第九話
セルフィを動けなくして彼女の元に走って辿りつくと、こんな一言で出迎えてくれた。
「…遅刻だな」
「すいませんね。誰の妹かは知りませんが、セルフィッシュという人に絡まれていましたのでね」
「そんな事が白鳳学園校則に『遅刻の理由』の項目にあったとは知らなかったな。
それで、お前の方は大丈夫なのか?」
「少々手荒でしたがセルフィさんを取り押させる事が出来ました。
ご心配なく、怪我を負わせていませんよ」
「違う、お前に怪我はないのかと聞いたのだが?」
「ああ、ご心配なく、胸に良い一撃を貰いましたけど大丈夫ですよ」
「闇の法衣のおかげか、便利なモノだな」
「まだ闇に頼るという戦い方をしているだけですがね」
「ふっ、精進が足らん…か、良い解答だ。
ヴァルキリーたちも、こう素直であってほしいのだ」
「それより『偽者』はどこへ?」
「すまない、窓ガラスを引き裂いて、飛び移った隣のビルの壁に手を突っ込んで、溶かしていたのだろうな…落下の速度をそれで緩めて逃げられた」
レフィーユがそう言って指差した所を確認しながらビルの下を除く、すると壁に一直線に伸びた線が事のてん末を語っていた。すると彼女はこう聞いてきた。
「…まだ、そんなに時間は経っていない、追うか?」
頷いて、そのまま返答を待たずに、ここを立ち去った。
後から彼女は付いて来ると思ったからだ。
……。
このビルの地下の配電室から更に下に潜る。
ホコリっぽいが、ここは自分の住む町ではなく、使ってない道だったので仕方のない事。
しばらく走り続けて、一つのマンホールを見つける。
携帯機能のGPSで場所を確認して、レフィーユに電話で合流先を教えておいて、はしごをあがる事にした。
錆び付いたマンホールを抉じ開けようと闇を扱いながら、全身を使って力を入れると。『バゴッ』勢い良く上半身を乗り出して、周囲の驚く様子も気にも止めずに前を向くと…。
目の前から、横滑りしながら車が一台向かってやってきた。
「おわああッ!!」
ギリギリ目の前で止まる車、その運転席に座っていたのはレフィーユだった。
「待たせたな」
遅刻しなかったら、私は車に轢かれるのでしょうか…?
そんな事を考えながら、自分は車に乗り込んでため息をついていると、心当たりへと移動して、そのまま待機をしている最中、彼女は何かに気づいた。
「ところで、どうして車内はマジックミラーだというのに変身を解いているのだ?」
「ただでさえ貴女と漆黒の魔道士が一緒に張り込みなんて、面白い絵柄だと思いませんか?」
『別に気を使わん仲でもないだろう』と彼女は肩を竦めるが一応の警戒はしておいた方がいいと思った故の解除だったが『正直な…』と少し真剣な表情をして呟いたので聞くと…。
「一度でもいいから、『アレ』に袖を通して見たいと思った事が何度かあってな…」
『着てみたいから、作って見せろ』と言わないのはさすがに厚かましいと思ったからだろうか、それだけ言って彼女は自分を見つめ出した。
こうなると、自分のやる事は限られる。
「じゃあ、ちょっと腕を出してください」
このまま法衣を作るのは時間が掛かるので、腕だけ作る事を伝えると、言われた通り素直に自分の前に手を出して聞いてきた。
「腕を捲らなくてもいいのか?」
「普段でも服から上に覆っていますので、そのままやりますよ」
そういって彼女の肩の辺りを手で覆いそのまま何かを引き伸ばすと、彼女の腕は『闇』で覆われていた。
「おお…」
興味深げにその腕を曲げたり引っ張ったりしていていたので、少し『張り込み』をしているの事を忘れているのじゃないのかと、不安になったのがわかったのかこう言った。
「心配するな、本来の任務も忘れてはない。
大人、2名、老夫婦が3組、車が4台…、人の特徴、車種も言えるぞ?」
そんな感じで自分は大まかにしか覚えていないのに対して、彼女はちゃんと覚えていたのだった。
だが、その時だった。
コンコン…。
張り込む場所が場所だったらしく、道を歩いていた『ある人物』が車の窓を小突いてきたので闇を解いて窓を開けた。
「こんなところで治安部のお嬢さまが何をやっているんだ?」
「お前は…」
「どうも…」
するとそこにいたのはレンジだった。
「…おい、ちゃんと車は離れた所に置いたんだろうな?」
「心配するな、ちゃんと有料駐車場に止めておいた」
「手間をかけさせてすまねえが、ここらの連中は治安部の車なんか見たら悪戯したがる輩が多いからな」
それだけ言うとまたレフィーユとレンジは黙った。
「あの…」
『何だ』と聞く二人を見て、『過去に何かあったのだろう』と予測できてしまった。
「逃げ込んだ可能性が高いという事で調べさせてもらうという事になりましたが、ホントに良いのですか?」
手っ取り早く、本題に入ることにした。
「構うもんか、どうせこのお嬢様は断っても調べるのだろう?
だったら俺たちは、さっさとやっていただいて関与を否定させるのに全力を上げるだけだろう?」
しかし、そう言われて言い返すのが彼女だと思っていたのだが…。
「……」
何も言わずただ黙っていた。
「レフィーユさん…?」
「ははっ、一度裏切った人間の言う事なんて信頼できないか?」
「『裏切った』ですか?」
「ああ、昔、このお嬢様とな『ある約束』をしたのさ。
それを破ったんで、話す気が起きねえんだよ」
どんな約束なのかと聞こうとしたが、俯いたままの彼女の方が気になったのでこれ以上話すことは出来なかったのが、レンジにもわかったのか切り出すようにレフィーユに聞いてきた。
「じゃあ、どうする俺を調べるかい?
それともお得意の『強制捜査』でもするか?」
どうもレンジにとってレフィーユは、信用出来ない相手のようだったので半ば悪態付いていたのを見て…。
―最初にやって来た時、彼女は大人しく帰ったらしい。
何となくこのおかしな点が、『昔の約束』が絡んでいる事が何となくわかったが、これ以上は探る事は出来ないだろうと思った。
何故なら、この騒ぎに乗じてカエデがやって来たからだ。
さらに面倒な事になる前に、レンジに聞いて見た。
「あの白鳳学園の治安部員の証明書、回収し忘れてませんでした?」
「そういえばそうだけどよ。なんだ急に?」
「いえ、今日はそれを回収するだけで、帰る事にしますよ」
「おいおい、偽者はどうするんだ。
アンタは治安部じゃねえのは知っているが、見逃すってのかよ?」
「でしたら、協力も出来ないで偽者を確保しろというのですか。
はっきり言いますけど、無理でしょう?」
レンジは、一瞬コッチを睨んだが今の状況を理解したのだろう。
「わかった。それだけなら、ちょっと待ってな…」