13話 魔銃・表春-ウワハル-
逃した。
三枝響子は、奥歯を噛み締めながら悔しそうに思った。
「気づいた時には、魔族に目の前にいたはずのダインとかいうオーク族の奴らが、一瞬で消え去った……。いや、移動していた……白沢を取り囲むように。何があった……?」
ブツブツと魔科学者らしく(?)一人呟き続ける。
タバコを漆黒の白衣から取り出し、手馴れた火属性の魔術陣を指先一つで構築する。
着火。
ジジ、と小さな赤色の魔術陣から発せられた極小規模の火が三枝の加えたタバコに火をつけた。
先端が焦がされ、吸い込むと酸素により燃焼が始まり煙が肺の中にふんだんに取り込まれた。
「はぁー……」
ため息と共に、体内に取り込まれていた煙がもくもくと吐き出される。
苛立ちも、一緒に吐き出されたのか少し落ち着いてきて、冷静に推理をすることが出来た。
ーー私にとっては一瞬の出来事。
魔術を行使した際の術式も残っていない上に、力の波動を感じることが出来なかった。となれば……
「法力による御業……か。"聖女"の介入があったんだろうな」
そうとしか考えられない。
しかし、地下から破壊されたライブホールは法力ではなく、魔導力を練り上げて放たれた魔導術によるものだろう。
魔素を取り込む必要性のある魔術で、これほどの破壊力を来す術を使用すれば、この付近一体の土属性の魔素が大幅に消滅する。
「おい、神無月!お前、土属性が得意属性だったよな?何ともないか?!」
「な、なんか言いましたか三枝部長?!もうすぐガーネ君の、チラ見せシーンに入るんで後にしてくださぁい!!」
「いや、良い。もう分かった」
スカーレットデモンズの奏でる爆音により、会話もままならぬホールで応酬された僅かな部下とのやりとり。
だが、たったそれだけで三枝は、予測が付いた。
ーー空気中の魔素濃度に変化はない。
特定の属性魔素が枯渇すれば、得意属性を体内に優先的に取り込んでいる人間の体内の魔素濃度が不均等になり、体調が崩しやすくなる。
初めて異世界に来た時に表れがちな"世界酔い"と似たような症状が発生するからだ。
ーー神無月は土属性が得意属性。しかし、現状はいつも通りピンピンしている。他の土属性が得意な私の部下達も同じように何とも無さそうに魔族ライブを楽しんでいる。
サイリウムバーを振り回しながら、スカーレットデモンズの掛け声に合わせて発狂するオタク研究部員達に視線を向ける三枝。
ウルミラに魔術の研究の為に、日本から出張に来ることが多くなった三枝は、直属の研究部員と部下の属性は調べ上げており、把握している。
三枝の知る限りの土属性の持ち主は、全員問題無いことがライブに熱をあげる姿を見て判明した。
「魔導力に間違いないな。起爆剤となる火薬も、破壊のための装置も必要無しに純粋なエネルギーだけで地中貫通爆弾の火力は軽く凌ぐな……」
ドルイド達の魔術によって壊された天井とは違い、地下からマグマのように吹き出し、床を盛り上げ簡単に貫通させる力の有様に感嘆する三枝。
「魔導力に法力……。日本に研究材料として持って帰れるのか、これ……」
眉を潜め、頭を抱えて唸る三枝だった。
スカーレットデモンズの魔唱がさらにその頭痛に追い討ちをかけ始めた。
「だが、まずは白沢だ。あいつは、私の知らぬ間に、誰かとコンタクトを取ったはずーー」
地下ダンジョンに落とされながら、あの巨大ミミズと這い上がってきた特殊営業部の男。
三枝は白沢の後ろ姿を見つめた。
「サンドワーム(本名:ぬるポン)があそこまで疲弊してーーってなんだこれは?!私はサンドワーム(本名:ぬるポン)と……?!口が……勝手に……」
何者かの力によって【サンドワーム】と呟こうとしたら【(本名:ぬるポン)】が追加されてしまうことに三枝は困惑した。
「やっぱり、聖女か!!聖女確定!!彼女が法力で何かしたに違いない」
