼はアナの拳で殴られながら、心の痛みに小さく呻き声をあげた。


 そして、何度も何度も、心の中でアナに謝り続けたのだった。





 ◇◆◇◆◇◆



「ここまでか‥‥‥」


 皇帝のみが着ることを許される帝鎧を身に纏ったレオポルド三世は屈辱に唇を歪めながら玉座から立った。物音一つしない玉座の間に集まった大臣や軍人達の視線が集まった。


 帝都が王国軍に包囲されること十五日。三度の攻撃によって帝都は陥落寸前であり、満足な防衛戦ができるだけの兵もいない。

 それを敵は分かっているのか、今では攻めてくる気配すら見せなくなった。

 風前の灯が消えるのを遠巻きから嘲笑いながら待っているのである。


「諸君。我々は一つの決断をしなければならないようだ」


 アナだけでも逃がしてやりたかった。しかし、寝返ったバイザスは今無きレオポルド三世の弟の近侍(ヴァレッド)であり、裏切りによって、脱出のために森に通じる地下通路は敵に知られている可能性が高いため使用できない。

 帝都は本当の意味で包囲されていた。


 帝都はいつにもなく静かだった。大臣達も、軍人達も、レオポルド三世の命を静かに待っている。近衛騎士団長ヒュリゴの姿も見られた。


「討って出る。全員」


 レオポルド三世の言葉を遮るように謁見の間が勢いよく開かれ、()()()()に乗った青年が駆け込んできた。城に竜で乗り込むという大罪を犯したのだから、本来であれば途中で城に残っている近衛騎士に捕らえられるところだろう。

 しかし、彼らはそれをすることはなく、彼を支えるように共に謁見の間に流れ込んできた。そう、近衛騎士の中で彼を知らないものはいない。


 謁見の間に駆け込むや否や、倒れ付した騎竜の背中から転げ落ちた青年が這いつくばってレオポルド三世の前にやって来る。

 武器も持たず、鎧ではなく服とも言いがたいような布と、その格好には不相応なマントを羽織り、全身に目を背けたくなるような傷を負った青年は、泥だらけの顔を謁見の間の汚れ一つないレッドカーペットに擦りつけた。


 顔を見たことがある者は多いかもしれないが、彼を知っている者は少ない。多くが、薄汚い無礼者、という視線を這いつくばる青年に向けている。

 だが、レオポルド三世は彼を知っていた。知らないはずがなかった。


「━━━━マリアンナ」









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