第一話
…無理だ。
いつもどおりと、このペースで始めよう
何合かの斬り合いと打ち合いの末、レフィーユは一瞬の隙を突いて距離を詰めてヴァルキリーを押し倒して、体勢を崩したトコロでサーベルを突き付けながらこう言った。
「どうした、まだ続けるか?」
その一言が余りにも余裕と余力を残しているのが、このヴァルキリーは直感できたのだろう。
手にした鉄扇が崩れるように消えてこう言った。
「…参りました」
そして、いつもどおりの歓声が上がり、彼女はそれを背中で受け止め、身なりを正そうとしていると歓声とは別にこんな声が聞こえた。
「隊長、次は私と…」
「いえ、隊長、私とお願いします」
『隊長』というのは、レフィーユがこの学園にいた名残だろう。
ヴァルキリー達に一番はない。
そんな白薔薇の精鋭達が『隊長』とレフィーユを崇めているという事、それだけで全てにおける彼女の能力の高さが伺える。
それでそんな自分は何をしているのかというと、白鳳学園より広い剣技場の客席にて練習風景を迷惑の掛からない程度に覗いていた。
「ふん、姉さんを覗き見とはいい趣味ね」
振り向くとポニーテールを揺らしながら腕を組んでこちらにやって来たのはセルフィだった。
「そんなに姉さんをみていたいのなら、あの時の姉さんの『誘い』を断らなければよかったんじゃないの?」
確かに事は数分前、レフィーユがここにやってきて『そこで座っててもつまらないだろうから一緒に走り込みをしないか?』と言われて誘われてはいたのだが…。
―それはもう数分前の話だ。
「いや、少し用事がありましてね。
次の機会にしてください」
「そうか、それじゃあ仕方ないな」
残念そうな顔をしていたので、謝りながら訂正する様にこう付け加えた。
「いい機会ですから今後のために、ヴァルキリーの動きを見ておきたいのですよ」
「動き?」
「『今後』の為に動きや、ヴァルキリー達が東方術でどんな付加能力なのかを見ておきたいのですよ」
遠回しにそう言ったので伝わるのか不安だったが、その心配はなかった。
どうやら合点がいったのかレフィーユは『なるほど』と言って立ち上がり、白薔薇の戦乙女達に稽古と称して手合わせをして、一人一人丁寧にどんな動きをするのか、この人物の付加能力は何なのか見せるように戦ってくれたおかげで、残りはただ一人を残すだけとなった。
この横で座っているレフィーユの妹、セルフィなのだが…。
「何?」
「なんでもありません」
次の機会にしておく事にした。
「だけど姉さんの誘いを断る男なんて始めてみたわ」
「…そうなのですか?」
その反応は妹のセルフィにとって、意外な反応だったのだろうかセルフィは呆れていた。
「ふん、あのレフィーユ・アルマフィよ?
一緒に廊下を歩くだけで、マスコミやワイドショーの話題になるような人の誘いを断るなんて普通はありえない話よ?」
「私以外でも、断ることなんて何回か…」
『あるはずでしょう』と言い掛けたが、そういえばレフィーユが何か手伝えと言って、断った人を見たことがない。
その様子を見てセルフィは『ほら見なさい』と言った顔でさらに続けた。
「それで、そんな貴方はここで何をしていたの。
彼女達を見ているその様子だと姉さんの観戦じゃなくて彼女達をみていたようだけど?」
「……」
セルフィの様子からして、さっきから自分の様子を見ていたのは何となくわかった。
だから当時は『姉さんの観戦をしてました』と理由をつけて、この場を去ろうと考えていたのだが、まるで先手を打たれたような言い方をされてしまったので、そのため新しい理由をこの広い剣技場の様子を眺めて思いついた事を口にした。
「噂がホントなのか見てみたかったのですよ。
ほら…」
そう言った自分の目の先には、広い剣技場の半分を利用して白鳳の治安部が訓練を行なっている。
そこでは木刀や先端にタオルを巻きつかせて作った槍や棍棒を使い組み手をしているのに対して、一方その反対側、白薔薇の治安部は自らの東方術を使い、剣や槍で組み手を行なっているのだ。
「その噂どおり、実際に東方術を使って訓練しているでしょう?
