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水泳しかできない  作者: 野菜ジュース
ぶつかり合う気持ち
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場違いな熱血漢

<場違いな熱血漢>

立ち並ぶビルやマンション。駅から程近いその場所は、住宅街でもオフィス街でもない中立な位置づけ。生活的環境も整っているが、働く男女も行き来する、そんな場所だ。そこに、一際目立った存在感と大きさで聳え立つ白く清潔感ある建物がある。


『フィットネスクラブ』


プール・ジム・スタジオなど、ただの娯楽ではない健康や美を提供する大型スポーツクラブだ。もちろん、無料で開放された施設ではなく会員制の有料施設。そんな有料施設に通う人達は、夜なら仕事帰りの会社員やOL、昼間なら美に気を配り続ける主婦層がほとんどだ。


そんな立派な清潔感ある施設の前に、大きな肩掛けバックを持った1人の大柄な男性が仁王立ちをしていた。


男「・・・・・ここが、これから俺が働くプールか・・・・まってろ、子供達よ・・・」


その笑顔からは、健康や美を提供する施設スタッフの爽やかさとは違った、ちょっと暑苦しく古臭い情熱を感じる。ここで働くにはどう考えても場違いな風貌だ。こぼした独り言も意味が分からない、いるはずのない子供達への呟き。


歳は30代前半、スポーツジャージに身を包んだ見た目から、古人の熱血体育教師を思わせる。その目線を入口の自動ドアへと落とすと男性はそのまま意気揚々と、まっすぐにその施設内へと足を運んでいった。


晴人「こんにちは!!今日からここで働かせて頂く事になりました、水元晴人ミズモト ハレトです!!宜しくお願いします!!」


広いロビーにある受付。そこで言い放った、元気良すぎて少し怖さを感じてしまうほどの気持ちが入った熱い挨拶だ。そんな場違いな熱血を男性から感じとったのか、受付に立つ女性は驚き体をびくつかせると、戸惑い焦りながら答えた。


受付女性「あっ!は・・・・はい。今日から配属の新人社員さんですよね・・・話は伺っています。スタッフルームまでご案内しますね・・・・」


案内されたスタッフルーム。中まで付き添ってくれた受付女性が、1人のスーツ姿をした細身の年配男性に目を向ける。


受付女性「店長。今日からこちらに配属になると言っていた新人の方が見えています。」


仕事中で忙しそうなスタッフルーム、みんなそれぞれの事務仕事に手をつけている。施設の外観やジム・スタジオなどの落ち着いた爽やかさとは違い、このスタッフルームには間違いないサラリーマンとしての忙しい『仕事』が広がっていた。そんな仕事の手を一瞬止めると、呼ばれたその店長が面倒くさそうな顔で受付女性に乱雑な指示をする。


店長「あっ、ああ彼ね・・・・・とりあえず・・・あっちに座ってもらって!」


言われた受付女性は、そのままスタッフルームの奥にある仕切りで間切られた応接室のような場所まで案内をした。


受付女性「あちらに腰を掛けてお待ちください。」


言われたまま、その応接室にある少しの高級感漂わせる座椅子に座ると待たされる事数分、すぐにその店長が晴人の前にやってきた。


店長「おーおー君ですか・・・今日から宜しくお願いしますね・・・・・」


小休憩のついでに話をするかのような口調の店長。その店長がゆっくり向かいにある目の前の座椅子に腰を下ろそうとしたその時。晴人は、店長が座るその行動よりも早く、機敏な起立をすると大きな声をスタッフルームに響かせた。


晴人「こんにちはヘッドコーチ!今日からお世話になります!宜しくお願いします!!」


あまりの声の大きさに、なんだこいつは・・・・・?といった、鳩が豆鉄砲を食ったような絵に描いた顔で腰を下ろす動きをとめる店長。そんな店長を無視して、更に足早の会話を進める。


晴人「特技は水泳、とある小さなスイミングクラブで小さい頃からずっと水泳を続けてきました!高校の頃には水泳の日本選手権にも出場した経験があります!!水泳指導経験はまったくありませんが、一生懸命に指導に専念させて頂きます!!今日から色々お世話になります!!それから、いくつか質問があるのですが・・・・」


店長「ちょっ・・・・・・ちょっとまーまー落ち着いて座って!とにかく今日から一緒に働く仲間ですから、宜しくお願いしますよ・・・・ははっ・・はっ・・・」


熱血漢丸出しのその態度に驚き引きつった焦りの顔を作る店長。中腰のまま晴人を座らせるジェスチャーを、両手で大げさにアピールした。喋り足りない晴人は座椅子に座りかけながら変わらずの暑苦しさで店長に迫る。


晴人「あっ、今日からこのクラブに在籍している中高生の競泳選手コースの指導をさせてもらえると聞いています!!自分は泳ぐ事は出来ますが指導経験はまったくないので、ヘッドコーチのお手伝い的な形でやる事になるのでしょうか??色々勉強させて頂きます!!!!」


晴人が言う、競泳選手コース。それは、一般的な1週間に1回や2回といった習い事をする子供の水泳スクールとは違い、毎日プールに通い続け、将来はオリンピックや日本選手権など大きな大会に出場する事を目標とする『競泳選手』を集めたコースだ。その選手コースの指導は特別で、一般の水泳スクールなどと比べても、指導方法や練習内容は深く難しい。その指導方法を店長から教われると思った晴人の、熱い気持ちがこもった挨拶だった。


