06:「僕は馬鹿なんです」
オークの鳴き声が響く。
家畜の豚の様に常に鳴くオークだが、それなりに生活環境はあるようだった。
荒い作りだが木で作られた家があちこち建てられている。
だが、臭いが酷く、獣臭さと糞の臭いが混ざった気持ちの悪い空気がこの集落を充満しているという最悪な環境だが。
そんなオーク達は今、宴を開催していた。
オークの宴の主役になるのは、人間の肉だ。
つまり、今集落の中心に寝転がされている人間三人は、オークに食われる哀れな人達なのだが、ま、その哀れな人は僕も含まれているのだけどね。
つい先ほど目を覚ましたら、既にオークに囲まれて宴が始まろうとしていた。
まさに悪夢だよ。
しかも、肋骨は折れているのかひびが入ってそうだ。息が苦しいのがその証拠、左腕も力を入れると激痛を感じている。こっちはひびだな。一応動かせるから折れてはいないはず。
かなり追い込まれた状況なのは確かだ。
オークに目覚めた事を悟られないように倒れた状態で自分の身体の状況を知ったけど、不利な事以外は何もわからずじまいだ。
幸いまだオーク共は僕達を食おうとしていないから時間はまだある。
その間にこの窮地から抜け出す算段を立てないと、僕の人生ここで終わる。
焦るな。とりあえず、シルフを呼ぼう。彼女がいればもしかしたらこの窮地も脱する事が出来るかもしれない。
「シルフ、きて」
掠れた声で何とか出した声に、果たしてシルフは来てくれるか……。
『やっと呼んでくれた~~ってどしたの!? そのボロボロな姿、それにここって、オークの集落?』
よかった……シルフが来てくれただけで僕は嬉しくて目から涙が流れる。
『ちょちょ、ユウキこの状況はどういうこと? 私がいない間にかなり危険な状況になっているみたいじゃん』
シルフが慌てたり心配してくれる事は嬉しいけど、今はシルフに聞かなければいけないことがある。
「シルフ、ここにいる、オークに勝つ事は、出来る?」
くっ……声が上手く出ない。痛みが強くなってきてる。早くしないと折れた所から炎症を起こして熱と痛みで気絶しちゃう。いや、もう炎症は起きてる。急がないと。
『オークだと厳しいかな。というよりユウキの魔力が足りないの、私が魔法を使えるのはユウキの魔力のお陰だから』
「なるほ、ど、じゃあ、シルフに何か、いい、作戦、てある?」
『空を飛んで逃げる事は出来るよ? てかそれでいこう。早く逃げようよ』
「それ、は、私以外、も可能?」
『え? まさかそこに倒れている人間を助けるってこと?』
シルフの声は若干呆れている。確かに、僕がこんな状態で余裕も気力もないのに、人の心配なんてしてるんじゃないって思われるのも仕方ない。けど、僕は馬鹿だから、助けられるのなら助けたいって思っちゃうんだ。
「それ、で、できる?」
『オークからは逃げ切れるけど、街までは無理、たぶんここは森の奥深くだから』
「十分、だよ。この、窮地から、出れたら、生きの、これる、かのう、せいは、はぁ、あるはず」
息が苦しい、腕が痛い、頭がボ~とする。
本格的に余裕がない。
早くシルフに、言わないと。
「シルフ、お願い、私と、他の二人を、風で、運んで」
『あぁもう! わかったからもう喋らないで! 運ぶから』
「あり、がと」
「はぁ~~~馬鹿なんだから、自分だけ助かりたいと思っても誰も貴女を非難する訳ないのに、自分が一番危険な状態なのに……もういいよ。じゃあいくよ』
シルフは小さな手を上にあげると、呪文を紡ぐ。
「風を纏い空を飛ぶ翼よ!《風の翼》』
シルフが呪文を唱え終わると、僕と他の二人の身体が浮き、オークが手を伸ばしても届かない所まで飛ぶと、逃げるように速度を上げて集落から脱出をするのだった。
オーク達は最初、茫然と僕達を見ていたが、逃げた瞬間オーク達の顔に、ハッキリと怒りの形相を浮かべているのを見た。
これは素直に諦めてくれるかわからないかも。
「ごめん、シルフ、後は、頼んだ、よ」
『ユウキ!?』
僕は重くなる瞼に抗う事が出来ず、そのまま意識を落としたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~
「なに!? オークがシルト森林に出ただと!? そりゃあホントか!」
ギルド内で大きな声が響き渡る。
声の発生源はガンツ、彼が驚くのも理由がある。
シルト森林は比較的安全な森で、魔物もそこまで多くなければ、オークなど住みついていない安全な森なのだ。
ましてや、オークはシルト森林ではなく、シルト森林とは逆方向にあるハードシップ大森林に生息しているはず。
それが何故? と、疑問に思うガンツは、一度顔を振ると、話しを聞かせてくれた男女“二人”に礼を述べる。
「情報の提供感謝する。ライク、イル」
「い、いえ」
「私達は当たり前の事をしたまでですよ」
