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10話 リリスにはご用心を

 サンドワームは白沢の動向を用心深く探る。

 水属性の魔術が使えるのなら、下手に間合いを詰めれば岩土でできたこの装甲は崩され、丸裸にされてしまう。


かと言って魔導式鉄鋼拳(アーマー・ストライク)を放とうにも左手は破壊されてしまい、残るは右手のみ。


 右手を破壊されるだけでも、相当なダメージが本体にも返ってくる。

 怯んだ瞬間に、奴は自分の魔導核を確実に狙ってくるだろう。


「ククク、面白いな。やはりしぶとい人間というのは。久しぶりに凌ぎを削る戦いが出来そうだ」


 ダンジョンクリエイターとしての責任と役目を果たす中、久しぶりに現れた好敵手は、サンドワームにとって、ボーナスとも言えるものであった。


 純粋な力比べなど、聖女の目が光る魔王城の中ではご法度。


 人間が自由に出入り出来るようになった魔王城で、観光客に大きな危害が及ぶ可能性があるためか、城内で争えばすぐ様口にするのも恐ろしい"制裁"が下される。


 尤も、今は魔王シャイタンではなく聖女イブリスに忠誠を尽くすサンドワームにとって、命令違反などわざわざ目に見えるような所ではしないが。


 あの魔王とは違って。


 だからこそ、このような人目の着かない場所での一騎打ちという事にただならぬこだわりがあった。


 異世界の人間というのは面白い。


「また地面に潜られても困るからな。このフロアを全て封じさせて貰うよ!」


 巨大な魔術陣が床いっぱいに広がった。

 空気中に漂う水属性の魔素を魔術陣が吸収する。

 制御サークルは第4サークルで魔術式は単純であるが、

 これほどの大きさを放出するとなると、自分の体内に宿る蓄積魔力を根こそぎ持っていかれる。


 普通の人間なら、キャパオーバーの引き金を引いた瞬間、精神を削られ昏倒に至るだろう。

 が、目の前の男、白沢は一般の魔術使いとは違う特性の持ち主な故か、魔術の法則から外れた行動を取っていた。


「はぁあああ!!」


 サンドワームの動きを奪い、間合いを一気に詰める白沢。

 水浸しとなった地面には潜れず、加えて魔導式鉄鋼拳(左手)もたっぷりと含んだ水を受けて動きが鈍っていた。


「緊急回避、魔導開放ーーッ!!」


 サンドワームが額の魔導核を狙われる手前、蓄えていた地の魔導力を放出して白沢を吹き飛ばした。

 練り合わせていない、純粋なエネルギーの塊だけの魔導の余波に、相手に致命的なダメージを与える程の威力は無い。

 しかし、這いよる相手を退けさせるには十分な一撃。

 主に、咄嗟の緊急回避に使う自己防衛機能の一つだが、人間1人を吹き飛ばすには事足りる。


「惜しい!!せっかくサンドワームに近づけたのに!!」


 最澄(もずみ)が声を荒げながら叫んだ。


「へへ、意外な攻撃手段も持ってるんだな。でも僕の狙い通り……かな」


 衝撃波によって壁に叩きつけられた白沢だったが、渋とく立ち上がる。

 シャツは擦り切れ、スラックスも汚泥で泥だらけとなってしまった事だけが気掛かりであったが、不敵な笑みを浮かべた。


「なるほどーーこれが魔導の力(・・・・・・・)なんだね」


 右手拳を握りしめ、確かに体に湧き出る魔導の力を実感する。

 ぽそり、と呟く白沢にサンドワームが感づいた。


「お前は……まさか……!?魔導力を人間が扱いこなすだと!?核を持たない人間が一体なぜ!?」


 受けた魔術を使えるようになる白沢の特性。

 しかし、それは魔術だけでなく魔導すらも対象に含まれるとは流石にサンドワームも考えてはいなかった。


 ーーまずい。非常にまずい。


 サンドワームは大量の水を含んで剥がれかかっている岩土装甲も気にせずに慌て始めた。

 何故なら、白沢伊予の能力は受けた魔術をそのままカウンターとして放つのではなく、自分の意思で放出、さらにそのエネルギーは倍増しているのだから。


 ーーいくら、聖女によって俺の魔導力と魔導術が限定封印(・・・・)されているとはいえ、あの力を倍にして放たれたとなるとーー……!!



