2話 ハルは支配者!俺はNキャラ?
──その日の授業が全て終わると、ゲーセンに寄ろうという友人の誘いを断り、圭吾は真っ直ぐ生徒ロビーへと向かう。
「おい!」
自分の靴を取り出そうとする圭吾の背後から、笑いを含んだ女性の声。
「──莉奈か…なんだよ」
小宮山 莉奈。中学の時、関西圏から近所に引っ越して来て、こっちに友達が居ない為かやたらとなつかれ、高校も同じになり、今に至る。一緒に居る事も多い為噂になった事もあったが、お互いにその気はない。
莉奈曰く“心の友”らしい。空き地でリサイタルしてろ。
「授業中に寝惚けた圭吾風に呼び掛けてみてん!」
と、ケラケラ笑う。
「うっせぇ。左の耳たぶ甘噛みすんぞ。」
「なんで左限定やねん。つかもー帰るん?なんか急用?」
「…いや、ちと寝不足みたいなんでな帰って晩飯まで寝る。」
「よっ!寝惚け王子!そか、何か深刻そうな顔して歩いてたで気になってん。」
「ああ、何でもねーよ。つかセンスねぇ称号授けんな。」
「あ、部活終わったら圭吾んち寄ってええ?相談あんねんけど。」
「寝てるかもだぞ。」
「よっ!惰眠男爵!大丈夫!寝顔に落書きしていい子で待ってるし。」
「不名誉な称号が、さらに降格までしてっじゃねーか。」
「じゃそゆ事で!」
と言うと、莉奈は小走りで部室棟へと向かう。
「どゆ事だよ。」
そう呟いた圭吾は、自分の口元が揺るんでいる事に気づいて、我に返る。
「深刻そうな顔か…。」
莉奈が言う“心の友”かは知らないが、確かに彼女とはウマが合った。
関西人独特のノリと、彼女本来の天真爛漫さに振り回される事も多かったが、それ以上に今のように救われる事も多かった。
「どうせ大した相談じゃないんだろけど聞いてやるか。」
圭吾はそう呟くと、革靴に履き替え帰路についた。
────
「──ふう…」
自室のベットに制服のまま転がると、今日の出来事を吐き出すようにため息をついた。
「夢にしちゃ、やけにリアルだったな…」
手に残る感触、殴られた痛みを思い出す。
連日、明け方までネトゲをやってるせいで寝不足と疲れの影響だな。と自分にいい聞かせ、部屋着に着替えから再びベットに戻り目を閉じる。
『ピンコーン♪ ハル がログインしました』
部屋にアナウンスが響く。
「!!」
圭吾は目を開け、飛び起きる。
『やぁ』
散歩の途中にでも会って挨拶するような、のんびりとしたハルの声。
「お前っ!ハルだったか…夢じゃなかったのか…」
『うん。さっきも言ったけど、夢じゃないよ。現実でもないけど。』
「じゃーなんなんだよっ!説明しろっ!」
『うん。だから来たんだけどね。めんどくさいけど。』
「大体、お前は何者だっ!」
『ボクはハル。』
「そゆ事じゃねぇ!」
『まーまー落ち着いて。そーだなぁ、どういう存在だ。と言う質問であれば、“人”とは違う存在って事になるね。もっと言えば次元も時空すらも違うね。』
「はぁ…既に分けわかんねぇ…」
『うーん。一応この星の事はトレースしてきたけど、キミ達の文化に合わせて説明するのは中々大変なんだよねー。色々齟齬もあると思う。』
「つまりアレか。私は神だ。的な春先に増える不思議キャラか?」
『信仰対象としての神とは違うけど、キミ達の想像に及ばない存在としては近いかもね。』
「そんな話信じろと?俺が居ない間に部屋に忍び込んでスピーカー仕掛けてます。って方がまだ現実的だぞ。」
『スピーカー探してみたらいいよ。』
「ちっ…。んで、その神様が何の用だよ。つか学校でのアレはなんだ。」
『質問が抽象的で困るなーもう少し分かりやすくお願い。』
「──じゃぁ。夢でも現実でもないって言ってた、無人の学校や、ゴブリンとかは何なんだ。」
『キミに分かりやすく説明するために、簡単に言うとゲームだね。』
「──ゲーム…。」
『そう。ゲーム。キミはランダムに選ばれてボクの【キャラ】になった。因みにキミのグレードはNレア。こゆのいいの引かないんだよねー。』
「勝手にキャラ扱いしといて、ディスってんじゃねぇ!」
『まー序盤は高レアが楽だけど、それでもNレアがゴミってわけじゃないから。Nレアが最低レアでも人権あるから。』
