第十二話
「オレと連絡がとれて、人の証明書を使って、現場へ調査を始めるか、お前、何でもありだな…。
治安部には、オレみたいなヤツと連絡が取れるようにしてはいけないなんて、規則があるのを知ってんのか?」
イワトとセルフィ、自分とレンジは二手に分かれて調べていると、レンジはそんな事を聞いてきたので、爆発で黒く焦げた壁を指先でなぞりながら答えた。
「私は治安部じゃありませんからね」
「そうでもよ。『危ないヤツと連絡が取れる』何て知られたら、色んな意味でヤバイだろう?」
「私の周りには口の固い人たちが多いので、その辺は心配ありませんよ」
「あの妹さまでもか?」
「ああ…」
その言葉でついセルフィと目があってしまい、彼女は『ふん』と顔を背けられたので、少し心配になったが、何とか『大丈夫です』と答えて聞いて見た。
「しかし、さっき言った規則にしても、白薔薇学園に門限がある事も、よく、あの学園にいないのに色んな事を知っていますね?」
「言っただろう、それくらいの事は、調べてから騒動は回避するように指示するのも、オレの仕事だってな」
「という事は、白鳳学園と『合同学園生活交流会』をするという事も知っていたのですか?」
「それは何やら騒ぎになるってのはわかってたが、そんな行事まで調べる事なんか出来ねえから知らなかったな」
「偶然ですか…」
「何だ。何か引っかかる事があるのか?」
「いえ、もし貴方達の中に偽者がいるのでしたら…」
「おいおい、さっきは妹さまの前だから遠まわしに言ってくれたのかもしれないが、もう少し気を使って言ってくれよ」
『貴方が言った事でしょう?』と軽い調子で答えると、レンジは『まあな』と言って微笑みながら悪ぶっていたので続けて言った。
「その偽者が『知らない』のなら、何となくですけど、偽者は何が狙いなのか見えて来たのですよ」
「へえ、それで、何が狙いなんだ?」
「……」
「おい、どうしてそこで黙るんだよ?」
「すいませんね、まだ『何となく』ですから…」
「うっかり話す事は出来ない…か、まあいいや、一つだけ聞かせてほしいんだけどよ。
『偽者』って、どんなヤツなんだ?」
さっきとは一変して真面目に聞いてきたので少し戸惑っていたがレンジも偽者の事を知りたいのが感じてとれたので、こっちも真面目に答える事にした。
「何でも、魔力の強化剤を使って、『火』が出なくなった西方術者らしいですね」
『カエデ』と名前は言う事が出来なかったが、それを聞いたレンジは『そうか』と言って、今まで心当たりのある人間が頭に浮かんだのだろう。
だが、突然、イワトがやって来て言った。
「アラバ、大変じゃ、アイツが来た!!」
窓から下を見ると、今度は自分が偽っていたあの男がいた。
「ふん、どうするのよ?」
「セルフィさん、対応、お願いします」
「えっ、私っ!?」
「いいから早くっ!!」
「オ、オレはどうすれば?」
「レンジさんは隣の部屋に隠れてください!!」
そうして…。
「いくらレフィーユさんに次ぐ実力を持つ、この私、ジング…」
『名前を使うとは、許せんヤツだ』と偉そうにこの男は、セルフィに格好を着けながらこう言った。
「すいませんね、セルフィさん、コイツらには、こんなトコロに来ても、無駄な捜査になるという事がわからないのですよ」
「随分な言い方ですね」
「そうじゃないか、大体、ここで起こった事件は恐怖孤児による。
偽者事件だという事くらい、このジン…」
『ガタンッ』と隠れている人物はどうも聞いているようだったので、この3名はつくづく気まずい表情をしていたが、そんな事を構わずこの男はこう言った。
「とにかく今回は偽者に扮した恐怖孤児が引き起こした事件だと言う事なんだ。
まったく、タダでさえ本物に手を焼いているというのに…。
恐怖孤児は大人しく、ゴミ箱でもあさってればいいのだ」
言ってはならない事を言ったと思った。
「おい、てめえ、今、何つった?」
『バンッ』と、ドアを開けたその人物は、うつむいたまま静かに聞いてきたが、雰囲気は今にでも殴りかかって来そうなだったのがわかった。
「う、噂をすればやらだな。
セルフィさん、この男が隠れる様に出てきたと言う事は事件に何らかの関係があると、このジング…」
流石に不味い展開になってきたので、この男に経緯を話そうと前に出たが、レンジがそれを制して答えた。
「そんなの関係ねえよっ!!