「ふむ、なるほどーー。自然界の法則すら捻じ曲げ、故意の現象を起こすことが出来る魔導術。その鍵となる魔導力は魔族のみが持つとされる魔導核から生み出される。そしてこの力は"大地の魔導力"!!地はどこにでもあるが故、発生条件も容易く魔導の中でも最強のコスパと最強の攻防力を誇る!!ーーそうだろ!?」


 魔導を受けたことにより、頭に上書きされる大地の魔導力の真髄。

 唐突に理解した魔導力と、それを行使した魔導術の使い方を一瞬にして把握した白沢。

 指を指してズバリ言い当てた。


「凄いエネルギーだな……。魔術よりも受けたこの体が、尋常じゃないほど熱い……」


 ドクッ、ドクッと強く波打つ心臓の音が耳元で聞こえる。

 気を抜けば、魔導力が破裂して霧散してしまう気がした。

 許容量を超えたゴム風船が割れてしまうように。


 ーーだけどこれを使いこなせるとなると、楽しみだ。


 恐怖よりも、力を扱うことの楽しさが白沢の感情に湧き上がった。



「使わさせるものかーー!!」


 一度蓄積された力をどうやって止めるかはサンドワームには知る由も無かった。

 だが、魔導術として行使されたとなると甚大な被害が出ることは間違いなしだ。

 それは、大地の魔導力を扱う者として、あってはあってはならないものであるとサンドワームは慄いた。


 巨体を生かした体当たり。

 突き進んだ後には何も残らない程の強さでねじ伏せる純粋な物理攻撃だ。


 下手に魔導術を使えば、魔導力を奪われる可能性もある。

 これ以上あの男に、術の類は使えない。


「白沢くん!!」


 避けることはせず、突進してきたサンドワームの一撃を喰らう白沢。

 体が大きく跳ね飛ばされる。

 普通の人間ならば、先の一撃でバラバラに破壊される程の威力があるだろう。

 しかし、跳ね飛ばされ空中に舞う白沢の体には傷一つついてはいなかった。


「なるほど、こうやって防御強化にも使えるのか」


 クロスさせてガードした両腕に作り上げた岩土の盾。

 ただの土ではなく魔導力を込め、より強固にした盾はサンドワームの攻撃を凌いだ。

 役目を果たした岩土の盾が綻びて行き、剥がれ落ちていく。


 サンドワームの攻撃によって打ち上げられた体が重力によって、地面へと引かれていく。


「大地の魔導ーー解放!!はぁああああ!!"バンカーバスター"!!!」


 体を捩り、右手で拳を作る。

 大蛇のように白沢の体を狙うサンドワームの攻撃を潜り抜け、地面へと激突する瞬間、その拳を思い切り叩きつけた。


 ーー狙いは俺では無かったのか!?