ライクとイルの表情は何故か暗い。
何か、罪悪感を感じている様な、そんな顔をしている。
ガンツはそれを見抜きながらも直ぐには問わず、笑い飛ばしながら話を進める。
「ガハハハッ! そう謙虚にすることもない。お前達のお陰で被害がこれ以上大きくなる前に防げる。これからギルド職員がお前達にオークの情報を提供してくれた報酬が来るはずだ。それを受け取ったらゆっくり休むがいい」
「は、はい!」
「やっと休める」
二人は安堵している所で、ガンツは今一番気になっている事を二人に問う。
「なぁ二人とも、こんぐらいの背の少女を見なかったか? 髪は肩に掛かるぐらいで、髪の色は黒だ。目はクリッとしててパッチリした可愛い奴なんだが……」
「ッ! い、いえ見てません」
「わ、私達はこれで」
どう見ても何か知っている反応を見せる二人に、ガンツは低い声で二人を止める。
「おい、知っているなら今の内に言っておいた方がいいぞ。俺は我慢するのがどうも苦手でな?」
「「ヒッ!」」
ガンツの強面な顔に大きな身体で凄まれた二人は恐怖で顔を引きつらせる。
「あの……」
「おい馬鹿、ここで言ったら」
「言ったら? なんだって?」
「うっ!」
ガンツの睨みに、最終的に観念した二人はポツポツと話し出す。
「俺達はそのガンツさんが言う人に助けられたんだ」
「その子がオークの集落から脱出させてくれたんです」
「それは本当か!?」
「はい。オークの集落から無事脱出した私達は洞窟に隠れてオークの追ってから身を隠していたんですが……」
ガンツは愕然とした。ユウキがオークの集落から脱出できる力を持っている事、そしてそんな力を持っていながらこの街に帰っていない事に、イヤな予感がする。
ガンツは話の続きを促すと、イルは話す。
「その子はとても重症を負っていたんです。腕は大きく腫れていて、恐らく骨を折っているかひびが入っているかと、息が辛そうでしたから他にも怪我をしているかと思います。高熱を出して寝たまま動かなくなっていました」
「おめぇら、そんな重症を負った少女を見捨ててノコノコ此処に帰って来たのか!」
「し、しかたねぇだろ! 俺達だって少なからず怪我をしていた。しかも、足手まといを連れてここまで来れる可能性は低い、オークか他の魔物に襲われればお終いだからな。そうだ、しかたなかったんだよ!!」
ライクが喚きながら俺は悪くないと言い続ける姿に、ガンツは手を痛いほど握り、ライクの顔面にその拳を打ち抜く。
「がはっ!」
鼻血を撒き散らして壁にぶつかると、そのまま身体を痙攣したまま白目を向く。
それを間近で見ていたイルは、顔を青ざめ、身体をブルブルと小刻みに震えさせる。
その間にガンツは必死に自分を抑える為に深呼吸を繰り返し、冷静さを取り戻そうとするが、中々怒りは冷めてはくれない。
(クソがっ! 確かに冒険者としてはいいだろうよ。その判断は、だがな、人間としては最低だ。馬鹿野郎!)
別にライクはギルドに違反している訳じゃない。仲間でもない奴の命を見捨てる事は冒険者にはよくある話だからだ。
だが、それでもガンツは我慢する事が出来なかった。
ガンツは自分の足に拳を振り下ろしてから、一度大きく息を吐く。
「ふぅー……うし、話しの続きをしよう。その洞窟の所までお前案内しろ」
「え? む、むむ無理です」
「おい、なに勘違いしてる? これはお願いじゃない。命令だ」
ガンツの鋭い眼光に、イルは蛇に睨まれた蛙の様に固まる。
そして、ゆっくりと首を縦に振る。
「よし、なら早速行くぞ」
「も、もうですか? しかも夜ですよ!?」
「夜だろうと関係ねぇ。事態は一刻を争うんだ。急ぐぞ」
イルの腕を引いてギルドを出ようとした時、そこには守備隊の隊長であるアルスが唖然とした顔で立っていた。
「ガンツ……その話は本当か?」
「なんでおめぇがって、オークの事か?」
「違う。話に出て来た少女だ。まさか、その少女はユウキなのか」
「おめぇユウキを知ってるのか?」
「そんな事はどうでもいい! その少女はユウキなのかと言っている!!」
ガンツはアルスの必死な顔に、驚きを隠せないでいた。
それは普段の彼を知っているからこその驚きだ、いつものアルスは冷静沈着、どんな事にも冷静に対応して見せるのが彼なのだから。
「恐らくだが、その少女は十中八九ユウキだ。ゴブリンの討伐依頼でシルト森林に行ったんだが、帰って来ていない。それに、こいつ等が言っていた外見の特徴は完全にユウキに一致している。最悪なことにな」
「俺も行くぞ」
「お前は守備隊の仕事があるだろ」
「大丈夫だ。交代の時間で今は暇している」
「おめぇなぁ……はぁわかったよ。なら行くぞ」
「すまんな」
無表情で謝るアルスに苦笑いを浮かべるガンツは、イルを連れて外に出たのだった。
次回はアルス視点です。