ミイラレ! 青行燈のこと
不慮の事態はいつでも起こりうる。そしていつも物事がうまくいくことなんてない。
日条 四季は高校に入るまでの短い人生の中で、それを嫌というほど学んでいた。
今の彼は少しだけ機嫌が悪い。下校中に駄菓子屋で買ったお菓子を家でゆっくり食べるというささやかな楽しみにちょっとした邪魔が入ったからだ。こう言うと、実に器の小さい男と思われるかもしれない。
しかし、だ。彼は心の中で誰にともなく抗弁してみる。家に帰った途端に天井から釣り上げられて気分を害さない人間など、そうはいないはずである。
今、彼は暗闇の中にいる。わずかに湿り気を持った空気に、四季は眉間にしわを寄せた、
無論のこと、玄関の上には人が入れるスペースなどありはしないし、ましてや人間を吊りあげるような装置が備え付けてあるはずもない。彼自身や元々ここに居座っていた『住人』とは違って、この家は普通の和式住宅なのだ。
となると、原因はただ一つ。
「……また怪異かぁ」
『ええ、その通りで』
うんざりした呟きに応えるようにして、青白い炎が彼の目の前に灯った。
そして炎を挟んだ向かい側の闇から、一人の女の姿を照らし出す。
白い着物に藍色の羽織という出で立ち。長い黒髪に切れ長の瞳をした、ぞっとするほどの美人。
それが人でないことはすぐに見て取れた。
炎に照らされてもなお薄青い肌の色。頭から生えた牛のような角。なにより纏う空気。すべてが異質。
「いやはや、風の噂に聞いてはおりましたが」
どこからともなく取り出した扇子で口元を隠し、女が言う。その目が笑みの形に細められた。
「たしかに肝が太くできていらっしゃるようで。その年頃の人間にしては大したものですよ、ええ」
「慣れてるだけだよ」
四季は肩を竦めて見せた。
その言葉は嘘でもなんでもない。生まれてこのかた、四季は目の前の鬼女のような存在……いわゆる『怪異』と呼ばれる者たちと縁が深い。非常に、や異常に、という言葉をつけても決して不足はないほどに。
なにしろそのような存在が見えるのみならず、向こうから近寄ってくるのだから。
「それで、なんの用?」
楽しげにこちらを見ている鬼女の瞳をまっすぐに見返し、四季は言葉を投げかける。
怪異との話すときは心を平静に。動揺を見せるとつけこまれる。彼が短い人生の中、何十もの怪異との触れ合いから得た教訓だ。
「わざわざ世間話をしに人の玄関先で待ってたわけじゃないでしょ」
言って四季は怪異を睨みつける。
鬼女がくつくつと笑う。
「いや、話が早くて助かります。もちろん大事な用件がありますとも。わざわざこの家のおっかない座敷童の目をかいくぐって、話し合いの場を設けるくらいの手間をかけてしかるべき大事な用がね」
御影のことか。気配を隠すのがうまい彼女の存在を掴んでいるとは。なかなか油断ならない相手のようだ。四季は気を引き締める。
「さて、日条 四季殿」
と、鬼女は前置きした。至極当然のように自分の名前を出され、四季は少しだけ顔をしかめる。
それを見た鬼女が笑みを深めた。
「……名を知られていてもそこまで動じる気配なし。ま、近場の怪異どもの間では知れ渡っておるようですしねえ。そこで動じはしますまいか」
「ずいぶん話が回りくどいね」
四季は遠慮なく言った。怪異と人間のペースは往々にして違う。彼らに合わせていると予想外に時間を取られるということがままあるのだ。
なので、自分から話の主導権を握りに行かなければならない。
「さっさと済ませて欲しいんだけどな」
多少つっけんどんな言い方になってしまったか。言葉に出してから四季は心中で反省する。
が、当の鬼女は特に気にした風もない。
「積極的ですねえ。いいことです……さて、あたしの方だけそちらの名前を知っているというのも不公平。なので名乗らせていただきます。御伽 巡と申します。以後よろしく」
