09:「僕と僕?」
追記『明日の3月3日の投稿が少し遅れてしまいます。すいません。恐らく、早くて昼頃、遅くて夕方以降になりそうです。それまで、誠に申し訳ないですが、お待ち頂けると助かります』
生きる事を諦め……抗う事を諦め……夢を目指す事を諦めてしまった。
僕は暗くて寂しい世界で、母親のお腹の中にいる胎児の様に、身体を丸めて、目を瞑っていた。
もう、なにも考えたくない。
もう、生きてる事に絶えられない。
もう、痛いのはイヤ。
もう、嫌な思いをするのはイヤ。
僕はこの世界にずっといる。
ここは痛くも、嫌な事も、哀しい事も、絶望もない。
ただ、ただそこにいるだけでいい。
――それでいいの?
それは少し前までは良く聞いていた少年の声、弱くて毎日ビクビクしながら生きてきた少年の声。
僕は声の主を確かめる為に目を開ける。
そこには僕が良く知る少年が、柔らかい笑みで僕を見ていた。
『やぁ……僕』
この世界に来る前の僕が、確かにそこにいた。
信じられず、瞼を何度も開けたり閉めたりを繰り返すが、そこにいる少年は変わらずそこにいた。
『ふふっ驚いてるね。でも、何も不思議な事はないよ。僕は君がこの世界に来てから作られた存在だから』
どういうこと?
『言った通りだよ。君が女に変わった時、僕と言う存在が生まれた。男だったユウキがね』
笑みを絶やさず話すもう一人の僕、話しは続けられる。
『それで、君は全てを諦めるの? 母親となる夢も、強くなるという夢も、幸せとなる夢も……赤ん坊を産むという夢を』
……僕には、無理だったんだよ。僕である君ならわかるでしょ? 僕の気持ちが。
『わかるよ……君は僕だから、でも、僕なら諦めないよ』
なぜ?
『そんなの決まっているよ。夢を叶えたいって思うし、それに』
そんな簡単じゃないんだよ!! 君は僕であるのかも知れない。けど、僕が味わった苦痛、恐怖、絶望を実際に君は間近で感じた事はないでしょ!?
『確かに、君の言った通り。実際にはないよ。でも、これだけはわかる。君が苦しんでいるってことは』
それなら……それならほっといてよ。僕に構わないでよ。
『それが君の幸せとなるなら、僕は何も言わなかったよ。けど、違うでしょ? 君の心はそうは言ってない』
ふっ……君は僕だから?
『そうだよ。僕は君と同じ、だからわかる。君は本当は諦めたくはないって、そう言ってる』
微笑みを絶やさず話すもう一人の僕に、僕はイライラが募っていく。
もう黙っててよ! 僕に話しかけないで。
『それは出来ないかな。僕は君だって言ったよね? 夢を叶えて欲しい。幸せになってほしい。それにさ。君の事を心配して待ってくれている人たちがいるのを、忘れていないかい?』
僕を待ってくれている人たち?