店長「ちょ・・・・ちょっと待ってくれ君。焦りすぎないで。ゆっくり説明させてもらうから・・・・・」


とにかく気が早く、自分の伝えたいその事だけを次から次へと口走る晴人に少し動揺をする店長。その晴人のペースを崩し、自分のペースに持っていくように店長がゆっくりと話し始めた。


店長「はい・・・・ではまず選手コースですが、選手の方は君一人でやってもらいます。」


『よし!!一つ一つ教えてやるから、しっかり俺についてこいよ!!』そんな店長の熱い一言を期待していた晴人は、自分の想像とはまったく違うあっさりした軽い一言に焦り驚いた。


晴人「え!!???自分1人でですか???まったく水泳指導経験ないんですよ?自分にそんな高度な選手指導なんて出来るわけないじゃないですか。しかも、ヘッドコーチを差し置いて自分がクラブのトップ選手を教えるなんて・・・・・・」


それを聞いた店長が、王様のように背もたれに身体をゆだねると、足を組んだリラックスした大きな態度を見せる。


店長「いやいやいいのいいの。選手コースの指導なんかは適当にやっときゃいいからさ。この最新クラブにそんなコースがある事自体が間違っているのだから・・・・・・・・」


一般的にはそのような競泳選手コースを設けているスポーツクラブは、いわゆる『スイミングクラブ』と言われる所がほとんど。子供をお客として運営するプール施設だ。

しかし晴人が働くことになったこの施設は、そんな『スイミングクラブ』とは違った『フィットネスクラブ』。大人をお客として迎えるスポーツジムといった所だ。確かに、このような施設にそんな水泳の選手コースがある事自体、おかしいと思えるほど場違いな環境だ。


店長「とにかくそんな事より、大人のお客様の対応や、コミュニケーション。ジムやスタジオなどの指導などを頑張ってくれればそれでいいから。それが一番大切!!選手指導なんかは適当に!!!あっ後、さっきからヘッドコーチと呼んでいますが、私はヘッドコーチじゃなくて店長ですから。ヘッドコーチなんて言い方、今どき古い!!スイミングクラブにしか使われない時代遅れの言い方ですよ!」


目を開き、口も半開き・・・・あまりにも想像と違う上司である店長の態度を目の前に、晴人は言葉を失いあっけにとられた。それでも大げさに首を横に振り、我に返るように自分の夢と、この仕事を選んだ理由を真剣な眼差しで語りだした。


晴人「自分は競泳選手を教える為にここへ来たんです!自分が経験してきた競泳と言う世界、日々仲間と戦い競い合って、時には泣いて、時には笑って!そんな熱い気持ちを持った選手達の指導をする目的で、ここの社員になったんですよ!!それなのにその選手の指導を適当にやれっ!??・・・・・・適当になんか、出来るわけないじゃないですか!!!」


これから上司になる人へのきつめな言い方。それでも、店長の言葉に納得いかない晴人は、『自分は間違っていない!』というまっすぐな目で言い放った。


・・・・・ドン!!!


一瞬の沈黙を終えた店長は、目の前のテーブルを強く叩き、怒りをあらわに立ち上がった。


店長「いい加減にしてくれないか君!!!ちょっとこっちに来なさい!!!」

晴人「あっあぁ・・・・えっ??はっ・・はい!。。。」


晴人の腕を掴み、強引気味にスタッフルームからお客さんのいるジムへと連れ向かう店長。さっきまで温厚そうに見えた店長がいきり立ってテーブルを叩くその姿に驚いた晴人は、言われるがままに身体を店長に預け、絡まりそうな足で引っ張られていった。


店長「見なさい!!!うちの施設を!!」


そのジムを見ると、そこには数多い大人の男性や女性が、ダイエットや健康・運動を目的に身体を動かす姿があった。


店長「大人の会員が3000人!子供はたったの200人だぞ!うちの施設はね・・・子供主体じゃないんだよ!!大人中心!!下に見えるプールエリアも見て見なさい!!」


そう言いながら店長が指差すのは、斜め下にあるプールが見える大きなのぞき窓。晴人はゆっくりそこからプールを覗き込んだ。


そこには、晴人が想像していた競泳選手達がピリピリと張り詰めた空気で練習するプールとは違い、のんびり大人達が泳ぐ穏やかな落ち着いたプール風景が広がっていた。


店長「うちではね、1日のほとんどの時間、大人がプールを使っているんだよ!!今はこのスポーツ業界ではこれが当たり前!!競泳だの何だの言って水泳ばかりに熱い指導をするプールは営業不振で潰れてしまう時代なんだよ!!それがわかるまでここでこの施設をじっくり見ていなさい!!」


小さい頃からずっとスイミングクラブで続けてきた水泳。晴人が教わってきたその指導者達は、皆熱意があって水泳熱心な人ばかりだった。そんな指導者である『コーチ』に憧れ、この道を選んだ晴人。それでもこのフィットネスクラブには、そんな水泳指導に熱くなる者は誰もいなかった。むしろ、そんな競泳を馬鹿にしてけなし、邪魔な存在のような態度をとる上司。あまりにもひどい落差ある現実だ。


期待に胸いっぱいだった晴人は、その落差ある現実を目の当たりにして、言葉なくそこに立ちすくむ事しか出来なかった。

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