流れるように自己紹介し、巡なる怪異は丁寧にお辞儀した。
四季も釣られてお辞儀を返し、
「……以後?」
思わず眉をひそめる。この言い方、まるで今後長い付き合いになるとでも言いたげではないか。
巡は平然とした様子で頷く。
「ええ、そうですとも。しばらくは貴方の側に留まらねばならぬのでして」
二人の間に浮かんだ青白い鬼火が風もないのに揺らめく。
涼しい顔をしている鬼女に、四季は視線で言葉を促した。ぱちん、と扇子が閉じられる。
「用を先に言ってしまうのとですね。四季殿には百鬼夜行の復興にご協力いただきたいのです」
「……えっと、ごめん。百鬼夜行?って?」
突然飛び出してきた耳慣れぬ単語に、四季は思わず首を傾げた。
巡の目が丸くなる。いかにも意外と言った様子で。
「おや、ご存じない?お聞きになったことくらいはあるかと」
「いや、そりゃ聞いたことくらいはあるけど……怪異にとってどういう意味があるか、までは知らないよ」
正直に答える。まじまじと四季を見つめていた巡は、やや間を置いてから手を打った。
「ああ、そうでした。四季殿は人間でいらっしゃいましたねえ。一応」
「一言多いよね?なんで一応って付け足したの」
「怪異にとって寄り合いというのは大事なものでしてね。百鬼夜行もその類です」
半眼になる四季を無視し、巡は言葉を続ける。
四季は溜息をついて耳を傾けた。これはいくら追求してもダメなパターンだ。
「詳細は後で話しますが、百鬼夜行の復興ともなるとあたしの力だけではどうしても及ばない。そこで四季殿の出番というわけです。その人間にしておくにはもったいない霊気と怪異からの人望を、ぜひお貸しいただきたい」
巡が四季を見据える。視線を受け止めた四季は、少し考え込んでから口を開いた。
「ええと、その百鬼夜行っていうのは……巡さんにとって大切なものなの?」
「この上なく」
間髪入れずに答えられ、彼は鼻白む。鬼女の顔は真剣そのものだ。
「復興のためなら、どんな手でも使いましょう」
静かに言う。その言葉に秘められた決意には鬼気迫るものがあった。
自身でもそのことに気づいたか、巡がやや表情を和らげる。
「まあ理由は様々ありますが……一番はあれです。恩返しですよう」
「恩返し?」
また思わぬ言葉が出てきた。
怪訝な顔をする四季に鬼女は小さく微笑してみせる。
「あたしがいた百鬼夜行は山ン本組と呼ばれておりました。自慢じゃありませんが、少し前まではこの国でも一、二を争う規模でしてねえ。故あって当てもなく放浪してたあたしを、大将はこころよく迎えてくれたもので」
懐かしげに笑みを浮かべる鬼女。その目に一瞬だけ怒りの色が浮かぶ。
「……あの退魔師の馬鹿どもが裏切りさえしなけりゃあ、今でも今世一の百鬼夜行でいただろうに。まったく忌々しい……!」
しゅう、と荒い息を吐く。その息に青白い炎が混じり、わずかな間だけ暗闇を照らした。
四季は小さく身を引く。それで冷静さを取り戻したか、巡はハッとした様子で扇子で口元を覆い隠す。
「失礼。あのことを思い出すとどうしてもね……ともかく、山ン本組は壊滅。生き残った連中も散り散りとなり、今は何をしていることやら。かく言うあたしも、組の印を託されて逃げていた身なんですがね」
「印って?」
四季は首を傾げる。巡が懐を探り、なにか小さなものを取り出す。
それは古びた小槌のように見えた。
「組に伝わる家宝とでも言いましょうか。これを持つ者が組を継ぐと、そういう決まりになっておりまして」
「へえ……あれ?それじゃあ、今は巡さんがその山ン本組を継いでるの?」
「名目上は」
小槌をもてあそびながらも、巡は苦い顔をする。
「とはいえ、ねえ。頭領という役目はあたしにはちと荷が重いのですよ。先代と比べちまうというのもありますし、何より……なんだ、あまり人望もなかったもんで」
