第二十九話
追跡者から逃れるために女子トイレに隠れ、それをセルフィに見られてしまって、どこに連れて行かれるのかをふと考えてみた。
すると職員室、まあ、この学園治安部の取調室が候補にあがるが、このセルフィは職員室を通り過ぎて、その取調室を通り過ぎて行く。
『ガラリッ』と、ある教室に連れ込まれてセルフィはカギを閉めたので、辺りを見回した。
その教室は使われていない、というより資料室かと思ったのだが、積み重ねてあったのは『オセロ』『将棋』『チェス』などと書かれたダンボールだった。
「ああ、これ姉さんが昔、趣味だったのをみんなが挙ってマネをした。成れの果てよ」
「成れの果て…」
マネをして、身に付かず、この教室に集まって来たというのか、この教室一杯になった遊具はなんというか…。
「暗黒ですね」
混沌を通り過ぎていた。
「姉さんって影響力が強すぎるのよね」
思わず笑ってしまいそうになったセルフィだったが、すぐにムスッとして腕組みをしたので聞いて見た。
「また、そうやって話を誤魔化して」
「貴女が勝手に受け応えたのでしょう?」
「うるさいわね。私はアンタに一つ聞きたいことがあるのよ」
思わず彼女の姉と自分の関係を探るためにこんなところに連れ出したのかと勘繰りはしたが、セルフィは『ふん』と鼻を鳴らして答えた。
「先に言っておくけど、別に姉さんとの関係を探ろう何て思ってはないわよ。私が聞きたいのは今回の事よ」
どうやらセルフィにしてみれば、漆黒の魔道士に自分の姉が従った事がどうも気にいらなかったようだった。
「周囲は姉さんには、何か考えがあったからと思っているのだけどね…。
私には、何かを危険視してたように見えたのよ」
「危険視?」
「そう、あの魔道士の提案を危惧したのなら、その提案に乗らなければいい話でしょう。でも話を聞いている内に、どうもそれはカドクラに向けられているモノじゃなさそうだからよ。
そこで姉さんが最も頼りにしているアンタに、不本意だけど意見を聞いてみたのよ」
「不本意なら聞かないでくださいよ」
「ふん、うるさいわね。おかげで周囲の人達はアンタを見返すんだと、みんな自発的にパトロールに行くやら、周辺警備を勝手に始めるやらで大変だったんだから。
言わなくなければ学園全体に女子トイレに逃げ込んだ事を公表したくもなるわよ」
…このままいけば、これを盾に姉との関係を話せと彼女の性格上、言いそうだったがホントに知りたい事だったらしく、これ以上、何も言わなかったので真剣に答えた。
「おそらく恐怖孤児が、治安部以外の私らみたいな生徒やこの町にすむ住人達に危害を加えない事を危険視しているのでしょうね」
「ふん、だったら、余計にわからないわね。
この町の選挙活動に利用されないようにするために、今は息を潜めているのなら、そんな事をするために外を出歩く浅はかなマネをするワケがないでしょう?
