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第十一


木々の溢れ光。風が通り抜けて気持ちがいい。

しかし、目の前にはスキンヘッドのイカついおっさん。手には何も持っていないが彼も恐らく魔術師の類だろう。でなければ魔術師を育てる場所にいないだろう。


「俺にかすり傷一つでも付けられたらお前の入所を許可してやるよ。魔術だろうが、剣だろうがどんな手を使っても構わねぇ」

「随分と余裕ですね」


あまりの余裕な発言をしてくるので少し勘に触った。

小さな見た目をしてるからって舐めるのも大概にして欲しい。


「ああ、勿論。俺に手傷を負わせられるのは世界広しといってもそうはいねぇ。まぁ、頑張ればお前みたいなチビでもかすり傷ぐらいなら出来るんじゃないか」


このハゲやろぉおおおおおおお。

絶対泣かす!!


俺は久しぶりに怒りを覚え、腰にある銀色の鞘から剣をゆっくりと引き抜く。

硝子でも氷でもなく、ましてや金属でもない透明度を持つ刀身。そして銀を磨いたような取っ手。

いつもより剣の光の反射が激しい、まるで俺の怒りを感じ取り、剣も憤怒してるようだ。



「ほぅ……いい剣だな。俺に剣の選別眼があるとは思ってないが素晴らしい剣だ」

「おじいさんが鍛えてくれた剣ですよ」

「おーアルベルのじーさんよ。あんたの人生もこんな剣を打てたら悔いないだろ」

「ああ、最高傑作だよ」


俺が怒りを抑えて返事をすると、意外そうな顔して近くで見ていたおじいさんに声をかけ始めた。

剣を含めても完全に舐めきってる。

距離は八メートル弱。踏み込みで詰めるのには少し遠いがほぼ剣の間合いだ。


「おっとすまないな。来ていいぞ」

「ふぅ……」


男はやっと合図をしたので剣を構えることが出来る。呼吸を整え、剣を鞘に収めて腰だめに構える。


三歩で間合いを詰めて抜く。本当にギリギリだが、かすり傷ならいけるはずだ。

ハゲおっさんは相変わらず余裕そうな顔で仁王立ちしている。


(いくぞ…)


一歩を踏む。

次の瞬間、俺は後方へ吹っ飛ばされていた。

腹に凄まじい衝撃が入り、息が出来なくなる。


「アガッ……!!」


奇妙な呻きを共に俺は十メートルほど吹っ飛ばされ無様に地面に転がる。

空を見上げながら酸素を求めて息をする。

最初に出たのは「何故?」という疑問だった。

おじいさんが大慌てでこちらに駆け寄ってくるが手で制す。ここでおじいさんに頼ってしまっては所詮俺はその程度・・・になってしまう。

俺は元の世界ではただ努力しただけだ。そこにはなんの形もなかった。ただ馬鹿みたいに努力しただけ、重要な事だが形のない努力には何も無かった。だけど今は違う。俺は自分の道のために今を生きているんだ。こんなところで無様に這いつくばるのは駄目だ。