そういうものなのだろうか。なんとなく疑わしい。四季はふとそう思う。
とはいえ、そこをつつき回す必要はないだろう。四季は代わりに別の話題を持ち出した。
「それで、どうして俺に?よくわからないけど、百鬼夜行って怪異のものなんじゃないの?」
「いい質問です」
手の内で小槌を回していた巡が、にやりと笑みを浮かべた。
「先ほども言いましたでしょう。この小槌を持った者が山ン本組を継ぐと。つまり、こいつに認められれば怪異だろうが人間だろうが問題ないわけです。実際、一時期人間に貸し出されていたこともありましたし」
なるほど、そういう抜け道があるらしい。妙なところで融通が利くようだ。
「そして先回りしてお答えするに、怪異を集めるという一点で見れば四季殿の方があたしより長けていると、そう見たわけです。いや、今どき珍しいんですよう?怪異を見るだけでなく、ほとんど対等に接することができる人間というのは」
「……まあ、そうかもね」
四季は曖昧に頷いた。
彼は怪異と縁が深い。なにしろ人間の友人よりも怪異の友達の方がはるかに多いくらいだ。
それがまるで実生活に役立っている気がしない、というのが困りものなのだが。
「そこのところはもっと自信をお持ちになられてもいいと思いますがね。最近の人間というものは、我々に気づきすらしない連中が多すぎる」
鬼女がやや愚痴っぽく言葉をこぼす。
四季はふと昔ある怪異から聞かされた話を思い出す。どうやら怪異を認識できる人間というのは減りつつあるらしい。
こんなにも存在感が濃い生き物たちを、どうやったら見落とすことができるのか。彼にはまるでわからない。
思わず考え込む四季の耳に、巡の語りが染み込んでくる。
「その点、四季殿は肝も据わっている。現にあたしとこうして世間話ができていますし」
肝が据わっているというよりは、怪異と接しすぎたせいで慣れてしまったというのが正しいんだけど。そう思いつつも四季はその言葉を飲み込んだ。
言ったところで相手の目的が変わるわけでもない。
「とにかく、そういう理由で協力してほしいってことか」
「その通りで」
答えてから、巡はやや思案の素振りを見せる。
「ついでに付け加えるのであれば、個人的な興味もあります」
「え?」
「いえ、あたしこう見えても青行燈なもので。近頃の怪談に語られるような新世代の怪異にも関心があるんですよ。四季殿の側にいれば、そうした連中も寄ってくるでしょう」
四季は思わず苦い表情を浮かべた。確かに町を歩いているだけでも由来のわからない怪異と出会うことは多い。
しかしそれがなんの役に立つというのか?
「そういうのも百鬼夜行に入れたいってこと?」
「いえ、単純な知識欲と言いますか。あたしは怪談の類が好きでしてねえ」
「ふうん」
質問に返ってきたのはどことなく楽しげな返事。
改めて四季は思う。変な怪異だ。怪異というのは怪談の主役みたいなものだと思うのだが、彼女にはなにか別の意味があるのだろうか。
四季がぼんやりと考えているうちに、巡が唐突に手を打った。
「おっと、話が横道に逸れましたね。改めてどうです四季殿。山ン本組の復興に力を貸してはいただけませんか?」
話が元に戻ってきた。鬼女の目を見つめながら四季は思案する。いったいどうしたものだろう? 仄暗い空間の中に沈黙が流れる。
「……ま、もっとも。あたしとしては引き受けてくださるまで粘り続けるつもりでいるのですよ」
それを破ったのは巡だった。四季は無言で耳を傾ける。
「四季殿は人間にしては聡い方のようですので、もう気づかれておいででしょうが……ここはあたしの結界の中です。即席ですけれどね」
その言葉に四季が驚くことはない。なんとなくではあるものの、空気の違いから察することはできていた。そして、彼女が続ける言葉にも予想がつく。
「ええ、まあ、そういうことです。貴方が首を縦に振ってくださるまで、ここから出すつもりはございません」
