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水泳しかできない  作者: 野菜ジュース
モンスターペアレント
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保護者のクレーム

<保護者のクレーム>


夜の21時前、この日もいつも通りに水泳練習を終えた選手達が達成感ある顔でプールから上がってきた。


晴人「お疲れ様!!今日も良くやったなぁ~!!日に日に練習が良くなってるぞ!!」


あの日のレースから、もう2週間が経とうとしている。あれ以来、この日まで晴人と選手達の関係は、何も問題もなく順調に全てが進んでいた。


相変わらず毎日深夜まで仕事をし、休みの日は松山の元に水泳指導を教わりに行く。そんな身を削るような毎日を繰り返してはいたが、選手コースの前向きな変化が嬉しい晴人にとっては、そんなのはまったく苦にもならない慣れた日常へと変わっていた。


木島「水元!!!」


晴人が選手達に、練習の注意点などの話をしていると、木島のきつい叫び声がプールサイドに響いた。


木島「すぐに着替えてフロントまで行け!!お客さんがお呼びだ!!!」


もう時間も夜の9時前。そんな遅い時間にわざわざやってきたお客さんに少し苛立ちの表情で首をかしげる。その横で、何かに気づいたように身体をビクつかせ、顔をうつむかせる道春がいた。


晴人はプールを上がると、すぐにそのお客さんが待っているというフロント前に駆け出て行った。


晴人「お待たせしました・・・・・???えっ・・・・と・・・・・どちら様ですか??」


まったく見覚えのないその女性。晴人が、不思議な顔でまたしても首をかしげる。そんな晴人の表情に気が付いた受付女性が、口横に手を当てると晴人の耳元で小声を呟いた。


受付女性「・・・・・選手の道春君のお母様だそうです・・・・・」


なんだか、場の悪さに気を使った謙虚な伝え方だ。


そんなやり取りを無視するように、その女性は『どんっ』と受付のカウンターを両手で叩くと、晴人に向かって大きな声を怒鳴り散らした。


道春の母「あなたが最近来たっていう道春のコーチですね!!!どーいう事なんですか、いったい!!!」


晴人は、あらぶり受付のカウンターを叩くその姿を見て、これが自分に対するクレームなのだと言う事に気づかされた。


道春の母「こないだの大会!私も見に行かせて頂きました。みんないいタイムで泳げていたようですね??」


当てつけがましいその言い方。それに晴人が、愛想よく苦笑いで答える。


晴人「あっ・・・・はい。おかげ様でいい結果も出たと思いますが・・・・・・」


その先を言わせまいと、またしてもカウンターを両手で強く叩き、晴人を黙らせる道春の母。


道春の母「うちの子だけベストタイムが出ていないって言うのはどういう事ですか!?」


あの日のレース。確かに男子チームはメドレーリレーで間違いないベストタイムを出していた。しかし、それは4人のタイムを合計してでの事。個人個人のタイムを見ると、確かに道春だけがベストタイムを出せていなかった。メドレーリレーを終えての個人種目のレース。残念な事に、その個人レースでも道春だけがベストタイムを出せずにいた。


道春の母「他の子ばかりの練習を見て、うちの子はちゃんと見ていないんじゃないですか?もしそうだとしたら、コーチが生徒を無視しているって事ですよね?それはいじめという事になりますよ!?大きな問題ですよ!?」


散弾銃の乱れ打ちのような母親の言葉。怒りが収まらない母親の態度を見た晴人は、半笑いをした妙な表情をしながら、両手で落ち着かせるようなジェスチャーをとった。


晴人「とにかく落ち着いて下さいお母さん。そんな、全てがいつもいいなんて事はないですから・・・・・道春君だってもちろん頑張っていましたし、ベストじゃないにしても、それなりにいいタイムは出していましたから・・・・」


落ち着かせる為に言った晴人の言葉。しかし、それを聞いた母親は更に拍車をかけて晴人に向かって怒鳴り散らす。


道春の母「何を言っているんですか??道春が悪いわけないじゃないですか!!あなたは道春のせいにするんですか??」


もうまったく意味不明で会話にならない返答。人の言っている事も理解できず理不尽さ丸出しだ。そんな揉め事を起こしているフロントをスタッフルームから除く店長と彩香の2人。


店長「ふ~・・・・またあのお母さんか・・・・・」


なんだかいつもの事を見るような言い草だ。


彩香「??・・・・・・よくあるんですか?こーいう事。」


店長「ああ・・・・有名なクレーマーだよ。属に言う、モンスターペアレントってやつだな」


『モンスターペアレント』


子を持つ親の過保護さが悪化して、理不尽な理由でクレームをいう保護者などに対して使われる言葉だ。『自分が正しい』という勘違いや思い込みからも起こる間違ったクレームでもある。


道春母「このままで、インターハイには出場できるんですかね??道春には何があっても、全国大会に出てもらわないと困るんです!!!」


晴人「ちょ・・・・・・ちょっと、そう言われてもですね・・・・・・もちろんそのつもりで教えてはいるんですが・・・・・」


道春母「とにかく!納得いく説明がなければ、『コーチが生徒をいじめている!』という内容で、おたくの本社まで話を通させて頂きます!!いいですね!!」


晴人「いやいやお母さん・・・・・それは大きな勘違いですから・・・・・・」


そんな晴人の言葉などには耳も傾けず、道春の母は後ろを振り返りすたすたと歩いて行ってしまった。


その後姿を腕組した悩ましい表情で見送る晴人が、深いため息だけを静かにこぼした。

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