 再び岩土装甲により硬度を高めようと身構えたサンドワームだったが、その一瞬が相手の行動を読み誤った。

 ドォッと放たれた衝撃波の後から、巨大な地震と地割れが発生した。

 サンドワームの放った最初の地震という規模よりも桁外れに大きく、文字通り地面を割いた。


 地下ダンジョンそのものがグラグラと大きくゆれ、天井からは砕けた岩と土がバラバラと音を立てて落ちてくる。


「ひっ……!!ちょっと、やり過ぎだよ!!地面だけじゃなくて、天井まで到達してる!!」

「ご、ごめん!魔導力が思ったよりも強すぎて……!!制御出来ないーーっ!!」


 ーーダンジョンの崩壊。


 サンドワームが数ヶ月という期間を用いて彫り進めていた地下ダンジョンが終焉の時を告げようとしていた。

 未だ公開にも至ってないままーー……。


「まずい、上はーーライブホール!!」


 地の利のあるサンドワームが、この大広間の地下空間の直上が魔族の人気アイドル達が行うライブホールだということを示唆する。


 魔族たちの中でもトップクラスの人気を誇るアイドル達"スカーレットデモンズ"の公演が今、まさに上演中だ。

 彼ら、彼女らの信者(ファン)が大勢参加している。


 このままでは、最悪の事態を引き起こすだろう。


 ■


 ーー魔王城、ステージ裏手


「な〜。さっき揺れ無かったか〜?」


 ゆっくりとした口調でドルイドの一人が杖を構えたまま、仲間に問いかけた。


「どうせまた、スカーレットデモンズの魔唱(リリス・リリクス)の影響だろ〜。あいつらの絶叫は空振起こすしさ〜」


 演出用の花火として火炎魔術の確認をするドルイドのリーダー、ウド。

 ステージ裏手から、スカーレットデモンズ達が披露しているステージの足元を見つめる。

 時間が来たら、全員が同じタイミングで魔術を発動させて場を最高潮に盛り上げる。



 タイミングは聖女イブリスが事前に指示したサビの時だ。


 演出家として重大な仕事を担っているドルイド達は、そのタイミングを一瞬も見逃すことなく待機している。


 今回は特別仕様だ。

 異世界からの訪問者(トラベラーズ)が団体で訪れている。

 しかも聖女イブリスのお気に入りの国の一つである日本国からの。

 ステージでダンスと歌を披露するスカーレットデモンズ達も普段の限定封印(リミテッド)を数レベルだが解除してもらったお陰もあるのか、これまで以上の気合ぶりを見せていた。


