潰したい選手コース
<潰したい選手コース>
ショックを受けた晴人が、肩を落とし力なくスタッフルームに戻る。
店長「あっ水元君、戻ったか・・・・・君の席はそこ!!隣にいる女性スタッフが君の世話役だ!仕事内容を教えるように言ってあるから、しっかり聞いて仕事をどんどん覚えてくれよ!」
言われた席に近づくと、何かに上から押さえつけられたかのように『ガクッ・・・』と席に座りこむ。力なく座っていると、笑顔の隣の女性が軽く肩を叩き晴人の顔を覗き込んできた。
女性「こんにちは!!新人の水元さんですよね??私は、今年の4月に入社したばかりの森下彩香って言います。宜しくお願いしまーす。」
彼女が、さっき店長が言っていた世話役の女性。
長い髪は深い茶色、細身でスラッとしたスタイル。見た目や喋り方で軽そうに見えてしまうが、実際はそれとは違う活発さと元気さが目立つ20代前半の女性社員だ。
簡単な挨拶を終えた彩香が、すぐに晴人の耳元に口を近づけヒソヒソ話を始める。
彩香「あっ・・・・さっきうちの店長ともめてましたよね?ダメですよ、店長と争ったら!あの人、仕事命の堅物ですから・・・・・・何言っても納得しませんよ。」
それを聞いても『あっ・・・・はぃ・・・』と力ない小声でしか返事を返せない晴人。そんな元気のない晴人など気にもせず、彩香はどんどん話を先に進めていく。
彩香「・・・・しかも、さっき言い争ってた内容って選手の事でしたよね??店長の前で選手の話は絶対にダメ!!あの人、選手コースが一番大っ嫌いなんですから。売上にもならないで利益もないのにプールのコースばかり使う選手コースを、いつか潰してやろうと思っているらしいですよ。」
確かにこの施設には不釣合いに感じる選手コース。むしろ選手コースがないほうがプールを有効に使えて、売上や利益もアップする事は間違いないだろう。社員として会社の損得を考えるのならば、いつかは潰そうと思う店長の判断は正しいと言える。
しかし、晴人がこの仕事を選んだ理由、それは競泳選手の指導がしたいからだ。売上や利益の事など考えてもいない無頓着な思いなのかもしれない。それでも、その目標を潰すというその内容には肩を落とした晴人も、さすがにしっかりと反応を示した。すぐに怒りのこもった睨む顔で彩香を見つめる。
彩香「そっそんな顔で見ないで下さいよ!とにかく、このままここで社員としてやっていきたいんなら、選手コースにはあまり熱くならずに、会員のお客様の事だけを考えて、営業や売上にどんどん貢献していった方がいいですよ!!それに・・・・・・」
店長への不信感が更に募り始めた晴人。そんな晴人に、彩香がまた大きな悩みを抱えさせる一言を呟いた。
彩香「それに・・・・うちに通う選手達は競泳選手なんて名ばかりの、まったくやる気のないどーしようもない中高生ばかりですしね。」
そこまで言うと耳元から顔を離し、わざとらしくも見える大きめな声で晴人への説明をアピールした。
彩香「じゃっ!!仕事内容を説明しまーす。晴人さんにやってもらうのは、まず、機械室の薬品類の管理と、大人向けイベントのポスター作り!それと・・・・」
そんな説明などもう頭には入らない。晴人の頭の中は、ただただ『店長への不信感』への苛立ちと、彩香が言う『やる気のない選手達』に対する不安でいっぱいになっていた。