あっさりと言ってのけた鬼女は、その口を笑みに形に歪めた。
「申し訳ありませんが、手段は選んでられませんのでね。確実に勝てる手を打たせてもらいました」
四季は何も言わない。少しだけ眉間にしわを寄せ、黙って巡の顔を見やるだけだ。
彼女が咳払いする。
「……とはいえ、です。あたしとしてもこのままずっと長考されるのを眺めているつもりはございません。何度も言うようですが、山ン本組の復興のためならばあたしはなんでもします。例えば」
とん、と巡が扇子で軽く床を打つ。瞬間、打たれた点から波紋が広がるようにして光が走った。唐突な明るさに四季は眼を細める。
そして見た。足元に映し出された自宅の情景を。真上から見下ろす居間や台所には、人の姿はないように見える。
「この時間帯ではご両親も外出中のようで」
呟いた鬼女の視線は、畳敷きの広間へ。四季もその後を追った。
「しかし座敷童は待っている。健気なものですねえ」
その先にいるのは、赤い着物姿の少女。上から見ると綺麗な黒髪しか見えないものの、長机を前に正座している。御影だ。四季の帰りを待っているのかもしれない。
「例えばの話なんですが」
と、巡は四季の方を向きもせずに言った。酷薄な笑みとともに。
「あまり時間がかかるようなら、あたしも手持ち無沙汰にここの方々にちょっかいをかけてしまうかもしれません。ま、あの座敷童に限っては少し用心がいるようですが」
その目が捉えているのは、御影の傍に置かれた小箱。
「あの箱、中に七人ほど入っているようですねえ。それに赤い着物の座敷童とくれば、本来は凶事の前触れです。うかつに触るには危ない相手ですが……それはそれ。打てる手というのはいくつもあるものでして」
扇子を閉じ、開く。開かれた扇子の上に、手のひら大の蜘蛛が載っていた。
「例えばこいつを忍ばせるなどですな。自分で言うのもなんですが、これに噛まれれば怪異でも危うい。もしくは単純に祟るという手もある。こう見えてあたしゃ祟りが得意でして……」
「質問いいかな」
何気ない一言。それが鬼女の口を閉じさせた。視線がぶつかり合う。
「……どうぞなんなりと」
巡が言う。あからさまに警戒のそぶりを見せている。四季は彼女を見つめたままに問いかけた。
「巡さんの目的はよくわかった。けど、そのあとはどうするつもり?つまり、百鬼夜行を復興したら、なにがしたいの?それだけ聞いておきたいな」
ほんのわずか、巡の顔に驚愕と動揺の色が浮かんだように見えた。が、その変化はすぐにしかめっ面に取って代わられる。
「たしかに。そこをはっきりさせておかないといけませんな。正直に申しまして、あたしはその後のことは考えておりません」
「どうして?」
「必要がないからです」
巡が断言した。
「と言いますのも。あたしは別に百鬼夜行を率いて大きなことをしでかすつもりなんざないんですよ。そも他の連中をまとめ上げるなんて柄じゃありません。あたしはただ組を復興させて恩義を返し、落ち着ける拠り所を取り戻したいだけですから」
その言葉を頭の中で咀嚼した四季は、ゆっくりと口を開く。
「……つまり、人間に対してどうこうする気はないんだね?」
「ええ、ええ。下手に関わったらこちらが貧乏くじを引きますからね。退魔師どもとのやりとりで身に染みましたさ」
ひどく苦々しげに言われた。
一方の四季としては、喉の引っかかりが取れた気分だ。これで次の一手を迷わずに決められる。
「わかった。そういうことなら手伝うよ」
「はあ。……は?」
反射的に頷いたらしい巡が、驚いたように目を見張る。
「手伝う?と、おっしゃいました?」
「言った。というか、そっちがそう頼んできたんじゃないか」
少しばかり咎めるような眼差しを向けてやる。鬼女はやや狼狽したようだった。
「いえ、言いましたけども!こう、もう少し渋られるものとばかり」
