1話 ゴブリン襲来!ここ21世紀の学校ですけど?
校庭に咲く桜も葉桜になり、そよそよと揺れながら残り少ない花びらを散らす。
その様をぼんやりと眺めながら、古文の教師の授業の声を聞き流す。
「ねみぃ…」
鳴海 圭吾は、睡魔というボスと静かな闘いを繰り広げていた。
昼食後の授業、春の日射し、明け方までゲームした故の睡眠不足、子守唄のような古文の教師の声───
中々のコンボである。
だが高校生活も二年目となれば、教科書見ながら考えてる風居眠りなぞお手の物である。
頬杖ポジションを調整し、重くなった瞼を静かに閉じる。
『GET! new!』
ウトウトし出した所に、何やらゲームのキャラのような声が聞こえる。
「…ったく、誰だよ授業中に大音量でゲームしてるバカは…」
圭吾は、犯人を確認しようと目を開ける。
「…はっ?」
静寂───
授業中に居眠りしようと、僅かに目を閉じたつもりが、その僅かな時間を経て目を開けると誰も居ないのである。
教師も、生徒も誰一人…無人。
「え?俺、爆睡しちまった?もう放課後?」
圭吾は黒板の上の時計を見る。
針は午後二時を過ぎた辺りを指している。
「は?マジどゆこと?」
夢か?などと考える圭吾と黒板の中間に、白い半透明のプレートが現れる。
「うぉっ!何だよ!?」
そして、そのプレートに文字が浮かび上がる。
『ゴブリンを三匹倒せ』
「はぁ!?ゴブリン!?」
昨日のゲームの影響かよっ!しかしやけにリアルな夢だなおいっ!と頭でツッコミを入れていると、次なる衝撃──
「うぉっ!ちょっ!?いてっ!」
体が自分の意志ではなく勝手に動き出す。
立ち上がり、教室の後ろへ走ろうとして机の角に太ももをぶつけ反射的に手で擦る。
「いってぇ…何だよ今の…」
『あっごめん。操作しにくいなぁ』
「!?」
圭吾は周りを見る。
しかし教室は無人のままで───
「誰だ!」
『あ、ボクはハル。よろしくねー』
混乱する圭吾に、声はおっとりと応える。
「よろしくって何がだよ!つか何処で喋ってる!?」
『まー説明めんどくさいんで、サクっとゴブリン倒しちゃお♪おー♪』
圭吾の右手が、おーと高く上がる。
「ちょっ!おー♪じゃねぇ!お前がやってんのか!」
『そーだよー セミオートだし、まだリンク率低いし、操作しにくいキャラみたいだからやりにくいけどねー』
ハルはそう言いながら、圭吾を教室の後ろへ動かし、掃除用具のロッカーを開ける。
「やめろっ!気持ち悪い!」
『いいからいいから 武器はこれでいいかな』
ハルはモップを取り出すと、廊下へと出る。
隣の教室にもやはり人の気配はなかった。
「色んな意味で気持ち悪い夢だな…」
『夢じゃないよー 現実でもないけどね』
圭吾の独り言のような呟きにハルが応える。
「なら何なんだよっ!みんな何処いったんだ!お前は何なんだ!答えろよっ!」
『まーそー興奮しないで リンク率下がるから』
「何なんだよっ!さっきからリンクだのオートだのゲームみたいに!」
『ゲームだからねー』
混乱し興奮する圭吾に、ハルは当たり前の様に応える。
「はぁ?どういう意味…」
『あ 居た居た』
圭吾の混乱などよそに、ハルが、見っけとばかりに言う。
そこには、階段の踊り場には不似合いな、緑色の体、人間の子どもくらいの生物が──
「ゴブリン…」
そうゴブリン。RPGゲームなどで序盤に出てくるザコモブの定番である。
「え?え?何?ハロウィン?って時期じゃねぇし?」
「ギャッ!ギャッ!ギャギャギャ!」
何やら奇声を発しながら棒切れを振り回し、一匹のゴブリンが圭吾に向かって下の階から階段を上ってくる。
「うっわ!なんかキモッ」
目の前に来たゴブリンが棒切れを振り上げる。
「ちょっ!?」
ガスッ!