「ローズちゃあああん!!舞って舞ってぇえええ!!」

「おい!魔科学班!パンチラ逃すんじゃねーぞ!!何のための魔科学アイテムなんだ!!」

「フフフ、誰が逃すものですか!」


 観客席の方を見れば熱狂的信者がサイリウムバーを揺らし、さらに持ち前のカメラで必死にローズの姿を追っている。

 魔族のライブは撮影は可能であり、特に禁じてはいないためか、観客席にはカメラを構える者から、魔導力を研究する魔科学者たち、と多種多様な目的を持つ者達で溢れていた。


 方や信者、片や研究者、そして純粋なライト層のファンと入り交じった観客席の特徴がステージ裏からだとはっきりと分かった。



「あ、あ、あぁ〜!親分〜、見てくだされ〜魔術陣が書いてる床に亀裂が〜!!」

「は〜?」


 部下が指した先を見つめるウド。

 目深く被ったフードの下から目を凝らして床を見つめる。

 ピシリ、と亀裂が入っており魔術陣が正しく発動出来ない状態になってしまっているではないか。


 壊された箇所が制御サークルに、火力を調整する構築式の部分であった。


 これでは、魔術を発動させた時に、どんな威力が起こるか想定できない。

 魔術の暴発に繋がる恐れがある程の破壊率であった。


「ど、ど、どうします〜親分〜」

「不慮の事故さ〜。我々の責任じゃないと思うのさ〜」


 緩やかな口調の割に彼らの内心はかなり焦っていた。

 亀裂がどんどん広がって行く。


 空中遊泳に移ったスカーレットデモンズ3人は気づいていない。

 ライブは最高潮に盛り上がりを見せている。


「ねぇ……。あなた達、さっきから何を慌てふためいてるの?ねぇ?」

「うひぃっ?!」


 冷たく、ねっとりとした女性の声が背後から届いた。

 漆黒の戦歌姫(いくさうたひめ)リリスだ。

 ドルイド達が輪になって談合しているのを不審に思い声を掛けたのであった。


「い、いや〜何でもねぇさ〜」

「本当に?あたしの出番までにしくじったりしたら、許さないから。ちゃんと分かってるよね……ねぇ?」


 リリスの黒い瞳が少し紫色に変色している。

 怒りや不満が溜まっている証拠である。

 表情こそ、他者が見れば普通であるがその瞳は全てを物語っている。


 まずい、何とかしなければ。


 ドルイド達の心の叫びが一斉に重なった。


 ーーメキメキメキ!!


「へっ?」


 助け舟か、はたまた大災害への架け橋か。

 リリスの足元を割くように大きな亀裂が広がった。


「何なの、この亀裂?」


 リリスがスカートを翻し、華麗に地割れから飛び退いた。

 亀裂はステージにまで広がって行き、


 ーードォン!!


 歓声では無い、破壊音と大きな地震がホール全体に響き渡った。

 ライブホール全体を照らしていた炬術の魔術陣が壊れ、非常用の灯りが灯る。

 次いで観客席から悲鳴が上がる。


「ローズ!!音外しただろ!?」

「な、な、な、あたいがそんな事するわけ無いでしょ!!」

「……流石に、音痴が理由でここまでホールが破壊されることはないと思うけど……」


 まさに絶好調という中での、緊急停止に

 ルビー、ローズ、ガーネの3人が驚いた。


「おいおい、何が起こったんだ?!」


 オークの族長、ダインが非常灯に照らされる観客席を凝視する。

 不審な人物はおらず、一瞬自然災害かと考えた。


「族長!また魔王の仕業かもしれませんぜ?!」

「いや、奴は今聖女によってお仕置き部屋に隔離されているはずだ!!」

「じゃあ、一体何が……」


 手下のオークが鼻を効かせるも、火薬類の爆発の匂いも嗅ぎ取れなかった。


「大地の魔導力……?!これはサンドワームがやらかしたのか?だが、あいつの力は封印されているはず……」


 迫ってくる地割れの勢いの中に、確かな魔導力の気配をダインは感じ取った。

 大戦時に幾度も交わしたサンドワームの大地の魔導力だ。

 面と向かってその力を見てきた自分が間違えるはずがないーー。

 そうダインは確信していたが、限定封印(リミテッド)されている今の彼に、これ程の力を開放出来るとは思えなかった。


「大戦時に勝るほどの威力じゃねぇか……」

「まさか、サンドワームの奴は反乱を」

「いや、それは無いな。あいつはあの時以来、聖女側の魔族だからな」


 過去を知る者としてダインはサンドワームの裏切りによる行動では無いと悟った。

 しかし、それならば一体この力はどういうことなのか。


「聖女は何をしているんだ」


 彼女が何かを仕組んだのかと考えるダイン。

 人智を越えた力を手にする聖女イブリスの前に不可能は無く、そしてまたその考えすらも雲のように掴めない。

 だが、これまでにこれ程大多数の人間に危害を加えてまでの行動は無かった。


 ーー聖女は関与していないのか?


 ならば、緊急事態だ。


「おい、ステージに地割れだ!!」


 観客席の誰かが叫んだ。


「族長!パニックになる前に、避難経路を確保しやす」

「ああ、任せた」


 全ての手下のオークに無線で信号を出す。


「そこの、オーク。私はJAMICの魔科学者、三枝響子と言うものだ。何が起こっているか全て聞く権利があるぞ」


 不機嫌声がした方を振り向けば、"漆黒の白衣"を身に纏った日本の女魔科学者、三枝響子が立っていた。

 今回の異世界からの訪問客で責任者であることをダインは聖女から聞かされていたが、面と向かって話しをしたのは初めてであった。


「俺にもさっぱりだ。ただ、魔導力を感じる。誰かが魔導術を発動させたんじゃねぇかな」


 まだサンドワームの力と決まったわけではない。

 ダインは憶測で物を言って混乱を招くのを避けたいが為に、敢えてぼかして言った。


「魔導……か。やはり魔術の規模を凌ぐな、面白い。今期の新たな研究対象に間違いは無かった」


 不機嫌だった三枝の顔が、魔導という言葉を聞いた途端に笑顔になった(悪い意味で)