この2つの学園の訓練を見て、風景の違いに驚いていただけですので、それじゃあ失礼しますね」
そんな妥当な返答をしてその場を立ち去ろうと立ち上がるが…。
「待ちなさい」
セルフィは自分を呼び止めてこう聞いた。
「一つだけ、貴方に聞きたいの事があるのよ。
だから、答えてくれる?」
「はあ、何でしょうか?」
「『白薔薇の治安部は自らの東方術を使って組み手を行なう』って、そう言ったけどそれをどうして噂だと思ったの?」
正直、どうしてそんな事を聞くのだろうか、わからなかったので気軽にこう答えた。
「それは『噂』だからですよ」
…いや、答えてしまったのだ。
「普通は白薔薇の生徒でもあった姉さんに聞くでしょう?」
「聞きましたけど、確かめてもいいでしょう」
「ふん、白薔薇の治安部の訓練は結構有名な話よ。
それを踏まえた上で貴方は姉さんに聞いて確かめに来たのよね?」
何故か、とても今すぐに逃げなければならない予感がした。
それは次の自分の口から出るセリフが一つしかなかったというトコロで気付いたので…。
「はい」
もうワナの中だった…。
「じゃあ、どうして貴方は一人で確かめに来たの?
みんなは姉さんを信用して確かめに来ないのに対して、それは貴方は姉さんが信用出来ないって事でしょう?
でも、姉さんはそんな貴方を信用している。
貴方もどこかで姉さんを信用しているから、姉さん相手に誘いを断る事なんてことが出来る。
でも、さっきの話の中の貴方は姉さんをまるで信用していない。
それはどうして?」
あまりの唐突な指摘に思わず黙り込んでしまったのが、このセルフィにはそれがとても気味の悪い『何か』に見えたのだろう。自分をじっと見つめてこう言った。
「貴方、いったい何なの?」
まだ本人は気付いていないだろう。
だが、その言葉はなんとなく核心を突いていた。
これがレフィーユが言っていた『セルフィは天才』という意味なのだろうと、わかった気がした。
「ふう…」
思わずため息をつきながら腰を下ろすと、降参したと思ったか勝ち誇るように聞いていた。
「ふん、ヤケにいざぎのいいのね?」
「こういう時に抵抗見せたら、ロクな目に会いませんからね。
流石に天才だって事にしておきますよ」
皮肉くらい言っても良いだろうという事は知っているのだろうか、セルフィは心なしかヤケに明るい表情でこう言った。
「ふん、じゃあさっそくだけど話してもらえるかしら?」
「……」
「ねえ、どうしてそこで黙るのよ?」
「こっちも『はい』と話すワケにはいかないのですよ」
「ふん、やっぱり…」
『弱みを握っている』とでも思われただろうか、レフィーユさんのために言っておく事は言っておいた。
「それは出来る限り、私にも聞かず姉さんにも聞かず。
貴女自身で調べてくれませんか?」
「私、自身で?」
「少なくとも今の私には、コレだけしか言えませんよ」
後はセルフィの『天才』の部分に任せることにした。
彼女は少し考え込んで、どう思ったのかわからない。
だが、とりあえずこう答えてくれた。
「ふん、まあいいわ。
そんな言い方だと、どうも脅したり弱みを握ったりしてる様子はなさそうね」
その時だった…。
一つ音の高いサイレンが鳴り響いて、そこに放送が続いた。
『商業地区の6ブロックにて爆破事件発生、現場は魔力強化剤服用者が暴れている模様、本日出動する治安部員は直ちに急行してください…』
「…いってらっしゃい」
どうやら、セルフィは本日出動だったらしい。
『ふん』と鼻を鳴らして、駆け足でここを離れてくれた事に安心していたがそれも、つかの間だった…。
その後に、とんでもない事を耳にしたからだ。
『なお、前回の事件のケースを想定して、今回の事件の首謀者は漆黒の魔道士である可能性が高いのでヴァルキリー全員は緊急出動してください』
おそらく、同時だろう。
