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水泳しかできない  作者: 野菜ジュース
気持ちだけでは築けない信頼
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出来ない練習

<出来ない練習>


翼「なあ翔太・・・・・水元コーチが担当になってから、もう何日も経つけど・・・・・あの練習、どう思う??」


車が行き来する街中。そんな一角にあるコンビニエンスストア、そのガラス張りの裏で立ち読みをする2人の会話。何気なく会話を投げかけたその高校生は晴人が教える男子選手の1人、翼だ。


翔太「あ・・・・あぁ。正直俺じゃぁ・・・・・・ついていけねーかな。」


なんだかやる気のない言葉使いで返事を返すこの高校生。彼も晴人が教える男子選手の1人、翔太ショウタだ。歳も翼と同じ高校2年生。遊び人のようなチャラさも少し感じる、軽さと適当さが目立つ今時な高校生だ。


翼「バカ!それはお前が練習弱すぎるからだろ!!」


4人の男子選手の中でも練習が比較的よく出来る翼。そんな翼の、普段から練習が出来ない翔太を馬鹿にする発言だ。すると今度は目線をガラス窓の外、遠くに変えて静かに呟いた。


翼「でも・・・・・そうじゃなくても、きつすぎるよな。あの練習は・・・・・」


真面目で、水泳に対してもまっすぐな翼。そんな翼は、晴人が作る練習内容に少しの不信感を抱き始めていた。


翔太「おっ!!今週号、俺の好きな子がグラビアじゃね??やったぁ!ラッキー♪」


雑誌に夢中になる翔太の横で、開いた本には目も向けず、遠くの一点を見つめながら深く思いふける翼がいた。


その日の練習・・・・プールでは相変らず女子選手達が自分勝手に練習をスタートさせている。その横のプールサイドには、男子選手達の前に立ち、今日の練習メニューを説明する晴人がいた。


晴人「よーし!!今日はトレーニング練習!!苦しくてもしっかり乗り越えてチャレンジしていくんだぞ!!」


すぐに顔を引きつらせ、苦笑いの表情を作る翔太。


翔太「あの・・・・・コーチ。昨日もトレーニングでしたよね??」


それを聞いた晴人が満面の笑みで答える。


晴人「そーだな!水泳の基本はトレーニングだ!!どんどん泳いでその日泳いだトータルをバシバシ増やしていこう!!そうやって一歩ずつ成長していくのがレベルアップだ!!なので・・・・・昨日より今日のほうが練習トータルは多いぞ!!」


日に日に練習量が増えていくその距離。その泳ぐトータル距離は、彼らが今まで練習してきた1日のトータル量とは、比べ物にならないほどの量になっていた。


練習メニューを見た翔太が、晴人に聞こえないようなヒソヒソな小声で拓也に問いただす。


翔太「はっ・・・・・8千m??2時間で8キロも泳ぐのか??おい、今までこんなのやったことねーよ・・・・・出来んのかよ!拓也は!!」


それを聞いた拓也が同じような小声で力強く答える。


拓也「やったことないけど、やってみようよ!!出来るかもしれないだろ!!」


渋々といった雰囲気で泳ぎ始める男子選手達。ウォーミングアップを泳ぎ終えると、晴人が次にやる事を説明する。そして、ついにその苦しすぎるきつい練習をスタートさせた。


水しぶきを上げながら泳ぐ選手達を、大声で煽り叫ぶ晴人。


晴人「いけ~!!いけー!!回れ!回れぇ!!!」


その練習内容はクロールでの200m10本。泳いで休んで、泳いで休んで、を繰り返すスポーツ特有のインターバル練習だ。スタートして2分20秒後に次をスタートさせる。なので2分20秒以内に200mを泳いで、数秒休むとすぐに次の泳ぎをスタートさせなければならない。200mを2分20秒で行うのは、正直、競泳選手と言われるアスリートスイマーでも、あまりにも過酷なスピード持久力トレーニングだ。


晴人は2本目の200mを終えた選手達に、休む間もなく次のスタートの合図をした。


晴人「よし!!3本目だ!!すぐいけ!!よーい・・・・ハイ!!!」


気合いの入ったスタート。見ると1人の選手が、その合図ではスタートをせず、止まったままプールの中でうずくまっているのが見えた。


晴人「あれ??おい!!どーした翔太!何でスタートしない??」


翔太はゆっくり顔を上げると、お腹を抑えながら自信なさそうに弱弱しい声を漏らした。


翔太「コーチ・・・・すみません。トイレ・・・・」


明らかに練習が辛いからといったうその表情・・・・・それを見抜いた晴人は・・・・・


晴人「何言ってんだよ!!練習途中だろ!!がまんして泳げ!!」


と叫び散らした。


その声が聞こえてか聞こえずにか、サッとプールを上がるとトイレのほうに足早で駆け出し消えて行った。


晴人「ちょ・・・・おい!翔太!!ちょっと待て!!」


結局翔太が帰ってこないまま、その200m10本の練習が全て終了してしまった。練習を終えた選手達が、息を上げ不満そうな表情を見せる。


晴人「とりあえず全部終ったようだな・・・・全部間に合ったやつはいるか???いたら手を上げてくれ!!」


10本全てが2分20秒で間に合ったかどうかの質問。それを聞いた翼が、少しのからかうような言い方で答えた。


翼「いるわけないじゃないですか・・・・・そんなの・・・・」


その反抗的にも感じる翼の態度に気が付いたのか、晴人はその嫌な空気を壊すように強気でコーチらしい立ち振舞いをした。


晴人「そ・・・そうか・・・・・・。お前らの努力が足らないんだぞ!!!もっと気持ち入れてやれば出来たはずだ!!!気合いが足らないんだよ気合いが!!」


翼「いい加減にして下さいコーチ!!!」


翼の中に溜まり続けていた練習への不満。それが自分の中では消化し切れないほど大きくなってしまった。そしてついに、その不満を晴人に向けて爆発をさせてしまったのだ。


翼「俺達、今まで200mは2分40秒でしかやった事ないんですよ??それをいきなり2分20秒で回れって言われても、出来るわけがないじゃないですか!!!」


一気に空気が悪くなるプールサイド。


翼「まだ・・・・・リレーでインターハイのタイムも切っていないんですよ・・・・・・・俺達のレベルを考えて下さい!!コーチ!!!」


翔太「自分がやってきた練習を、ただ俺達にやらせてるだけなんじゃねーの??日本選手権に出られるような高校生とは、俺達はわけが違うんだよ!!」


いきなりの声に驚いた晴人がその声先に目を向けると、トイレに行っていた翔太が斜め下に目線を落とし、ふてくされた態度でプールサイドに立っているのが見えた。


翔太「もう行こうぜ・・・・・翼!!」


その練習に納得が行かない翔太が、翼も同じ気持ちになっていると察して呼び寄せる。翼は一瞬睨むように晴人を見るとプールから上がり、乱雑に荷物を片し翔太と一緒に更衣室へと消えて行った。


愕然とたたずむ晴人。それもそのはず、実際に彼らの言う通りの事しか出来ていない自分がいたからだ。自分がやってきた練習をやっているだけ・・・・・正直今の晴人には、それが精一杯の練習方法でしかなかった。


そんなもめ事があったプールサイドを、ギャラリーから見つめる彩香と木島。たたずむ晴人の姿を見て、木島が茶化すように呟く。


木島「やれやれ・・・・・問題が絶えないですね。選手コースは・・・・」

木島は見下した笑みを見せると、そのままスタッフルームへと消えていった。その横で、彩香は何かを思う複雑な表情を作りながら、じっと晴人を見つめていた。

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