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11 脱出

物語は加速します。

 


 マリが意識が戻って最初に感じたのは全身の激痛だった。思わず低い呻き声を上げ、息を吸い込んだ時、土煙によって大きく咳き込む。

 次に感じたのは固いナニカの感触。ザラザラとしていて擦り付ければ皮膚に痛みを感じるが温かい。

 また、顔には柔らかい(やすり)のような質感のナニカでねっとりとした粘着質の液体が擦り付けられている。


「‥くっ‥レイ‥‥ラ‥‥」


 目を開けるとそこにはレイラがいた。地面に力無く横たわるマリに卵を温める母鳥のように覆い被さっており、仕切りに顔を舐めていた。


 マリは横になったまま自分の状態を確認した。体を動かせば乾いて固まった泥がパリパリと音を立てて、表皮が剥けるように落ちていく。おそらく、地面に埋まっていたところをレイラに掘り出されたのだろう。


 全身に痛みがあるが、特に痛いのは左腕と脇腹。右の太股にも違和感がある。骨折している可能性が高い。


 呻きながら立ち上がろうとして、できずにレイラにもたれ掛かるようにして座り込んだ。

 行動を大きく制限している重たい鎧を脱ぎ捨て、泥だらけの服の上からアナのマントにくるまった。


「で、殿下‥‥殿下‥‥‥」

「ギュオッッ、ギュオオッッ」


 自分の身体状態を確認して、すぐにジルベルトの生死が頭に浮かんだ。周囲は鬱蒼と茂る木々に覆われており、ここが森であるということをマリに教えてくれている。どこの森かはわからなかったが、かなり流された可能性がある。


 葉と葉の間から見える空は少し暗く、早朝か夕暮れだろう。今なら間に合うかもしれない、と立ち上がって転けた。

 それでも地面を這って進むマリにレイラが立ちふさがった。

 

「レイラ。道は分かるな」


 レイラは肯定の鳴き声を上げた。騎竜には鳩の何倍もの帰省本能があり、自分の巣即ち帝都にたどり着くことができるように調教されている。

 騎竜とは繁殖どころかそもそも生育が難しく個体数は少ない。そのため、迷子になった場合と騎兵を失った場合には自分で帰ってくるように育てられているのだ。


 レイラの背中によじ登ったマリは、軋む体に鞭を打ち、レイラの横腹を蹴った。最初は勢い良く走り出したレイラだったが、背中が揺れることによる激痛に耐えきれなくなったマリの状況を察して速度を落とした。


 足のみで乗ることができず全身でしがみつくようにレイラを駆けさせること小一時間で森を抜けた。


「ハハッ、マジかよ‥‥‥」

 

 そこは確かに帝国兵がいた平原だった。遠くにクラーベン要塞が見えた。今は濁流によって湿地帯となっているが━━━━そこに帝国兵の姿はなかった。

 濁流は全てを飲み込み、一兵たりとも残すことはなかったらしい。


「ふざけんなよ‥‥‥誰だよこんな策を考えた奴はよ‥‥」


 自分達は高みの見物をし、味方の兵ごと帝国兵を皆殺しにしたウィントポル王国軍。敵の策を自分の策で塗りつぶすようなその戦略眼に、結果だけ見れば人々は英雄だと称えるだろう。

 しかし、マリからしてみれば狂っているとしか見られない。正々堂々と戦うことすらしなかったという点に目を瞑ったとしても、自兵ごと殺すなどあり得なかった。


 夢かと思って目を擦っても無駄だった。そう、これは確かに現実に起きている光景だった。


「夕焼けだな‥‥‥取り敢えず森に戻るぞ。残党狩りに出くわすかもしれない。取り敢えず夜になるまで待機だ」


 マリの言葉にレイラが平原に背を向けた。レイラも自分達が絶望的状況下にあることがわかっているのか、その足取りは軽いとは言えない。


 木々を掻き分けて道なき道を進み、森の中でも一際木々が生い茂っている場所で止まった。

 レイラから降りたマリは、近くにあった太い木の棒を杖がわりにして、濁流で流されてきた草木を積み上げて自分達を隠す壁を作った。


 一通り準備が整ったところで、レイラにもたれ掛かって座ったマリは思考を巡らせた。


 現在の状況は最悪だ。まず武器がない。槍斧どころか短剣すらない状況では、数人の兵に囲まれたら終わりだ。鎧も脱いできたため、弓を射かけられれば間違いなく死ぬだろう。

 たとえクラーベン要塞にジルベルトが捕らえられているとしても、助けるどころか無駄死になる未来は確実だ。


 それを考えると、ジルベルトが生きていると信じてウィントポル王国領から撤退し、当初の予定通りマンナソ要塞まで逃げるしかない。濁流によって流れ着く場所は広すぎて、全てを探して回ることなど不可能である。


