第三話
気配がする…
つい後ろを振り向く、そこには長い廊下があるだけで誰もいない。
今まで二人で巡回をしていたが、食堂での一件があったせいで警備は旗を中心に守りを固める事になり一人で巡回をする事になっていた。
自分は白薔薇学園の男子の治安部員で名を名乗るほどの者ではないが、何回か思う事がある。
白鳳学園の生徒の何人なら対処できる能力と自信はある。
だが巡回の最中、どこかに潜んでいるというレフィーユさんが現れでもしたら…考えるとゾッとした。
あの人は寛大な心の持ち主なのだが、向かってくる敵と判断するに至れば容赦しないのだ。
まあ、そのメリハリも魅力でもあるから、自分自身もファンなのだが…
あの男だ。
自分からして見れば、そんな彼女をこの学園から奪ったアイツだけは許せない。
あの男…
名前、何だっけな…
そんな思考の巡回を数回して、科学室のドアを警戒しながら開ける。
誰もいない…
だがそれが非常に不気味だったので…
そのまま入って奥の方にある。
電気のスイッチを入れる事にする。
白鳳の生徒はここの隠れる場所など、数箇所しか知らないだろう。
だが、スイッチを入れるまでにふと思った。
「迂闊だな」
―レフィーユさんは?
同時だと思う。
とっさに転がり立ち上がると、目の前にいたのは当然、サーベルに模した棒を振り抜いていた。
あの女性だ。
一人では太刀打ち出来ないのが、わかりすぎるこの威圧感に慌てて、通信機を手にしようとしたが…。
カクンッ
まるで小さな時に良くやられたイタズラように、両膝が床に『カクン』と着いた。
慌てて後ろを振り向こうとする。
だが、首に何かが巻きついたので、それに視線を戻すと腕が絡みついていた。
…何をされたのか、まったくわからなかった。
首を絞める体勢に綺麗に決まったと気付いた頃には…。
もう気を失っていた…。
「良い子はマネしないでくださいね?」
「お前は誰に言っているのだ」
レフィーユは呆れながら、気絶した人を観察しながら言った。
「交戦中にも関わらず、防御本能を働かせる前に気絶させる…か、見事だな」
「結局、不意打ちですからね。
この程度なら前にもやった事でしょうし、褒めるほどのモノじゃないと思いますよ?」
「そうでもないさ。
私は武器を使っていたから出来る事であって、それを素手でそれを行なえる。
そんなお前に、いつも感服しているのだ。だから素直に褒められてほしいモノだな」
この科学室の窓からは白薔薇学園の旗を見下ろせる位置にある。
そこから見えない角度で見下ろしながら、自分はこう言った。
「しかし、『先制攻撃』は効果あったようですね?」
期待のケーキを食べれなかったため、凹んでいるのは女子を中心だったが、白薔薇の精鋭たちであるヴァルキリー達は女子で形成されている。
その観点からしてみればヴァルキリー達をほぼ凹ませている事となっているので十分な戦火といえた。
「まあな。
これが終われば、後でケーキを作り直してもらうように言ってる。
当然、私の自腹でな」
「意外ですね」
「私とて、自分の悪いトコロはそういうトコロであって、それ直そうとしない女だとでも思っていたのか?
例えどんな小さな事でも、償える時に償うというのがどんなに大切なのか、こういう事は…
…あまり良い言い方ではないが、昔のお前に対して経験しているでな。
同じ過ちをしたくないだけだ」
「ああ、そうですね。
まあ、それ以前に、私は未だに信じられないのですが…」
「どうした?」
「あの量のケーキをですよ。
男子も含めた自分達も参加しているとは言え、ユカリと二人でほとんど食べるって、どういう身体してるのですか?」
おかげで少しもたれたお腹をさするハメになっていたが、それに引き換えレフィーユはピンピンしていた。
「前にも言わなかったか?
女性の身体は神秘なのさ」
「甘い物は別腹だとでも言いたいのですか?
