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N-Rare  作者: 元 智
第一章 春
4/4

4話 小さな世界 些細な幸せ

 

 ───カタカタカタッ カタカタッ カタカタカタ…


 小気味良い音が、いつの間にか深い眠りにおちていた圭吾の耳を刺激し、浅い眠りを経て、意識の覚醒へと誘う。

 圭吾は目を開けると、壁の時計を確認する。二時間近く寝ていたらしい。窓の外は真っ暗になっている。


「他人のパソコン勝手に弄んな。」


 圭吾は、小気味良い音を奏でる主に言う。


「圭吾がどんなエロ動画見とるかチェックしとんねん。」


 莉奈は悪びれた様子もなく答える。


「あー莉奈似のヤツばっか入ってるぞ。」


「きもっ!」


 莉奈は言葉とは裏腹に、大して不愉快そうでもなく笑うと、ノートパソコンの置いてある机から離れ、床に座る。


「圭吾は韓国系整形おねーさん顔が好きやん。」


「整形に罪はない。寧ろ美を求める為の崇高ささえある。」


「まー圭吾の性癖はどーでもええねん。」


「ノったら蹴落とされたぜ。これが噂の梯子を外された気分か。」


 圭吾もベットから降りて床に座る。

 莉奈が「温くなったけど」と、ペットボトルの紅茶を圭吾に差し出す。礼を言って一口飲む。寝起きの乾いた喉に心地良い。


「で、相談ってなんだよ。」


「あーうん…。」


 莉奈はモジモジとうつ向くと


「デキてしもてん…。」


「イボ?キレ?」


「痔ちゃうわ!」


「貴方の子よ…モジモジ…」


「いいから本題入れ。」


 既成事実もない圭吾は、慌てる事もなく紅茶を一口飲みながら言う。


「ノリ悪いわー」


「ノったら蹴落とすだろが。」


「あはは。そやね。」


「良隆か?」


「…そやねー。」


「またコクられたのか…もう付き合ったらいいじゃねぇか。嫌いじゃないんだろ?」


「性格はね。顔はまー残念やけど。」


「莉奈は面食いだもんなー。でもそれ以上に良隆っていいヤツだもんな。だからキッパリ断れないんだろな。」


「優しいんだよね。一緒に居ると安心する。」


「ならいいじゃねーか。お似合いだと思うぞ。」


「うんー。でも今は恋愛とかより部活のが楽しくてさ、最優先なんだよね。」


「あー大会も近いもんな。」


「うん。だから、3年になって引退するまで付き合ったりする事ないってずっと断ってるんやけどね。部活と恋愛の両立とか器用な事でけへん。」


 莉奈は弓道部に所属している。実力もさることながら、細身で手足の長い莉奈の袴姿は様になっており、校内には男女共にファンも多い。

 が、フリーにもかかわらず、本人が弓道一途な為、玉砕する者が後を絶たない。


「で、俺に何しろと?」


 莉奈は今度は本当に言いにくそうにしながら


「良隆にな、『圭吾が好きやから付き合えへん。』言うてしもてん…。」


「なんでそーなった。」


「良隆、諦めてくれへんのやもん…。それに、良隆にはウチより幸せになれる相手がおるよ。」


「良隆が幸せかどうかは、良隆自身が決める事だろ。つか、莉奈が俺を好きとは気づかなかったな。鈍感系主人公でスマン。よし分かったパンツ見せろ。」


「今日はパンツ履いてへん。てか何を流れるように言うとんねん。」


「履いてないとかないわー。下着は男の浪漫で織られてんだぞ。ノーパンとか誰得だよ。」


「だから、圭吾の性癖はどーでもええねん。」


 いつもの事だが、莉奈と喋ってると会話が本題からそれる。まぁお互い楽しんでるのだが。


「圭吾の事、好きなんは本当やで。」


「でも、その“好き”は良隆に対する“好き”と同じなんだろ?」


「そやね。恋愛対象ってより、二人とも人として心地良いねん。」


「俺も、良隆と莉奈に対しても似たような感情だから理解は出来るけどな。」


「そやろ?それを良隆が解ってくれんかなぁと…。」


「──分かった。ちと良隆と話しといてやるよ。」


「めんどくさい事頼んでごめん。ウチ、上手く言えんくて…。」


「まぁ、俺も偽装彼氏のままだと困るしな。」


「ごめんちゃい。」


 莉奈は心底申し訳無さそうに、小さくなって謝る。


「よっし!言う事言うたらお腹すいた!下行こう!」


 莉奈は「よっこらせ」と婆臭く立ち上がる。


「当たり前の様に晩飯食ってくのな。」


「まーちゃんに、圭吾起こして一緒に降りて来てって頼まれててん。それに、まーちゃんのカレー食べないで帰るとかありえへん。」


 確かに、さっきからカレーの匂いが部屋まで届いてくる。準備万端とばかりに、圭吾の腹がぐぅとなった。


 二人、連れ立って階段を降りて、リビングへ向かう。


 既に食べ終えた、母と弟がソファーに座ってテレビを見てる横を通りすぎる。

 莉奈は「まーちゃんのカレー♪まーちゃんのカレー♪」と小躍りしながら先にキッチンへ消えて行った。


「あんた達、本当仲良いわね。」


 テーブルに座る圭吾を顔を見て。母が微笑ましものを見るように言う。


「何だよ急に。普通だろ。」


「ふふふ。顔に書いてあるわよ。」


 母はそう言うと、テレビへと意識を戻した。

 圭吾が怪訝に思っていると、莉奈が二人分のカレーを持ってキッチンから戻って来て、圭吾の向かいに座る。


「いっただきまーす♪」


「いただきます。」


「んー!まーちゃん!今日もカレー美味しい!」


「ふふふ。莉奈ちゃんだけよ誉めてくれるの。」


「男どもは、感謝の気持ちが足りひんねん!」


「ほんとねー。」


 莉奈と母の談笑に、いつもの騒ぎと、無言でテレビのボリュームを上げる弟。

 食べ馴れた母のカレー。

 美味しそうに食べる莉奈の幸せそうな顔と、誉められて満更でもない母の笑顔。


 良くある日常。

 ごく身近な小さな世界ではあるが、平和と言えるであろう日常。


 全世界にどれだけこんな些細な幸せのある小さな世界があるかは知らないし、正直、その全てを一個人で抱えきれるものではないと思う。


 だが圭吾は、手の届くこの小さな世界は守りたいと思もう。


 そんな事を考えながら食べる母のカレーは、いつもより少し美味しい気がした。


 ───


 莉奈が、帰った後、今日一日の疲れを落とすべく、浴室に向かう。

 鏡に映る自分の顔を見て圭吾が呟く。


「あんにゃろぅ…。」


 圭吾の右の頬に“心”、鼻を囲うように“の”、左の頬に“友”、そしてオデコにはハートマーク。


「本当に“顔に書いてある”じゃねぇか…。」


「にひひ♪」と笑う莉奈の顔が浮かんで、圭吾の顔も綻ぶ。


また少し、莉奈にすくわれた気がした。








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