反射的に屈んだせいで、ゴブリンが肩口を狙って振り下ろした一撃が圭吾の頭部を直撃する。
「いってぇ…」
衝撃と痛みに二歩ほど後退り、頭部に手をあてる。
体温とは違う生暖かさと、整髪料とは違うしっとりした感触。
「つうっ…血出てんじゃねーか…」
『あーだいぶ貧弱だなー』
「おいっ!何なんだよコイツ!」
『ん?ゴブリンだよ?』
「だよ?じゃねぇ!あーもー何なんだよっ!分けわかんねぇ!」
『とりあえず倒すよー』
「倒すってお前…」
『ほら来るよ』
ゴブリンが動き出し、さっきと同じように肩口を狙ってくる。
先ほどの痛みが甦り、体がすくみ、思わず目を閉じる。
ガツッ!
ん?今度は痛みがない…?
目を開けると、モップの両端を握り、掲げる形でゴブリンの攻撃を防いでいた。
そのまま弾き飛ばすと、階段を踊り場まで転げ落ちるゴブリン。
『後はボクが動かすから。耐久力も把握出来たらからねー』
「試してんじゃねえよっ!」
『だってー動かすなって言うしー操作しにくいしーステータスは把握したいしー』
「イチイチ語尾伸ばすなっ!拗ねた女子かっ!」
『痛いのは嫌でしょ?操作しにくいから、“倒す”って意識に集中する事だけご協力お願いしまーす』
「ヤル気のない街頭募金みたいな言い方しやがって…」
『ほら来るよ』
起き上がったゴブリンが棒を振り回し階段を駆け上がってくる。
「くっそ!後でちゃんと説明してもらうからなっ!」
『はいはーい』
ハルがそう言うと、さほどの違和感なく圭吾の体がモップの雑巾の方を前にして槍の様に構える。
圭吾の元までたどり着いたゴブリンが、ひねりなく、肩口への三度目の攻撃を仕掛ける。
その瞬間、モップがゴブリンの首へと突き出され、手に伝わる肉と骨の感触。
「ゲギャッ」
下の階への踊り場までぶっ飛ぶゴブリン。
そして小さなうめき声を出すと、スーッと半透明になり最後は消えてしまった。
「き、消えた…」
『はい、一匹おしまーい。次いくよー』
「おいっ!ちょっ!聞きたい事が分刻みで増えてくぞ!」
『下の階に二匹一緒にいるみたいだねー』
こっちこっちーと言いながら、階段を降りて行く圭吾の体。
「聞いてんのかおいっ!」
『まーまー後二匹やったらクリアだから ここだよー』
たどり着いたのは家庭科室。
無警戒に扉を開けると、確かに先ほどと同じゴブリンが二匹、教室の奥に居た。
『そいじゃーさっきの感じでいくよー』
ハルがそう言うと、手前に居たゴブリンとの距離を詰める。
「ゲギャッ!」「グギャゲギャッ!」
大した警戒もなく棒を振り回しながら調理台の間をの近づいてくるゴブリンに対し、モップを横に薙ぐ。
「ギギャ!」
ゴブリンの左手側の首に当たり、首を支点に、ゴブリンの体がくの字に折れ、二メートルほどふっ飛んで消える。
「手に残る感触がリアルすぎる…。つか俺ってこんな力強かったか?」
ゴブリンが小型とは言え、小学生低学年くらいはある。それを二メートルほどふっ飛ばすとなればモップが折れない事も不思議だが、自分の腕力にも疑問を覚える。
『ボクの分の補正がかかってるからねー』
「補正なぁ…もーいいわ。あれやったら終わりなんだろ?そっから考えるわ。」
そう言って奥のゴブリンを見る。
仲間をやられて慎重になっているのか近づいて来ようとはしない様子。
『じゃーこっちからいくよー』
近づいていくと、ゴブリンが近くあったコップをデタラメに投げてくる。
ガシャ! ガシャン!
「うおっ!」
当たりはしないが鬱陶しい。
コップの弾幕を掻い潜り、ゴブリンとの距離を詰める。ガラスの破片を踏む音が加速し、その勢いのまま、モップの柄でゴブリンを突く。
「ギギャ!」
ガシャン!
