第十五話
『YOU LOSE』
世の中には勝つ者がいれば、負ける者がいる。
まあ、それはゲームセンターにおいて、よく目にする光景だろう。
そして自分の目の前には『あなたの負け』と輝いていた。
負け惜しみかも知れないが相手が悪い。
世の中の格闘ゲームがほとんどICカードが存在し、戦績が残せるそんなご時世で、自分はカードも作らない主義であったが、腕前はある程度を自負もしている。
だが、それに対してこの対戦相手、知れば親が注意するだろうと思われるくらいの試合量のやり込みと、勝率83%という相手なのだ。
格ゲーで強くなりたければ、対戦をすべし…。
ゲーマーの中では有名な格言だが、こんなのを相手をしていると、自分のお金がもったいない。
…そんな負け惜しみである。
仕方がなく、他のゲームをする事にしたが自分が基本的に好きなゲームジャンルが格闘系というのも手伝ったのだろう。
また格闘ゲームをする事になり、3戦目に差し掛かった頃、また…。
『A NEW CHALLENGER』と、そして完敗『YOU LOSE』。
しかし、これをもう一回、味わった頃、相手を他人のフリをしてどんな人がやっているのか見てやろうと思ったので席を立って、あえて遠回り、そして自分の席の向かい対戦相手は見慣れた人物だった。
「…セルフィさん?」
「ふん、息抜きに立ち寄ったら、アンタが随分と不器用にゲームをしていたから腕前を見て、稽古をしてあげただけよ」
『もう一回しなさい』とでも言いたいのだろうか、だが何故かセルフィは『イライラ』していたので、息抜きに立ち寄ったのはホントだというのが何となくわかった。
「何があったのですか?」
「学校をズル休みしていたアンタには関係ない事よ?」
「ズル休みしていた…という事は、私が原因では無さそうですね」
「ふん、うるさいわね。だったら大体の予想は付いているくせに惚けないでよ」
「また貴女の姉さんの事ですか、今度は何があったのですか?」
セルフィは一旦、『じとっ』した視線を自分に送ったが、観念したのか新しく入ってきた対戦相手にワザと負けて、こう呟いた。
「…怒ったのよ」
「怒った…ですか、あの人が珍しいですね。
何があったのですか?」
「ふん、私の方が聞きたいわよ。
前にアンタと4人で現場を調べていた時に、姉さんは別で行動していたらしいわ」
その時、やはり選挙活動をしている立候補者にとって、彼女の知名度は絶対的なモノで是非、利用しなければならないと考えたのだろう。
彼女が出会うたびに握手を求められたらしく、世間では『漆黒の魔道士が恐怖孤児を引き連れて騒ぎを起こしている』とされている今回の騒ぎを、『偽者騒ぎだ』と何故か知っていた立候補者が中にはいたと聞いたそうだ。
「それで、ヒオトさんからそれを聞いた私は姉さんに、姉さん達の憶測が正しかったと言った途端に呆れ出して、今度は私達は姉さんの指揮に従うと言ったら、『いい加減にしろっ!!』と一括されたのよ」
「彼女らしいですね。
多分『呆れた』のは、レフィーユさんがヒオトさんにそれを言った時、『黙っていてほしい』と言ってたからでしょうね」
「それじゃあ、アンタに聞くけど、それを言ってしまった事にあるから呆れたのなら『怒った』のは?」
「『従った』から…では、ないでしょうか?」
「ふん、それのどこが怒った理由につながるというのよ。
一つの事件において、被害拡大を防ぐため迅速解決させるには一つの意見に従う事くらいは当然でしょう。
姉さんだって理解していると思うけど、これは明らかな遅延行為よ」
「まあそれはそうですが、大体、貴女達は偽者を調べていたのでは?」
「姉さんにもそんな事を言われたけど、根っこを抜いてしまえば、芋づる式に解る事でしょう?」
「それで全て投げ出して、姉さんに従うというのですか、貴女はそれが、レフィーユさんが嫌う事くらい知っているとは思いましたが?」
…セルフィは黙り込んだのがいい証拠だった。
多分『ここ』だろう。
この学園に来て数日しか経っていないが、これは少しばかり自分でも変だと思ったトコロだ。
確かにこの町は自分達の町より物騒ではある。
しかし、ヴァルキリーの存在、設備の充実である程度の治安は守れるといえるので、心配はないのだが、ここの治安部は彼女の意向に従い過ぎるのだ。
彼女は、自分の言った事に『従う人間』は嫌いではない。
だが『言われてやっている事を投げ出してまで従う人間』が嫌いなのだ。
「…それなのにお前達は『偽者』の事も『恐怖孤児』の事すら知ろうともせず私について行く、呆れ返って物も言えんとは、この事だな」
「姉さんっ!?」
「すまない、盗み聞きをするつもりはなかったのだが、このまま遠くから眺めるのも悪趣味だと思ったから、声を掛けさせてもらったぞ」
「それは構いませんけど、何で男装なんですか?」
「別に構わんだろう。読者サービスだ。
それに意外と動きやすいのもあるし、私がそのままの姿で町に出るだけで騒ぎになるのだからな」
そう言うが周囲の視線を集めているので、この変装は意味はないのではと思えてしまったがそんな事はすぐに中断した。
『クゥゥ』
「何、今の音?」
こういう時、どうして、この音は大きく聞こえるのは何故だろう?
