きっかけ
<きっかけ>
次々と進んでいくレース。刻一刻とその勝負となるレースが近づいてきた。
何度となく失敗に終わったレース、ベストの出ない日々。そんな女子達の勝負のレースがついに始まるのだ。しかし、チームとしては残念ながらぎくしゃくした状態。それぞれの心がばらばらになってしまっている。それを周りにも見せつけるように、女子達は別々に個々人でレース前のウォーミングアップを始めた。
彩香「ばらばらですね・・・・みんな。」
そんな選手達が心配になった彩香と晴人。2人はウォーミングアップのサブプールへ様子を見に来ていた。
晴人「このままじゃ、今日もダメだ。それどころか、ここで夏の勝負も終わってしまうかもしれない・・・・」
ここで結果が出なければ、ばらばらな状態の4人はもう諦めてしまうだろう、そう思っての晴人の言葉だった。
彩香「なんでなんだろ、なんで素直になれないの?少しの素直さでまた一つになれるのに・・・・・もうこのままレースするしかないのかな・・・・・・」
彩香の言葉を聞き、何かを心に決める晴人。
晴人「このままレースはさせない!」
そう言うと、プールサイドを歩き一人の女子選手の方に近付いて行った。
彩香「水元コーチ・・・・女の子相手ですからね!!無理やりはだめですよ!!」
心配する彩香の言葉も聞き流すように、晴人がその選手の前に立ちはだかり声をかけた。
晴人「沙羅!話がある、ちょっと上がってくれないか?」
沙羅「えっ??もうレース直前ですよ!好きにアップさせて下さい!!」
アップに集中しているからなのか、それとも女子同士のもめ事を、いまさらほじくり返されるのが嫌なのか、沙羅はプールから上がろうとしなかった。
晴人「頼む・・・・・・大切な話なんだ・・・・・・」
心をこめた晴人の言葉。その言葉を聞いた沙羅は、『仕方ないな・・・』といった表情でプールから上がってきた。
晴人「みんなとまだ口も利いてないよな?このままで・・・・いい結果が出そうか?」
その問いかけに、沙羅は目も合わせず少し強がった表情を見せる。
沙羅「結果が出るかどうかは分からないです。でも今さら私が何をやっても、誰かに何か言っても無駄だと思うし・・・・・」
チームを作る事を諦めている沙羅。その反応を確認すると、晴人は首をかしげる仕草で答えた。
晴人「本当に無駄かなぁ・・・・・・・・」
その仕草をしばらく続けると、また沙羅をまっすぐに見て笑顔を作る。
晴人「お前達は家族みたいなものだ。」
沙羅「えっ?何言ってるんですか??」
不思議をアピールする沙羅の返答。晴人はそんな沙羅をわからせるように続けて言った。
晴人「もう10年も一緒にいる仲間だ。毎日毎日プールで顔を合わせて、一緒に泳いで、色々な話しをして・・・・・・・友達というラインはもう超えているよな。だからこそ、あんなにストレートな喧嘩ができるんじゃないのか?家族の様なストレートな喧嘩がな。」
沙羅はそれを聞いて、恥ずかしさもあるような無言の表情を作った。
晴人「家族はどんな喧嘩をしても、必ず仲直りができる!!そのきっかけがあればだが。」
晴人は、そう言うと沙羅の肩を握って強い眼力で訴えた。
晴人「きっかけを作れるのは・・・・チームのリーダーであるお前だけなんじゃないのか?」
いつだって、チームのリーダー的な存在でその苦難を乗り越えてきた沙羅。女子チームが家族なら、沙羅は父親や母親のような大きな存在となっていた。強がり続けるのは簡単な事。それでも、そんな子供じみた態度ではない、父親や母親のような妥協や折れるといった態度も必要なのかもしれない。そしてそれが出来るのも沙羅だけなのだ。
その晴人の言葉を聞き、沙羅は無言のまま、深く心迷わす表情を作った。