後方へ吹っ飛びながら転がったゴブリンが、教壇の横の調理道具入れにぶつかって止まる。
手応えはあったが今度は消えない。
「ゲギャ…」
満身創痍ぽい感じながら起き上がるゴブリン。
そして、壊れた調理道具入れの扉が半開きになった所に手を突っ込む。
その手には包丁。
「おいおい…なーあれで刺されたら死ぬよな?」
『んー死ぬとは違うけど、ゲームオーバーかなー それにだいぶ痛いと思うよー』
「…だろーな」
ヒュン!
「おわっ!」
ゴブリンが投擲した包丁が、かがんだ圭吾の頭上を通り過ぎる。
「あっぶねーな!殺す気かっ!」
「ゲギャッ!ゲギャッ!」
『オデ オマエ クウ マルカジリ』
「物騒なアテレコすんじゃねえっ!」
調理台に隠れ、周りを見る圭吾。
ゴブリンは取り出した包丁を両手に構える。
「誠に遺憾だが…」
隠れたまま壁際の棚に手を伸ばし、鍋を掴みとる。
『勇者圭吾は伝説の装備 “鍋のフタ”を装備した』
「うっせぇ!昔やったゲームで、鍋のフタが装備品って(プッ)とか思った自分をビンタしたいわっ!無いよりましだろがっ!」
『十分 十分 じゃーいくよー』
調理台から出てゴブリンへ一気に詰め寄る。
気付いたゴブリンが、左右の手で包丁を2本投擲してくる。
1本は鍋のフタで防ぐが、もう1本が左肩をかする。
「つうっ!」
それでも体は止まらず、ゴブリンへと距離を詰め、次の包丁を取り出そうとしていたゴブリンの右手を調理道具入れの扉を蹴飛ばし挟み込む。
「ゲギャッ!ゲギャッ!」
左手で脇腹辺りを殴ってくるが、大したダメージはない。
『はい おしまーい』
ハルがそう言うと、モップの柄の部分をゴブリンの腹部へと突き立てる。
『ギッ…ギャ…』
ゴブリンの断末魔と共に手に残る嫌な感触。
それがスーッと抵抗無くなると同時にゴブリンの姿も消えた。
「気持ちいいもんじゃねーな…」
『おつかれさまー』
後味の悪さ満載の圭吾の呟きと対象的に気のないハルの声。
「…よし、説明…うぉ!」
説明を促そうとする圭吾の目の前、軽快な音と共に、白い半透明なプレートが現れる。
『ステージクリア!』
の文字に続いて──
『圭吾は、経験値9 を得た。
ゴブリンの耳 3 を得た。
モップ を得た。
鍋のフタ を得た。
槍 熟練度 3 を得た。
盾 熟練度 1 を得た。
ゴブリンのスキル 投擲 を得た。』
「まんま、ゲームだな…おい!なんなんだよこれ!」
『だからゲームだよ。説明したいけど、ここもー出されちゃうんだよねー』
「は?」
『また後でログインするから じゃねー』
「は?おい!」
慌てる圭吾の視界が、周りから暗くなり、やがて真っ黒に塗り潰される。
──────
「おい!」
目を閉じたような感覚をこじ開け、ハルを呼び止めるように圭吾が叫ぶ。
「はい?」
耳馴染みのいい、古文の教師の怪訝な返事。
「はい?」
混乱する圭吾に注目する、同級生の面々。
「せんせー鳴海くんは寝惚けただけでーす」
同級生の一人が言い、笑い声につつまれる教室。
「いい日和で眠いでしょうが、ここはテストに出ますよ。」
「はい…すいません…」
窓の外は風に揺れる桜。
いつもの教室。
いつもの教師。
いつもの級友。
黒板の上の時計は午後二時を過ぎた辺り。
「夢…なのか…?」
圭吾は痛めたはずの頭や左肩を確認する。
やはりそこには何の痕跡もなかった。
「なんなんだよ…」
窓から入る春の風が、慰めるように圭吾の頬を撫でた。