05:「油断」
調子が良いので本日も二回目の投稿。
あれから六日経つ。
ガンツさんの厳しい(やっぱり)訓練で身体を酷使し、六日とはいえ僕の動きは見違えるほど変わった。
逆に言えば六日という短い間によく“見間違えるほど”変わったものだと思う。
ガンツさんの指導能力が素晴らしいのもあるし、僕のスキルに身体能力強化があるからという事もあるだろう。
走れば走るほどスタミナ、速さが上がっている気がする。
剣を振り続けば振り続ける程、腕の力、剣を振る速度が上がる。
そして、なにより、ガンツさんと模擬戦をしていて気が付いた事がある。僕の身体が『普通』じゃないという事だ。
と言うか、普通の基準は僕にも明確にはわからないけど、それでもおかしいと思える程、物覚えが良すぎるんだ。
僕、自慢にならないけど運動神経は良くはなかったんだ。
アウトドアじゃなくてバリバリのインドアな僕がここまで成長するのは普通に考えて、ありえない。
女神様の配慮かな? 僕がこの世界で生き残れる様に、女の身体になった時に根本的に肉体を変えてくれた? イヤ、運動神経を変えるなら脳をいじらないと駄目だから、僕の脳を少し変えたのかな……女神様なら不可能じゃない。
どれだけ身体を強くしても、運動神経は良くはならないと聞いた事がある。要は、脳が良くないといけないんだ。元々身体を動かすには脳が必要なのだからね。脳が危険信号を出す事で避けたりするんだ。身体がどんなに筋肉モリモリでも、脳から送られる信号が的確じゃなければ避ける事すら出来ない。
不思議だよね。
それを考えると、僕の脳は前の様な構造じゃないってことだ。
違和感はあるけど、女神様には感謝だね。
女神様の配慮のお陰で、男の子なら誰でも憧れる剣を扱えるようになった。
まぁ扱えると言ってもまだ素人だけどさ。
それでもゴブリン相手なら遅れは取らないと言ってくれた。まぁ冷静ならなってガンツさんは言っていたけどね。
因みに、今は剣を中心にして特訓している。短剣で接近戦しようと思っていたけど、思ったよりも自分が動ける事がわかったからちょっと変えたんだ。
接近戦は剣、遠距離は弓と精霊魔法、こんな感じかな? 僕の今考えた戦闘スタイルは。
あ、それと僕が今泊まっている場所はマスターの酒場だよ。
やっぱり知っている人がいる所が安心できるからね。でもただで寝泊まりはしてない。ちゃんと店の手伝いをしているから。
長々と近況報告した訳だけど、僕は今、ある依頼をしている。
その依頼とは…………ゴブリン退治だ!
初めての討伐依頼、だけど、これは不特定多数の依頼で、数は多くても少なくても大丈夫である。ただ、多ければ報酬が多いと言うだけ。
ま、前まで荷物運びとか動物の世話やトイレ掃除とかそういった依頼しかやってこなかったからいつものより張り切ってるかな。
緊張感のある依頼、命のやり取りなのだから当然の話しだよね。
ゴブリンとはいえ、甞めてかかったら死ぬ。
だから、僕はガンツさんにゴブリンの知識を教えてもらった。
まず、ゴブリンとはどういった見た目なのか?
背はだいたい百二十程度、肌の色は緑、目玉は大きく少し飛び出てるのが特徴らしい。
グロイよ……。
ま、まぁそれはおいといて、次、ゴブリンは集団、およそ三体から四体で動くらしい。
武器は錆びたナイフや木の棒と小物を使い、攻撃してくる。ただ動きは単調だから倒す事自体は難しくはないとのこと。
一番やっかいなのは集団で襲われる事、どれだけ単調でも複数からの攻撃は避けきるのは厳しい。だから素人でゴブリンから上手く立ち回るのなら一対一に持ち込む事、これがガンツさんの教えだ。
つまり、囲まれなければ逃げてゴブリンを散り散りにし、一体ずつ確実に倒していく。これが常套手段らしい。
ゴブリンの足の速さは僕が考える程早くはないと、ガンツさんが言っていた。
これがゴブリンに対する知識かな。
そして、僕は今森の中に入っている。
空は雲一つない青空、ふんわりと風が吹き、肌に当たるが、寒くはなく、丁度良い暑さなため、逆に気持ちいいぐらいだ。
地面はでこぼこしていて、辺りは雑草が生えている。
周りの木のだいたいは大きく、立派に育った木だ。
木を見上げればどこまで続いているのかわからない。まぁ葉っぱで隠れているだけなんだけどね。
僕の腰にはガンツさんから貰った剣がある。何も装飾されていない、鉄の剣、それでも剣が貰えるとは思わず最初は嬉しくてその場で飛んでいたよ……滅茶苦茶、恥ずかしい目にあった。
ガンツさんに爆笑されて、周りの人達にも笑われたわ。しばらくの間ガンツさんの後ろで、隠れながら顔の火照りを冷ましていたよ。
って、そんな事はどうでもいいんだよ。と、取り敢えず僕には武器がある。これでガンツさんに教えてもらった剣技と攻略法でゴブリンを退治してみせる。
それと、今回、精霊魔法は使わない。
効率悪いと思われるけど、これは僕一人でやらなくちゃいけないからね。まぁ、ホントに危険だと思ったらシルフを呼ぶけど、それは本当に駄目だと判断した時だけだ。
草を剣で斬りながら進む僕は、周りを注意深く警戒し続ける。