『そう。君の身を案じ、君が目覚めるのを待ってくれている優しい人たち』
胸に手を置きながら話すもう一人の僕は、優しい目で僕を見据える。
だけど、僕は、首を横に振った。
『恐い? 目覚めたらまた厳しい現実を見なくちゃいけないから』
恐いに決まっているよ。
『そうだね。恐いだろう。でも、いつまでも逃げ続けるの? この、暗くて、君以外誰もいない寂しい世界に居続けるの?』
寂しくても、ここは安全で、恐くない。
『殻の中に閉じこもったまま、君は一生を終えるのかい?』
僕はそれを望んでいるよ。
『強情だね君は。君がこの世界に閉じこもっている間に、君の身を案じてる人たちは、日に日に衰弱しているんだよ?』
そんな……一週間も一緒に過ごしていない僕にそれだけ思ってくれる人達なんて。
『いるんだよね、これが。君が目覚めるのを待ち続ける人達が。シルフ、マスター、ブレハさん、ガンツさん、そしてアルスさん。あの人達は君をずっと待っている』
何で。
『君が大切だからじゃないかな? 例え短い時間でも、君とあの人達には確かな絆があるはずだ。君は、あの人達が大切じゃないのかい?』
そんなわけない! あの人達は、見ず知らずの僕を助けてくれたり、まるで、家族の様に接してくれたりしてくれる大事な人達だ。大切に、決まってる。
『ふふ……そうだよね。じゃあ、そんな大切な人が今苦しんでいるとしたら、君ならどうする?』
助けたいって思うに決まって……。
僕は最後まで言う事が出来なかった。気付いてしまったから。
『うん、そう言うと思ったよ。じゃあ今君がこうしている間に、大切な人達は苦しんでいる。それでも君は、ここに残るのかい?』
それは。
『大丈夫。君は強くなれる。心も、身体も。言ったでしょ? 君は僕なんだ。分かるんだよ。理屈じゃない。心で。だから、いい加減目覚めたらどうだい?』
もう一人の僕の言葉が言い終わると、暗い世界に光が差し込まれる。
その光は徐々にこの暗い世界を覆い、数秒と経たずに世界は光に包まれた。
僕はとっても馬鹿だった。
まさかもう一人の自分にここまで言わせてしまうなんてさ。
『いいんだよ。人は誰だって道に迷う。けど、君は大丈夫。頼る仲間がいる。前の僕とは違ってさ』
うん……色々迷惑をかけたね。もう一人の僕。
『別にいいさ。僕も女になった僕と話せてよかったし。じゃあ、さよならだ』
うん。絶対に幸せになってみせるから、僕の中で見ていて。
『あぁ。見ているよ』
もう一人の僕の声を最後に、僕はこの世界から消えた。
『いったか……頑張ってくれよ。女の僕。男の僕は失敗したけど、君なら幸せになれるさ』
その言葉を残して、彼もこの世界から消えたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~
パチっと目を開けると、そこは見慣れ始めてきたある部屋だった。
マスターが経営している酒場にある個室、僕が寝泊まりしているところだ。
確か、僕は洞窟でオークに襲われて、それから誰かに助けられた事は知っている。ただ、誰かはわからなかったけど。
身体のだるさもあまり感じない。腕の痛みも胸も痛くない。呼吸が楽になってる。
その事が信じられず、仰向けの体勢から上体を起こすと、扉が開かれる。
中に入って来たのはマスターとアルスさんだった。
「なっ!? ユウキ起きたのか!」
慌てた様に僕の寝てるベッドまで走り寄って来るアルスさんは、少し頬がこけていた。
その事実に、僕は申し訳なく思った。
マスターはブレハさんを呼ぶと言って部屋から一旦離れる。
部屋には僕とアルスさんだけ、どちらとも黙るが、意を決して僕は口を開く。
「アルスさん、心配をお掛けしました」
「ん、それは構わない。ユウキが目覚めてくれただけでな。身体の具合はどうだ?」
「大丈夫です。どこも痛くはないです」
「そうか……よかった。何か欲しいモノとかはないか? ユウキは一週間も寝込んでいたんだ。腹が空いていないか?」
一週間と言われて、僕は驚きで固まる。まさか、そんなに時間が経っているとは思わなかった。
「では、何か甘いモノとかはありますか?」
「あぁそれなら丁度良いのがある」
