この世で一番美しいのは
「ーーこれはこれは久しぶりの来客でございますね……。初めまして、私はこの鏡の精でございます。あなたさまの質問になんてお答えしましょう」
お城の秘密の地下室で見つけた鏡はそう私に声をかけた。
「鏡よ鏡……この世で一番美しいのは……」
「その質問については一つお話をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか……」
「ええ、いいわ」
なんだか、面白そうで私は鏡の語るお話に耳を傾けた。
「では、むかしむかしの悲劇のお話です……」
むかしむかしのことでございます。
この国にとても美しいお姫さまが生まれたのです。
雪のように白い肌をもったそのお姫さまは「白雪姫」と呼ばれ、美しいお妃さまに抱かれたそのようすは、それはそれは絵になりました。
王さまやお妃さまはもちろん、国民にも愛され、幸せに育とうとしていた白雪姫でしたが、病弱であったお妃さまは白雪姫を産んですぐ、亡くなってしまいました。
王さまは美しいお妃さまを失い悲しみに打ちひしがれておりましたので、国全体にも悲しみに暮れる日々が訪れました。ですが、王さまはすぐに白雪姫の新しい母、すなわち継母という名目で新しく美しい妃を迎えました。今度は喜びに溢れる日々が訪れました。
白雪姫は物心つく前に母を亡くしたので、継母を本当の母だと思い育っていました。
しかし、継母の方では白雪姫が悩みの種になっていたのです。
「亡き妃の娘の継母になって欲しいと王さまは私を妃にしたのだ。白雪姫がいる限り、王さまは私を本当にはあいしてくださらないのではないか」
しかし、継母が本当の母だと信じて疑わない白雪姫のことは憎むこともできず、とてもかわいがり、継母もまた白雪姫を我が子のように思っていたのです。
ある日、継母は地下室があるのを見つけてしまいました。これが悲劇の始まりでございました……。
薄暗く、ほこりのかぶったその部屋の奥に一つの大きな鏡(それが私でございます)がありました。それは魔法の鏡でどんな質問にも嘘をつかず、真実だけを答えるのです。
「これはこれは美しい方。初めまして、私はこの鏡の精霊でございます。貴女さまの質問になんでもお答えしましょう」
美しい方と言われ、少し気分がよくなった継母はこんな質問を私にしました。
「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは、一体誰だい?」
継母は自分が一番美しいと言われると思っていたのでしょう。
「それは白雪姫さまでございます」
「あぁ、嘘でしょう? 鏡」
とても動揺した様子でございました。
「いいえ、私は嘘をつくことができません」
継母は次にこう聞きました。
「では、この世で二番目に美しいのは誰だい……?」
「それは、あなたさまでございます」
継母の頭にある考えが浮かびました。
「白雪姫がいなければ、王さまは私を愛してくださり、私はこの世で一番美しい人になれるのだ。ならばあの娘を、白雪姫を亡きものにしてしまえばいいのだ」
とうとう、継母は白雪姫を殺すことになってしまったのです。
考えついてからの行動は早いものでした。
まず、高い金で猟師を雇いました。そして、薬ですやすやと寝息をたてている白雪姫にみずぼらしい服を着せると、さらに顔を泥などで汚して、汚らしい乞食のような見た目にしました。
大きな麻袋に白雪姫をいれると、継母は猟師にその袋を渡し、
「この袋に入った娘を森の奥深いところで殺しなさい」
と命令すると、猟師はあまり深くは聞かず、すぐに森へ向かいました。女王さまからの命令というのもありますし、仕事ですから聞く必要は無いと思ったのでしょう。
森の奥深いところまで入ると、麻袋からみずぼらしい姿の娘を出しました。その姿を見て、猟師は息をのみました。用心した継母は遠い国の猟師を雇っていたので猟師はその娘をお姫さまだとは夢にも思いませんでしたが、やはり白雪姫は美しかったのです。猟師は「こんなに美しい娘は殺せない」と、白雪姫をそのままにしてすぐ自分の国に帰りました。
白雪姫がいなくなったと大騒ぎの城の中で、継母は自分の部屋に籠り、悲しみに暮れているフリをして喜びを噛みしめていました。
騒ぎが収まったら私のところへ向かい、あの質問をしようと思っていました。そのときに自分がこの世で一番美しいのだと言われると思うと、継母は高笑いしたくなりました。この世で一番自分が美しいということを世界にしらしめたくてたまりませんでした。
白雪姫は真っ暗な森の奥深くで夜明けに目を覚ましました。四方八方が闇に包まれたその森で、白雪姫はさまよいました。早く森から出たい一心で、歩き続けました。
ふらふらになった白雪姫は太陽が地を照らし、役目を終えて沈んでからも歩き続けました。月が出た頃、一軒の家を見つけました。
ノックしてドアノブを回すと簡単に開いたので、家の中に入ると、人の生活した様子が残っていました。