それに、ただが21人に姉さんが思っているほど甚大な被害を及ぼすなんて考えられないわ」
「危険な考え方ですね…」
-まったく、その通りだ。
ドア越しにそんな聞き慣れた声が聞こえたので、そちらを向くとカギが『がちゃり』と開いて、レフィーユが入ってきた。
「すまんな、立ち聞きをするつもりはなかったのだが、お前達が面白い話をしていたのでな。少しばかり仲間に混ぜてほしいモノだな」
カギを掛けなおし、三角形を作り、やはりセルフィは姉に直接聞いた方が良いと思ったのだろう。
「じゃあ、姉さん…」
「まあ待て、まずはお前から話して、答え合わせをさせてくれないか?」
どうやら、話を続けろという事らしいので、そばにあったモノで何か例える事が出来ないかと、探していると将棋のコマの入った箱あった。
「コレを私達にしましょうか?」
「ふっ、差し詰め王将が私達、白鳳学園、玉将がリスティア学園といったつもりか?」
「いえ、そんなつもりはなかったのですが…。
じゃあ、このオセロの入った箱をカドクラとしましょうか?」
「ふん、言い当て妙ね、精錬潔白、実は腹黒って事ね」
「だから、そういうつもりはないですよ」
するとセルフィは残るは恐怖孤児を例える駒と思ったのだろうか、先にチェスの駒が入ったケースを取り出してきたが…。
「ああ、すいません。ここから説明したいのですが?」
「別に構わないでしょう。どうせ後からこの駒の登場をしてくるのでしょう?」
「いえ、それじゃあ、足らないのですよ」
「どういう事よ?」
「この男の言うとおりだ。というより、やはり…そうなのか?」
『はい』と答えると一人、蚊帳の外の妹は腕組んで睨んできた。
…やはり、姉妹。姉ほど細くはない目だが睨む仕草がそっくりだった。
「ま、まあ、話を進めさせてくださいよ。
とりあえず、今回はカドクラが貴女の知名度を利用するために『偽者騒ぎ』を起こしたという事ですね」
「確かマニフェストは『恐怖孤児の更正活動を主に、地域に貢献していく』だったな」
「マニフェストはともかく、その上で恐怖孤児を利用しているので、相当、たちが悪いでしょうね」
「よりによって病弱な人間を助けるという名目でカエデを利用するとは…。
どうやらヤツには、恐怖孤児を利用すればどんな危険が孕んでいるのか、まったく理解していないようだ」
「まあ、高い位置に存在する人間というのは、自分に害が及ばなければ後の事はどうでもいいというのが政治家らしいですからね…」
「じゃあ、どうして姉さんは、恐怖孤児を利用したら大変な目に会うと思っているの?」
「じゃあ、セルフィに問題を出そう。
この中にある道具で『恐怖孤児』を表してみろ」
当然、怪訝そうな顔をして自分が持ってきたチェスの駒を置いたが、さっきのやりとりの性か違うと判断してうのは仕方がない事だろう。
少し考え込んだようなので、自分が答えの代わりに持って来たのは碁石だった。
「…これを床にばら撒くわけには行きませんよね?」
「ふっ、それをしたら、お前に全部、ここの掃除を押し付けるぞ?
だが、お前はそれで正解だと?」
「これ自体に何個あるかはわかりませんが、軽く見積もって、これの倍以上だと思いますよ?
貴女だって、その点を踏まえた上で危険視したのでしょう?」
ばら撒かれていたら、あっという間に囲まれたのが目に見えたのか、セルフィが慌てて答えた。
「ちょっと、この町に住む恐怖孤児は21名なのよ!?」
「セルフィ、役所の報告など当てにするな。実際、この男は見てきたから言っているのだ」
「少なくと医務室には21名は確実にいましたから間違いはないでしょう。
もし、これらを刺激するような事があったら…。
想像はしたくないですね。
さらに、ここにもう一つ、このチェスの駒が、隣町の恐怖孤児しておきますか?」
おどけたように見えたのが、セルフィを苛立たせたがレフィーユは冷静だった。
「良くわかったな。私が捕らえた、あの三人組の事だろう?」
その辺はアカネに聞いていたのだが、それなりに調査していたという事で誤魔化していると、その態度が気に食わないのだろう。
「アンタね、そんな人数と言っているけど、また証拠がなくて言ってない?」
「ないですよ。その代わり、恐怖孤児は自分と貴女が想定しているより、倍以上はいて、おかげで不用意に出歩けなくて、大した働きが出来なかったのですが?」
それだけを言うとセルフィを黙ったので、今度は姉に『単純な問い』を聞いて見た。
「レフィーユさん、もしそんな孤児達に刺激を与えて怒らせてしまったら、この学園。いや…町全体を守りきれますか?」
「出来ないな。
そして、交流期間が過ぎれば、今度は白薔薇学園一つで治安維持をしなければならなくなり、さらに状況は最悪の一途を辿るだろうな。
さすがの魔道士も、それだけは避けたのだろう。
こんな物量を一人で相手にする事など、物語に出てくる主人公くらいなモノだ」
「そして、それを知らずして利用しようとするカドクラは刺激したらしたで、自分のマニフェストの必要性を訴えて市民を味方につけるトコロは、目に見えてますね」
「まあ、そうなるだろうな。それでお前には考えはあるのか?」
「そうですね…」
するとレフィーユの携帯が着信を始め。
「セルフィ、出動するぞ?」
それに出ると、緊張した面持ちでレフィーユは自分を見た。