てめえにな、俺たちがどんな気持ちで生きているのかわかって言ってんのか聞いてんだよ!?」
「わかるワケがないだろう。
お前らなぞ、どうせ更正もする気も無く、ただ遊ぶ金欲しさに犯罪を犯す。
そこらにいる、犯罪者と何ら変わりのない『連中』だと言ったのだ」
レンジは思わず、胸倉を掴んだのだろう。
だが『意味』もわからない、この男はしてやったりとした顔で言った。
「殴るのか、いい証拠になるな。お前達はいつもそうやって暴力で訴えるのだからな」
自信満々に答えるこの男、レンジは『殴る』なんて生易しいモノで済まされないのが見えてしまった…。
「…ここまで、ですよ」
止めるためにレンジの右腕を右手で抑えて言った。
「レンジさんの言う事はわかります…」
左手はまるで握手の様に見えるだろう…。
「お、お前…」
だがレンジの右手は『あるモノ』を握っていたので握手ではない。
「ア、アンタ!?」
ちょうどセルフィは『何を握っている』のか見えたのだろう。
彼女は慌てて引き離そうと近寄るが目で制したと同時だろうか、レンジは言ってきた。
「は、放せっ!?」
『バチバチ』とまるで放電するような音をさせて、レンジの東方術で作った『ナイフ』の刃の部分を防御本能を効かせて、左手で握る。
『引けば切れる』
これは刃物の摂理だろう。
だが…。
『押せば切れる』
それも摂理だった。
その言葉通りに、そのままレンジの方に押し戻そうとするので驚いたのだろうが、そのナイフで切り付けられようとした男はこう言い放つ。
「いいぞ、これで傷害で…」
いつもなら、ここで自分の名前をいうクセを持つこの男、だがそのクセは自分が今までに無い威圧感で睨みつけられたせいか、言う事は出来ず、自分の言う事を聞くことになる。
「私は何もされてません。
今回は私が勝手に、レンジさんを連れて、ここを調査しただけです。
貴方の邪魔が入りましたので、今日は帰ってください…」
『良いですね』と言った時には、『覚えてろ』と言って先に帰ったのは、あの嫌な男だった。
「お、おい、大丈夫か!?」
防御本能で手は切られてはいないが、痛みで顔が少し歪んでいたらしくイワトは心配して駆け寄ってきたので『ご心配なく』と言うと、これ以上、捜査を続ける事が出来ない状態になってしまったのが、目に見えて明らかだった。
先にレンジを連れて帰ると言って、部屋から出ると残ったセルフィはイワトに聞いてきた。
「ふん、これでレンジを捕まえる事が出来たのに、あの人、一体、どういうつもり?」
だがイワトは平然と笑いながら答えた。
「それはコイツがレンジを信用しとるからじゃないですかね?」
「じゃあ、あの人は『恐怖孤児』を信じてるって言うの?」
「そりゃ、ワシだって信用出来んがの、アイツはどうも『ワシら』とは違うみたいなんですわ」
「その『ワシら』って、姉さんも入ってる言い方ですね?」
「そう聞かれるとわからんが、多分、そうだと思ってもええと思うのう」
「ふん、姉さん共々、貴方も随分と彼を評価していますね」
「それを言われると、つらいのう…。
じゃが、さっきの事態の収束をさせたのは、紛れも無くアイツじゃろうが?」
『ふん』と鼻を鳴らしたまま、黙ったままだったのでイワトは答えた。
「まあ、ワシには『違う部分』ってのは、知ることは出来んじゃろうな」
「ふん、だったら、誰が知る事が出来るって言うの?」
「それはお前の姉さんの方に決まっとるじゃろうが?」
……。
白薔薇学園音楽室にて、一人、キーボードに電源を入れてイヤホンをつける男の影があった。
鍵盤を突付き、音量を確認する。
この場所で、この男がやる事は一つ。
ねこふんじゃった、ねこふんじゃった…♪
心得がないのか、まるで確認するような旋律、奏でる曲は…。
ねこふんじゃった…♪
言わずと知れた、最も音楽室に流れる曲だった。
…彼には特技がある。
多くの『弾ける』男は『猫踏んじゃった』を10回…、すなわち前半部分まで弾けるだろう。
しかし彼は『ねこにゃ〜ん』の部分を完璧に弾きこなす事が出来るのだ。
この凄さは、男にしかわからないだろう…。