これが僕の精神を疲弊させる。警戒を解けば襲われるかもしれない。けど、ずっと警戒し続ける事は出来ない。
まだ僕はこういった事に慣れていないから仕方ないけど、これは慣れるのに時間が掛かりそうだ。
額から汗が流れる。
ふぅ……知らない内にだいぶ疲れてしまっている。どこか休める所を探して一度小休憩しよう。
僕は適当な木に座り、アイテムボックスから水筒を取る。
キュポンッ! っと良い音を鳴らし、蓋を開け、ゆっくりと喉に水を流す。
はぁ~生き返る。
自然と息が吐かれ、空を見上げた。
空は今も眩しいぐらい光を放ち、豊かな木々の香りと野鳥のさえずりを風が運ぶ。
気持ちいいな。
自然に見惚れていると、近くから聞き慣れない鳴き声が聞こえる。
「ゲェヒ、ギャギャグ」
その声は、聴くだけで不快になる。僕は知らず腰に差していた剣を抜き、慎重に声が聞こえた場所に向かう。
地面の枝に気を付け、足音を極力出さない様に進むと、声はだんだんと大きくなり、その鳴き声を出している存在の姿が見える。
低い慎重に緑色の肌、ギョロッとした目に涎を垂らしている醜悪な顔、ゴブリンだ。
数は……三体か。まだ少ない方だ。
どうする。
手汗を拭い、僕はゴブリンを観察しながら思案する。
まず、ゴブリンをどう離れさせるか、だね。
近くに手頃な石がある。石で誘導して、ゴブリンをバラバラにしたところを襲う。これはありかな。
足元にある子供の拳サイズの石を拾い、僕は投擲する。
狙いは誰もいない右側だ。
ガサガサッ! っと草に当たった音が鳴ると、ゴブリン達は音が鳴った方を警戒する。
すると、二体のゴブリンがその場所に警戒しながら近づいて行く。
僕はそれがチャンスだと思い、音を鳴らさず残っているゴブリンの背後に回る。
緊張のせいか、心臓が煩いほど鼓動する。
なんとか隠れながらゴブリンの後ろに辿り着けた。だが早くしないと二匹のゴブリンが帰って来てしまう。
僕は意を決し、最初は音を鳴らさず進み、最後はダッシュでゴブリンに接近する。
流石にゴブリンも足音に気付き、後ろに振り返るが遅い。
僕は上段から真っ直ぐ、ゴブリンの脳天に向けて振り下ろす。
グチュッ! と嫌な音を鳴らし、ゴブリンの頭に半分ほど剣が減り込む。
即死だった。ゴブリンは声を出す事も出来ず絶命する。
僕は初めて生き物を殺した事に罪悪感を感じたが、今はそれどころじゃないと顔を振り、剣を引き抜く為にゴブリンの背中を片足で踏み、その反動で剣を引っこ抜く。
剣を回収した僕は急いで木の後ろに隠れる。
息が荒くなりながらも深呼吸を繰り返し、ゴブリン達を観察する。
数分して二体のゴブリンが帰って来ると、仲間がやられている事に気付いた二体は、動揺した様に辺りを確認する。
だが、わからないのか、不快な鳴き声を出すだけで僕を見つけられないでいる。
よし、順調だ。
僕はゴブリンの警戒を止めずに足を動かした時、ミスを犯してしまった。
枝を踏んでしまったのだ。
バキッと音を鳴らした事に気付いた僕の反応は早かった。
ゴブリンを確認しながら後ろへと走ったのだ。
ゴブリンも僕の存在に気付いたようで、脇目もふらずにこちらに走りよってくる。
が、そこまで走るスピードがないのか、僕との距離がドンドン離されていく。
これならまた隠れて同じ事が出来そうだ。
少し余裕が生まれた。
だがその余裕は油断となってしまった。
ゴブリンから逃げるというだけしか考えていなかった僕は、他に敵がいる事を忘れていたのだ。
ゴブリンが追いついているか後ろを振り返り、離した事を確認を終えた僕は前を向いた時、そこには二メートルを超える二足歩行の猪……オークがこちらに向かって走って来ていた。
驚愕した僕は横に逃げようと方向を変えると、オークも僕を追い駆ける様に方向を僕に変える。
太っているから遅いと思っていたが、オークのスピードは遅くなかった。徐々に僕の距離を縮めている。
その事実が、僕の心を焦らせる。
精霊魔法を使って撃退すればいいのに、僕はその事すら頭になかった。
ただ逃げる、と、漠然とした考えで走っていた。冷静さを欠いている。冒険者は冷静さを失えば死が待っている。その事を忘れていた。
焦りのせいででこぼこした地面に足が取られ、勢いよくこける。
口の中に砂が入り、足を擦り剥いてしまう。
それでも後ろから来る恐怖に、僕は構わず走ろうと立ち上がろうとした時、影が差す。
ゆっくりと、後ろに振り返ると、そこには鼻息を荒くしたオークがこちらを厭らしい顔で見ていた。
「あ、う、あ……」
口がパクパクと意味もなく開いては閉じてを繰り返し。そんな僕にオークは容赦なくその太い丸太の様な腕で僕を吹き飛ばす。
「ぐぁっ!」
身体ごと木に叩きつけられ、ズルズルと下に落ちる。
たった一撃で僕の意識は朦朧となり、体中の骨を軋ませる。
こ、このままだと殺される。
逃げなきゃ……逃げないと……。
そう思っても僕の身体は動かず、意識が薄れていく。
こんな……所で。
僕が見た最後の光景はオークの不気味な笑みだった。
物語りを動かすのは難しいですね。進み具合も自分が思っているより遅いし……他の作者様の小説を見て勉強しようと思います。
評価つけてくださり、ありがとうございます!