08:「現実の厳しさ」
今回も3000文字ぐらいなので短めです。
キリが良かったので切りました。
後、一応警告しときます。この話は不快に思われたり、気分を害してしまうかも知れないのでお気をつけて。
身体が重い……息が苦しい……腕が痛い。
目を覚まして思ったのはそればかりだった。
薄く目を開ければ、そこは見知らぬ暗い洞窟の中。
身体を起こそうと思ったけど、身体が動かない。
駄目か、と諦めた時、幼い声が頭の中に響く。
『ユウキ起きた!?』
可愛らしい小さな風の精霊、シルフが僕の顔近くに迫っていた。
「うん。身体の、あちこちが、痛いけ、どね」
『む、無理して喋らなくていいからね? 一応、怪我に効く薬草を取って来たし、そのパンパンに膨れちゃってる腕は固定しといたから』
仰向けの状態の僕は、顔を下に向くと、左腕が横に曲がった状態でぶら下がっていた。マフラーを腕に乗せて、首に巻いている状態、まぁ所謂、腕を骨折した時によく見るあの状態のことだね。
その腕には沢山の薬草が張られていた。恐らくこれが怪我に効く薬草なのだろう。
胸や足、様々な所に薬草で固められていた。
う~ん、薬草臭い。
でも、シルフにはお礼を言わないと、これだけの薬草を取って来てくれた事、オークから助けてくれた事、僕の心配をしてくれた事を。
「ありがと、シル、フ」
『だから無理しなくていいから! 私は気にしてないし、ユウキに死んでほしくないし……』
「大丈夫、だよ。僕、は、いき、のこってみ、せる、から」
『その言葉が聞けて少し安心したよ』
シルフの無邪気な笑みに、僕は微笑みながら、聞きたい事があったのを思いだし、シルフに問う。
「あの、二人は?」
『ッ! アイツら!? アイツらはユウキを置いてどこかに逃げてったよ! ホント信じらんない』
可愛い顔が、怒りで少し怖くなってる。シルフが怒る理由は、わかる。それは誰だって見捨てられたら怒るよ。
シルフはそれだけ僕の事を思ってくれていたんだ。僕の代わりに怒るぐらいには。
けど、あの二人が僕を見捨てる事は覚悟していた。あのオークから逃げる時にね。
僕は動けない状態、あの二人も少なからず怪我をしていた筈だ。しかも、オーク達が僕らを探しに森の中を徘徊している可能性は高い。
そんな状況で、僕を見捨てるという選択は、残念ながらあってもおかしくはないのだ。
僕は静かに首を横に振り、シルフに言う。
「許して、あげ、て」
『何でよ! アイツら次会ったら、絶対にけちょんけちょんにしてやる~~~』
シルフは小さな拳をグッと握りながら唸る。
僕はそれを困った笑みで見る事しか出来ない。今のシルフに言っても無駄そうだね。
仕方ないと諦めた僕は次の質問する。
「じゃあ、オークの、時に、逃げると、きに、使った、魔法は、今は、使える?」
『う~ん、まだ無理そう。ユウキの魔力が回復していないから』
「そっか……」
僕は小さく溜息を吐く。
使えたらこのまま洞窟抜けて町に戻りたかったけど、やっぱりそう都合よくはいかないよね。
残念だけど、他の手を考えるしかなさそうだ。
目を瞑り、体力の回復を専念しよう。いまは。
「シルフ、また、眠る。なに、か、あった、時は、おこ、して」
『わかった。ゆっくり休んでね!』
シルフの声を聞き、僕は目を瞑ろうとした時、何か大きく揺れる感覚がした。
何か重いモノが歩いた時に揺れる、あの感じ……まさか!?
痛い身体をムリヤリ起こし、僕は洞窟の入口を見る。
――そこには猪顔で、でっぷりとした腹を持ち、太い腕と足を持つ、オークが立っていた。
僕は目を限界まで見開き、現実の厳しさに、悪態を吐きたくなる。
なんでこう、最悪なタイミングで出てくるんだよ!