その事を踏まえると、彼の数少ない『特技』の一つである。
ふんじゃったっ♪
最後の部分は心なしか強く叩いてしまったが、そんな事は構わず『ムフ〜』と自然に顔は得意気になっていると、後ろから声が聞こえた。
「お前は随分と簡単な曲で得意気になれるものだな」
自分の演奏に酔っていたのか、いつの間にかレフィーユが入ってきた事に気付かなかったようだ。
「まったく、どうして男というのは、この程度の曲を弾けるだけで自慢になるのだ?」
音楽室で得意気に『ねこふんじゃった』を奏でる男子生徒は、どうやら彼女の小学校にもいたらしい。
しかし、もっと驚いたのは…。
「イヤホンをして音も漏れていないというのに、よくわかりましたね?」
「こんな特徴的な、鍵盤の叩き方をされれば誰だってわかるだろう?」
そう言って、彼女は長い指先を机の上で『カタタッタッタン』と猫を踏むと、近寄って取り付けたイヤホンを外し、席を代わろうとしたので聞いて見た。
「弾けるのですか?」
「私を誰だと思っている?」
『ふっ』と微笑んで、一旦、身なりを整え彼女が奏で始めた曲は、意外にもオーケストラや、行った事はないが発表会などで弾かれるような、難しい曲ではなかった。
「ジャズ…ですか?」
「他にも堅苦しい曲は弾けるのだが、私は基本的にこの様な曲が好きなんでな」
『ご要望があれば弾くぞ』と微笑んで言うが、首を振っていると彼女は演奏しながら聞いてきた。
「セルフィから聞いたのだが、左手は大丈夫なのか?」
「さっき試してみましたが大した事はなさそうです」
「試していた?
ああ、だから『猫をふんじゃった』か…」
笑いながら、そのまま立ち上がるとまだ曲が続いていたので、ついキーボードを見る。
するとどうも録音していたらしく、そのまま彼女は音量を上げるとセルフィが入ってきた。
「誰が姉さんの好きな曲を弾いているのかと思ったら、こんなトコロで何をやってるのよ?」
そう言って、セルフィは自分の方をみて『ふん』と鼻をならして言った。
「姉さんが滅多に弾かない曲をこれから聞こうとしてるところ悪いけど、ここでこれから私達二人での会議なの。
だから…」
「セルフィ、いつ私が『二人』ですると言った?」
自身でも『ここで会議をしようと』彼女から聞かされていたので、その場に座ると彼女は椅子を自分の前に持って来て座ったので、渋々セルフィはその間、まるで三角形のように座るとレフィーユはセルフィに聞いた。
「それで、どうだった?」
「さっきも言った通り、レンジと一緒に現場を調べたけど何にも収穫はなかったわ」
セルフィの報告に『ふむ』と頷いて、レフィーユは自分の方を見て何か聞こうとしたが、それは自分が手を上げた事で出来なかった。
「レフィーユさんは何処に行っていたのですか?」
「私は昨日、爆破事件のあっただろう。そこへ行ってたのさ」
「それで、どうでした?」
「ちょっと、段取りと言うのを考えてよ。
いずれ聞く事で…」
だが、レフィーユは『構わん』と一言答えて、自分に言った。
「…何もなかったな」
「やっぱり、何もありませんでしたか…」
「何か気になる事でもあるのか?」
「いえ、私の方でも『何も無かったのですよ』。
そこで、一つ聞きたいのですが、『爆弾』ってどの位置にあったのですか?」
「デパートの業務員専用の更衣室で誰も使われていないロッカーだ」
「奇遇ですね。私も『誰も使われていない』部屋の一角に仕掛けられていたのですよ」
それで呆れて聞いてきたのはセルフィだった。
「ふん、アンタね。
『爆弾がどこに仕掛けられていた』なんて事件に関係あるの?」
「じゃあ、セルフィさん、今まで『偽者騒ぎ』で爆破された場所は?」
「ふん、さっきと一緒よ。
『誰もいない、使われていない部屋』を爆破し続けていて、場所はアトランダム、これでアンタ、何が言いたいのよ?」
「セルフィ、気付いていないのか?」
『何よ』という態度に起こる事無く、彼女の言おうとしている事を自分が口にする事にした。
「もし、私が犯罪で『爆破』という手段をとるなら、最も被害がある『場所』に仕掛けませんか?
