第三十一話
ビル五階に相当する巨人の足に走る。
その際にレフィーユを模した雷光が群がってきたので、一旦、走るのをやめて、その勢いで肩の辺りから生えた道路標識を握った闇の両腕で『互』の字を作り、彼女達をなぎ払う。
彼女達に痛みはないだろう、しかし、心配だったのはこの偽者を生み出しているアカネの魔力の方だった。
魔力がなくなれば体力を消耗する感覚と似た疲れが襲ってくる。
疲れきって体力もなくれば、死に至る。
何回も目にしていたので理解はしていたが、一瞬でもそんな事を考えていた性か雷光たちに進路を阻まれて囲まれてしまった。
そして、巨人と無いはずの目があう。
さっきからこの巨人は雷光達が動きを止めた人間から確実に仕留めていたからだ。
防御本能は全身への衝撃やダメージは防げない。おそらく、直撃したら一溜まりもないだろう。
本物の自分に逃げ惑い、偽者の巨人に逃げ惑う。
ほぼ混乱状態の現場ではあったが、自分の前方の雷光を切りつけ、自分の進路を作った人物がサーベルで道を示しながら声を上げた。
「まだ、駐車場の方が退路もある、支援も来るっ!!早くそっちへ避難しろ!!」
彼女をようやく確認できた人達は冷静さを取り戻したのか、さっきまで先に逃げようとしていたナースの一人もけが人を助けながら、避難を始めた。
だが、巨人は拳を振り上げていた。
狙いは自分ではないのは、進路を作ってくれたのでわかったので、懸命にそれを探すと少し離れたトコロに子供が囲まれて座り込んでいたのが見えた。
憶測だったが考えてられず、下の自分の腕に標識の一本を持たせ、上の双椀で振り回して、再度、纏わり付いて来た雷光を切り払い。
もう一回転して、踏ん張り、槍投げをする。
貫通するかと不安だったが、その槍の羽が腕を病院の壁に突き刺させた。
それを見たレフィーユもすかさず子供の方に走り寄ったが、もう見る事もせず、巨人の股に走り、雷で作られた法衣を避けるために転がるようにして潜り込んだ。
細部まで表現されてないのは『似せて作られた』特徴だろう、内部はまるで円錐形のテントのようだった。
そして、上の辺りに…。
「アカネ!!」
それを叫ぶカエデが中で発生していた雷撃による火傷を負いながらも必死にアカネを助け出そうとしていた。
「無事ですか!?」
そう言って、近寄ると睨みつけるなりに手刀を振り下ろされる。
「な、何を!?」
「アンタが企んだのか!?」
『違う』と言いたかったが、問答無用で飛び掛って来た。
「アンタが裏切ったから!!」
助け出そうとして、疲れていたのが見てもわかったが憎悪が身体を動かしているのだろう。
「アンタも裏切ったから!!」
荒々しく、振り回す抜き手は避けただけでも熱を感じた。
「今、貴方がやらなければならないのは、私ごときを殺す事ではないでしょう?」
「はっ、だったら肥大化が何を指しているのか言ってみろよ!?」
「…そうですね」
カエデも『薬を売る』という生業をしていたから、知っているのだろうと思った。レフィーユも知っていたから、止めたのだろうか?