自分のもう一つの名前が出てきた時には、レフィーユと目が合っていた。
――。
「アレはヤツではないな…」
「姉さん、何を今さら言ってるの。
現にいたじゃない…」
その夜、聖・リスティア学園の所有する搬送用のキャンピングカーに揺られながら、帰る途中、私はセルフィと向かいあって座って今回の事を話し合っていた。
現場に着くと服用者だけを残し、ニセ魔道士とでも名づけておこうか、それはもうこの場にはいなかったので、服用者の確保を優先して現場から撤収をしようとした時、『ある建物』が目に映ったので『自分は一人で帰る』と言い残し、その建物へと向かう事にした。
そこは白鳳学園と聖・リスティア学園を挟んだ境界線にある何の変哲も無いデパート、ただ名付け加える言葉があるとしたら『廃墟』と化したデパート。
爛れて『非常用』と書かれたプラカードが当時を思い出させてくれたので、微笑をこぼしながら入ろうと中を見ると、思ったよりも真っ暗だった。
常備しているペンライトも心細くなるくらい、暗い洞窟の中で構わず潜入する出来るのは、近くにブレーカーがある事を覚えているからだ。
何となく覚えている場所をペンライトで照らす。
するとブレーカーを発見、抉じ開けようとサーベルを作り出して、隙間に突き立てて体勢をとった途端…
「ああ、そうか…」
笑ってしまった。
もう抉じ開けてあったのを思い出したのもある。
だが同じタイミングでサーベルを作り、同じ体勢でこのブレーカーのカバーを抉じ開けていた。
昔の自分にデジャヴを感じたからだ。
窓を木の板で貼り付けられているとはいえ電気をつけて、その光りで誰かが来るのは不味いと思ったので、ペンライトで探し出して入れたスイッチは非常灯。
「おお…」
思わず呟いて息を飲んだ。
あれから時間も経っているというのに、関係者が来てある程度整備されたというのに…。
薄暗く照らされた店内が私の目には、昔の風景が鮮明に構築されて、今、昔の私が目の前を歩いている。
彼女の後ろを追うように、後を着けると彼女は中央で歩みを止める。
そこにはうっすらと非常灯とは違う光が差していた。
月明かりが集中する様な構造もこのデパートの特徴だった。
パキッ―。
自分が何かを踏んだような気がするが、その音がガラスを連想させて、空を見上げて思い出した。
ここが漆黒の魔道士と初めて出会った場所だ。
そこから彼が飛び降りてきて、私は始めて見る―
『闇』
それを法衣の様に纏う余りの異様な容姿、その姿にサーベルを構えて強襲を仕掛ける。
予想通り慌てて左腕で受け止められたのを見て、そのままサーベルを引いて突きを放つが身体を捻って避けて、そのまま魔道士は足を払う。
それを跳び避けながら、屈んだ体勢の魔道士に向かって私の東方術の付加能力の残像がサーベルを振るう。
だが片手で側転して横になぎ払われたサーベルを避けて、魔道士はこう言った。
「レフィーユさん、いきなり何するのですか?」
気になった事があって、つい黙ってしまったが回想に聞いて見た。
「…そのセリフは、昔の回想になかったぞ?」
「何言ってるのですか?」
「いや、何でもない。
その前にお前はホンモノか?」
ゴソゴソと何に手間取っているのか闇で顔を隠した法衣を脱ぐと、いつも学園で見ているあの男の顔が出てきたので、ようやく警戒を解きながら呆れながらこう言った。
「まったく、ニセ魔道士を見てみたいのはわかるが、お前が出てきたら現場が混乱するだけだろう?」
「爆破事件ですよ?
私は、そう言った物騒な事件を見過ごす程、人間が出来ていないのですよ。」
「…普通は逆じゃないのか?」
私は笑いながらそう言い返すが真面目にこう答えた。
「今が異常だから、そう言ったのですよ。
爆破事件だけの話ではないのですが『事件』なんて起こったら、そこに犯人がいる可能性が高いのもあるから、身の安全を考えて現場に近寄らないのが普通でしょう?