直ぐ横にある果物を手に取ると、アルスさんは腰に差している短剣で綺麗に一口サイズに切ってくれた。
「ほら、これはポミエと言う果物だ。甘くて身体に良い」
「ありがとうございます」
ポミエという赤い果物を口に入れると、口の中でリンゴの味が広がる。
そう、リンゴと全く同じの味だったのだ。
シャクシャクと音を鳴らしながら、僕は頬を弛ませる。
美味しい。
しばらくアルスさんに果物を切ってもらってそれを僕が食っていると、不意に僕はアルスさんに聞く。
「僕をオークから救ってくれた人って、誰か知ってますか?」
「む……それは、俺だが、救うのに遅れてしまった。すまない」
僕の質問にアルスさんはその場で頭を下げて謝ってきた。
いきなり謝れるとは思わなかった僕は慌てる。
「え? いやいやアルスさんが謝る事なんてぜっんぜんないですよ。寧ろ助けてくれた事にすごく感謝しています。ですから顔を上げて下さい」
「だが……」
「お願いします。僕はアルスさんに救われたのに、その恩人に頭を下げて欲しくないです」
「わかった」
渋々といった顔で頷くアルスさんに、僕は苦笑を零す。
「アルスさんは何も責任を感じる事はないんですよ。それに、僕はもう大丈夫ですよ?」
僕はアルスさんに安心して欲しくて、笑顔を作る。
嘘偽りない笑みを。
すると、アルスさんの目が大きく開くと、次の瞬間、今まで見た事もないくらい安心した笑みを見せる。
「本当みたいだな……安心した」
「はい!」
元気良く返事をすると、アルスさんが突然僕のベッドに顔を乗せる。
僕はビックリしたけど、数秒すると、寝息が聞こえだす。
そろ~とアルスさんの顔を横から覗き見ると、やはり寝ている。それも気持ち良さそうに。
なんだが、いつも凛々しい顔しか見ていないから新鮮な気持ち。
しばらくアルスさんの顔をジ~と見ていると、ドアから大きな音を響かせてマスターとブレハさんが倒れながら入ってくる。
「ちょっとマスター押さないでよ!」
「うるせい! 俺だってみてーんだよ」
二人がわーぎゃー叫んでるのが面白くて、僕はクスクスと笑ってしまう。
「二人とも盗み聞きは良くないですよ?」
ギクッと効果音が出て来そうなほどいいリアクションを見せる二人は、あははーと乾いた笑いをすると、二人して即座に謝った。
「すまないね」
「すまん」
「まぁいいです。マスターとブレハさんには心配を掛けましたし」
「そうだよ! あたいとマスターがどれだけアンタを心配したか」
「おうよ。ブレハが全く使いもんにならねぇし店の雰囲気も暗くなるしでやばかったからな。ユウキには、動けるようになったらいっぱい働いてもらうぜ」
二カッと笑うマスターに、僕は元気にはい! と答えると、わはははっと笑いながら部屋から出て行ってしまった。
「マスター嬉しくて笑ってごまかしたねぇ……」
「え? そうなんですか?」
「マスターは恥ずかしくなると笑ってごまかす事が多いんだよ。今みたいにねぇ。まぁそれはいいさね。隊長さん毎日この部屋来てアンタを心配していたんだよ。だからそのまま寝かしてやっておくれ」
「えぇ、僕は構いませんよ」
「ほうほう、で、ユウキは隊長さんの事、どう思ってんだい?」
ププっと笑いながら話すブレハさんに、僕は首を傾げる。
「えっと、とても良い方だと思いますよ?」
その答えがどこかおかしかったのか、今度はブレハさんが首を傾げる。
「え? それは隊長さんの事が好きって事でいいのかい?」
「アルスさんの事は好きですよ。お兄さんって感じで」
僕の言葉に、ブレハさんはアルスさんを一瞬だけだけど、とても哀れな眼差しをして見ていた。なんで?
「まぁ、仕方ないさね。あたいは隊長さんの為に毛布を持って来るよ」
それだけ言ってブレハさんも部屋から出て行ってしまい、部屋の中はアルスさんの規則正しい寝息だけが響く。
僕は天井を見ながら、思う。
「帰って……来たんだ」
僕の小さな声は、隊長さんの寝息で消されるのだった。
ブックマーク100突破! ありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いします。
次回から章が変わります。
ユウキの成長をお楽しみにしていて下さい。