「決めた。完全に日が暮れたら夜闇に紛れて抜け出すぞ」


 レイラの体を叩き、道中拾った野兎の死体を手で手繰り寄せた。狼か狐の食べ残しのようで、死んでから時間が経っているのか腐敗している。

 マリは躊躇うことなくそれに齧りついた。貧民街では腐った肉でも普通に食べていたし、そもそも何日も食にありつけない日もあったことを考えれば、腐った兎肉はご馳走だった。


 半分ほど齧ったところでレイラに肉を分け与えた。レイラが腐肉を骨ごと咀嚼しているうちに、竜鎧を外していく。

 少しでも速度を上げるためには鎧は邪魔であると判断したのだ。付けたままにするのは、尾と爪についた刃と、一角獣のような角がついた兜のみ。マリはただしがみつくことしかできないため、レイラには敵を殺す能力を与えておかなければならないのだ。

 

 夜の帳が森に降り、足元さえ見えない闇が広がった。ここから先で便りになるのはレイラの眼のみとなる。馬とは違い肉食であるという点では困ったものの、夜眼が利くのは非常にありがたい。

 周辺の枝は濁流で湿っており、火を付けることができないので

 特にありがたく感じた。


 音をなるべくたてないようにしながら、レイラは森の中を走った。夜の間しか移動することができないため、少しでも移動しておきたいため全速力である。

 背中は上下に大きく揺れ、手足に骨折を抱えるマリは何度も力尽きそうになった。


 しかし、その度にアナとの約束を思いだし、泥だらけのマントの裾を握りしめて必死にレイラの背中にしがみついた。


 もともと四日ほどかけて進んだ平原はとても広い。あるところで森が途切れてしまい、その日はそれ以上進めなくなった。また、次の日の夜、必死でレイラを走らせた。


 途中、何度か敵兵に遭遇した。体の側面に一矢を受けたが、深手ではなく、数が少なかったことも幸いし、レイラによってなんとか難を逃れた。


 平原を越え、再び森を抜けた。夜は暗いため敵から逃れるには都合が良いが、狼をはじめとした夜行性の肉食獣の危険に晒された。

 狼の群れに襲われた時は死を覚悟したが、レイラの奮闘でギリギリ窮地を脱した。およそ三日ぶりの食事であった狼の死体は美味かったことを鮮明に覚えている。


 その森の木々は濁流に合っておらず湿っていなかったため、火を起こして暖をとった。勿論、少しの間だけだ。

 焚き火を起こし、しばらく暖まった後、横原に腹に刺さったままだった矢を抜き、もともと合った傷を含めて焼いて止血した。

 

 森を何日かかけて抜けると遂に帝国領に帰って来た。森の中に隠れるように逃げたため想定よりも日数がかかった。その頃になると血が足りなくなっており目眩がするようになっていた。

 焼いた矢傷の状態は良かったが、濁流に流された際に負った左腕の傷の具合が良くない。

 感覚が無く赤黒く変色していることから菌が入ったらしかった。


 右腕が無事なことを喜ぶしかないだろう。進めない昼はレイラと交代で睡眠を取ったが、肋骨で肺を傷つけたのか血液混じりの咳が続きあまり眠れなかった。


 自分でも生きていることが不思議だった。しかし、それでも生きていたのは間違いなくアナの存在があったからだ。アナに会いたいという願望が、マリを生かしていたのだ。


 マンナソ要塞は帝国領の平原の中心にある。そこには西方の守りの要である大将軍がいる。平原にまで来れば要塞はすぐだ。明るいうちに平原を走って要塞を目指した。

 ジルベルトが生きてたどり着いていることを心の中で強く願いながら━━━━━━


「レイラ、止まれ!!」


 マリの叫び声でレイラが急停止した。何事かと問うようにレイラが鳴いたがそれは耳に入らない。

 身を乗り出すように目を凝らした。霞んだ視界だがそれでもわかった。

 要塞の城壁の上に掲げられている旗は、血紅を背に吼える双頭竜である筈が━━━


「走れレイラ。要塞から距離を取れ」


 マリの声音に危機感を察知したレイラが全速力で走った。要塞が地平線の彼方に沈むところまで走ってから、丁度あった大きな岩に隠れるように止まった。


「おかしい。どうして、どうして城壁に王国旗が掲げられているんだ━━━━━━」









 

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