というより、あのケーキの量、100超えてましたよね?」
「気のせいだ。
お前は私を食い意地の張った人間に仕立て上げたいのか?」
すると白薔薇の生徒が所持していた通信機から音声が流れた。
『こちら本部、応答が遅れているようですが、異常はありませんか応答をお願いします』
『ジュ』と音がして応答を待っていたので、ゴホンと一つ咳をして答える。
「ただいま科学室を巡回中、異常はありません」
そう応答するとレフィーユが笑ってこう言った。
「眼が動いてなかったぞ?」
「仕方ないじゃないですか、こういうのは緊張しない方がおかしいですよ?」
だがその緊張も無駄になったワケじゃない。
『そうですか、では引き続き巡回をお願いします』
そんな決まった返信が帰ってきたのだから。
すると自分が通信している遠くの方だろうか『ちょっと待って』と『誰か』の声を拾ったので、自分はまた『ごほん』と一咳…。
『どうして遅れたの?』
「…ここは隠れるトコロが数箇所ありますから、警戒しながら巡回をしていましたので、遅れてしまいました。」
怪しんでいるのだろうか、しばらく黙り込んだ声の人、こっちは心臓の音が妙に聞こえていた。
『ふん、まあいいわ。
今度は遅れない様にしてください』
『ジュ』という音が自分の緊張の糸が解かしていた。
「流石に鋭いな。
どうするセルフィの事だ。ここに留まるのは少し危険だと思うが?」
「まあ、もう少し待ちましょう。
二人が、何とかするで…」
と言う途中で、『ブーン』と何か音がした。
「…しかしまさか『テロ撃退プログラム』を、実行するとはな。
お前の考える事はいつも意表を突いてくれるモノだ。」
イワト達は何をしたのかというと、自分が指示した通りに、『学園敷地内』にある変電盤のカギを『ここにレフィーユさんのサインがある』といって職員室からもらい。
変電盤の電源を落としたのだ。
そして『ジュ』と音がした。
『聞こえますか、異常事態発生っ!!
ただちに戻って来てください!!』
「了解…」
思惑通りの展開だったので、少し笑いながらレフィーユに言った。
「さて、始めますか?」
「そうだな。
『撃退プログラム』通りに集合途中の敵を排除しておくか…」
「気をつけてくださいね」
「ふっ、誰に聞いている?」
『お前も早くするのだな』と微笑みながら、出て行ったので自分も科学室から出る事にした。
――。
「まさかブレーカーを落とすのではなく、変電盤から電気を落とすなんて…」
『お騒せして、ご迷惑をおかけします』と可愛く誰が書いたのかわかるメモと貼り付けられていたカギを手にして、セルフィは携帯で職員室に電話を入れた。
「はい、異常ありません…
はい…」
一通りの謝罪と報告をしていると、ヒオトは考え込んでいた。
「ですけど、レフィーユさん、何をやりたかったのかな?」
「ホントよね。私達の本部は外にあるから、電気を落としても意味がないのに…」
『セルフィちゃん、わかる?』とミュリがのほほんと聞いてきたが、わかるわけもない。
「まるでテロ撃退プログラムじゃないですか?」
そしてヒオトの一言が、セルフィは何かを感じ取った。
「セルフィちゃん、急に携帯弄ってどうしたの?」
構わず電話する先は、放送室…。
「もしもし、こちら放送室ですが急にどうかしましたか?」
早歩きで戻りながら、こう聞いた。
「あの…、現在の状況を知りたいのですが?」
「えっと人数ですか、少し待ってください」
携帯を切り本部に戻った頃、ようやく返答が帰ってきた。
「現在、16名です。」
随分遅かったので、自分の思ったように被害が出てくるだろうとは感じていたが、8名も失っていた。
「どういう事ですか?」
「姉さんは、本部に戻る道に隠れて敵を倒したの」
中にはヴァルキリーも含まれており、本部はざわめいた。
「みんな、落ち着いて…」
必死になって、ざわめきを中断させる。
当然、この機会を逃す姉ではないからというのを知っているから…。
「だが、一度、動揺させてしまえば…」
男子治安部員、2名が『どさっ』と倒れた。
「集団というのは脆いモノさ。
はあっ!!」
さらに数を減らさんとばかりに、襲い掛かるかつての英雄。
ブオォンッ!!
レフィーユの一振りは怪我をしないように布で丸めてあるのにも関わらず、明らかに怪我をするくらい鋭く、シナる攻撃を見せる。
パシーンッ!!
