命運を分けるレース
<命運を分けるレース>
ベストタイムの興奮冷めやまぬまま、次々と進んでいくレース展開。4人にはまだそれぞれの個人種目が残っていた。
最初は、拓也と翔太の自由形。メドレーリレーのベストから気合いが入っているようだ。そんな2人が同時に泳ぐレース。その、スタートの合図が鳴り響いた。
晴人「いけー!!いけー!!・・・・・・よし!!!ベストタイムだ!!」
拓也も翔太も見事にベストタイム!笑顔で余裕あるガッツポーズを見せた。
続くは、翼の背泳ぎ。
晴人「余裕だぞ!!いっちゃえよ!!」
もう、自信に満ち溢れている晴人は、余裕の笑顔で応援をした。
晴人「よし!ベストォォォォ!!」
続く、道春の平泳ぎ。
晴人「くそぉぉ!!おしい!!」
ベストには届かない道春のタイム。それでも、今までの道春にとってはかなりの好タイムだった。
そんな、ベストタイムの猛ラッシュが続く中、女子選手達は静かにその成長した泳ぎの数々を見守っていた。
女子選手のレースは、この日は1つだけ、勝負のフリーリレーだ。目指すは全国中学校の標準タイム。中学生である女子の4人が目指す、夏の目標だ。
女子選手達は大きな深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
美月「そろそろ、セカンドアップいこっ!!」
男子チームのベストタイムが続いて、なんだかいごごちの悪い雰囲気。それに気を使った美月の言葉だった。それにうなずくと4人は気の張った表情で2度目のウォーミングアップをしに、レース中でも泳げるサブプールに向かった。
晴人「いやぁ~みんな良くやった!」
晴人が観客席で男子選手達4人を迎え、みんなの肩を称えるように叩く。その顔は達成感出しまくりの嬉しい表情だ。
拓也「先生のおかげです。本当に・・・・・本当に先生のおかげです!」
目には、いっぱいの涙が溜まっていた。
翼「まだまだこれからです。あと少しでインターハイのタイムが切れる・・・・・自分達の目標を叶えさせて下さい!!」
あれだけもめていた翼も、信頼と尊敬の言葉を漏らす。その横で、いつも引っ込みがちな道春が、この時だけは元気な声で言葉を口にした。
道春「これからも宜しくお願いします!!」
そんないつもと違う態度の道春を見た翔太が、いつも通りと思わせる表情で道春をからかう。
翔太「バカ!!お前だけは大好きなお母さんに水泳教われよっ!!」
道春「なっ・・・何言ってんだよ翔太君!!俺は、マザコンじゃないって言ってるだろ!!」
そんなくだらない話をしながら、またみんなで楽しそうに笑いあった。
そんな笑顔の中、晴人が観客席の奥に目を向けると、まだその緊張から開放されていない松山コーチの姿が目に入った。
その深刻すぎる表情を見て、すぐに晴人はそのレースが近い事に気が付いた。晴人は顔をまた強張らせた緊張の表情に変ると、ベストタイムに沸く選手達がいるその場から離れ、ゆっくりと松山に近づいていった。松山の真横に立つと、気を使い落ち着いた静かな口調で声をかける。
晴人「松山コーチ。もうすぐレースですか・・・・?」
もちろん、そのレースというのは日本選手権がかかったあの選手のレースの事だ。
松山「ああ・・・・・もうすぐだ・・・・・」
『コーチは、職人だ!』そう言い切った松山の表情は、まさに職人そのもの。手に職をつけたベテランの職人顔だ。それでも、やはりこのレースには緊張をしているのか、何度も手に持つ大会のプログラムを開き、自分が待つべきレースの順番を確認していた。
松山「ついにきた・・・・・・次だ。」
目を見開き、プールを見つめるその顔。その姿は待ちわびた緊張感を楽しんでいるようにも見えた。
彩香「なんとかタイム、切れるといいですね・・・・」
いつの間にかその場にいる彩香。そして、そのすぐ横にいる晴人も一歩前に出て言った。
晴人「大丈夫ですよ・・・・・松山コーチは実力がある!!松山コーチなら切れる!!」
その発言を聞いた松山が、鋭い目で晴人を睨む。
松山「何を言ってるんだ!!俺が切るんじゃない!やつが切るんだ!!俺はやつの力を引き出せるようにコーチをしただけ!!コーチの力じゃない!!やつの力で切るんだ!!!」
職人の松山からの叱りある言葉。自分の力と思わずに選手の力だと思え!そんな事を言いたいのだろう。言われて納得。すぐに晴人は、自分の間違いを訂正するように縮こまりながら謝った。
晴人「すっすみません。」
ピッピッピッィィィィ~・・・・・
彩香「ほら!!レースが始まりますよ!!」
そんなやり取りを、もう一度レース前の緊張感に戻す彩香の言葉。見ると、出発合図をする役員の頭上には、もうすでにシグナルピストルが掲げられていた。
出発員「よ~い。」
ピッ!!!
シグナル音と共にレースが始まると、すぐに晴人が気合いの入った応援を始めた。
晴人「いけ~!!ハイッ!!ハイッ!!」
リズムに合わせて掛け声を叫ぶ、水泳独特の応援方法だ。興奮をする晴人の横で、静かにその200mの中盤、100mのラップタイムを見る松山。
松山「これじゃ・・・・・ダメだ・・・」
ずっとその選手を、コーチし続けてきたからこそ分かる現実。松山の予想タイムとは違い、そのタイムは大きな遅れをとっていた。
晴人「切れそうにないんですか??」
その言葉を聞き、不安な顔のまま松山が言い切る。
松山「しかし・・・・・コーチとして最後まで諦めてはいかん。」
目で選手の泳ぎを追い、そのゴールまでを見届ける。そしてゴールした選手のそのタイムは・・・・・
松山「・・・・・くそっ!!・・・・・」
肩から力を落とす松山。日本選手権になどまったく届かないそのタイム。
彩香「どこが悪かったんだろ・・・・・・前半かな・・・・?」
晴人「そうですね。前半にもっと突っ込めれば違ったのかもしれない。後半の泳ぎは乱れていたし・・・・・」
ある程度の知識が備わってきた晴人が、解説者のようなもっともらしい事を言う。それを聞いた松山は、何が正しくて何が間違っているのかを自分に言い聞かせるように続けて言った。
松山「結局はコーチの責任なんだよ!前半突っ込ませられなかったコーチの責任。後半の泳ぎを安定させられなかったコーチの責任。選手には非はない。その力を引き出せなかったコーチが悪いんだよ。それをしっかり理解していないと・・・・いい職人にはなれない。」
松山の考え方。というより、職人としての答えなのだろう。深く考えさせられるその言葉の意味を理解して、晴人もまた深くうなずいた。
松山「・・・・また、出直しだ。じっくりいくさ・・・・じゃあな」
寂しい後ろ姿。勝負に負けたその後ろ姿は、今までの松山にはないどこか弱弱しさを感じさせた。
彩香「もうすぐ・・・・・あの子達も、勝負みたいですよ。」
彩香が見つめるその視線の先。晴人も目でその方角を追うと、そこには女子選手達4人がプールサイドでストレッチをしている姿が見えた。
晴人「彼女達なりの成果を・・・・・見せるところだな。」