息を整えて、立ち上がる。


男を見るが相変わらずの仁王立ち、特に変わった様子はない。これが魔術なのだろう。しかし、発動速度が思っていた速度を遥かに超えていた。


「手加減したとはいえ気絶させるつもりで使ったんだが……まさか一瞬、呼吸を乱しただけとは意外と見込みあるな。だが、全然だな」


やはり、あいつの仕業なのは間違えなさそうだが、魔法の種類が分からなければ防ぎようがない。

よし……今度は……。


ゆっくりと鞘を今度は上段腰構えをする。


「馬鹿の一つ覚えだな。やはり抜刀の型があっても魔術師には役に立たないだろ?」


男の声は全部無視だ。

あれは心を乱す。


そしてゆっくりと一歩を踏み出して剣を振る……と見せかけて鞘を……盾にするように防御姿勢をとった。

その瞬間、鞘を軸とした凄まじい衝撃が体を駆け巡った。

だが、今度は無様に吹っ飛ぶという事はなく一メートル程度押されただけだった。

だが、はっきりと見て感じた。・・・も見えなかった


「ほぉ……さっきの馬鹿発言は撤回するぜ。意外と頭は回るようだな。様子見にすぐに変更とはいい感をしている」


何も見えなかった、つまりこれは衝撃波だと考えていい。風魔法の類だろう、相手の動きに感応して衝撃波を発生させている。

二発目でこの分析を出来たのはかなり大きいと考えていいだろう。


だが、問題はこれをどうやって回避するかだ。

感応している以上、避けるという手も難しい。あの魔術にどのくらいのインターバルがあるかは分からないが距離を二十メートル近く離されてしまった。最低四回と考えてもかなりきつい。


俺が近づくためにはあの衝撃波を何とかして近づくしか他にない。

だが、正面からの手はほとんど無理。と、なると小細工を仕込むしかない。

こうなったら相手の手の内をとことん解明するとしよう。


剣をゆっくりと鞘引き抜く。

抜刀術ではないやり方。男は俺に抜刀術しかないものだと思い込んでいるため当然眉を傾げる。

そして声をかけてくる。あいつは油断しているから、俺を小物だと思い込んでいるから。

その油断を待つんだ。獰猛で狡猾な蛇の様に……。


「抜刀の型は使わなくていいのか?」


今……!!

その口が開いた瞬間、俺は華奢な腕が悲鳴をあげるのを理解しながら思いっきり・・・を男に向かってぶん投げた。


「おっ?!!」


小さな動揺。

その一瞬を俺は見逃さず一歩を踏む。

男は自分に向かってくる鞘か自分どっちを迎撃するか悩んでいたが、男は先に鞘を魔術で吹き飛ばした。

銀色の鞘は天高く弾け飛び美しい輝きを放ちながら弧を描いて落ちていった。

鞘自体にも重みという物は存在し、当たれば傷判定にもならなくはないだろうという咄嗟の判断。更に俺の距離は二十メートルも離れている。

その考えに間違えはない。ただ、華奢な少女が二十メートルという距離で投げた鞘如きでは恐らくなんにもならない。むしろ届かない。

この理屈を男は一瞬の油断で判断し損ねた。


「ちっ!!」


己の判断ミスに気がついたであろう男は軽く舌打ちをする。距離は十五メートル。そろそろ次弾が来る。

そろそろ防御姿勢を取ろうと思った瞬間。俺は体に浮遊感を覚え、そのまま一直線に後方彼方へ吹っ飛ばされた。

そして木に思いっきり衝突し、体のあらゆる液体がかき乱された。体中の骨が奇妙な音をたてる。生々しい骨が折れるような音だ。


「ホガゲェエエエエ!!」


口から奇妙な叫びと共に胃液が逆流してその場でぶちまける。服と地面に胃液が飛び散る。


苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい!!!

昔鉄棒から落ちた時に感じた息苦しさの実に十倍を超えるだろう苦しみにのたうち回る。


口から胃液を垂れ流し金魚の様に口をパクパクさせる姿はまさに滑稽だろう。

あまりの苦しさに剣から手が離れて地面に転がり落ちる。


「たく、俺に全力出させやがって……だが遊びは終わりだ。どうやらただのガキじゃないことは理解した。でも、それが剣士の限界ってやつなんだよ。どんなに努力してもこの差は埋まらねぇ。諦めな。と言っても聞こえてないかもしれないがな」


苦しさと共に男が何かを言ってるのが聞こえ、意識が暗転した。

やっぱり俺は愚直に何のためか分からない努力するしかないただの馬鹿だったのだ。だから母親を失い、全てを失った。元の世界では少し成功しただけでこの世界ではなんの役にも立たなかったのだ。

ただ元の世界よりほんのちょっと血族が者をいう世界ってだけで何も役立たなくなったのだ。

もういい。何がどうでもいい。

俺は暗転する意識の中、落胆した。


__________________


何も見えない。何も感じない。そこにはただの暗闇がある。


諦めるの?