「NレアNレア連呼すんな!無駄に傷つくわっ!」
『で、学校が無人になったのは、ステージになったからだね。キミの存在する世界とボクの存在する世界の中間世界。ゲームで言うとこの、インスタントダンジョンだね。』
「中間世界…。」
『そう。一時的に作られる世界で、中間世界で起こった事はキミの世界にもボクの世界にも影響を与えない。時間の流れすらもね。その中間世界の中では、キミのような【キャラ】だけが存在を許される。今はボクですら、声と、キミの操作くらいしか関与できない。因みに今も中間世界だよ。』
ハルがそう言うと、圭吾の意識とは無関係に体がベットから起き出し立ち上がる。
足をがに股に開き、両手が股間から脇腹にかけてVの字を描くようにすりあげる。
「…言わねぇぞ。言ったら色々負けな気がする…。」
『えーキミの世界の鉄板ギャグなんでしょ?』
「うっせぇ!ちょいちょい庶民的なんだよてめぇ!」
『文化レベルのトレースは大変なのに。』
圭吾は、体の自由を取り戻すと、ドカっとベットに腰を下ろす。
「アレが仮想空間みたいなもんで、俺がキャラで、ゴブリンはモブって感じか。」
『そゆ事だね。ゴブリンなどの敵勢力も中間世界と同時に生成される。』
「てことは、今も中間世界とやらなんだよな?またゴブリンとか襲ってくるのか?」
『いや、この部屋はキミの【ベース】に指定してあるからそれはないよ。』
「ベース?」
『謂わば、安全地帯だね。ボクとキミでコミュニケーションをとったりする為の場所だね。だから、中間世界ではあるけど、襲撃とかはないよ。』
「なるほど。で、目的はなんなんだ。」
圭吾は、とりあえず受け入れる事で話を進める姿勢を選択する事にする。そもそも理解出来ない事ばかりではあるが。
『また抽象的だけど、そーだなぁ…。』
ハルは少しだけ考え込むと
『ゲームクリアの最終目的となると、今回は防衛戦だね。』
「お前こそ抽象的じゃないか…詳しく話せ」
『端的と言って欲しいな。えっと、今のこの星、君たちが言うとこの“地球”はボクの所有なんだよね。まぁ前回のゲームでボクが奪ったわけだけど。それで今回はそのボクの領地であるこの星が攻められるから、“防衛戦”って事だね。』
「質問毎に疑問が量産されるわ…。」
『まぁ説明に使う時間はあるから、気のすむまで質問したらいい。めんどくさいけど。』
「勝手に巻き込んでおいて、めんどくさいとか言うな!」
『キミ達の世界の競馬ってあるよね。速い馬を作るために“勝手に”その馬の生活を奪って、“勝手に”配合して、“勝手に”鍛えて、“勝手に”走らせて、怪我で走れなくなれば“勝手に”命を奪う。その馬に、キミ達は走る理由を理解させようと説明するかい?それをやってるボクはだいぶめんどくさい事をやってると思うね。』
「…人と馬は違うだろ。」
『支配する側か、される側か。の違いしかないさ。』
「要は俺は今、支配される側に回ったって事かよ。」
『そーだね。ただボクは強要は好きじゃない。だからこーやって質問に答えてる。まぁリンク率上げる為の打算もあるけどね。』
「そのリンク率ってのなんだよ。」
『簡単に言うと、お互いの“信頼関係”かな。“絆”と言ってもいい。上がれば、お互いに出来る事が増える。』
「なんてギャルゲーだよ。こんな関係で絆もクソもあるかよ。」
『まぁそこは少しづつだね。』
「拒否権はないのか?」
『ないね。キミが解放を望むなら、ゲームクリアかゲームオーバーだね。』
「はぁ…。」
圭吾は深いため息を一つつくと、諦めにも似た覚悟を決める。
「わかったよ。巻き込まれた事を訂正する気はないけど、付き合ってやる。」
『コレが伝説のツンデレか。』
「うっせぇ!」
『まぁキミは受け入れてくれると思ってたよ。ランダムとは言え、受け入れる事の出来ないキャラが選ばれる事はないし、何より、ゴブリンとの戦いでドキドキしてる自分に気づいてたしね。』
「うっせぇ!心理分析すんな!」
確かに、圭吾は非日常に興奮していた。
平和な日常に刺激を望んでいた。
その“刺激的な非日常”がこの日から始まる。