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チョコレイト・ミント  作者: 秋月雅哉
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二話

レイト先輩とこの学校の、この図書室でだけ幼年部の生徒以外が児童書を借りてはいけない理由を調べ始めて一週間。

レイト先輩がきちんとした理由があるならそれを提示すればもっと利用しやすくなるんじゃないか、その理由を教えてほしい、と先生たちに聞いているんだけど……若い先生は「申し送りでそういう決まりだから、としか聞いていない」といっていたし、年を取っている先生は皆口を重く閉ざして、どんな理由だろうと明確に生徒手帳に記してまで禁止しているのだから藪をつつくような真似はするんじゃない、と切り捨てるのだそうだ。

「これは本格的に何かがあるな。申し送りだけでこんなに厳しく制限するような、なにかが」

「そうですね……私も図書委員の先生に聞いてみたんですけど、知っても誰も幸せにならないよって言われてしまって。児童書を読みたいなら、街の本屋さんか公立図書館で借りなさいって」

「もしかして、隠しているのは本じゃなく、本にまつわる何かなのかな」

レイト先輩の言葉はわたしの発想の死角を突いた。でも、うん。他の場所では児童書を読む年に制限はないのにこの学校の図書室でだけ制限があるとしたら。

「児童書のコーナーってカーペットが敷いてあって、背の低い本棚が並んでて、あとは椅子がわりのクッションとかがあって……」

「幼年部の子供が利用するから、落書きなんかもありそうだな」

児童書のコーナー特有のものをあげてみるけど初等以降に進んだ後借りてはいけない理由にたどり着けない。

「本棚に秘密があるとか……?」

「でも、その場合図書館を全部立ち入るときに先生同伴にするか、本棚を買い替えた方がはやくないですか?」

「それもたしかに」

今度は逆に児童書の特徴を考えてみる。

「子供のころ、私本は読むものじゃなくて見るものだと思ってたんです。字がまだ読めなかったから」

「じゃあ、字が読めるようになった後読み返すと危険な本が混じってる……?」

「禁書の類、ということでしょうか。どうして取り除かないんだろう」

児童書のコーナーに立ち入ってはいけない理由は、知っても誰も幸せにならないという。

でも、制限された読書で、納得できないまま許されたものだけに手を伸ばす読書が本当に幸せだろうか?

なんていうかこう、読書ってもっと自由なものじゃないの?

禁じられている理由に納得できるなら、本当にそれが不幸を呼ぶなら、私は図書室での児童書のコーナー立ち入り禁止にも賛成できると思う。

本だけなら、確かに本屋や図書館に行けば借りられるのだし。

でも、幼年部の児童たちもこの図書館にはやってくることが少ないし、本を楽しめる年ごろになってからも生徒手帳で禁止されている場所に近づいて先生に目を付けられたくないからと図書室に立ち入らない人は多い。

本は好きだけどこの学校の図書室は生きにくくてがっかりしたから、図書館が近くにあってよかった。

そんな友達の話を聞くと悲しくなる。

開けたら不幸をもたらすのかもしれない。レイト先輩に忠告した先生のように藪をつついて蛇が出るのかもしれない。

でも、明確な理由を知りたい。そう思う。どうしてここまで熱心になれるのかはわからないけれど、レイト先輩と一緒に不自由な枷を一つ壊せたら。

そしたら、私は新しい私に出会える気がする。知らない世界を知ることができる気がする。

卵を割らなくては料理はできない。割れた卵は元には戻らないけど、それでも割れることで何か新しいことができるなら、その卵には割れただけの意味がある。

何を得るにしても無駄にはしたくない。不自由な図書室のあるこの学校を選んだこと。それでも本が好きで図書委員でいること。不自由を解き明かしたいと思ったこと。

籠の鳥だと思っていた人生。それでも、この学校に進んでから選んだ道は、ううん、生まれてから選んだ道は私が歩いた人生だ。

親に強制されたこともある。兄と姉に反対されて諦めたこともある。それでも、不自由は不自由なりに私が、私として歩いてきた。

だから……今私は、生まれてから多分、一番強く思っている。

この不条理を解き明かしたいって。

「レイト先輩、私も図書委員会の先生以外の先生に、話を聞いてみます」

「でも、目を付けられると思うよ。皆嫌そうな顔をしていたからな」

「いいんです、私がしたくてするんですから。それに……図書委員は、児童書のコーナーには入れる年ごろの生徒の中にはいません。委員会と部活動は初等部の五年生からだから。図書委員として児童書コーナーを整理する必要があると思うって提案してみます。本は読まないから、入室だけ許してくださいって」

まぁ、見張りの先生が来なかったら、本を読んでみるつもり満々だけどね。

そんな私の表情を読んでレイト先輩は悪戯仲間を見つけたように楽しげに笑った。

「ワクワクしてる表情は、先生の前では出さないようにな。悪だくみしてるって一発でわかっちゃうよ」

「もちろんです。良い子の代表みたいな顔して書架の乱れがないか気になるんですって訴えるんですよね?」

「そうそう、その調子」

「じゃ、今日は職員会議だから明日にでも持ち掛けてみますね」

「期待してるよ」

いい思い付きをしたね、とほめてくれるレイト先輩の顔が、なんだかまぶしいものを見るような表情で私はちょっと赤面していいえ、と答えた。

恋なのかな。それとも冒険にワクワクしているのを褒められてうれしいだけ?どっちにしろ。

――どきどき、する。

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