この世界の法則を塗り替えられた事に気づいた三枝が、聖女の仕業であることに、そこで確信を得た。
ーー法力は法則を作り上げ、書き換えてしまう力……。折角聖女に近づけるチャンスがあったのに。
やはり今回も逃がした。と、三枝は落胆するのであった。
「いつになったら私は逢えるのだろうか……」
紫煙を吐き出し、リポーターを握りしめながら三枝はスカーレットデモンズのライブに目を向けた。
ローズからバトンタッチされ、空中遊泳を披露するガーネ。
彼の前髪が少しだけめくれて、顔が見えそうになった所で、彼のファンの女性達がぎゃあっと叫ぶ声が響き渡った。
「観戦するだけでなく魔術と魔導のヒントもちゃんと掴めよ、お前達……」
隣で叫ぶ神無月を尻目に、三枝は一人ライブホールを後にして、魔王城特別施設にあるラボに向かった。
ーー魔王城特別施設地下3F
魔王城特別施設にあたる箇所はラボと呼ばれる研究室に実験場がある。
魔術と科学を融合した魔科学は不慮の事故に繋がる実験成果も多く、そのラボ内に張り巡らされた強固な防御陣と最新科学で作られたシェルターは水爆をも耐え切ると言う。
関係者以外が立ち入れぬよう、厳重に保護されたラボの扉に向かって三枝が右手の甲を翳した。
浮かび上がるキータトゥー。
三枝の保持するキータトゥーのクラスはスキルワーカー。
一般人が保持する基本的なクラスがビジターに対して、スキルワーカーのクラスは認められた物しか与えられない特殊なキーの一つだ。
このキータトゥーを所持する者は、自分の持つスキルを役立てる為の仕事場や、三枝のようなラボを借りる事が出来るのだった。
魔素の存在しない日本では出来なかった魔術制御による科学技術が並ぶ魔量子コンピュータ。
床に描かれた複雑な魔術陣はボタン一つで室内の魔素濃度を意のままに変えることが出来る。
異界の魔術と日本の科学技術が最も色濃く混じり合う混沌の研究室。
三枝はこのラボに足を運ぶ度に、自分がまるで禁忌の本源に触れている気分になった。
床に描かれた魔術陣の上を気にすることなく歩き、ラボの片隅に置かれているケースに向かう。
防弾ガラスで出来たガラスケースの中には、宙に浮かぶ銃がゆっくりと反時計回りに回転していた。
白を基調としたボディカラーに金の装飾。
グリップには日本魔科学技術研究開発会社(JAMIC)のロゴが彫り込まれており、その下には小さくmade in Japanの文字まで御丁寧に入っていた。
三枝の拘りを詰めた、女でも簡単に扱うことが出来る護身用の銃である。
聖女イブリスからのオーダーだった。
「この世界にはまだ戦後の遺恨が残っています。JAMICの科学技術と信頼の日本製のウェポンを所望しますわ。その代わり、こちらからはウルミラの魔術についての知識、構築式、術式と共にこの城に眠るシークレットラボの活用をご提供致します。思う存分、魔術を研究出来ますわよ」
そのオーダーは無機質なメッセージで聖女から届いたものだった。
三枝と聖女のやりとりはリポーターに備わるメッセージアプリでのやりとりのみ。
未だそのご尊顔を生で拝見できたことはなく、逢いたい気持ちばかりが溢れた。
聖女イブリスは逢える人間と、逢えない人間の2つがある。
それを運と一口に言ってしまっていいものなのかは分からないが、彼女に逢えることができた人間は幸運が訪れるとまで言われるほど、その姿は戦後から人前には現れない。
稀に発現する時がある場合、自らの法力を行使し、必要以上に人目に触れることは避けている。
三枝は自分が彼女にいつまでたっても逢えないというのは、自分の運がただ悪いだけなのか、それとも……。
ーー聖女は忙しいお方なのだから、仕方がない。
そう自分に言い聞かせる三枝。
自分はただ、聖女から与えられたオーダーをこなし、そして魔科学の発展に尽くせばいいだけの存在なのだ、と考えた。
「あぁ、くそ!私は恋焦がれる乙女か!!そんな歳でもないし、気持ち悪い!!」
