【ごーしちご ごーしちごーごー このブタ野郎!】第2話 24時テレビ その1
「24時を回りました。みなさんこんばんは。24時テレビのお時間です。お相手はわたしたち演劇サークルが務めさせていただきます」
小林氏のカメラに向かって水原さんがしゃべっている。場所は大学正門前喫煙所。ハイジさん、良崎、俺はその横でありのままの表情、つまり無やる気と酩酊を隠さない。良崎はシェフのコスプレをさせられている。
「みなさんもうお休みなられているでしょうか。わたしたちの夜はこれからです。冬休みなのに夜更かし! いえ、冬休みだからこそ夜更かし。ですよね?」
「はいそーですね」
ハイジさんろれつが危うい。
「この24時テレビは、24時間もやるのではなく、ただ24時に放映する、というものなので、番組の本来の内容としてはもう終わりです。みなさんおやすみなさい。いい夢を」
ばいばーいと水原さんがカメラに手を振る。
「しかし終電が過ぎてしまったのでわたしたちは帰れません」
「はい」
「それでは……はい」
24時テレビ、終了。
マスカラスマンがハイボールを一気飲みし、飲みました! の合図かスッカァーンと誰もいない深夜の学校に響く音を立てる。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
意気消沈!
「まぁさぁ、お前らはいざとなったら歩いて帰れるよね?」
24時テレビの放送が終わってしまって一気にテンションがダウンしたハイジさんが我々に尋ねる。我々とはつまり、俺、良崎、マスカラスマンだ。それぞれ住む場所は練馬、練馬、西東京と、新宿のハイジさん、人形町の水原さん、住所不明の小林氏よりは大学に近い。
「いや、無理ですよ。雪降ってますもん。外は寒いんですよ。それにさぁ、酔っ払っちゃってるんですよぉ、こんな若い乙女がさぁ。帰り道に一人で泥酔してる女の子がいたら変態ヒャッホウですよ」
「確かにこんな夜中に女の子一人は危険ね。それにヒャッハーたちも酔っ払って気が大きくなってるだろうし」
ヒャッハーで通じるのか。通じるのである。ヒャッハーとは何か? 改めて説明するほどでもないだろうと思うが一応説明すると無法者、ならず者、積極的ダメ人間、パワータイプバカで、自分より弱いもの、見た目が及第点の異性、水、食料などを見かけてテンションが上がると脊髄反射でパブロフの犬のように「ヒャッハー!」と叫んで暴れ出す者たちの総称であり、多くは群れで生息する。外見的特徴としては半裸、モヒカン、肩パッド、鎖、ナイフや斧などの武器の携帯が挙げられるだろう。『北斗の拳』『ロボコップ』『マッドマックス』の世界や足立区などに多く生息するが、通りすがりの凄腕の拳法家やサイボーグ警察官に瞬殺されるように見た目に反して戦闘能力は低く、いかに面白く派手に散るかでヒャッハーの真価が試される。だが一般人よりは強いことが多いので、酔った女の子とかはヒャッハーの餌食になることが多い。
「わたしもお酒飲んじゃったから原付で三鷹のおうちにも帰れない」
水原さんは人形町の他に三鷹にも家がある。親戚の家だが人形町よりは物理的に近い。交通の便は悪いが水原さんには愛用の原付があるのでこれで通うことも多い。
「ハイ、ということで! 第一回! チキチキ! 始発まで真冬の無人大学探検ツアー!」
ハイジさんが無理やりテンションを上げた。
「はい……」
良崎は乗り気じゃなさげ。お酒のせいか? でも少なくともこのサークルはお前のテンション次第で回ってるところがあるからお前がやる気ないとみんなやる気出せないんだよ。
だが……
「普段は関係のない棟に行くのもなかなか面白そうじゃないか」
マスカラスマンが無理やりテンションを上げる。
「お前学部どこだっけ?」
「心理だ」
意外すぎる。
「理工系が極秘に開発してるロボとか見てみたいな。この機会だ」
「おっ、その意気だぞ。そうじゃないと朝まで持たないぞ。辛い辛いと思ってると本当に辛いまま朝まで辛い」
1セットの「」で括った中に「辛い」×4! どう転んでも辛いことは確定!
「じゃあ、マスカラスマン。頼んだぞ」
「ん? あぁ、わかった。エッちゃんだな。いいぞ。あの中は暖かいしな」
「いや、違う」
ハイジさんがクーラーボックスから牛乳パック×5を取り出した。
「誰がエッちゃん着るのかな? 牛乳バカ飲み対決~!」
ハイジさんが無理なテンションで宣告。
「あのね、俺ぁちょっと思ったんだよ。エッちゃんってなんだろうって。エッちゃんはみんなの友達だ。そうだろうマスカラスマン」
「もちろんだ。エッちゃんはみんなの友達だ」
「ああ。だからもちろん、そのみんなの中に、マスカラスマン。お前も含まれてる訳だ。だけど俺はお前がエッちゃんと仲良くしてるところを見たことがない!」
エッちゃん=マスカラスマン。ハヤタ隊員とウルトラマンが同時に別に存在してる訳がないのと同じだ。いや、1話とかそういう特殊な場面では別なこともあったけどさぁ。
「だからな、お前にもエッちゃんと仲良くしてほしい。今日はお前、エッちゃんに会いたいだろう?」
ははぁ~ん、とマスカラスマンが何かを悟る。
「いや、そんなことはないぞエッちゃんの活躍のほどは聞いているし、あれだ。メル友だし」
「っていうか俺が見たいのよ。お前とエッちゃんが手を取り合って盃を交わす姿をさぁ」
マスカラスマンはエッちゃんの中身であることに強い誇りを持っている。他の誰かがエッちゃん着ぐるみの中に入るくらいなら自分が着て練馬から羽田空港まで歩くと宣言するほどだ。
「と、いう訳でこの牛乳バカ飲み対決で勝利した者には、この暗くて寒くて怖い大学のどこかにいるエッちゃんを連れてきてもらう名誉を与える」
つまりこういうことだ。マスカラスマンに牛乳早飲みで勝て、と言っているのだ。
「お前は俺に何を期待してるんだ?」
マスカラスマン、5リットルの牛乳を前に完全に悟る。
「それではルールを説明しよう! 制限時間内、牛乳をひたすら飲め。一番多く飲んだ者にはエッちゃんを迎えに行く栄誉を与える。吐いた分も飲んだ分とカウントする。そしてこばやっちゃん。例のものを」
「ハイただいま」
小林氏がビニールがかぶさったカメラをマスカラスマンの前に設置。
「ここはやっぱり、男子でしかもプロレスで鍛えてるマスカラスマンの素晴らしい飲みっぷりが期待される。もうスプラッシュな勢いで飲むだろう。その飲みっぷりを期待してマスカラスマン専用防水カメラを設置する」
マスカラスマン、マスクの上からでもわかる。悲痛な面持ち。小声で何か言っているが良崎が呼吸困難で悶絶するほど笑い転げているのでなんて言っているかわからない。
「何?」
「お前は今夜俺に死ねって言ってるんだな。でも、俺頑張るから……」
マスカラスマン、漢。この寒い真冬の夜を始発まで待つというハイジさんの無茶な企画、酔った勢いもあったのか手助けする体勢に入っていたのに待っていたのは牛乳を飲んで吐いてその上エッちゃんを着ろという過酷な命令であった。それでも健気にマスカラスマンは使命を全うしようとしている。
マスカラスマン、孤独であんまりな仕打ちがスタートする。
【自己批判】
早くもいろいろ危うい。