表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/49

第七話

  カタタタタ…


 次の日の午前、白薔薇学園治安部の事務整理を手伝う事になった自分は、やり方を教わりながら真面目にキーボードを叩いていたのだが一つ何かに気付いた。


 やっぱり、おかしい…


 入力を間違えているワケではない。


 ただ気になっているのは、キーボードを叩いた音の後に感じる、この『静寂』だ。


 集中…というより、無視…ではなく、敵意…というのだろうか?


 この向かいに座っているヒオトにしても言える事だが、特にヴァルキリー達は基本的に自分に優しくない。


 例えば自分がヒオトに『ここの入力はどうするのですか?』と話し掛けるとしよう。


 「ここの公共物破損の項目に数字を入れた後、この矢印をクリックして該当する名前を表示させておいてください」


 こんな感じで受け答えはするのだが、それっきり自分に聞く事がないような態度を取るので、さっきから自分が質問し続けており、ようやく話し掛けて来たと思えば…。


 「あの…頬が張れてますよ?」


 『気にしないでください』としか答える事しか出来ないような内容だった。


 だが、もっと気になったのは、この目の前にいるヒオト。


 「じぃ〜」


 彼女が口に出すくらいキーボードを叩いている間、ずっとこんな感じで自分を観察している。


 気になって仕方がないので、一旦、手を止めて顔を上げると『カタタ』とキーボードを叩き始めて『気にしてないよ』とワザとらしい。


 正直、そんなテンポの中での作業は、捗るわけがなかったが終わりに近付いて来たのでもういいとしよう。


 背伸びをすると珍しく彼女から口を開いた。


 「終わったのですか?」


 「いえ、もう少しです」


 「まったく、ただ入力するだけでしょう。

 一体、どれくらい時間を掛けるつもりですか?」


 『…貴女のせいですよ』


 コレを口に出せないのは弱さだろうか、そう心の中でボヤいていると前の会話を聞いていたのかレフィーユが入って来るなり答えた。


 「ただの時間潰しに、そっちに派遣しただけだと言っただろう。

 この男にそんな作業効率を期待しないでほしいものだな」


 「あっ、隊長、見回りご苦労様です」


 それを聞きながらレフィーユは、自分に歩み寄り『出来たのか?』とPCを覗き込んで来たが、ちょうど終わらせたので『今、終わりました』と答えて自分の支度がまだだったので、用意をするためにPCの電源を落とす事にする。