「誰かいますか?」
そう叫びますが、返事はありませんでした。
とてもお腹がすいていたので、家にあった食べ物を少し食べました。あちらこちらにある脱ぎ捨てられた服を片付けました。洗い物をしました。部屋にほうきをかけました。
普段からお手伝いの者を手伝っていたのでテキパキと部屋の掃除をできたのです。
しばらくするとその家の住人である七人の小人達が帰ってきました。白雪姫を見ると声も出ないくらいに驚いたらしく互いにギュッと抱き合うばかりでした。
「道に迷ってしまったの。少し泊めてもらえないかしら?」
「まあ、そりゃあ大変だ」
少しホッとしたようで小人達はやっと声を出すことができたようでした。白雪姫の話を聞くと、「協力はしたいけれど、国までの道は僕らは忘れてしまったんだ」と申し訳なさそうに言いました。
「でも、ここで暮らすことはできるよ!」
そう、一人の小人が言いました。小人達は狩りをして暮らしているようでした。
「じゃあ、そうするわ」
それからというもの、八人で仲良く歌ったり踊ったりして楽しく暮らしました。小人達が仕事している間は白雪姫は洗濯をしたり、食事を用意したり、森の動物と遊んだりしていました。
国では、白雪姫の無事もわからぬままに一週間が経ちました。もう生きていないのではないかと諦めが目に見えるようになっていました。
継母はウキウキを隠しつつ、あくまでも悲しそうに私の元に来ました。
「おお、鏡よ鏡! この世で一番美しいのは一体誰だい?」
「それは、白雪姫さまでございます」
「あら、どうして? 白雪姫は死んだのよ?」
「いいえ、森の中で小人達と仲良く暮らしております」
継母は猟師を呼び、問いただしました。
「なぜ、あの娘を殺していないんだい?」
「あんなに美しい娘を殺せるわけがございません…」
継母の怒りは一層強くなりました。もう、自分で手を下すしかあるまいと思った継母は、みずぼらしい男に変装してナイフを持って森の奥深くに白雪姫を探しに行きました。
やっとのことで見つけましたが、小人達がいて殺すタイミングが見つかりませんでした。そして、小人達のうちの一人に姿を見られてしまいました。
ですから、次は違う見た目にしなくてはなりませんでした。次に、小人達がいない隙に毒を塗ったくしを持って若い娘に変装していきました。
「まあ、お嬢さん。とっても綺麗な髪ね。その髪をとかすのにこの上等なくしはいかが? 少しとかしてみない?」
「あら、申し訳ないけれど結構よ。私はくしを持っているもの」
それは、小人達が木を削って作った不格好なものでありました。ですが、白雪姫は小人達が大好きなのでそれを大切に使っていたのです。
「そんなものより上手くとかせるのよ。ちょっと試してみなさいよ」
「そんなものなんて言わないで! どこか行ってちょうだい!」
さて、このあともいろいろな方法を試みるものの、ことごとく失敗してしまいました。
ある日、森から帰る途中、りんごの木の下で思いつきました。
「よく熟れた、真っ赤なりんご。このおいしそうなりんごに毒をいれて食べさせればきっと殺せる!」
いくつかのりんごを持ち帰ると、毒に浸けました。
そのうちの一つを動物に与えると、すぐに死んでしまいました。
いよいよだ、と老婆の格好で白雪姫の元へと向かいました。鼻歌を歌いながら掃除をする白雪姫に近づくと、
「お嬢さんや、よおく熟れたりんごはいかがかね? よおく熟れているからとおっても甘いんだ」
りんごを差し出された白雪姫は不快そうな顔をしていました。継母は知りませんでした。 白雪姫はりんごが世界で一番嫌いなのでした。継母が来る以前からわかっていたので、料理に使われなかったのです。
「いらないわ、私りんごが大嫌いだもの」
「あなたも今にわかるわ」
「食べてみなさいよ、おいしくないから」
まくし立てるように言われ、予想外のことに混乱していた継母はその毒りんごを食べてしまいました。あっという間に毒が回り、倒れた継母を見て、白雪姫は嘲笑うように言いました。
「ほらね? だから言ったじゃない……」
七人の小人は話を聞くと、すぐに暖炉に死体を投げ込みました。白雪姫を殺そうとしたやつなんてさっさと消えて欲しかったのです。
そして、八人はこんな「小さな」事件なんてすぐに忘れて、いつまてもいつまでも幸せに暮らしました。
「めでたし、めでたし……」
「ーーということでございます」
「それって悲劇なのかしら?」
めでたしと言っているのに、悲劇。矛盾じゃないかしら?
「白雪姫さまから見ればめでたしです。継母から見れば悲劇です。2つの目線から見れば、めでたくもあり、悲劇なのでございます」
「……それで、なんでそんな話を聞かされたのかしら?」
「もう、あんなことは起こって欲しくないのです」
つまり、私はこの世で一番美しくは無いのね……。まあ、仕方が無いわ。
「そう……じゃあまた何かお話を聞きに来るわ」
「心待ちにしております」
私だけが聞けるの秘密の物語。また、今度。