だが、それは適わない…。
槍に模した棒でセルフィが受け止める
「こういう時は、冷静である人間が止める…か、フッ、セルフィ、良い判断だ」
「セルフィちゃん、下がって!!」
下がるセルフィをミュリが飛び越えて、棒を打ち下ろす。
それを見たレフィーユは、綺麗に後ろに飛んで一回転して着地するトコロを狙っていたのか、ヒオトの追撃が迫る。
普通なら後ろに下がり体勢を立て直す。
だが、それは『普通の人』の反応。
『普通』ではない相手の前に、ヒオトは呻いていた。
身体を捻って、追撃を避け、その捻る動作を利用してヒオトのわき腹に肘打ちしたのだ。
呻いた後に見上げる、サーベルを打ち下ろそうとするレフィーユはどう見えたのだろう。
「ヒオトちゃんっ!!」
『普通』に助けるために助けに走り出すミュリ、だが…。
「駄目っ、迂闊に動かないでっ!!」
セルフィの懸命な叫びは、少し遅かった。
打ち下ろす事はせず、ヒオトの体勢を崩すようにつき飛ばす。
『普通』の動作だろう。
受け止めてしまうミュリ。
そしてレフィーユは叫んだ。
「イワト!!」
「おっしゃあ!!」
潜んでいた茂みから出てきた。
大きな体格のイワトの体当たりを二人はまともにくらい、吹き飛ばした。
「きゃああ!!」
この結果、白薔薇学園側に動揺が広がる。
無理も無い、一分もない間に白薔薇の誇る。
二人のヴァルキリーが片付けられてしまったのだ。
「うっ、うわあああっ!!」
動揺が恐怖を生んだのだろうかレフィーユに向かおうとする男子生徒、だが、それを懸命に引き戻した。
「落ち着いて、一人で向かっても勝ち目はないわ」
「で、ですが…!?」
「いいから、黙って聞きなさいっ!!」
セルフィは年下だがこういう時だからこそ、冷静に対処しなければならないのを知っていたので声を荒げて続ける。
「いいですか?
一か八かであなた一人で、立ち向かう気持ちはわかります。
ですが、それで負けてさっきのように数名が助けに行って、伏せている人たちの餌になりたいのですか?」
どっちが人数が多いのだろうかわからない言い方だが、ようやくそれで、みんなが冷静になってくれた。
それを見たレフィーユは『ふっ』と鼻で笑って余裕を見せていたが、こっちに向かって来なかった。
「さすがに困ったようね。姉さん?」
「あ、あの一体、何が?」
引き戻された男子生徒が聞くが、コレは単純な論理だ。
結局、12対4の人数の戦い…。
「消耗戦に挑まれればコッチは勝ち目が無いという事だ」
レフィーユは代わりに答えて、イワトの距離の間隔を詰めたのがいい証拠だろう。
守りを固め、2人の消耗を誘い、伏兵に気をつけてさえ戦えば勝てるのだ。
「は〜ははははっ!!」
その時、大きな笑い声と共に現れた人物にセルフィは視線を移した。
「誰っ!?」
「知りたいか?
ならば教えてやろう、私の名前は…」
この時、誰しもが思っただろう。
『コイツ馬鹿だ』
そしてどこからだろうか、攻撃の指示も無く…。
「ジン…ぶっ!!」
四方からボールを投げ付けられて途中で中断、取り押さえられて身動きが取れなくなっていた。
それが合図だったのだろう。
「ぐあっ!!」
また一人倒したレフィーユが攻撃を再開した。
「すいませんレフィーユさん、アイツ馬鹿なんですわ」
「まあ、戦いの合図になったと胸に止めておくさ。
それより、お前は目の前の敵に集中しろ」
「わかってますわい、下がっててください」
そう言ってイワトは、倒した生徒の両足を掴みグルグルと回す。
ジャイアントスイングをして密集した白薔薇に向けて投げ飛ばした。
前のように受け止めたのを見たレフィーユは、その隙を逃さず攻撃…。
「…ふっ、流石に駄目か」
しかし、今度は守りを固められたので、倒すに至らなかった。
「イワト、ここは私が引き受ける。
お前だけでも引き上げてもいいぞ?」
「それは断るますわい。
これはアイツが考えた計画じゃ、ここで引いたら、アイツの計画が無駄になりますわい」
「ふっ、前から聞いてみたかったのだが、どうしてお前はアイツの事をそこまで尊敬する?」
「尊敬って、そんな言い過ぎじゃのう。
じゃが、アイツには…何ていうか、ぶっ!!」
一発、顔面に攻撃を受けたので途中で会話が止まるが、すぐに体勢を立て直し続けた。
「適わんのですよ」
「適わない?