 「じゃあ、先に行っているぞ?」


 「あれ隊長、どこか行くのですか?」


 その光景…というよりヒオトは彼女がいつもの制服ではなく普段着に着替えていた事に気付た。


 そして、レフィーユは答えた。


 「ああ、今からデートだ」


 「……」


 ヒオトにとってそれはあまりにもとんでもない発言だったらしく、『怨、怨…』と背中から浮かび上がってくるのが見えるので、さっさと用意を始める事にした。


 ――。


 市内にて、レフィーユはサングラスと帽子を被る事で変装を完成させ、歩きながら自分に聞いてきた。


 「それで何を買ってほしい?」


 「ですから別に何もいりませんよ」


 女性に何かモノを買ってもらうというのは、古来より男は憧れるという…。


 だが現実はとても恥ずかしいモノである。


 …先に言っておこう、これは決して自分から『レフィーユさん、何か買ってください』とおねだりしてこんな事になったワケではない。


 「何を気にしている。

 大体、お前は『手当て』を貰ってないのだろう?」


 彼女の言う『手当て』とは、治安部に入っている人間に支払われるお金の事であり、ようするに『お給料』だ。


 自分は世間で『悪』と判断されているので、というより、治安部でもないのでもらえる訳も無い。


 だが、それに気付いた。このお方は今こそ立ち上がる時と、こんな状態が出来上がってしまっていた。


 「これでもお金はある方なんだ」


 確かに彼女はお金持ちの家庭であり、彼女自身の収入も測りしれないのも知っている。


 「お前の基本的な労働報酬だと思って、遠慮なく欲しいものを買ってやろうといっているのだ」


 おそらく彼女自身は、気付いていないだろう…。


 想像もしてみたまえ…


 その姿、正に『ヒモ』。


 「その前に私にもプライドくらいはあると言うのを知ってくださいよ。

 ご心配なく、アルバイトくらいはしてますので、その給料で何とかやってますから」


 「そんな嘘を付くんじゃない。だったら、どんなバイトをしていると言うのだ?」


 「……」


 「ふっ、答える事の出来ないという事は『やっていない』という事じゃないか?」


 実際、駅前のコンビ二でアルバイトをやっている。

 『ならどうして、それを言わないのか?』と思うだろう。


 自分にしても、別に言っても良いと思っているが、しかし、この人は『やって来る人』なのだ。


 『男は働いている時が一番落ち着いている』のではない。


 『一番、落ち着くのだ』


 それで唯一、日々平穏を過ごせる場所を奪われるのは何としても避けたい。


『ヒモ』と呼ばれてしまうか、安息の地を奪われてしまうか、どちらを取るか究極の選択を迫られる中…。


 「じゃあ家電製品で、お願いします…」


 …男は涙を流していたという。


 「ふっ、厚意を素直に受ける気になったようだな」


 …女は意気揚々と街を案内する事となった。


 ――。


 「では、これをカードで一括払いで頼む」


 「はい、わかりました。

 それでは、お手数ですがお届け先へご記入と、宛名を書いてください」


 彼女がスラスラと『白鳳学園』と書いている辺りだろうか、カードを受け取った店員はそれをカードリーダーに通す。


 「…っ!!」


 表示された名前に思わず黙り込み、帽子を深々と被った彼女を下から覗き込むように見た。


 それに気付いた彼女は『ゴホン』と咳をついて、サングラスの上から店員を見て先に言う。


 「すまないがプライベートだ、騒がれるのは望ましくない。

 キミは真面目に業務を専念してくれると助かるな」


 おそらく、この店員は若いがレフィーユより年上だろう。


 だがそんなのを気にも止めず、店員は目を輝かせてカードを返す際に握手をする。


 それを見た後ろの年配、俗に言う『おばちゃん』は誰だろうと覗き込もうとするが彼女は『記入を済ませた』と言って、身体を前に出して『すまないな』と耳元で囁き、そうそうに引き上げた。


 店外を半ば走って外に出る。


 まるで何かの作戦行動の様な動作を見せるレフィーユだが、これも仕方のない事だと思う。


 ドアを閉める辺りで、大騒ぎになっているのだから…。


 「なるほど、だから最初にお前は『現金で支払える範囲のモノじゃないと大騒ぎになるから、待ち合わせをしよう』と言ったワケか…」


 ようやく街中にあるオープンカフェにて落ち合い、一息を付いた頃、レフィーユは母親と女の子が仲良く食事をとっているのをみて『ふっ』と笑っていると、頼んだ二つのコーヒーがウェイトレスによって運ばれてきたのを見て、自分も同じように眺めた。


 するとレフィーユがふと聞いてきた。


 「…しかし、その古臭い本は何だ?」


 指を指したのは自分が待ち合わせの時間までに、古本屋に立ち寄って買った本の事だろう。


 「古臭いとは失礼ですね。

 確かに古本ですけど、これは自分にとって『教科書』なんですよ」


 別にその本は、やらしいものではないので差し出して見せる事にした。


 タイトルは…


 『攻める、空手』


 …かつての護身術の本だった。


 魔法が使えるようになってからも、この技術はある事にはある。


 だが、しかし誰しもが魔法を使えるこの時代において、護身術としての『機能』を半ば失ったと言っても過言ではなかった。


 そのため、商いとしても『機能』を失い…。


 悲しい事だが『かつての護身術』と名を変えてしまった。


 「ふむ、いつかどこでそんな技を身につけてくるのだと聞いてみたいと、つねづね思っていたが、これを参考にしていたのか…」


 そう言って、よほど興味深かったのか、読んだ事の無い本だったのか、これを彼女はマジマジと読んで…。


 「なるほど、こういった技能を利用して、スキの出来る攻撃の『隙間』をお前の『闇』を利用して『連打』を完成させると言ったトコロか?」

  

