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【やめるんだ! 利き手はやめろ! ブルガリア!】第1話 哀悼 陣内一葉さん2 ~甘き死よ来たれ~

 ……衝撃的な知らせだった。ハイジさんが今朝、都内の病院で息を引き取ったそうだ。

 思わず電話を落としてしまった俺は家族の「大丈夫?」という控えめな問いかけに虚勢を張って「大丈夫」と答え、自室に戻ってあのハイジさんが死んだのか、もうあの傍若無人な行動に振り回されることはないのかと無性に悲しくなり、自分が死んだわけじゃないのに青春時代が走馬灯のように脳裏をよぎって両の目から涙がこぼれ始めた。確かに俺は幾度となくハイジさん死ねと思ってきた。包み隠さず本人にその気持ちを伝えたことも幾度となくあった。だがあまりにも早すぎる死、少なくとも俺よりはあの人の方が長生きするだろうと思っていたのに……。


 故人の価値はどれだけ多くの人が故人の死を悼んだかで推し量ることが出来ると言う。その論に当てはめればハイジさんは多くの人から多くの愛をもらっていたのだと、お通夜で知ることが出来た。ディズニーランドに負けず劣らずの長蛇の列、絶えることのない参列者の涙。人生最大の好敵手の早すぎる死で人目もはばからず号泣する破天荒侍、薄ら笑いの消えた狼藉仮面こと変態デンテスト。旧姓水原さん(51歳)は誰よりも気を強く持っていたのか、目を真っ赤に腫らしながらも参列者たちに頭を下げてハイジさんの代わりに哀悼の意を受け取っていた。


「旅に出ようや」「バ~カ~野郎!」「そん中見てみろ、テント入ってるぅ!」「ぶっ殺す」「あっはっはっはリーベルトさぁん!」


 溢れんばかりの満面の笑みの遺影、そして安らかな死に顔を見てまた涙がこみ上げてきた。俺の青春は常にこの人と共にあった。だってこの人、結局俺が大学卒業した後も大学にいたんだもん。あの何よりも楽しかった大学生活を誰よりも長く満喫できたからこそ、この遺影と死に顔の笑顔があるのだろう。

 ハイジさん、ありがとう。あの世で権藤教授と二人で待っていてくれ。


「陣内……陣内……ッ」


 そしてお焼香の列で俺の前のヤツがなんかヤバいことしそう。まず服が白い。真っ白だ。そしてブツブツなんか言ってる。お前は花山薫か。そして他の参列者もちょっとヤツのヤバさにザワザワし始めてる。マスカラスマンこと烏丸くん、エーデルあたりのハイジさんのケンカ仲間は殺気立ち始めてる。そうだろう。バカだが愛すべきケンカ仲間、そしてハイジさんがバカとして引っ張ってくれてたからモラトリアムを延長して満喫できたヤツらだ。

 コンコン、カチャ……デロー


「!!!!」


 な、なまたまごだー! 前の白いヤツ、お線香になまたまごを慣れた手つきで綺麗に割ってぶち込みやがった! そして持っていたゴムべらで灰となまたまごをダマにならないようにかき混ぜる! 王監督に対し怒り狂ったダイエーホークスファンでもやらない蛮行中の蛮行!!


「貴ッ様ァ!」


「ブッ殺す!」


 烏丸くんとエーデルが怒鳴り声をあげるが親族の水原さんと二子ちゃんさんはあまりの出来事にあっけにとられている。この二人の反応が遅かったのは、お通夜に白服で来られてもなんだかんだで偲んでもらえると最後まで白服を信じていたからだろう。だが白服がとった行動は! なまたまごを慣れた手つきで割り、お線香の灰にぶちまけかき混ぜるハイジさんへの、いや、陣内家への冒涜! これは許されません!


「陣内ィィイイイイイイ!!!」


 叫ぶ白服! やべぇ、超恐い。やっちゃってくださいよ烏丸くん!


「烏丸くんもエヴァさんもやめてください」


 背筋を伸ばした毅然とした態度で水原さんが割って入り、肩をいからせてふしゅるるるると呼吸してパープルヘイズみたいになってる白服に頭を下げる。


「お引き取りください」


「陣内……陣内ィィィィ!!!!」


 パープルヘイズからブロリーみたいになっちゃった。だが白服も泣いている。悔しいのか悲しいのか。我々後輩にもあるくらいなので彼にも生前のハイジさんに恨みがあったことは確かだろう。その恨みを返す前に死なれてしまったのではやはり悔しいし悲しい、と良崎が言っていた。徐々に落ち着きを取り戻した白服は水原さんに促されるまま退場する。烏丸くんとエーデルも席に戻るが、俺はこの目の前のダマにならないようにかき混ぜられた灰でどうお焼香すればいいのか。


「……ィィィィイイイイイイ!!!」


 !!!