気づけば聖女のことばかりを考えてしまう思考を、振り払うよう三枝は保護装置を解除してガラスケースの中に浮かぶ銃を手にした。
「魔銃・表春」
婦女子の守護神とされる天表春命から因んでつけた名前だ。
装填された弾は構築式がプログラミングされており、発射時に射出された瞬間、マズルから任意の属性魔術式が展開される。その属性魔術式をくぐり抜けた弾丸は、強い魔力を帯びることで魔弾となり、着弾地点に属性魔術を展開することが出来る。
戦時中に壊された学舎が多く、魔術についての素養が無い者も少なくはないウルミラの世の中。
魔素の乱れも多いフィールドの中でも、チャージが存分に残っている限りトリガーを弾くだけで女子供でも簡単に中規模程度の魔術を行使可能だ。
開発当初は刀、短刀、杖、弓……と様々な武器の形態が企画部から持ち上がった。
しかし、護身用武器として提案されたのは、小型で携帯しやすく単純作動で起動できて身を守ることが出来る物であった。
紆余曲折を経て最終的にはハンドガンという形に落ち着いたのが、この魔銃・表春である。
「ターゲット・ヒトガタをジェネレート」
三枝が呟くと、音声認識に反応したナビゲーターがコンピューター内で魔術プログラムを構築し、
一瞬でラボ内に一体のヒトガタを模した標的が生成された。
グリップを握りトリガーに指を掛ける。
その瞬間、すでに発射の動作に入った事を認識した内部プログラムが、魔術式を前方に展開。
回転しながら貫通する弾を待ちわびている。
狙うのは標的の胴部。
展開する属性魔術は氷属性。
三枝は目を凝らしたまま、指の腹でトリガーを弾いた。
一瞬の衝撃の後、ラボ全体の気温が大きく下がった。
「外したか……。作るのはともかく、武器を扱いこなすというのは難しいな……」
着弾した場所はヒトガタ標的を通り越した先の、背後の巨大コンピューターだった。
絶対零度の氷がマシンを飲み込むようにガチガチに凍結していた。
氷から放たれる冷気がラボ内の気温をさらに下げていく。
「あー!!響子さァん!なにやってるんですかァ!!」
背後のドアがしゅんっと軽やかな音を立てて開いた後に聞こえた、男の声。
「暮森か。どうだ、魔銃・表春の威力は。火属性を主とする私でも、このレベルの氷属性を扱うことができたぞ」
暮森と呼ばれた男は、ラボ内のロッカーから漆黒の白衣を取り出し身に纏いながら三枝に抗議した。
糸目な故に笑っているように見えるが、眉根は下がり完全にラボ内の惨事に対してわたわたと困惑している。
JAMIC魔科学研究部署に所属する三枝の部下の一人。
真ん中で分けられたやや長めの黒髪に、柔和な顔付きで年は30半ばくらいの男だ。
「試し打ちするならテスターハウスで行ってくださいよ。ほら、後ろのスパコンかっちこっちじゃないですかァ!」
テスターハウスというのは、未完成の魔科学アイテムを文字通り試験運用したり試すための場所だ。
ラボ内からさらに奥に続く扉を開けるとテスターハウスがある。
何もないフィールドだが、環境設定プログラムを弄ると雨にしたり風を吹かせたりと様々な外的環境から魔科学アイテムの耐久度を調べたり調整したりするのに役立っている空間である。
「外すとは思わなかった。お前も試してみるか?」
「ちょっっっと!危ないんで銃口を私に向けないでくださァい!!」
両手を挙げて降参のポーズを取る暮森。
「ま、響子さんは魔科学者なんだから、武器の扱いだけは下手でもしょうがないってのは頷けるんですけど……」
「作るのと使いこなすのはまた別の話ってことだな。例えばF1の開発者がスーパーカーを乗り回せるか?と言ったら、ノーだ。開発は開発。ドライバーにはドライバーの役目があるからな」
「"餅は餅屋"ってやつですね。でも、これはちょっと外しすぎですよ。この距離で……。ゴミ箱にゴミを投げ入れるくらいの距離じゃないですかァ」
