第四十三話
目の前からやって来たのは蛍光灯を押しつぶしてやってくる津波だった。
慌ててレンジと共に隣の部屋に逃げ込んでドアを閉めると『バンッ』と何かがぶつかったので、床を見ると水が浸入してきたが、やがてゆっくりとこの水が何なのか理解した。
「ちっ、カドクラめ、また同じ手を使いやがった!!」
ゆっくりと顔が形成したのを見たレンジは踏み潰すが、水はまだまだ入ってくるので駆け寄って来た。
「どうすんだよ?」
「一旦逃げますよ」
「ここまで来て逃げんのかよ!?」
「勘違いしないでください、ここは狭すぎますからね、飛び降りるだけです」
そう言いながら、窓を開けようとした時である、何かが横切ったと共に窓枠が歪んだ。
「逃げようとは、私に用があるのじゃなかったのかね?」
湿り気を感じながら振り向く。
すると水は、カドクラの姿を形成していた。
そして、さっきの態度とは裏腹に身体が徐々に色づいて元の衣服を着た姿に戻ると、カドクラは少し左に顔を傾けた。
すると右の肩の辺りが膨張して、誰かの顔を作り上げて、まるでカドクラにゴマをするように言った。
「おい、キミ、用がないというのは、それは次期市長のカドクラ様に失礼じゃないか?」
「まあまあ、待ちたまえ、選挙はまだやってないじゃないか、話くらい聞いてやろうじゃないか?」
「はっ、お前らに何を話せってんだよ?」
だが、レンジの悪態はそこまでだった。彼も目で見てわかったのだろう。
カドクラの身体は水のようになった、それだけではなかった。身体も一回り大きくなって、明らかに『肥大化』していた。
「…こんな気味の悪いヤツと話なんか出来るか!!」
レンジは自分の中にある戸惑いを隠すようにナイフを投げつける。
「危ないじゃないか!!
こんなモノを投げつけて、もし私に当たったらどうするのだね。
まったく…
んっ、どうしたのかね?」
「カドクラ様、きっと悪い事をしたと思ったのですよ」
外れたと思ったのか床に落ちたナイフを見て笑っていたが、そうではなかった。
カドクラが避けようと身を屈めた時、再度、身体は水の色になったが確かに突き刺さった。
しかし、水の入った水槽の中に石を投げ入れた時のようにナイフが速度を失って、太った身体の中を通って落ちていったので完全にレンジは戸惑っていた。
「んっ、どうしたのだね、私も大人だ。話くらい聞こうじゃないか?」
明らかに話くらい聞くだけの態度をとり、一回り大きくなった身体で見下しているとあまりの圧迫感でレンジは動けなくなっていた。
「レンジさん!!」
ワザとガラスを置物で割って大きな音を立てて、こちらを振り向かせると闇で引っ張って強引に飛び降りた。
二階から飛び降りたくらいだったが、木の枝に引っかかりながら着地は最悪な中、レンジをかばいつつ弾んでいた。
「頬から血が、すいません」
「いや、いい気付けだ、助かった」
衝撃が取れて周囲を見渡したすと、さらに最悪だと思ったのはその時だった。
何かが自分の頭上を飛び越えて、それは噴水の中に飛込んだ。
「水というのは、おいしいものなのだな」
「ええ、実に馴染みますな」
自分のいる距離は『あれ』が今まで話していた時に、想定された声の大きさが聞き取れない距離だったがはっきりと聞き取れた。
『ぐびぐび』という、はしたない音を立てて飲む『あれ』は徐々に身体を大きくさせて、とうとう三階くらいに達して窓ガラスに映った自分の姿をみて言った。
「おや、身体が大きくなったような気がするが?」
「気のせいでしょう。ほら、カドクラ様、さっきの二人が虫けらのようですよ?」
「ははっ、だったら駆除しないといかんな!!」