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水泳しかできない  作者: 野菜ジュース
最終章、インターハイ予選
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重圧あるプレッシャー

<重圧あるプレッシャー>


レース前、時間も近づき男子選手達が泳ぐ準備を始めた。その簡単な身支度を終えると、選手達は晴人の前まで行き、4人揃って不安な表情を浮かべた。


晴人「大丈夫だ!!しっかり行って来い!!」


その言葉に少しの笑顔を見せると、4人の選手達はウォーミングアップへと向かった。


沙羅「頑張ってください!!」


美月「自分を信じて!!」


後姿に声援を送る女子達。そんな姿を見て彩香が顔を曇らせた。


彩香「心配ですね・・・・・気持ち負けしてる。」


晴人もそんな彩香の言葉を聞き、身震いのように身体を震わせると、持っているストップウォッチをなぜかポロッと床に落としてしまった。


晴人「・・・・・ダメだ・・・・・・・」


頭を横に振りながら深刻な表情でそれを拾う晴人。


気持ち負けしているのは選手達だけではなかった。コーチである晴人も完全に空気にのまれている。あれだけ練習中に言えたペップトークも、レースに送り出す最後には一つも言えずにいた。そんな姿を横から松山が、じっと見つめる。


翼の母「水元コーチ。」


拾ったストップウォッチを握り締めたまま、呼ばれた観覧席の中央通路に目を向けると、そこには翼の母親が立っていた。そして、その横にはスーツ姿の男性が・・・・


晴人「・・・えっ??お父さん!!?」


驚き焦った晴人は、自分の父親でもないのに『翼君の』という主語をつけずに『お父さん』だけでその事態を言葉にした。


翼を送った朝。その後父親は会社に休みの電話をしていた。その理由はもちろん翼のレースを見に行くから。あれだけ嫌っていた翼の水泳を、なんと父親は会社を休んでまで見に来てくれたのだ。


翼の父「今日が最後と言うから。一度ぐらいは見ておいてやろうと思ってな。」


翼の引退で揉めていたあの時。あれほど合理的な行動や発言で全てを完璧に対応できた父も、この時だけは不器用な言い訳のような答えしか出来ずにいた。


翼の母「私も驚きました。朝、会社に休みの連絡をして。いきなりの行動でしたので・・・・」


突発的にも思える大胆な行動。その行動力には母親も驚いたようだ。そんな2人を見つめると晴人が重い口を開いた。


晴人「お父さんまで・・・・・来てくれたんですね・・・・・・」


嬉しいはずのその大胆な行動。それなのに晴人はなぜか辛そうな表情でうつむいてしまった。


応援に来てくれた女子チーム。木島からもらったお守り。店長からの熱い声援。気にかけてくれる大久保。父への気持ちを抱えた道春の母親。仕事を休んでまで足を運んでくれた翼の父。そして、いつも応援してくえる彩香と松山。


同じ目標に向かって様々な人達が応援をしてくれている。それは確かに嬉しい事だ。それでも今の晴人にとっては、そのどれもが苦しい重圧へと変わってしまっていた。


『重みのあるプレッシャー』


いつの間にか自信よりも強い不安が心に広がっていた。晴人にのしかかるそのプレッシャーは、晴人の顔色を変えてしまうほど、苦しい状況に追いつめていた。


松山「くそっ・・・・仕方ないな。」


その理由も対処法もわかる松山は観覧席を立つと、晴人に活を入れに歩み寄った。


店長「コーチが諦めたら全てが終わるぞ!!!」


その言葉に振り向く晴人。松山もまた、その足を止めて声先の観覧席上段に目線を向けた。


店長「一番プレッシャーに苦しんでるのは、レースをする選手達だ!!そんな選手達に何も言えず、自分が一番緊張しているようじゃレースには勝てない!!」


晴人「店長・・・・なんでここに・・・・?」


いるはずのない店長の姿、その姿に驚いた晴人が、静かにつぶやく。その言葉に自信ある笑顔で答える店長。


店長「自分のプールの選手が大切なレースを泳ぐんだ。ヘッドコーチとして応援に来るのは当たり前だろ!」


『ヘッドコーチ』


毛嫌いしていたその言葉を、店長ははっきりと自分に対しての表現として使った。

『うちの会社にはヘッドコーチはいらない』そう自分で言ったその言葉も全て否定するように。


その目は今までの店長の目ではなく『競泳コーチは職人だ』と名言をした松山と同じ、まさに職人そのものの目をしていた。


店長「選手達が今も悩みレース前のプレッシャーに負けそうになってるぞ!!今すぐ行ってコーチらしい一言を言ってやれ!!」


晴人はその言葉を聞き、競泳に熱いその目をまた取り戻した。そして目と目を店長と合わせると、また店長が強い眼差しで口を開いた。


店長「私がヘッドコーチとして言う、初めての忠告だな。」


晴人は大きくうなずくと、駆け足でプールサイドへと向かった。

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