そう言って暮森は射程7mも離れていない標的と三枝の間を指した。
「お前になら当てられそうだ」
「ちょっっっっっっっっっとォ!!!本気で危ないからやめてくださァい!!」
ふぅ、とため息をついた三枝の口から白い煙が溢れていった。
「そういえば、暮森。お前は魔族のライブは観なくても良かったのか?」
スカーレットデモンズのライブは途中で中断したものの、あと1時間はゆうにある。
この時間に、ここにいるということは雪森も三枝と同じようにライブを途中で抜け出てきたということになる。
「あぁ、私は魔族の歌声……魔唱にどうも慣れなくて……。少し精神異常が現れ始めた気がしたんで抜けてきちゃいましたァ」
まだ少しふらつきが残っているのか、頭を軽く押さえながら暮森は語った。
「大丈夫か?魔王城の1Fカンファレンスを過ぎた辺りに医務室があるぞ。マリュアスとかいうサキュバス科の魔族が、その手の症状に詳しく、すぐに治してくれるはずだ」
「あぁ、いえいえ。そこまで酷くはないんで平気です。それに私はどうにも彼女が苦手なもので」
暮森は、そこまで大した症状では無いと告げて医務室へ行く事を拒んだ。
「それよりも、あの地下爆発……とんでもなかったですね。また魔王側に付く魔族の反乱かと思って、身を硬くしちゃいました」
暮森は糸目を少し開き、恐るように語った。
「そして、次の瞬間には一部の魔族がワープするかのようにステージ中央へ。そして取り囲むように……彼がいつの間にか現れていた……」
暮森の言う、「彼」とはきっと白沢伊予のことだろう、と三枝は思った。
「あいつは特殊営業部の人間だからな。あの部署の人間はいつも大層な事に巻き込まれるのが仕事だそうだ」
「響子さんも、彼に興味があるんですか?」
暮森は魔弾が着弾した場所へと向かい、拳で氷を叩きながら言った。
南極の氷のように分厚く、敵の動きを封じたり、上手く扱えば無傷で完全拘束も可能となり得そうな威力であった。
「私は白沢よりも、聖女への興味の方が尽きないよ」
「もォ〜!本当に凄まじい片思いですね!」
暮森は三枝の言葉に苦笑いしながら反応した。
銃口を再び向けられ、口を噤んだ暮森。
「私は伊予くんに興味ありますねェ〜。調べれば、彼、2100年度の入社試験、唯一の合格者じゃないですかァ!」
話を逸らすようにアイスピックをツールボックスから取り出した暮森は
かちこちに固まってしまった魔量子コンピューターの救出を試みようと向かった。
「"特殊営業部"のな」
「おや、研究部以外の部署は無頓着な貴女が調べてるなんて珍しいですね。では入社条件は知ってます?」
アイスピックを振り下ろす雪森が、額から落ちる汗を拭いながら言った。
「2100年度の特殊営業部への面接と入社条件が"世界のどこかに7枚だけあるエントリーシートを入手し、提出"ですよ。エントリーシートはCEOや他上層部3名の直筆サイン入りなので、複製や偽造は不可!彼がどこからエントリーシートを入手したのかは分かりませんが、面接の為に世界にたった7枚しかない紙切れを入手してくるなんて狂気の沙汰ではありませんよ」
「それを言うなら、ウチの部署だって魔術からオカルティズム、最先端科学の知識、言語学部なんて異世界言語スコア750以上が入社条件だぞ」
まるでTOEICのようにウルミラ共通語の試験も巷では賑わっていた。
殆どの人間は興味で資格を取ったり、金に余裕があり異世界旅行を考えている富裕層が嗜むのに受験しているのが現状ではある。
JAMICの異世界言語学部はそういったスコアが入社条件に加えられている。
スコア750というのは、余程の他言語好きか物好きでしか取るのが難しいレベルである。
「お前は確かスコア900満点だったそうだが、なんで魔科学部に来たんだ?」
三枝が暮森のスコアを思い出し不思議そうに尋ねた。