オークはニタァ……と、あの時見た嫌な笑みを作る。
焦りや恐怖が蘇る。
身体の震えが止まらない。
歯がカチカチと音を鳴らし、痛くてたまらないのに腕に力を入れてしまう。
僕が恐怖に呑まれていると、シルフが大きな声で言う。
『大丈夫! 私がユウキを守る。守って見せる!』
シルフはそう言うと、呪文を詠唱する。
『風よ! 敵を切り裂く刃となれ《疾風刃》』
あの時ナンパ男に使った魔法だ。
シルフの手から風が生まれると、オークの身体に風の刃が襲う。
オークの身体に切り傷が沢山出来る。
だが、それはあのナンパ男の様に吹き飛ぶ事も、傷つき倒れる事もなかった。
そこには痛みに呻く姿ではなく、厭らしい嗤いをするオークしかいなかった。
『そ、そんな、あれが効かないなんて……!?』
シルフの動揺に、僕も信じられず、我が目を疑った。
破壊力は弱くないはずなのに、まさか、あの脂肪の塊が風を防いだのか? 呆然と見つめる事しか出来ない。
もう、シルフに魔法を使わせる程の魔力が残っていない。
体感でわかる。さっきよりも身体が重いのがその証拠。
逃げる為の体力も魔力もない。
抗う術は……最早、ない。
ゆっくりと歩いてくるオークを、下から眺めている事しか、僕には出来ない。
シルフが横で何かを言っている気がするけど、僕の耳には聞こえない。
音が無くなった。
痛みがない。
なんでだろう。
目の焦点が合わない。
僕は何をされている?
「ブホォォォォォオオオ!!!!」
オークの叫びが洞窟を支配する。
それは歓喜か、それともいままで手こずらせてきた少女に対する怒りか? それを知るのはオークのみ。
少女の腕を、足を押さえ、オークは少女の顔をその汚らしい舌で這わせる。
まるで味見をしているかのように。
鼻息荒く少女を見るオークの目は血走っていた。
それは食欲なのか、それとも……肉欲か。
オークは興奮していた。
少女の身体に興奮していたのだ。
少女の身体を優しく撫でる。壊れないように優しく、だけどそれはオークにとっては、だが。
少女は苦しいのか、呻き声を上げる。
それでも止まらないオークは、遂に自分の一物を外に出す。
それでも、少女は動かない。
その目から涙が零れる。
けれど動かない。
最後に呟いたのは。
「たす……けて」
掠れた、涙声だった。
オークはそれに気づく事もなく、少女を蹂躙しようとした時、洞窟の入り口から、男の雄叫びが洞窟に響く。
「アァァアァアァァアァァアアア!!!!」
その男は、騎士の鎧をまとい、紅い髪を逆立たせた騎士……アルスだった。
アルスは怒りの形相でオークの腕を片方切り落とし、そのまま強烈な蹴りでオークを横に吹き飛ばす。
「ブヒィィィィイイイイ!!??」
オークは壁に身体を打ち付け、突然襲われた事に驚きと、腕を失った事に悲鳴を上げた。
「黙れ。糞豚が!」
アルスは痛みに喚き散らしているオークに接近すると、首を叩き斬る。ゴトッと首を飛ばしたアルスは、死んだオークの事など気にせず、倒れて動かない少女――ユウキに急いで近寄る。
「ユウキ、頼む。これを飲んでくれ」
アルスは腰に入れておいたポーションを取り出し、閉じられた蓋を開けてユウキの口に入れるが、ポーションの液体はユウキの喉を通らず、唇から地面に零れてしまう。
「くそ……すまんユウキ、許してくれ」
アルスはそれだけ言うと、ポーションを口の中に含み、ユウキの唇に自分の唇を重ねる。
その時ユウキの身体がビクッと震えるが、直ぐに収まり、為すがままとなる。
「これで……後は見る限り分かる所にポーションを掛けるか」
アルスはそれだけ言うと、残ったポーションを腕や胸、足に掛けると、ユウキを背負う。
「アルス! ユウキは!?」
「無事……とは言えない。助けるのが後れた」
「い、生きてるよな?」
「生きてはいる。が、心はわからない」
アルスの返答に、ガンツは手から血を出すほど握ると、囁く様な声で、そうか……と呟く。
「急いで帰るぞ。早く安全な所で休ませたい」
「あぁ、わかった。じゃあ行くぞ。洞窟の外にイルがいる」
アルスは頷くと、二人は洞窟を出て行き、街へと帰った。