社長の本意
<社長の本意>
その頃、店長がいるフィットネスプールでは・・・・・・・
木島「店長!!!お見えに、いらっしゃいましたよ!!」
ついにやってきた社長とその側近達。その姿に興奮した木島は、わけのわからない日本語でその事態を報告した。
店長「・・・・・後一時間半くらいでレースかな・・・・・・アップも終わって緊張をしている頃だろ・・・・・・・・」
木島の言葉とはかみ合わない返答をする店長。むしろ返答でもない、独り言を呟いたのかもしれない。
木島「何を言っているんですか店長!!社長が駐車場まで来てますよ!!」
それを聞くと、ゆっくり木島の方へと目線を向ける店長。
店長「本当はな・・・・・レースを見に行きたかったんだよ。10年離れていても・・・・競泳コーチとしての血が騒ぐのかね・・・・・」
競泳界の鬼とまで言われていたその時代。その思い出を振り返るような表情を木島に見せた。木島は、そんな店長の肩を握り震わせ、もう一度今置かれている立場を明確に説明した。
木島「私は店長を尊敬しています!今回はそんな店長が出世するチャンスなんです!今は水元達の事を忘れて、しっかり社長を出迎えましょう!!」
その声に、理性を取り戻した店長は、きりっとした顔を作り直し社長を迎えに駐車場へと駆け出した。
正面に座るのが社長。大手企業の社長らしく清楚なスーツに身を包んだ気質ある様相だ。長テーブルで作られた大きな四角の周りには、数多くの役職達が席についている。いわゆる、良くある会議の風景そのままだ。
その中の一つの席に、スーツ姿の店長が座っていた。進んでいく会議の内容、進むと同時に目の前の資料を一枚めくる。誰もが時間差ではあるが、同時のタイミングでめくっていくその資料。それでも無表情にも思える姿で一点を見つめる店長は、その資料をめくらずにじっとその場で佇んでいた。
社長「神田店長・・・・・会議中は会議に集中してもらえないかね?」
さすがに、その全てを見抜くほどの目利きは持っている社長。資料をめくらない事より先に、集中していないその装いをストレートに注意した。
店長「あっ・・・・すっ・・・すみません。」
会話をするのもほぼ初めて。店長はそんな緊張感ある返答を足早に社長に返した。それでもまた、資料を見たまま苦悩の表情を浮かべる。そんな時間を数秒我慢すると、思い定めたように機敏な起立をし、愕然とするほどの大声を張った。
店長「社長!会議中にすみませんが、席を外させてください!!」
まさかの言葉に会議室がざわつきどよめく。店長のあまりに不謹慎であきれる言葉。1人の役職員が、それを茶化すように店長に問いただす。
役職員「何言ってるんだ君は!この店舗の店長は君だぞ?席を外すって、どこに席を外すんだ!?」
もっともな意見に会議室にいるどの役職たちもあざ笑うようなひそひそ話を始める。そんな失笑にも似た空気に包まれた店長は、その決意をそのままに社長に自分の思いをぶつけた。
店長「今日、ここで泳いでいる選手達のインターハイをかけたレースがあります。小さい頃から、ずっとこのプールで泳ぎ続けてきた高校3年生4人・・・・・その子達の最後のレースなんです!理不尽な事を言っているのはわかります。ですが・・・・・自分はこのクラブの店長として、今からでもその選手達を応援に行きたい!社長、お願いします!!」
「インターハイ??何を言っているんだ君は!!」
「何が選手コースだ!!会議に関係ないだろ!!」
「この大事な会議中に!不謹慎にもほどがある!!」
「誰に物を言っているか、わかっているのか!!君は!!」
店長の言葉を覆すように、全ての役職達が反論の文句を爆発させる。
バン!!!!
そんな荒れた会議室を正すように、無言を続けていた社長がテーブルを強く叩いた。
役職員「しゃ・・・・・社長。すみませんでした。神田には自分から後ほどしっかり言っておきますので・・・・・」
怒った態度をする社長に見かねた1人が、その場しのぎの謝罪を言った。社長はそんな言葉には耳を傾けず、ゆっくりと・・・・・・それでもしっかりと、店長の方へと目を向けると優しい笑顔を作り上げた。そして、誰もが予想しなかった驚きの一言を呟く。
社長「なぜそれを早く言わん・・・・・すぐに行ってきなさい。」
役職員「え・・・・・・?何を言っているんですか社長。会議中ですよ・・・・・」
意味のわからない社長の言葉に1人の役職員が聞き直すように言った。
社長「会議中だからなんだね?私には今、神田君が言った事は会議より大切な事のように聞こえたが。」
そう言うと、役職員に向けた目をもう一度店長に向き直し力強い笑顔を作る。
社長「われわれは企業人である前に水泳のコーチだ。インターハイがかかった大事なレース・・・・・・そのレースはこの会議より大切です。今すぐ、そのレースを応援に行きなさい。」
筋の通った一国の主。その感性の違いは、その役員達の想像をも絶するものだった。
『水泳指導あっての仕事』
スポーツクラブをいくつも抱える社長。その仕事をスタートさせた時は、純粋に水泳指導するだけがその仕事だった。それでも企業として成長していく中、その社員の誰もが水泳に対する熱い気持ちをなくし、ジムやフィットネスといった売上への意識ばかりが高くなっていた。それでもその社長にとって水泳は、この会議に匹敵するほどの重大さを持っていた。スタートラインの水泳だから。そう、『水泳指導あっての仕事』だからだ。
その言葉からは、何よりも売り上げを大切にしている『社長』というイメージの全てを否定する、心ある熱い気持ちが込められていた。
店長はわが目を疑うその言葉を聞き、驚きを隠しきれなかったが、機敏で力強く頭を下げると、もう一度力強く社長に目を向けてその会議室を後にした。