スコア900満点というのは、ほぼネイティブであるのと変わりない。
トラベラーズウォッチにインストールされている翻訳アプリ無しでの滞りのない会話、冗談、言い回しの他にも筆記もパーフェクトであるという証だ。
「科学技術の魅力に惹かれて、ですかね」
暮森は氷を削る手を止めて、ぽつりと遠くを見るような目で応えた。
「私にとっては世界を構成する法則性の揺らぎをつついて、発動させる不安定性の高い魔術よりも、絶対を基準とし神にも挑もうとする科学の方が魅力だと感じたからですよ」
「まるで、魔術が世界のバグであるかのような言い方だな。神秘なのは科学よりもそういった魔術の方だろう?魔術陣ひとつで水を起こし、風を巻き上げ、大地を抉る。飲料水一つ作るのだって、科学技術では幾重もの装置が必要になるんだぞ」
三枝が鼻を鳴らしながら言った。
「はは、魔術はバグ……ですか。その通りですよ。魔術だけでなく、魔族の行使する魔導力に法則すら書き換えてしまう法力。あれらは世界の構築式を、つついてありもしない所に風や雷、炎、水、土を意のままに操ってるんですよ。貴女の言う通りゲームで言う、バグやチートを構築式というプログラムを使って起こしているようなもんなんです」
暮森はアイスピックを再び握り直し、氷を削る作業に戻った。
「ーーだからこそ」
暮森の重たい一撃が込められたアイスピックの先の氷面にピシリと、大きな亀裂が走った。
「絶対の科学と、魔術から生み出される魔科学は先が見えなくて面白い。運命さえこの手で変えられる可能性が満ちている」
バラバラと氷塊が崩れて行き、内部の魔量子コンピュータが姿を現す。
「私が言語学部に行かなかった理由は、これですよ。科学の可能性を信じているから、です」
「私よりも年下の癖に、妙に悟ってるところがあるんだよな。暮森は……。まるで数百年以上生きてる仙人みたいだな」
三枝の茶化すような言い草に、目を見開いた暮森。
「え、えぇぇ……私、そんな風に見えます?」
自身が老けているとでも思われたのか、困惑しながら自分の顔を指差した。
日本人にしては彫りの深い異国風な顔立ちに、少し目元に薄いシワが入った顔が困った笑顔を見せた。
「あぁ、良かったァ。コンピューター生きてて!」
氷から開放され、姿を現した魔量子コンピュータ"WADATUMI"を起動させ、無事を確認する暮森。
安堵のため息と共に、三枝に小さな怒りをぶつける。
「次は的から外さないで下さいよ!貴女の腕はそんなに良くないんですから、テスタールームで安全確認をしてから、トリガーを弾いてください。あそこなら何発外してもびくともしませんから」
「あぁ、次は外さない」
腕が良くないと言われ、カチンと来た三枝が再び銃口を部下に向ける。
「響子さァん!?」
すみませんでした、と平謝りする暮森。
至極真っ当な事と正論を言っているのに謝る羽目になる暮森は不憫であった。
そしてまた、自らの失態と話題を逸らす為に話を機敏に変えようと、三枝に見えるように態とらしく一つのツールを取り出した。
見た目はただの短い棒が数個集まったものにしかみえないが、手首のスナップを効かすとカシャン、と音を立てて弓の形に組み上がった。
折りたたみ式のコンパクト・ボウ。
「それは、開発中止になった弓形態の武器……なぜそれを?」
「個人的な趣味です!銃で打つよりも異世界らしさを残すには弓形態の武器があっても良いと私は考えを捨てきれなくて」
弓を構えると魔素から自動生成される魔力の矢。
「呪詛が篭った呪詛矢です。命中すると相手の体内に蓄積された魔力を分散させ体外に放出させることが出来る、無効化特化の武器です。普段は折りたたんでポケットにも入れておくことが出来ます」
「呆れた。これはビジネスだぞ。オーダー以外の品を作るほど予算に余裕は無かったはずだ」
「プロトタイプということで、試験的に作成する必要がある、と経理と上層部に嘆願書を出したら、あっさり承認も予算も降りましたけど」
