プロローグ:萩の長話
三途の川はご存知でしょうか。
人が死んで七日目に渡る此岸と彼岸を分かつ境目に流れている川のことでございます。
あなた方が生きている煩悩と迷いのこの世、悟りを開かれた世界のあの世の境界線だと思っていただければ分かりやすいでしょう。
人々に語り継がれてきた、形として存在しない想像上の川。
河原は賽の河原と呼ばれ、不幸にも親より先に死んでしまった子どもたちが鬼に壊されながらも河原にある石を親の供養の為にと、泣きじゃくりつつ積み上げている姿を見ることが出来ます。報われないように思われますが、地蔵菩薩様がいらっしゃれば子どもたちは救済していただけますのでご心配なさらずに。
さて、三途の川では死者に六文銭を持って来ていただいて舟を使って川を渡っていたのですが、最近の死者は自害や民間葬など多く死体が葬儀に出されない、火葬の際に持たせて貰えなかった事情などから六文銭を持ってこない死者が増え過ぎた結果、持ってこない死者の相手が仕事であった懸衣翁・奪衣婆の老夫婦がダウン寸前に追い込まれていました。
老夫婦の仕事は常に分担されて行われています。六文銭を持ってこなかった死者は渡し賃の代わりに着ていた衣類を奪衣婆に剥がされ、懸衣翁が剥いだ衣類を衣領樹という樹にかけます。しかし六文銭を持って来る死者が少なくなったことで仕事量が激増、あまりに多い為に掛ける枝がなくなってしまうことや老体には酷過ぎる状態に閻魔様へ直接不満を漏らされたそうです。
不満を聞いた閻魔様は考えました。老夫婦の要望を聞き入れることも重要でしたが、高齢社会や不景気のせいでここ数年増加の一途をたどる死者の渡船にもたくさんの問題が起きていたからです。渡船では一度に運べる死者の人数や舟そのものの限度があるにもかかわらず、際限なく増えていく死者の列を解消する術がなかった。加えて、死者が彼岸になかなか向かえない事から審判や六道への転生にも時間がかかっていた。などなど、挙げればきりがないほどの問題点が渡船だけでかなりの数が噴出していました。閻魔様は、これらの問題を解決することは昔に使われていた方法に戻すこと以外ないと判断され、渡船を廃止し、昔の方法を再採用することを決めました。
戻された昔の方法とは、死者たちに罪の重さ別に三種類の場所を自分たちで渡っていただく方法です。
一、罪を犯した事のない善人とされた死者は、川に架かる橋を。
二、軽い罪を犯したことのある死者は、川の浅瀬を。
三、殺人など大罪を犯した死者は、四肢が千切れるほどの流れの強い深瀬を。
このようにすることで、渡船の船頭を担っていた者は審判から転生までの間を誘導する係に、あらかじめ三種類の道を作ることで彼岸へ渡ってきた以降の死者の分別が楽になり、スムーズに審判と転生がされるようになりました。これで人間道への転生が増えれば此岸の少子高齢社会が少しは緩和されることでしょう。
三種類に分けられてはいますが、ほとんどの死者は浅瀬を渡ることになります。生前に罪を犯したことがないというような、稀有な存在は皆無に等しいからに他なりません。また、滞在を犯すほどの悪人もそうそう存在しないことが言えます。
深瀬を渡った死者に対しては渡りきった後、奪衣婆に衣類を剥がされ、懸衣翁が衣領樹の枝へかけます。そして、衣類をかけた枝のしなり具合でその死者の罪の重さをはかり、審判の判断材料にする。面白いもので、生前の罪の重さによって死者の衣類が含む水の量が違うそうです。
しかし昔の方法へ戻すにあたって一番の問題は、三箇所どこも千二百年以上放置されてきた場所だということでした。かなり酷い箇所はそれなりに修繕しましたし、浅瀬の川底も拾えるだけのごみと石は撤去しましたがかなり荒んだままでした。特に簡単な修繕後も酷さが目立ったのは橋でございます。使われていた当初、木造とはいえ絢爛豪華な装飾品で眩かった姿を今では見ることも、想像することも出来ない程。雑草は伸び放題、木が腐って脆くなってきている部分もあります。まだ目にはしていませんが、気をつけて渡らないと善人といえど川へ落ちる事だってあるかもしれません。
これについて言い訳と渡る際の注意を喚起させていただきます。リニューアルや完全修繕が行えないのは六文銭が減って収入が悪化したせいです。もし、善行を積んで橋を渡ることが出来たとしても安心はしないでください。運悪く足を取られて落下した場合は、ご先祖様を恨まれるのが筋であります。まぁ、諦めももちろん肝心ではありますが。
彼岸について此岸では数多の諸説がございます。しかしこれ以上の説明やお話は様々な状況を招くきっかけにもなりかねませんので、私の口からは控えさせていただきましょう。
さて、三途の川を三種類の場所で渡ることは知っていただけたかと思います。それぞれの場所にはスムーズに渡ることが出来るよう三途の川日本区域誘導係をお役目とした三兄妹の内の一人とパートナーの鼠一匹が立っております。
橋に立っているのは鼠の赤丹と一番上の兄、蘇芳。
浅瀬に立っているのは鼠の青丹と真ん中の姉、松葉。
深瀬に立っているのは鼠の黄丹と一番下の妹、照柿。
この三兄妹と三匹が、三途の川を問題なく渡れるよう短い間ではございますがお手伝いしております。
おっと、私の紹介が遅れまして申し訳ございませんでした。
名前は萩、この彼岸で五千年ほど過ごしている化け狐でございます。狐ではございますが、人間の言葉が遣えるようになりまして数千年。最近になって殊更難しいということを改めて痛感している次第でございます。私が六道へ転生することなく彼岸を歩いていられるのは、閻魔様の目に留まり、飼い狐として可愛がって頂いているからこそ。
しかしこのまま話していてはきりがありません。おしゃべり大好きな私ではございますがここは我慢をして、これにて退席させていただきたいと思います。そろそろご飯の時間でありますし。
それに、このお話は誘導係三兄妹と三匹の鼠が主役。
私が食事中の間、三兄妹と三匹が如何様にしてお役目を果たしているかをぜひご覧くださいませ。
・・・恨。
・・・恨。
感想、批評等々喜んでお受けいたします(*- -)(*_ _)
ぜひ、一筆頂けるとうれしいです。