「人間に迷惑かけるつもりがないんなら、別に迷うこともないよ。ただの怪異助けなら全然問題ないし」
あくび混じりに答える四季。巡がそれを気味悪げに眺めている。
「……別にそんな顔しなくてもいいじゃない。俺だってたまには助ける側に回りたいんだよ」
「と言いますと?」
「いつも怪異のみんなには助けられて……というか、子ども扱いされてばっかりだからさ。もう高校生なのに」
思わず口調が非難がましくなる。巡はと言えば、なにやら納得した様子で頷いていた。
「ははあ、なるほどなるほど。難しいお年頃というわけですな」
「なんだよ」
「周囲に自分の力を認めてもらいたいと。なんとも微笑ましい……いや、いい心がけですな。利害の一致が見込めます」
慌てて言い直したのは、むすりと口を結ぶ四季を見たからか。巡は大きく息を吐いた。
「なんにせよ、こちらは大助かりです。では次に」
「まだなんかあるの?」
「すぐ終わりますってば。……こいつの出番というわけで」
そう言って掲げてみせたのは、あの小槌。四季が見守る中、鬼女はそれを軽く放り投げた。
小槌はくるくると回転しながら二人のちょうど中間に着地。驚くべきことに直立した。緩やかに取っ手を軸に横回転し、メトロノームのごとく振れ始める。
そして最終的に……四季の方へぱたんと倒れた。微かな溜息が漏れる。
「なるほど。まあ、こうなるだろうとは思いましたが」
溜息の主……巡が言う。その意味を問おうとした四季の目が小槌へと引き寄せられた。
いつの間にか、小槌が自分の手元へと移動している。
「そいつは貴方の方が組を率いるにふさわしいと判断したようですよ、若旦那」
「若旦那?……え、俺のこと?」
「そうですとも。やれやれ、やっと肩の荷が下りた」
目を丸くする四季の前で鬼女が笑う。安堵と寂しさの入り混じったような、複雑な笑み。
「今この時より、若旦那が山ン本組の頭領です。とはいえ、動ける部下はあたししかおりませんが」
呆然とする四季の前で、巡は丁寧にお辞儀した。顔を上げた彼女は、どこかさっぱりとした様子で言う。
「なにか用件があれば忌憚なくお言いつけください。できる範囲であればこなしてみせましょう」
「そ、そう……えーと、なんだ。その、よろしくお願いします」
なんとなく四季も頭を下げ返す。目を丸くした巡が、ややあってから噴き出した。
「そう畏まられると照れますねえ。もっと気楽になさってくださいな」
「う、うん。……あ、そうだ。早速頼みたいことがあるんだけど」
「ふむ、なんでしょう?」
「まず一つ。ここから出してくれる?」
「ああ、はいはい。お安いご用で」
巡が床を叩く。そこに大きな穴が空いた。ここから降りろ、というのだろう。四季は息を吐いてから彼女を見やる。
「ありがとう。で、もう一つ。ちょっとついてきてもらっていい?」
「はあ。どこにです?」
「広間」
巡が怪訝そうに首を傾げた。
さすがに説明が必要だったか。四季は慌てて言葉を続ける。
「ええと、御影に会って欲しいんだ。あいつ、他の怪異が無断で家の中に入ると機嫌悪くするから」
「はあ。あたしは別にここの家で世話になるつもりはありませんが。庭先さえ貸してもらえれば……」
「長い付き合いになるかもしれない相手に、そんなことさせるわけいかないでしょ」
呆れた四季がそう言うと、巡が意外そうな顔をした。
しばらく呆然としていたらしい彼女は、ややあってから呟く。
「……なるほど。噂で聞いていた以上に変わり者なようで」
「噂の俺はどんなことになってるんだ……まあいいや。ほら、行こう」
「かしこまりました。お供いたしましょう」
無造作に立ち上がった巡は、四季の首根を掴んで持ち上げる。そして彼が文句を言う前に出口から飛び降りた。
後に残された青白い鬼火が揺らめき、小さくなり、やがて消える。誰もいなくなった空間を、ただ静寂と暗闇が満たした。