例えばレフィーユさんの場所でしたら、逆に『使われているロッカー』とか、しかもあの時の場合でしたら昼下がりではなく、従業員が出入りする可能性の高い、昼時を狙いませんか?」
「そんな事を知らなかったんじゃないの。
大体、あの時、看板が落ちてきて、危うくアンタに落ちて来る被害だってあったじゃない?」
「それこそ『知らなかった』のじゃないですか、それを踏まえたのなら、『偽者が人に被害を及ぼしたケース』はあれ一件だけでしょう?」
「何を言ってるのよ。人に被害は…」
「なるほど『全て被害を与えているのは薬物発狂者だけ』だったな」
「じゃあ、姉さん、どうして偽者は『爆破』する意味があって、どうして『薬物発狂者』の中にいつもいるの?」
おそらく、それはカエデがどこで何人が集まって、薬物を使用するのか『調べて』いるからだろう。
そこで発狂者が出てきたのなら彼女は『偽者』になって騒ぎを起こしている。
という考えが妥当だろうが、これはセルフィも知らない事だろうし、実際、憶測だったので向かいに座っている彼女にも黙っておく事に…。
何だろうあの細〜い目…。
まるで『知ってるのじゃないのか』と言わんばかりの細い眼光が『チクチク』と痛かったが、気のせいだと言い聞かせて『知らないフリ』をしていると彼女は聞いてきた。
「じゃあ、お前はどうして騒ぎの際に、わざわざ被害の少ない場所を選んで『爆破』をしていると考えているのだ?」
「『騒ぎ』を起こす為でしょうね」
「はん、アンタね。
今回の事件は『愉快犯』の仕業とでも言いたいの?」
あざ笑うには十分な理由だろう。
だから、付け加えるように呟いてみた。
「漆黒の魔道士は偽者を許さない、だがそんなリスクを踏まえて騒ぎを起こす理由って、何ですかね…」
「漆黒の魔道士でなくてはいけない?」
「漆黒の魔道士は誰と関わりが多いか…」
「姉さん?」
頷いて、レンジが『合同学園生活交流会』という行事がある事を知らなかった事を考えて、さらに呟いた。
「今、この町は、何が起きているのか…」
「偽者の漆黒の魔道士が事件を起こしている」
苦笑しながらセルフィの意見に首を振っていると、レフィーユがもう一つの答えを口にした。
「市長選挙…」
「レフィーユさんは、『選挙』に影響を与える事ができるか?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。
アンタもしかして、その『立候補者』を疑えと言ってるの!?」
妥当な意見に当然の事ながら困惑を見せるセルフィだったが、レフィーユは何となく考えていたのだろうか、妹を抑えて聞いてきた。
「つまり狙いは『私』だという事か?」
過程の段階だったが自分の考えている事なので頷いていると、彼女は考え込んだのでセルフィを抑える事が出来なくなり、セルフィは抗議を始めた。
「ちょっと、アンタの推理には、根拠がないじゃない!?」
『バン』と机を叩いて、またポニーが揺れるがレフィーユが口を開いた。
「それにしても、ずいぶんと動揺しているじゃないか?」
驚いた様子の妹に構わず、伸びをして『ドン』と表現では重く、実際には軽く両手を下ろしてセルフィに言った。
「だがな、セルフィ、まだ過程の段階だが、この男の見立て通り、偽者の狙いは私だという事は、十分にありえるぞ?
だったら、今回は…。
まあ、私の方から言っておこう…」
『私は一切、今回の事には関わらない』
レフィーユの言った事に更に困惑を隠せなくなったが、そのまま『わかった』と言ってセルフィは音楽室を出ていったので、彼女に聞いて見た。
「レフィーユさん、少し言いすぎなのではないのですか?」
「何、私の力を借りずみんなが協力して調査するには良い機会だろうさ」
「良い機会ですか?」
「まあな、リスティア学園の治安部はどうも私に頼るという癖が見えてならないからな。
自分達の力で解決させて自信をつけさせてあげたいのさ。
それで、お前に一つ頼みたい事があるのだが…?」