「陣ッ! 内ッ!」


 バシャーン!

 甘い匂いと吐き気を催すほど苦い味!  俺ごと香炉にかけられたこの液体は……バニラエッセンスだ! 振り向くと、さっきの白服が『チェルノアルファ』と書かれた緑色の空のバケツを持って立っている! あのバケツはチェルノアルファごっこの最適解と呼ばれる強靱バケツ20型! 20リットルの容量だ! そして鬼畜お姉さんのお菓子作りワンポイントレッスンを思い出した……


「バニラエッセンスは60ミリリットルで1350円もする高級なものもあるのよ」


 もし白服が使用したバニラエッセンスがその高級なものだとしたら……20リットルで、まぁ、それなりの値段はするだろう。並々ならぬ値段だろう! それだけかけてハイジさんに恨みを返したいか! もうブチ壊しだよ! 甘いにおいしかしない! そして俺はそのバニラエッセンスをもろにかぶってる! これクリーニングで大丈夫か? 絶対笑われるし「どうしてバニラエッセンスなんて被ったんですか」って聞かれて「先輩のお通夜で」なんて言ったらハイジさんの家が変な流派の宗教で冠婚葬祭する家だと思われてしまう!


「陣内!」


 今度は背負ったビールサーバーから白い液体を噴射! ほどよい甘さと脂肪分……生クリームだ! わかったぞあの白服……あの白い服はパティシエの服だ! アイツ、ハイジさんのお通夜会場で生クッキングしようとしてるんだ!

 ……わかったぞ。そうか。そういうことか、陣内! 貴様死んでいないな! これはドッキリだ! だから夫と兄の通夜をあれだけ荒らされても水原さんと二子ちゃんさんが冷静な訳だ! 身内の二人はドッキリだって知ってるから!

 そしてまだドッキリだと気付いていない烏丸くん、エーデル、さらにここまで大人しくしていた破天荒侍が三人で白服を取り囲む! 白服は三人のプレッシャーで次の一手が打てない!


「白服! パス!」


 空いたスペースに飛び出したのは! カード破産し、それが原因で娘の親権を持って行かれた上に居酒屋で人を殴って前科持ちになったバツ1の良崎だ!


「陣内!」


「陣内ィィィ!」


 白服からの絶妙なイチゴのパスを受け取った良崎がアリウープで香炉にイチゴをドーン!


「目を覚ませ陣内!」


「お前……」


 烏丸くんがマジギレ。学生時代は覆面のことが多かったのでなかなか気づかなかったが烏丸くんはマジギレすると顔が真っ青になるタイプだ。


「何やってるんだ! ここをどこだと思ってる!」


「ドッキリ会場ですよ!」


「拘置所に帰れ……」


 バツーン!


「上等ですよ腐れマスク……本物の葬式あげさせてやりますよ……お前のな!」


「もうやめて!」


 水原さんの悲痛な声が各所で勃発し始めている抗争を止める。


「もうやめて……。なんでそんなにひどいことするの、アンナちゃんも」


「だってこれドッキリでしょ? こんなことあるわけないじゃないですか! お通夜でパティシエですよ!?」


「警察を呼んで!」


「呼べるものなら呼んでくださいよ! いいトシしてこんなことしてるんですよこの人は! タイミング逃してるんじゃありませんよボケナス! 信じられないですよ!」


 棺桶にローキック! 良崎、一線を越える!


「信じられないのはあなたよ……」


 水原さん、泣き崩れる。いろいろあってもなんだかんだあっても良崎は可愛い後輩だったのに……。という絶望だろうか。やっぱりこれドッキリじゃないのかもしれないな。よかった、さっき白服にパス要求しないで。


「陣内ィィィィィ!!!!」


 良崎にマークが集中したので、手薄になった包囲網を白服が突破し、香炉の横に何かをタッチダウン! あれは……あま~いひと時をお届けするキャラメルソースヘーゼルナッツシロップチョコレートチップエクストラホイップのエスプレッソショット一杯を追加したホワイトチョコレートフラペチーノのグランデだ! スウィートでオシャレなティータイムが完成!


 そして数分後、警察が到着。ガチだったことが明らかになったが水原さんのお情けで白服だけが逮捕された。犯行の動機は未だに黙秘を貫いていると言う……。


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