【ごーしちご ごーしちごーごー このブタ野郎!】第3話 24時テレビ その2
「……多いな」
牛乳5リットルを前にマスカラスマンは覚悟を決めた。顔つきが戦士だ。良崎が笑いをこらえられない。
「参考記録は佐藤佑樹の3.6リットルだ。あ、そうそうお前だけはこれでいいよな?」
みんなは小ぶりのグラスだがマスカラスマンだけはジョッキ。
「……いいだろう」
バチン。突然電気が消えた。
「なんだ? 停電か?」
消灯!
「慌てるな。俺が何も考えずにここを選んだと思うか?」
「何か考えてたら帰れる手段くらい思いついてくださいよ、タクシー以外で」
「基本的に夜間は大学の電気を落とすことになっているがこの喫煙所だけは対人センサーで反応して消灯と点灯を繰り返す。動けばまた点く」
ハイジさんと良崎が小走りで真っ暗な喫煙所内を走るとカチッとまた電気がつく。しかしマスカラスマンの前にあるのはやはり、消灯前と変わらずジョッキと牛乳である。ジョッキと牛乳!
「ジョッキと牛乳……」
水原さんが呟くがどこか恣意的だ。やめてあげたらどうですか、と遠まわしにハイジさんに訴えているのだろう。
「こまめに動いてセンサーに無人と思われないようにな。さぁ! 用意はいいかマスカラスマン」
やっぱりマスカラスマンにだけ訊くあたりハイジさん確信犯。口の端がほころんできてる。
「ほら、わたしも飲みますから」
良崎も小ぶりのグラスを持って悪意と笑みたっぷりの声でマスカラスマンを励ますがマスカラスマンは良崎の血を引く者が7代先まで祟られそうな目で良崎を睨む。
「お前、本当に許さんからな」
「なぁにがですぅ?」
「俺に勝ったら許さんからな」
「リバースした分も飲んだとカウントされるんだからいいじゃないですか」
「お前もう本当に許さんからな」
良崎とマスカラスマンの溝、また深まる。
「さぁ、準備はいいか?」
「うむ」
マスカラスマンだけが返事。だがハイジさんはそれでよいらしい。
ありがとう、マスカラスマン。
「Go!」
ジャーとマスカラスマンがパックを絞るようにジョッキに牛乳を注ぎ、ガブッと一気に飲みに行くが早くも鼻から垂れる。
「あはははは!」
「うはははは!」
ハイジさん&良崎、早くも笑いでピッチが進まない! マスカラスマンは2杯目に突入!
「うっ」
マスカラスマンが後ろを向く。
マスカラスマンリバース!
「あっはっはっは!」
良崎がグラスを落として割ってしまった。だが競技は続行! マスカラスマンがグイっとジョッキを傾ける。
「うっ」
「はいチョット吐きます」
マスカラスマンリバース!
「あの顔! “苦悶”!」
「あの表情はまるで芸術のようなだなぁ」
牛乳は進まないのに笑いだけは進むハイジさん&リーベルト。
「さぁ頑張れマスカラスマン! 暫定一位!」
「うっ」
おぉーっと! 水原さんに異変だァー!
水原さんリバース!
「おぁっはっはっはっは!」
ハイジさんが腰砕けになって笑い転げる。
「彼女だけは、彼女だけはマスカラスマンを見殺しにはできなかったんですね」
四つん這いになり「あー」と「うー」の入り混じった謎の発音を断続的に発する水原さん。マスカラスマン一人だけ吐かせるなんていうひどい仕打ちに彼女は耐えられなかった。マスカラスマンの独壇場かと思われたが、水原さんひっそりと大量の牛乳を飲み自害! マスカラスマンのソロでの見せ場ではなくなってしまった。しかし一度リバースしただけで水原さんがああなってしまったのだ。何度吐いても立ち向かうマスカラスマンのその姿は英雄!
「うっ」
バシャー。
マスカラスマンリバース!
「ヒトの体から出る音じゃなくなったぞ!」
「そしてあの表情ですよ」
201×年、冬の作品“苦悶”。
「牛乳は、おいしくて体にいい飲み物です……」
マスカラスマン、必死の訴え。そして一口飲んで……
「うっ」
マスカラスマン持ちこたえる!
「もうやめましょう! 朝には清掃員さんが来るんですよ! もうやめなさいマスカラスマン!」
「止めるなリーベルト! まだ時間はある!」
「いやだってもうお前の体は悲鳴を上げてますよ! SOSが聞こえるんですよお前のその異常に震えるシルエットから! それ以上は臨界点ですよ!」
「限界を超えてこそプロレ」
マスクを牛乳でヒタヒタにしながらマスカラスマンはまだ牛乳を飲む。
「うっ」
マスカラスマンリバース!
「ネバーギブアップ……ネバー……サレンダー!」
謎の根性! 熱き心はプレーで見せてくれ! 今のところ負けっぱなしだぞマスカラスマン! 牛乳に全く歯が立っていないぞマスカラスマァン!
「これはもう飲んでるんじゃねぇな。経由してるだけだ」
「牛乳はマスカラスを経て大地へ還る」
幸いにも、4、5発目以降はもう牛乳だけ吐いているので雪景色に隠れる保護色になっている。まだ観ていられる。
ピピピピピとキッチンタイマーが鳴った。
「ハイ終了ー。優勝はマスカラスマン!」
誰がどれだけ飲んだか確かめもせずに優勝宣告! 水原さんにも何か与えてやれ。その優しさに。
「俺は……どれだけ飲んだ?」
「吐いた量含めて3リットルくらいか?」
「俺はまだまだ佐藤佑樹に及ばない……」
何で仙道くんに対抗心燃やす流川みたいになってんだ。
「まぁ、あれだ。確かめるまでもなくお前が優勝なのは間違いない」
マスカラスマンの背後に広がる白い海。
マスカラスマンは勝利した。それはもう、ぶっちぎりで勝利した。だからこそみんな心の中で思ってる。そんなに頑張らなくても勝てたのに。それを言わないのが俺たちに残った最後の優しさだ。