最近じゃ爆破方法や火薬の入手法などインターネットで調べれば、知ることが出来て買う事も出来る時代ですけど、現場見たさで近寄って、ケータイで撮影してる人たちは『普通』ではなく『異常』だと思いますよ?」
なるほど確か異常だ…。
そう言った危機管理すら出来なくなっているのは、今、魔法という武器を手にするからだと思う。
武器があれば自分の身が守れる。
それは単純な防衛思想で、単純で危険な思考だろう。
だがこの『魔道士』は、『応急処置を手伝え』と言っても聞こえてないフリをして野次馬を決め込む光景を彼は何度も見ていたのだろうか、ため息をついただけで何も言わなかった。
彼は『応急処置』というスキルを持った人間だ。
だが緊急時において、それは発揮される事は無い。
漆黒の魔道士だから…。
そんな呼び名のついた怪人だから…。
狂人だから…。
生きていてはならない人間だから…。
私がマスコミを利用して世間にそれらを公言して悪の象徴となってしまった男だから…。
そんな痛みを感じながら少し下がって屋上へと上がる途中、一つ気付いた事があった。
「じゃあ、お前は、いつからいたのだ?」
「その混雑でレフィーユさん達が現場に着く前ですね」
「犯人を見たのか?」
「まあ、遠くからでしたけど…」
「どうした?」
「アレは『闇』じゃあ、ありませんでしたよ。
ただ黒いの布を被った人でしたね」
「やはりニセモノか?」
「そうなりますかね」
そう言うと、彼は少し残念そうな顔をしたので、少し前に聞いた事のある『決意』を思い出たので、肩に手をおいて励ましてあげた。
「そう残念な顔をするな。いずれ見つかる。
お前は『それ』はありえると思っているのだろう?
私はお前がいるだけで、それはありえる『可能性』だと確信している。
だから、お前も信じてみるのだな」
屋上独特の心地よい風を感じながら夜景を見ていると自分達の入ってきたドアから気配を感じた。
彼にもそれがわかったらしく、何も言わずに距離をとりながら法衣とマスクを被り、闇で作られたマスクから発することができるらしい。まるでボイスチェンジャーを使ったような声でこう言った。
「そこにいるのは誰ですか?」
「ふん、噂どおりの外見と声をしているじゃない」
そこから現れたのは、セルフィだった。
「セルフィ下がるんだ」
当然、これは演技…。
「さすが姉さん。漆黒の魔道士の居場所を突き止めるなんて…
だけど、私だって、足手まといにはならないくらい訓練を積んでいるつもりよ」
だが誰に似たのやら、セルフィは下がらず、戦うつもりで近寄ってきた。
「ちょっと待ってください。
私はただ貴女たちに、言っておきたい事があるだけですよ」
『真実』を訴えるつもりだろうが、だがセルフィは決め付けるようにこう言った。
「私達、姉妹二人を相手に出来ないから命乞い?」
私も昔、あんな感じで突っかかっていたのかと思うと少し胸が痛む。
「今回の事件は私のニセモノです…と言って、信じ…ませんよね?」
この男もその何となくわかったのだろう。
訴える事を途中で止めて、静かに身構えた。
「ふん、あれだけの事をしておいて、何が『ニセモノ』よ。
漆黒の法衣を身にまとっていた姿を見たという、目撃者もいるのよ。
それをどう説明するの?」
「目撃者…直接見ていないのですか?」
「そうよ。それだけで十分でしょう」
つい、彼と目を合わせてしまう。
それだけの根拠で彼を犯人と断定しているのは、明らかに無理があるのが目に見えていたからだ。
「言いたい事は、それだけ?
…なら。」
かまわずセルフィが東方術で作り上げるは、見かけは一本の槍…。
だが、先端に斧がついて、名前を変えた武器。
―ハルバート。
それを振り回して構えて、こう言い放つ。
「さあ、掛かって来なさい」
だが、これも『姉妹』というのだろうか…
「あ、あれ?」
「もう逃げたぞ?」
昔の私のように見事に取り逃がしていた。