「……魔導力のデータをどうにかして日本に持ち帰って、研究室の魔術測定データと照らし合わせ複合魔公式の構築をーーいや……それよりも、まずはこの魔導力がどんな性質なのかを研究せねばーー」

「おいおい、JAMICの奴らはどいつもこいつも本当に頭イカれてんな。こんな状況で研究に入るんじゃねぇって!」


 ブツブツと研究者らしくあれやこれやと呟く三枝に手を焼くダイン。

 背中を惜し、避難を誘導する手下の方へ押し出そうとするも全く動く様子はない。



「ここは危ねぇから、お前もさっさと避難しろ!!ほら、揺れが酷くなる前に!!ーーぐぬぬぬ、ほら前へ歩け!!」

「誰が動くものか。ライブ以外の魔導術と魔導力を目にする絶好の機会だ。日本の魔科学者がどんな思いで日々、物理法則には無いこの世界独自の法則について研究していると思う!?」


 ダインが力づくで、筋肉の締まったオーク特有の怪力で三枝の背中を押した。

 しかし不思議なことに三枝は物ともせず、その場から動こうとはしなかった。


 ーーこいつ、俺の怪力を持ってしても動かねぇだと?!


「こんなこともあろうかと、この黒衣の繊維一つ一つに力に対する防御の魔術式を組み込んでるからな。力だけでは私を押し出すことは出来ないぞ」

「この、マッドサイエンティストが!」


 地球上ではただの布切れだが、特定の魔素を吸収することによって繊維一つ一つが強力な魔術式を帯び、

 外部から与えられる力を()なす。

 ダインの拳も自慢の力技も三枝の漆黒の白衣の前には意味を成さなかった。


「ーー族長、揺れがさらに酷くなってますぜ!!我々も退避を!」

「くそ!!この女、妙な魔科学アイテムのせいで動かせねぇ!!」

「何をしてるんですか族長!!だったら頭掴んで、その女を避難口まで放り投げればいいでしょう!!」

「そうか!!」


 比較的頭の回る部下のオークに助言を貰い、黒衣の効果が届いていないであろう三枝の頭部を鷲掴みにした。


「悪いが、非常事態だ。加減はしねぇぜ女ァ!!」

「……この程度で諦められるものか!」



 ダインがその大きな掌を三枝の頭部を掴んで持ち上げた時、ステージを割る勢いで地下から這い出てきた二つの影。

 一つはボロボロに擦り切れ、泥だらけに汚れたスーツ姿の男ーー白沢と、

 もう一つの巨大な影はサンドワームであった。


 飛び退いた白沢を追いかけるサンドワーム。



「あれは……白沢!?」

「サンドワーム!?」

「「何やってるんだあいつ!!」」


 見事に三枝とダインの声が重なった。


「何であいつ岩土装甲してんだ!?あの人間は侵入者か!?」

「違う、奴はうちの社員だ!!取り敢えず私の頭を掴むな、離せ!」


 突き抜けた二人が開けた穴は広がっていき、ライブホール全体の崩壊が始まりだす。

 冷静に避難経路まで列を作って逃げていたJAMICの社員たちが、崩れゆく地面を見て流石に混乱を来した。


「なぁ玉夫、あれ、白沢じゃね?!」

「伊予殿?!なんであんなところに」


 逃げゆく人々の中に下山田 玉夫の姿もあった。

 同僚に声をかけられ、下山田が見た先には確かに彼の姿があった。


「伊予殿ーッ!今、助けに行きますぞ!!」

「待てよ玉夫!危なーー」


 列から抜け出し、流れに逆らうように身を乗り出した下山田を止めようと同僚が声を掛けたが、彼は友人を助けようと必死だった。

