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短いお話したち

隣人さんの手

作者: marron

 引っ越しの挨拶で呼び鈴を鳴らしお隣のドアを開けると、お隣の奥さんはペンライトのようなものを持って立っていました。

 私は何か違和感を感じながらも、わざわざ記憶を伸ばしてまで出来事を探ろうとはせず、隣人に引っ越しの挨拶を済ませました。新しい土地でうまくやるには、近所の方々と仲良くすることが何よりも大切ですから。

 どうやら、隣人さんは4人家族。ご主人は忙しく、なかなか家にいないとのことでした。

 安普請のアパートでしたが、隣人は静かなものでした。小学生くらいの子が二人いたはずですが、子どもの気配もほとんど感じられないような気がしました。足音も聞こえませんでした。ただ、洗濯機や掃除機や料理の音などは普通にしていましたから、多分我が家の音もそれなりにお隣に聞こえていたことでしょう。でもうるさいと言われることもなく、私たちは良好な関係を保っていました。



 この町に来てから、実は奇妙なことがありました。奇妙、と言えるかどうかは分かりませんが、そう思ったのです。それというのも、別に大した事件ではないからです。

 たとえば、近所の高層マンションから子どもが落ちた、けれども、ひとつも怪我をしていなかった、とか。

 公園から転がり出たはずのボールが、実は公園にあった、とか。

 酔っ払いが線路に落ちて、非常ボタンがおされたけれど、酔っ払いの癖にちゃんと電車を回避していた、とか。

 そんなようなことです。別に大したことではありません。見間違いだったのかも?というようなことなのですが・・・それでも、ちょっと考えると、そうだったっけ?というような奇妙さが残ると私は感じていました。



 ところがある日、私はもっと奇妙なモノを目撃してしまいました。

 会社からの帰りで疲れている私の目の前に、手がありました。駐輪場ですから誰が居てもおかしくありませんが、手は何かを拾っていました。だけど、身体が見当たりませんでした。最初は「なんだこれ?」と思いました。手だと思えなかったからです。でも、手から伸びる腕は上に伸び、上に伸び、駐輪場を越えていました。私が上を見上げた時に、その手は一瞬でヒュンと空に吸い込まれたように見えました。

 なんだったんだろう?夢?幻?

「疲れてんのかな。」

 そう思って、目を擦りながら家に戻り、そのことは忘れてしまいました。



 でも、その手はまた私の目の前に現れました。

 それは、ある雨の日のことでした。朝は晴れていたので、私は洗濯物を干したまま出かけてしまいました。ところが夕方に急に雨が降ってきたのです。私は洗濯物を気にして大急ぎで家に駆け戻っているところでした。

 角を曲がってアパートのベランダが見えたとき、私は目を疑いました。

 以前見た「手」がうちのベランダにいたのです。いた、というとちょっと変ですね。でも、手は我が家の洗濯物を軒下にかけて、その上に大きなビニール袋をかけていました。

 手だ。と思いました。そしてその先の腕を探すと、腕は隣の家のベランダから伸びていました。そしてウチの洗濯物が濡れないようにしてくれていたのです。



 隣人さん。隣人さんはただものではない。

 腕の伸びる、もしかすると身体が自由自在に伸びる、何か、理解できない生物のようです。でも、気味悪くはありません。だって、ウチの洗濯物を入れてくれてたのですから。良い隣人さんです。

 私は記憶を伸ばしてほんの少し過去を探りました。マンションから落ちた子どもも、公園のボールもホームから落ちた酔っ払いも、隣人さんが助けたことを私は知りました。

 隣人さんは腕が伸びる人間。私は記憶が伸びる人間。消された記憶も、過去を伸ばせば私にはわかるのです。隣人さんと私は同類です。これからも良い関係を保っていくことでしょう。ここに引っ越してきて良かったと私は心から思いました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「世にも奇妙な物語」のような、とても不思議な読後感でした。 少しホラーっぽいのかと思いきや、隣の人の親切なんですね。読み進めていくうちに、隣の人の優しさを感じました。良き隣人に出会えて幸せ…
[良い点] 隣人さんの手 拝読させていただきました。 はじめの「記憶が伸ばして……」で「うん?」と思い、最後はなるほどと納得のお話でした。 不思議な隣人さんは作中一言もしゃべったり、手以外には姿も見…
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