「なに?!!」
「人徳の差じゃ無いですかね」
実際のところは魔弾作成、外装のフレームに火薬etc……と製造コストが掛かる銃に比べて、暮森の作った魔弓・呪詛弓は製造コストが比較的少なく承認も折りやすかった、という事実があっただけなのだが。
ついつい暮森は、その口を余計な一言を添えて開いてしまうのだった。
3度目の銃口を向けられそうな気配を感じ取り、暮森は話題を機敏に逸らした。
「そういえば!今回の社員旅行、どうやって人選されたか響子さんは知ってます?」
「各部署、各科から昨今の成績や評価の高かった人物が奨励されたんだろう」
何を今更、と三枝は旧知の事実を語った。
「それがどうも、消失事件の関係者が数は不明ですが紛れ込んでいるらしいですよ。我々の科学力を以ってしても未だ解明の出来ない"運命"を聖女が故意に操作している。との情報がちらっと私の耳に入ってきましてね」
WADATUMIのキーボードを叩き、ユーザーIDとパスワードを入力していく暮森。
認証成功し、管理画面に切り替わるのを確認するとコマンドを入力していった。
「私は彼だと思うんです」
「彼?」
三枝が聞き返した。
「伊予くんです。知ってますか?彼は不可解な事故に巻き込まれながらも生還した一人」
「事故?」
研究室に篭りきりでいつも缶詰状態の三枝は揺れ動く世間の事象には疎い部分もあった。
「覚えてませんか?今から丁度10年前。ある旅客機が原因不明の墜落をした事件ーー」
「……あぁ、そういえばそんな事件あったな……。忙しくて詳しく覚えていないが、あっという間にニュースから消えたのは覚えてる」
不自然なくらいに騒がれなくなったのは、航空会社や当時のスポンサーの揉み消しが絡んでいたからではないかとネットでは囁かれていたが、それも直ぐに下火となり消えていった。
「……で?白沢があの事故の生き残りっだって?」
弾倉を取り出し、魔弾を詰め替える三枝。
その声はさも興味が無いかのような口振りであった。
「おや、驚きませんか?すごい確率ですよ。墜落からの生還だけでなく、このJAMICにも五年前に入社したという事実も」
「誰にだって痛ましい過去はあるもんだろ。そっとしておいてやれ」
かしゃん、と無機質な音を立てて魔弾が充填された。
先程よりも強力な術式が埋め込まれた、殺戮と破壊を目的とした、殺傷度の高いハイクラスのバニッシュ・ブリッツだ。
「貴女って本当に、研究意外には興味が無いんですね……。一体何が貴女をそこまで狩り立たせるんです?」
「お前が科学が好きなように、私は魔術の可能性を愛している。それだけだ」
「心身ともに注ぎ込んでますね。さすが魔科学者の中でも名を馳せる人です」
ーー性格と口の悪さにやや問題はあるけど……。
暮森は珍しく軽口を喉元で押さえ込んだ。
「いや、取り憑かれてるのかもしれんな。亡霊に」
「?」
三枝の意味深な発言に暮森は首をかしげた。
「いや、なんでもないさ」
まるで吐き捨てるように言った後、
かつかつと音を鳴らしながらテスターハウスへ三枝は向かった。
そんな三枝の背中に向かって、笑顔のまま暮森は問いかけた。
「まぁ話が逸れましたけれども、私は思うんです。此度に招かれた者達は何かしら因縁がこの世界にはあり、そして今迄には無かった程の変革が、また聖女によってもたらされそうだ、と。この魔王城にね」
「暫く騒がしそうになるかもしれないと言うことか」
テスターハウスの扉が締まり、暮森ただ1人だけがラボに残された。
その直後、テスターハウスから響き渡る魔銃・表春の爆裂する射撃音に暮森は冷や汗を掻いた。
「火薬を射出後に増幅構築式によって、更に火力を底上げしてるのか……。あの人1人で戦争兵器作れそうだなァ……」
扉の向こうで行われているであろう、試し打ちを想像して暮森は苦笑した。