 「結局、『無手』ですからね。

 こういう本読んで、鍛え上げるしかないのですよ」


 すると彼女は笑みを浮かべながら、本を返しながら答えた。


 「あの戦闘能力が才能では無い事がわかって安心したよ」


 「まるで自分が戦闘能力しかないという言い方ですね。


 その過程が評価されるのは、こんな時代だからであって、戦える事が才能だとは思いたくないですよ」


 「ふっ、私はそれだけがお前の魅力ではない事くらいは知っているのだ。素直に褒められてほしいものだな」


 「魅力…ですか?」


 聞いてみたが『秘密だ』と微笑みながら言われて内緒にされてしまったが、仕切りなおすように、前に自分が出会った『偽者』の事を聞いてきた。


 「レンジと出会い、その秘密の帰り道で偽者に遭遇、交戦となる前にレンジと数名の仲間が割って入り。それが中断…」


 すらすらと一字一句間違える事も無く、前の自分に起きた事を言うのは流石といったトコロだろう。


 「恐怖孤児のリーダー、レンジの言葉から関与している可能性が低い…。

 それがお前の見解…だな?」


 「はい、そうですが?」


 セルフィがいる手前、あの時は偽者がカエデだという事は黙っていた。


 だがその後、レフィーユにも言ってはいない。


 「偽者に関して、心辺りは無い…そうだな?」


 何故なら彼女には、公平な目で調べてほしかったからだ…。


 「はい、こちらでも調べてはいるのですが、まったく…」


 と、戸惑うフリをして誤魔化すが…。


 「その偽者、女か?」


 「……」


 余りの彼女の鋭さに思考が一瞬、停止してしまった。


 「その沈黙は、頷いたと見なすぞ?」


 「違いますよ」


 「その否定は、YESと判断するぞ?」


 「だから知りませんよ」


 「だったら、何故、私の目を見ない?」


 そして『まったく』と一言つぶやくが…。


 「別に私は構わんがな…」


 目が動いてないので、その呟きがめちゃくちゃ怖かった…。


 「お前にも考えがあるのだろうからな。

 だが、一つだけ教えてくれ」


 そして、怖さを残したまま自分に聞いた。


 「どこでバイトをしているのだ?」


 「ああ、駅ま…」


 …しまったと思った。


 「エキマ…駅前か…」


 その単語だけで、調べられる事の出来る彼女は微笑んでいた。


 「来ないでくださいよ?」


 無駄だろうと顔を見られて、自分が白鳳学園に在籍している生徒だと突き止めて、転校してきた彼女に聞いてみる。


 「じゃあ、調べてもいいのだな?

 安心しろ、全総力を挙げてやらせてもらうさ。

 いや、新しい捜査方法を試す良いチャンスだと思わないか?」


 この人のやる事だから、きっと成果があるのだろうな。



 その時だった…。



 自分の背後で爆発が起こった。


 振り向くと、ちょうどビルのパネルが掛かっていた辺りが炎上していた。


 自然とだが、何となくこう予感してしまう。


 『偽者がやってきた』


 そう考えていると、横で食事をしていた女の子が良く見ようと前に出て行って母親に言った。


 「ねえ、ママ、凄いよ。花火みたい」


 母親は『危ないから、こっちへ戻って来なさい』と言うが子供の好奇心はその程度で戻るわけもなかった。


 「危ないっ!!」


 思わず母親が叫んだ。


 爆発の影響で看板が落ちて、こっちに…女の子に向かって転がってきたからだ。


 「なあに、ママ?」


 女の子は母親の『叫び』を何だろうと振り返る。


 最悪な事に視界の狭い子供は、それに気付いていない。


 「…っ!!!」


 おそらくこの子の名前だろう。


 それを叫ぶ母親、その時には自分は女の子の前に立っていた。


 「あれ、お兄ちゃん、誰?」


 答える代わりにその女の子を抱きしめて、自分は看板を見つめた。


 瞳に移るのは、看板と自分の影から伸びる黒い手刀…。


 看板はまるで特殊なスピンが掛かったボールのように高く舞い上がり、誰もいないところに『ガラン、ガラン』と落ちた。


 「ありがとうございますっ!!」


 母親が感謝されるのを見ていると『ポン』と肩を叩きながらレフィーユが言った。


 「やれやれ、楽しい時間だったがここまでのようだな」


 サングラスと帽子を取って、レフィーユは軽い準備運動を始めていた。


 「…レフィーユさん。

 どこから進入します?」


 「来るのか?」


 「はい、私はね。

 子供を巻き込む事件というのが嫌いなんですよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