誰かの声が俺の周り……いや、脳内で響き渡る。絶望に身を置きすぎて一体誰という疑問すら湧かない。


(改心してもやっぱり駄目だった)


ちょっと吹き飛ばされただけで?


(仕方ないだろう、どんなに努力したってあれは無理だ。)


じゃあ私が力を貸してあげる、あなたを私が救ってあげる。だから立ち上がって?私にもっと世界を見せて。


少女の声が俺の脳内に響き渡り視界が真っ白になった。


______________


「君は容赦がないね」


おじいさんがため息に近い声で男に避難の声をあげていた。


「ここで潰れるようなやつは要らねぇ」

「君にかすり傷を負わせるのが合格条件だとしたらその年の試験者が束になって合格者一人出れば奇跡だろうね」

「そうかもな。だが、それでもあいつは達成出来なかった。という訳で俺は行くぞ。つまらねぇ時間をかけさせやがって」


男は唾を吐き、その場を立ち去ろうとする。止めるものなど誰もいない。

正確には彼を止められるものなんて誰もいない。

それは決まっていること、彼自身が決めたこと。

そのはずだった。


「本番は……これからだと思うよ」


おじいさんの呟きを聞いて足を止めた。

別に男は老人の戯言が気になった訳ではない。

それとは別の理由、巨大な魔力マナを感じたからだ。

発生源は……。


「あいつ……何者だ?」


男はゆっくりと振り返る。

そこには自分が叩き潰した少女が気絶しているだけの景色が広がってるだけのはず。

はずだったのに。


「なっ……!!」


なのに、少女は立っていた。

全力の魔力で吹っ飛ばし木に衝突。勿論殺さないように配慮はしたがそれでも全力だったのには変わりない。防御姿勢を確認した瞬間吹き飛ばした。

だが、それでもどこか骨折していてもおかしくはないし、とても立ち上がれる状態ではない。

なのに立っていた。ヨロヨロと凄まじいほどだらしがないがそれでも立っていた。

男が怖気を覚えるほど強大な魔力を体に纏いながら。


「お前は一体何なんだ?」


口から出るのは畏怖ではなく、素朴な疑問。

何故、あれほどボロボロになりながらそれでも立ってられるのか?

何故、そうなる前にこの力を使わなかったのか?その疑問が畏怖の言葉より先に疑問を優先させた。


「ただの……無能(できそこない)ですよ。今まで頑張ってると信じた自分に酔い、そして踊り続けた木偶の坊。そんなものに意味はなく、だからこそ諦めそうになった。でも、今の私なら……信頼できる人がいるなら。歩める!!」


「お前一体なにを……?」

「行きますよ?」


少女が小さく呟くと一歩を踏み出した。

さっきと何も変わらない愚直過ぎるほど単純な手。だが、その踏み込みをした瞬間。足に炎が灯ったかと思うと、距離を・・・した。

男が今までに見たこともない早さ、この魔術は……。


「爆炎魔法……!!」


一瞬で懐に入られた。

こうなってはもうどうしようもない。

全力で吹き飛ばすだけだ。これは配慮する余裕はない。


有無事象を吹き飛ばす魔法。

万物を寄せ付けない自然の力。その力を行使して対処しなければならない。


「吹き飛べ!!」


男の気合いと共に魔術を発動。これで平気なはずだ。

風が少女を押し返す。驚きはしたが剣を使っている以上これで詰みだ。


(悪いなガキ)


心の中で謝罪をする。自分の非礼を、目の前の少女は一端の魔術師だ。

少女は自分に向かって剣を振りかざす。既に間合いからは離れた。絶対に届かない。


だが、またしても男の予想は覆る。少女の剣が男が発生させた魔術に触れた途端、接触面から魔術・・・が切り裂かれた。


(有り得ない!!)