気恥ずかしく黙っていると、その沈黙が『自分のお腹の音です』と伝わってしまい。姉妹は揃って笑いを堪えていた。
「ふっ、そっちは思ったより『大変』そうだな?」
「…思ったより、事態は切迫してましたからね。
ここで落ち合うまでに何か食べておこうかと考えてましたけど、食欲が湧かなかったのですよ」
「そうか…」
「姉さん、この人に何をやらせていたの?」
「ただの『情報収集』ですよ。
そういえば、セルフィさんの前に漆黒の魔道士が現れたそうですが?」
「どうして、アンタがそんな事を知っているのよ?」
『それは誤魔化すためですよ』と二人して笑いながら視線を外して心に留めておいていると、何も知らないセルフィは答えた。
「ええ、痺れ薬を飲まされた治安部の人を救助に向かって囲まれていたところにね。
忌々しいけど、助けられた形になっちゃったけど、まったく何を考えているのかわからないのも困りモノね」
『そうか』と気分良さそうに何を考えているのかわかっている人物をみて、セルフィは話をそらされた事に気付いたのか聞いて来た。
「で、それと『事態が切迫』していたと言う事とどんな関係があるのよ?」
「じゃあ、今回の事件…セルフィさんは、どう見てます?」
「そんなの『選挙立候補者が恐怖孤児で魔道士の偽者を仕立て上げて、姉さんを選挙運動のコマにしようとしている』って、アンタだって言ってたじゃない?」
「それは私の意見であって、私は貴女はどう感じているのかと聞いているのですよ」
「どういう事よ?」
「今回の事件を振り返れという事だ。
部屋の一室が爆破される。
恐怖孤児の発狂者が現れる。
偽者が現れて、お前達が現場到着と同時に姿を消す。
…アラバ、お前は気付いていたのか?」
「はい、セルフィさんに言われるまでは気付きませんでしたが、セルフィさんは気付いてます?」
「私が何を言ったというのよ?
何よ、その顔…姉さんもどうして同じ顔をしてるのよ」
『ムスリ』とした表情が姉に似ているなと思った。
「…セルフィさん、これは真面目な話ですから一方的に言いますけど、おそらく今回の事件、それだけの事件と思わない方がいいですよ?」
「ふん、面白い事を言ってくれるのね。そんなの姉さんが許すと思うの?」
「事件が起こるには、姉さんは所詮、象徴に過ぎないでしょう?」
「ア、アンタ、姉さんの前なのよ。言い方くらい…」
「ふっ、どこに間違いがあるというのだ。
この男からしてみれば、それだけ今までお前達、精鋭は私がボールを投げてそれだけを追っているように見えるという事だろう?
もしこの事件がとんでもない事件に発展したのなら、私はこの男の言う通り、馬車馬の如く働かなければならないのか?」
「でも私達は、姉さんの為に…」
「それが駄目だというが、わからんのか!!」
レフィーユの怒声がゲームセンター内で響き渡り、店内が静かになった。
気まずい沈黙の中、やがて落ち着きを取り戻した彼女は静かにきびすを返した。
「レフィーユさん、どこへ?」
「今度こそ、愛想がついたのでな、これからは一人で勝手にやらせてもらうさ」