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水泳しかできない  作者: 野菜ジュース
ぶつかり合う気持ち
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つながり始めるこころ、離れる心

<つながり始める心、離れる心>


夜も遅くなり始めた頃、誰もいないスタッフルームで照明も落とし、一人黙々とパソコンに向かい仕事を続ける。カタカタと音を立てるその指先が一瞬止まると、終わりを思わせる強い音とともにEnterキーをはじいた。やっと溜まっていた仕事を一通り終えた晴人が、眠気眼を擦りながら帰り支度を始める。店長に言われてからしっかりと続けているスーツ出勤。そのスーツを身にまとうと、よれよれのワイシャツと乱れたネクタイのまま職場を後にした。


急ぎ足で外に出ると、そこに学校帰りの時間でもないのになぜか学生服を着た高校生が1人。


晴人「・・・・??拓也・・・・・・」


そこに立っていたのは、選手の中で唯一晴人の行動に反応を示した拓也だった。

何か言いたそうな、うつむき黙る直立で立っている。


拓也「途中まで・・・・いいですか?」


目も合わせずためらいながらも、何とか言えたその言葉。主語も文書力もないその言葉は帰りを誘う拓也の精一杯の台詞だ。そんな拓也を見て晴人は快くそれに笑顔で答えた。


拓也と歩く駅までの夜道・・・・・・静かな暗がりのその道にはなんだか妙な緊張感がある。歩道の横にある車道をたまに走り去る車が、一瞬だけその空気を変えるように明るいライトの灯りと激しいエンジン音を撒き散らした。


少し歩を進めると、その緊張感をほぐすように晴人が優しい笑顔で拓也に問いか始めた。


晴人「なんで・・・・・俺の事を待っていたんだ??」


明らかに待ち伏せを思わせる拓也のその行動。それに対しての、ストレートな質問だ。


拓也「いや、別になんでもないです。ただ・・・・・」

晴人「ただ??」

言いにくそうに口を閉ざす拓也。その口を笑顔の表情で開かせようとする晴人。


拓也「ただ、コーチはいい人ですよ・・・・・」


晴人「??いい人??それはほめられたって事でいいのかな??ありがとう!」


無邪気にまで感じてしまうほどの素直な満面の笑みで返事を返す。すると拓也も、晴人と同じく素直でまっすぐに気持ちで言葉を漏らし始めた。


拓也「正直言って・・・・・俺はもうコーチを信じてもいいです。」


自分の意見は全て否認されて、仕事に対しても文句も言われ続けて、選手達にもずっと信用してもらえなかった。1つも自分の思い通りに動かないまま、何日も何日も心折れずに職場に通い続けた。


そんな晴人が、仕事に就いて初めて聞く事が出来た信頼の一言。


『コーチを信じてもいい』


その一言を聞き、晴人は感情そのままに涙ぐみ素直な嬉しさを表情に見せた。


拓也「だけど・・・・・・」


一瞬の間をおくと、言いづらそうに顔を俯かせる。


拓也「だけど・・・・自分一人だけコーチを信じてコーチの練習をやっても、選手コースの雰囲気が壊れてしまうだけ・・・・・そんなんじゃ、みんな速くなれないし仲間にもなれないと思う。」


裏切りにもとって取れるその行動。みんなが右を向いているから右を向かなければならない。それは、みんなに合わせているわけではなく、それがチームだからという事を言いたいのだ。


拓也「みんな絶対にコーチの事は信用しないと思います。特に女子達の意思はすごく堅い。だから、俺から言えるコーチへのアドバイス。それは・・・・選手コースは諦めて、他の仕事に集中をして下さい。」


真面目すぎる拓也だからこそ辿り着けたゴールの答えだったのかもしれない。高校生とは思えないほど、他人の事に気を使ったまっすぐな忠告だった。


晴人「俺は諦めない。何があってもみんなの信頼を勝ち取って、絶対に強く速くさせてみせる!!」


そんな拓也にも負けないまっすぐな目を投げかける。拓也は、その目線をわざとらしくそらすと、うつむき気落ちした表情を見せた。


拓也「俺だってもう高校生です。分かっているんですよ、プールの雰囲気。あのプールは競泳を、選手コースをなくそうとしているんです。だから、選手コースの担当コーチには冷たく当たるし、いろんな仕事を押し付けて忙しくさせてるんだ。そうやって選手コースの練習をさせないようにしてるんだ!!でも・・・・・・・俺達はいいんです。選手コースがなくなろうが、潰されようが全然そんなのはかまわないんです。だけど・・・・」


そこまで言うと、拓也はうつむいていた視線をもう一度強く晴人に向けて、きつく震えさせながら手のひらを握りしめた。


拓也「夏まではもってほしい!何があっても夏までは選手コースが続いていてほしいんです!!だけど、このままコーチが強がっていると、今すぐにでも選手コースが潰されちゃいそうで・・・・・・」


熱意を込めれば込めるほど、店長との衝突も激しさを増す。それによる早すぎる選手コースの廃止・・・・・・待ち伏せしてまで伝えたかったその間違った方向に進んでいる危険な事態。


それを聞いた晴人は拓也が伝えたいその部分よりも、自分が気がかりな部分だけをそのままに質問で返した。


晴人「夏に何があるんだ??もし良かったら教えてくれ、夏の目標を!みんなで力あわせて、その目標を達成させよう!!俺も出来る限りの指導で、手伝ってやるから!!他のスタッフに何言われても、俺がやってやるからさ!!」


拓也の意見への反論にもとって取れる態度。そんな晴人の変わらない安直な態度を見て、拓也は苛立ちながら晴人を睨んだ。


拓也「それが逆効果だって言っているじゃないですか!!なんでわからないんですか??その熱意で俺達の目標を壊さないで下さい!!」


そこまで深くしっかりと考えていた拓也の気持ち。このやり取りが口喧嘩だとするならば晴人が負けている、そうとまで言えるほど拓也の言葉には確かな思いと正論が詰め込まれていた。


その思いを聞くと、晴人は今までの笑顔だった顔を、悟ったような心あるきつい顔へと変えた。


晴人「無理だよ。自分達で速くなるなんて無理なんだよ!!水泳ってそーいうもんだろ??小さい頃から水泳やってきてわかっているだろ??コーチがいなくて、速くなんかなれないんだよ!!」


コーチの存在の大きさ。それは晴人も、自分が水泳選手だった経験から良く分かっていた。


自分の練習で速くなれるほど水泳は甘くはない。コーチがいなければ練習に甘えが出てしまう。かなりの意志がなければ、自分で追い込み成長させる事はできるはずもなかった。


ただの安直ではないというその気持ちが、水泳を理解しているその台詞からしっかりと伝わってきた。それに気付いた拓也は、晴人を見る目を歩道に変え、言っている事もわかってはいるが強情な態度を変える事も出来ず、そんな複雑な表情を作った。


拓也「わからないならもういいです!!もしコーチのせいで、選手コースがなくなったら、一生恨みますから!!!!」


思い乱れる拓也は、そんな捨て台詞を言うと、駅の改札口に向かって走り消えていった。


少しだけ繋がり始めた心が、またすれ違いを始める。そしてついに、ばらばらになってしまった。お互いに言いたい事も、伝えたい事もしっかりとわかっている。それでも素直に意見を聞く事が出来ない複雑に入り乱れた問題・・・・・・・・拓也の後姿を見る晴人は、そんなわだかまりある悔しい表情を見せた。


どこにも向けられない怒りの矛先を、身体の中に押し殺す晴人、その身体はいつまでも激しく震えていた。

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