 このままでは更に混乱を誘発してしまう。

 そんな緊迫の中、場違いな程落ち着いた声が響いた。




「この程度で済んで良かったですわ」




 ふわり、と何処からともなく現れた女性。

 いや、少女にも見えるか細い女が1人。

 コートに両手を入れたまま、惨状を見守っていた。


 JAMICの社員でも無く、異国の顔立ちをした容姿からこの世界(ウルミラ)の人間だと、誰もが思った。


「あ、あのーー貴女はーーせーー」


 避難しようとしていた男が、その姿を見てあの肖像画に描かれていた人物と同じことに気付き、声を上げようとした。

 が、その声は彼女の慎ましくも凛とした声に遮られた。


「"法力・時間犠牲(じかんぎせい)"」


 ーーカツン


 ヒールで床を叩いた硬質な音が、喧騒を割いて響いた。

 そう誰もがその音を認識をした時、すでに時間と空間は凝固を始め何者も時間の檻の支配に囚われてしまった。


 崩れ落ちる瓦礫も、

 風も、人も、魔族も。


 全ての時が、ぴたりと止まった。


 一切の音すら聞こえない、無音となった世界の中で唯一の"動"があった。

 それはライブホール外の世界であった。


 異様な事に、壊れたライブホールの壁穴や崩れた天井から除く外界の時は止まっておらず、外では鳥が羽ばたいており、風は靡き、普通の時間が流れていた。


 イブリスが法力という力を借りて作り上げた、特定範囲内の空間に流れる時間を再構築したのだとは、この時間犠牲の檻に囚われた者は知る由も無く。



「さて、(みな)等しく(わたくし)の作った時間の檻の中へと囚われましたね」


 ゆっくりと、慌てるまでもなく観客席の階段を降りるイブリス。

 サンドワームと白沢の攻防により崩れ落ちる瓦礫を足の踏み場にして、優雅に飛び移る。



「ええと、動かすのはこの場にいる魔族と魔人達と、そして……彼、ですわね」


 手を翳し、遠くにいる対象物がイブリスの手中に収まりそして抜けると、時間を与えられたかのように完全停止の檻から抜け出した。


「ん?う、うわわあ!?時間が止まってる!?」


 まず最初に時間を与えられたのは、スカーレットデモンズの紅一点、ローズ。

 そして順にルビー、ガーネと時間の檻から解き放たれた。


「あれ?イブリス様?!どうしてこんな所にいんの?!」

「……これは、法力……時間犠牲?人間がいる所にはあまり姿を見せないのに……どうして……イブリス様が直々に……」


 わざわざ法力を使ってまで、人目を避けるイブリスがライブホールに現れたのか。

 ガーネが不思議そうに尋ねた。


「説明は後にしますわ」


 そう言ってイブリスは未だ時間の檻に囚われたオークのダイン、森の魔術師ドルイド達といったこの場に居合わせる従業員に時間を与えた。


 皆、解放された瞬間は驚いていたが、直ぐにイブリスの法力によるものであると認識すると、冷静になった。

 あの1人を除いて。


「ねぇ……一体何が起こって……!?これは法力……?ということは……イ、イブリスさまぁ!!聞いてくださいよー今夜のお供にと思いましてちょっとエッチィなネグリジェを通販で買ってみたのですがぁ、魔王城(ここ)まで今日中に届くのって結構奇跡に近いんですよねぇ〜だから、あたしの公演が始まるまでに、ちょっと取りに、」


