第三十八話
「隊長、無事ですか?」
「ああ、大丈夫だ、セルフィは?」
「その…避難し遅れた生徒を、迎えに行っています。
それより、貴方達、これが『魔道士』の狙いだとわからないのですか?」
「どういう事だ?」
「貴方達の暴動の事です、きっと魔道士は助けるフリをしてこれがホントの狙いなんですよ。
こんな大勢を率いられたのも、きっと魔道士が手配したに違いありません」
「おいおいおいおい、ちと待て、それはどういう事だ?」
「少し冷静になって、後ろを見てください、二十一人以上いるでしょう?
あなた達は金なり、何なりで雇われた人を利用して…何がおかしいのですが?」
「そりゃ、お前、ここにいるのが…全員、この町に住んでいる孤児だからに決まってるからだろうが…。
お前等、そんな事も知らなかったのか!?」
どよめく治安部側、さらに殺気立つ孤児側といったトコロか、余りにも知らなさ過ぎにヒオトは誤魔化すように答えた。
「で、ですけど、他の地域で起こってる暴動も…」
「おいおい、俺達は自分で考えてここにいるんだぞ?
…てか、そんな事知らなかったが、どこのヤツラだよ?」
ヒオトは地域を言うと自分でも思い当たるトコロがあった。
…あの爆発も起こさず、暴動を起こした恐怖孤児だった。
「お前等、ホントにふざけるのもいい加減にしとけよ?」
おそらく、ここにいる誰かが、これから起こりえる事を予想もせず、『もう必要ない』と釈放したのだろう。
「そういうワケだ。ここは私に任せて、お前達はセルフィの手伝いに行け」
「疲弊しきってるじゃないですか、隊長こそ下がってください」
「アイツの言うとおりだ、俺から見ても、アンタは良くやったよ。
無理なんかする必要なんてねえ。
いいぜ、代わっても」
「それは出来ない相談だな。今のお前達は誰にも止められないと思うからな」
「そ、それはどういう事ですか、私達は、あの魔道士を倒したのですよ?」
「倒したか…」
ふと笑みを浮かべてしまうが、それが余計に代わるわけにはいかない事を理解できた。
「ふっ、そんな名誉に調子に乗って士気上がる連中が、死に物狂いでやって来る人間をどうにか出来るとは、到底思えんな」
「おいおい、無理すんなよ?」
「お前達の相手は、私だと言ったはずだろう」
ヒオトの静止も聞かず、サーベルを握りなおして前に出るが、しかし、思った以上に体力を消耗していたので、レンジの近くまで歩み寄れても明らかに息切れを起こしているのがわかったのだろう。
「なあ、なんで、アンタは俺らのためそこまでする必要があんだよ?」
「…その目だ」
「目?」
「お前達のその諦めたような目が、アイツと一緒だからだ。
…昔、この交流会が白鳳学園であった時、私はある事件を解決していた。
みんなが褒め称え喜んでくれる目。その中にな、アイツだけ、お前達のような。その目があったよ。
初めはどうして、そんな目をするのかわからなかった」
そして、アラバという男だけは、明らかに違っていた。
今まで私に掛けてくれる言葉は『お疲れ様でした』と在り来たりだった、だが、アイツが掛けた言葉は…。
『ご苦労さまでした』
それは自分の胸に何より鈍く響いていた。
おかげでいつの間にか、私はアイツを目で追い続けていた…。
「だが、アイツにお前がしてやれたのはどうだったよ?」
レンジのいう通り、いつか認められたいと思っていた。
「だが、頑張れば頑張るほど、アイツは『狂人』やら『殺戮者』とか言われただろうが、アンタのその負けん気が、アイツをどう追い込んだよ?」
「まったくだ、どうすればいいのだろうな…」
そして『私だけ』が知らなかった。
『…模倣犯を無くすためだ。
彼は現存する悪、貴女は現存する正義の味方を演じてくれれば、それだけで周辺住民が安心出来るというモノ…』
「その言葉が、どれだけ私の見た世界を壊したか…」
『彼は健気にも、他の闇の西方術者が悪い人間だと言われ続けないようにと頑張っているほうだが。
まあ、こちらとしては、そんな人物がいるとしたら、今度はその人物を利用するだけだとは思わないかね?』
「そして、最後になってようやく、あの目の意味を理解出来た」
…アイツが正義の味方だった。
「そして、あいつの事を調べれば調べるほど、自分の想いをようやく気づいたとき、どれだけ惨めだったか…」
しかし、レンジは笑いながら言う。
「だったら、アンタはアイツの代わりにここに立つ事で償いをやっていると言うのか、ふざけんなよ」
「ふっ、そうだな」
言うとおりだった、今更私も、許されようなど思っていない。
「だが、ふざけているお互い様だろう?」
「あん?」
「どうして、カエデを止められなかった。お前たちの仲間じゃなかったのか?」
「へ、今更、どうにもならないだろうが…」
「アイツは自分の正体を明かされたくらいで、引き下がるような男ではないぞ。
なのにアイツは引き下がった。
そして、ここに立っていた。それは何故だろうな?」
「うるせえよ…」
「ホントはアイツだって、お前たちがカエデを探してくれる事を信じていたのじゃないのか!?」
「うるせえ、黙れ!!」
「いや、黙らん!!