戦った事でもあるのか?」
「そんな事しなくても、男には頭が良いとか、喧嘩が強いとかじゃなくて、どうしても勝てない人間ってのが一人や二人、絶対いるモンなんですよ」
「その一人がアイツだという事か?」
「そういう事ですわい。
じゃから、最後まで付き合わせてもらいますわ」
返答の代わりに間隔を詰めて敵の出方を待っていると、先に捕らえられたアイツが口を開いた。
「私を倒しても、レフィーユさんがいる限り、我が白鳳学園の敗北はない」
「ふん、どういう事よ?」
セルフィは情報を聞きだすために、聞いているのにそれに気付いていないこの男、軽々と計略を暴露する。
「忌々しい事だが、あの男の計略すら見抜けないような連中にレフィーユさんに勝ち目はないと言いたいのだ!!」
笑いながらそういうが、簡単に口を滑らせた事に気付いていないのだろう。
セルフィは姉への視線を集中を解いて、後ろを振り向くのを見たイワトもさすがに顔を『いっ』とさせて驚いていた。
そして続いて驚いたのは、後方で白薔薇の生徒の変装をしていたアラバは走り出す。
「いけぇ、アラバ!!」
イワトはそう叫んでいたが…
いくら足が速いとはいえ距離が違いすぎる。
セルフィのタックルをまともに受けて取り押さえられた。
「ちぃ」
おそらくレフィーユの舌打ちと、イワトの心境も同じだろう。
もう残る手段は無い…。
後は消耗戦を仕掛けられて、負けは必然的となってしまった。
レフィーユは腕に巻きつけた白鳳学園の旗を取り外して、一人の男子生徒の前に差し出してこう言った。
「お前達、リスティア学園の勝ちだ」
最初、彼女の口から、そんなセリフが出るとは誰もが思わなかったのだろう。
しばらく静まり帰ったのち、歓声が上がった。
……
その夜…。
レフィーユは口約どおり、ケーキを用意させていたので、寮内は小さなパーティ会場となっていた。
『今でも信じられないな』
『ああ、あの女性から、あの言葉を聞くなんてな』
『だけど、あの潔さ、良いよな〜。
オレますますファンになったよ』
そんな事を言って通り過ぎていく白薔薇の男子生徒、そんな自分はベランダで夜風を感じていると、缶ジュースが背中をついたので、振り向くとセルフィが納得のいかない表情をして立っていた。
「あなたに聞きたかったのだけど、最後の時、どうしてユカリって人を参加させずに降伏させていたの?」
「それは、私が危険だと判断したからですよ」
「ふん、甘いわね。
あの時、私が貴方だったら、私を取り押さえさせて、その人に旗を取らせるわ」
ベランダから見える夜景を見下ろして身を乗りして、まだ納得がいかないのか続けた。
「貴方にでも、始めはそんな考えがあったでしょう。
いくら計画を暴露されていたとしても、そうすれば、『勝てる』戦いだったのよ?」
「確かにそんな考えもありましたし、勝てるという自信もありましたよ。
ですけど、それは貴女の思い違いだと思いますよ?」
自分の答えを否定されたのが、さらに納得がいかなくなったのだろう。
一旦セルフィは『ふ〜ん』と冷静を装おうがとても気になったのか聞いた。
「ふん、じゃあ、その思い違いを聞こうじゃない」
「配置に少々問題を抱えてたのですよ」
「配置?」
「そうですね。
混乱に乗じて、私が人ごみに混ざり、レフィーユさんやみんなで視線を集めるまでは良かったのですよ。
そして、まあ…
『あれ』は問題でしたが、それでもし私の計画に気付いたのが、貴女一人じゃなかったら、どうなってかという事ですかね?」
「それなら、二人を取り押さえる事が出来るけど、まだ『勝てる可能性』はあるじゃない?」
「そうですけど、ここで発生する可能性があるでしょう。
ユカリさんが怪我をする『可能性』というのが?」
「…ふん、貴方のそんな甘い考えが、姉さんの勝利をふいにしてしまったのをわかっているの?」
「はい?
何も私は姉さんの為に働いたワケではありせんが?」
「ふん、じゃあ、貴方は何のためにこんな事をしているのよ?」
「ただ学園の歓迎行事を楽しみたかっただけですが?」
そう言ってベランダの手すりを『ポン』と叩いて戻る事にすると、セルフィが独り言を呟いた。
「そんな理由で学園の変電盤を落とそうとまで考えるの?
ふん、見てなさい…」