ふと思っていると、カエデが先に答えた。
「肥大化を引き起こした中毒者は、助かる見込みは一割にも満たねえって事くらいは知ってんだろう!?」
それは自分も知っていた事でもあった。
「だったら貴女は、いま何をしているのですか?」
「はっ、あのボンクラと同じような事をいうんだね?」
ヘラヘラと笑い出すが、その笑いはあっけなく止まった。
ゆっくりと法衣をとり、そして、マスクをとると、見たことのある顔が出たのだから。
思わず、これも仕組んだ事なのかとレフィーユでも探しているのか、後ろを振り向いたので濁りのない声で聞いて見た。
「もう一度、聞きますよ。何をしなけらばならないのかも、わからないのですか?」
大きく吸い込むと驚いた様子の彼女に背中を向けて、標識をゆっくりと持ち上げて狙いをつける。
「ど、どうするんだよ?」
「とりあえず、助けないといけませんでしょう?」
狙いはアカネから養分にしようと球体で包み込んで、脈を打っている大きな『管』を見ながら先ほどと同じように槍投げのように構える。
「アカネに当たったら、アンタ殺すからね」
標的は大きく外すワケもないが物騒な事を言うのもカエデの性格だろう。
カエデだって、アカネを助けたいのだ。でも、高い位置にアカネはいるためにそれしか手がないために見守っていた。
管に突き刺さると雷光で一瞬、目が眩むがアカネがそこから落ちてきたのが何とか見えたので、放った闇で捕縛しながらゆっくりと地面に下ろして、周囲を見るがまだテントは魔力が残っているのだろう作られたままだったが、法衣を被りなおしているとカエデが青ざめて叫んだ。
「ね、ねえっ!?
息してないよ、ねえ…?」
「どいて!!」
急いで気道を確保しながら手を胸に当て音を確かめようとするが、緊張の性か確かめれず、胸に耳を当てると『案の定』だった。
急いで胸元をはだけさせると、カエデは慌てて答えた。
「医者を待った方がいいよ!?」
「そんな時間はありません、人工呼吸をお願いします」
「やった事ないよ!?」
「だったら、マッサージの方を!!」
「そっちもだよ!?」
「だったら教えます、急いで!!」
一、二、三と胸を圧迫して、昔からある心臓マッサージをする。
そしてしばらく様子を見て、カエデに頷くと大きく息を吸い込んでアカネの鼻をつまみ、その口に酸素を送って、ある程度、胸が膨らんだところで肩を叩いて止めさせる。
「助かるの!?」
「わかりません…」
もう一度、胸を圧迫しながら答えるが、焦りがあった。
心臓が止まってもその行為を行なう事で助かる方法を蘇生法という。
自分でもそれで何回か助けた事があるので覚えていた。
でも『それ』は魔法が使えるようになった現在では『防御本能』というのがたまに無意識のうちに作動する。
「…ね、ねえ、どうしたの!?」
「ぼ、防御本能です」
寝てる時に痛みを感じた時、自然に手でそこを覆うように…。
心臓マッサージで胸の骨が折れる人がいるように、その衝撃を守るよう徐々に圧迫出来なくなっていた。
「ど、どうすんだよ!?」
まだ手段はないわけではない、しかし、ただ大きく周囲を見回すとカエデは叫んだ。
「ねえ、助けてよっ!?」
考える暇も無いというのはわかってるが、それは決断の迫られるものだった。
拳を握り締めたから、何をやるのかカエデでもわかったが手段はそれしかなかったので、何も言わず見ていた。
先ほどの巨人のように拳を振り下ろす、それが心臓マッサージの代わりだった。
だが…。
それは巨人で隠されていた内にやれば何も起こらなかっただろう。
何も知らない周囲がそれを見たらどう思うか?
「ねえ、誰か助けを呼ぼうよ!!」
その証拠に衝撃波が自分の胸に当たり体が弾かれたように仰け反り、カエデは一気にアカネから引き離された。
「何すんだよ!?」
「大丈夫ですか!?」
そういってヒオトが無線で連絡をとった。
「今、カエデさんを確保しました」
「何言ってんだよっ、まだ、アカネが」
「肥大化した中毒者は一割にも満たしません、さっき見たでしょう。アカネさんはもう魔道士に…」
首を振って、抗議をしようとするが、それが悪あがきにみえたのか…。
「そんな事はわかんないだろう!!」
「いい加減にしなさい!!」
睨み合うなか、こんな声が虚しく聞こえた。
「ねえ、どうしてあの人は怒られているの?」
それは誰も聞こえないのだろう。