ただでさえ、お前はアイツが調子の悪い事くらい知っていたのだろう!・
なのに、お前達はどうして、探しに行かない!?
ふざけてるのは貴様達のほうだ!!」
「黙れ、つってるだろうが!!」
それを合図にお互い一気に距離を詰めて、どっちが声を上げたのだろうか雄たけびが上がる。
「ぬおおおっ!!」
自分の切り払いをレンジは防御本能を生かして左腕で受け止め、その痛みに構うことなく、ナイフを斬り返してきたのを後ろに飛んで避ける。
「あああああああっ!!!」
レンジは気合を入れながら『浸透』して歩み寄るのが見えたので、感情の乱れが完全に溶け込むことを許さなかった。
そこめがけて限界任せに大きくサーベルを振るが、防がれてるのだろう勝負をつけるのにはまだ一撃、さらにみね打ちを肩めがけて振り下ろす。
だが…。
見事にすっぽ抜けて、レンジの後方に『カラン』と落ちた。
それを見たレンジはナイフを…。
「わかってんだよ、そんなこたぁ!!」
地面に叩き付けて、髪を掻きむしった。
「どうすればよかった!?
確かに俺はカエデを止められなかったよ!!
でも、もうみんな我慢の限界だった!!
俺が出来る事は、被害を小さく食い止める事くらいだった!!」
肩ひざをついて息切れをすぐなか、ヒオトはワケのわからぬまま聞いたが簡単な事だった。
彼は『ふざけて』そんな事をしようと考えてなどなかったのだ。
この騒ぎを大きくしたいのなら、こうやって集まって騒ぎを起こすのではなく、一旦、どこかに潜伏して、一斉にやれば良いだけの話。
ただ彼は集団を率いた事で、最小限に食い止められると思ったのだろう。
「だったら、どうして言ってくれなかったのですか?」
「わかるか、お前達によ!?」
レンジは睨み付けると治安部側が一斉に目を逸らしたのを感じたを見ると、今度は振り返って叫んだ。
「どうして、お前達はカエデを探そうとしなかったんだよ!?」
炎はもう小さくなっていた、そして、辺りを薄暗くさせているとセルフィが降りてきた。
「よう、アイツは探せたかい?」
冷静になろうと誤魔化すように、明るくレンジは聞いてきたが、セルフィは黙ったまま聞いてきた。
「見つかったわよ、駅前で…」
レンジはセルフィが探していた人物が誰なのか知っていたのだろう。
「ふーん、だったら、どうしてここにいないんだ?」
「そうね、ずっとニュースを見ていたからよ。
私もね、何を見ていたのか何を見ていたのか気になったけど…。
ねえ、アンタに聞きたいんだけど?」
「へ、なんだよ?」
「走り続けていたのか疲れきった様子でね、彼は誰かを探していたようなのよ。
それで駅で流れた、ニュース速報をみて足が止まったわよ。
『カドクラの選挙事務所で、恐怖孤児と見られる女性が不法進入、取り押さえた後…死亡』ってさ。
ねえ、聞きたいんだけど…。
あの人、そのままずっと見上げてたけど、どう声を掛けて上げればいいの?
見ているこっちは、どうする事も出来なかったんだけど?」
「……」
「ねえ?」
俯いたままのレンジをセルフィは大声を張り上げた。
「答えなさい!!」
そうして、この暴動は終息した。
奇跡的に、ここが発端にも関わらず、死傷者は出なかった。
ただ他の事件を除いて…。