魔力というものは実物を持たない。それ故に物理干渉は絶対に受け付けない。言うなれば空気を切り裂くに近い行為。だが、それを実現させた。

初めに見た時からただの剣ではないとは思っていたが、まさか魔法に物理干渉が出来る剣とは思いもよらなかった。


押し返した風が消え去ると少女を止めるものなどもはやない。

全てがスローモーションになる。剣をゆっくりと引き戻し、男に向かって一歩を踏み出す。

男は笑みを浮かべながら、腕を出し少女の剣を受け止めた。


______________________


「ハァハァ……」


荒い息をつきながら地面に横たわる。

体はボロボロ、特に足の負担が大きい。動かすだけで骨の芯まで響くような痛みが襲う。

だけど、 けれども。俺はやり遂げた。


男に一太刀を与えられた。

あの少女の声に喝をいれられた瞬間、俺の体から異様な力が湧き上がった。事実、俺は人間に許された運動能力を用いて一瞬で距離を詰めた。

だが、衝撃波を浴びた時俺の心の中で「剣を振れ」と大声で叫んだ。

その時、魔術を間違えなくかき消した。

あれは一体……?


「たく……アルベルのじーさんよ。なんだこいつとその得物はよ?」


男は受け止めた手で指を向けながらおじいさんの方向へ歩く。手には確かに深いアザがあるのに全く気にする様子はない。

相当な気合いの持ち主だ。

そしておじいさんの前へ立つと怒りを抑えたような声で叫ぶ。


自然系ネイチャーの中でも上位クラスの破壊力を持つ爆炎魔法と魔力に物理干渉が出来る剣の組み合わせなんて十界じゅっかいレベルの装備だぞ。これを知ってたならあんたは相当タチが悪い。どこの家のもんだ?」


自然系ネイチャー十界じゅっかい

知らない単語がどんどん出てくる。


「私も今知って知って驚いているよ……それに彼女は記憶が無い」

「はぁ?!!」


(ごめんなさい。それは嘘です)


「だから彼女に自分が何者かを見つけるためにも是非ともギルドに入れたいと思ったんだ」


男は腕を組みながらおじいさんと俺を交互に睨みつける。元々強面な顔が睨むと更に恐ろしい事になる。

だが、しばらくして天を見上げたかと思うと大きなため息し、観念したような声で喋り始めた。


「約束は約束だ。俺にかすり傷どころか一太刀入れたし、魔術の能力も高い。うちは素性を気にしないっていうがモットーだ。あいつの入所を認めてやる。」


男はそう言うと、のしのしとこちらへ歩くと俺の前へ手を突き出す。


「ようこそガキ。俺の名前はレクスだ。さっきの言葉は取り消すぜ」

「ありがとうございます。でもその呼び方やめて貰えますか?」

「ならなんて名前だ?チビと呼んだらいいか?」


(このハゲは……!!)


「私は……ひっ!!」


つい、カッとなって危うく元の世界の名前を口走ってしまうところだった。

だけど、名乗るわけにはいかない。この世界の俺は別物だから。

そう言えばおじいさんとは何気に名前で呼びあってなかったからまだ俺にはこの世界で名前が無い。

だか、名前なんてそうそうすぐに思いつくものでもない。


(いっそ名無しでもいいか……)


半分諦めてその意を男に伝えようとした時。


「ソルだ!!」


おじいさんが男の背後から呟く。

いつもと変わらない笑みを浮かべながら。


「この一年ずっと考えていた。君は太陽のように明るく、そして忘れてしまった記憶よるがある。私は君の太陽こころに元気を貰った。だから良かったら私から名前を送らせてほしい」


涙が溢れる。

いや、これは俺の涙ではない。

この体が反応している。


(ありがとう)


俺の頭の中で誰かの声が反響する。

これはもしかして……。


俺はゆっくりと微笑み、男へこの世界での新たな名を伝えた。


「私の名前は……ソルです」


その日、見習い魔術師・ソルが誕生した。



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