 イブリスの姿が目に入った途端、赤く変色するリリスの瞳の色。

 そしてマシンガンの如く息継ぎ無しで喋り出した。


「やはり貴女はもう少しだけ、彼等と一緒に囚われていて下さい」


 左から右へ翳した手を、再び扉を閉めるかのように右から左へと流すと、リリスは再度時間を奪われ恍惚とした表情のまま一時停止状態となった。


「うわぁ」


 ルビーが哀れむような目をして、一言漏らした。


「さて、最後に彼らの時間を解放しますわね」


 イブリスが手を翳し、この騒ぎの張本人であるサンドワームと白沢伊予を時間の檻から解放した。

 獲物を追いかけるように体を突き出したサンドワームと白沢が貫いたステージに放り出された。


「ち、地上に出られた?!……って何だこれ?!皆固まってる……」


 尻餅をついたまま、見上げれば自分を見下ろす魔族達の視線。

 固まったままピクリともしない同僚達の姿。


「ま、魔族の皆さん……ですか?」


 大きな体と逞しい筋肉を持つオークに蝙蝠翼を持つ悪魔のような形相の魔族、子供くらいの背丈に薄汚れたローブを身に付けるドルイドという人外集団。

 映画のセットに放り込まれた気分だった。


「貴方がイヨ、ですわね」


 姿形が人間とは異なる姿の異形種の中、

 1人だけ自分と同じく人間だと分かる女の姿を見た白沢は目を丸くした。


「どうして君は僕の名前をーー」

「それは、私が貴方を助けたからです。地球時間で何十年も前に。ああ、それと申し遅れましたわ、私はイブリス。あなた方が聖女と呼んでいる者です」


 サラリ、と卒なく喋るあまり白沢は一瞬聞き逃してしまうところであった。


「せ、聖女さんですか?!じゃなくて聖女様!失礼しました」


 年下に見えた若い女性に馴れ馴れしく声を掛けてしまったことに気付き、白沢はすぐ様訂正を入れた。

 営業マンとして、何たる失態だと恥じる。

 相手はこの魔王城の城主兼、総支配人。さらにはこの世界の神話にもなっている人物の1人。

 そんな相手に粗相は見せられない。


 立ち上がり、お辞儀をするもののイブリスは気にしていない様子であった。


「やはり、1度死に近づいた人間というのは"運命係数"も大きく変動し、手強いですわね。想像以上の読めない動きをしてくれましたわ」


 破壊されたライブホールを見回しながらイブリスが語った。

 拍手をしながら。

 自分の城の一部を破壊されたというのに、イブリスは上機嫌で白沢を見つめた。


「は、はぁ……」


 さっきまで、全力で戦っていたのに今度は聖女の介入。

 自分たち以外は一時停止したように動かない同僚たち。

 

 白沢は自分の前に突然姿を現した聖女の姿に戸惑うばかりであった。



「"邂逅因子(かいごういんし)"よ、今度は貴方が救う(ターン)ですわ」



 イブリスは白沢を見下ろし、聖女に相応しい笑みを浮かべた。

 神々しく、光に満ち溢れた姿から白沢は目を離せなかった。


 ーー邂逅因子?僕は彼女に助けられた?一体何の話をしてるんだ?


 全く身に覚えの無い話と聞いたこともない言葉を出された白沢は目を白黒させた。

 ただ、何故か自分はここに来てからずっと何かに見えない糸を引かれている感じはしていた。

 その糸を手繰り寄せている主は彼女なのだと、心のどこかで感じ取った。


 イブリスの大空のような蒼い瞳に吸い寄せられる。


「長きに渡る戦後処理の一つが、今、これから貴方の手で救われようとしているのですよ、イヨ」


 イブリスが手を指し伸ばし、にこりと微笑んだ。

 


 隔絶空間に召喚されたままの"運命の羅針盤-フォルトゥナ-"の上に佇む数多の駒。

 その一つが、独りでに別の駒の方へと向いた。


 その手には武器と思われる刀を携えて、もう一つの灰色の駒へ向かってと1歩進んだ。

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