00;「プロローグ」
人生において重大な事とは生きる事、そんな言葉を僕はどこかのテレビで見た事がある。
だが、僕はそうは思えなかった。
人生は二つの道がある。
一つは成功を果たした者の道、もう一つは成功しなかった敗者の道。
僕は敗者の道を歩んでしまった。いったい何処で道を踏み間違えてしまったのだろうか? 僕は何も悪い事などしていない。親の言う事はちゃんと聞くし、授業もちゃんと聞き、それなりの成績を収めている。
クラスメートにも友好な関係を持っていた筈だった。
なのに……僕はイジメのターゲットになってしまった。
それはある時いつもと変わらない日常、普段と変わらない筈だった日常の一コマだ。
先生が中間テストの結果を黒板に張り、職員室に忘れ物をしたと言っていなくなると、クラスメートは我先にと黒板に張られたテストの結果を見ようと群がる。
その時、僕は一番後ろにいた為に、結果は気になるが後で見る事にしようと思い、鞄から本を取り出して読書に耽る。
「うそ……!?」
「うわ、国語の点数負けてんじゃん。明」
前の方から驚愕した声を上げているのは、クラスメートでは人気のある男女、驚きの声を上げたのは水橋 香織、小馬鹿にした様に明君に言うのは柳崎 駿である。
彼らの言葉に肩を竦ませているのはこの二人に言われている張本人、藍沢 明だ。彼はこの学校では有名な人で、成績優秀、運動神経抜群、文武両道の完璧超人なのだ。
彼は珍しく国語のテストで一問だけ間違えてしまったのだろう。誰か他の人が百点を取ってしまい、いつも藍沢の名前が一位に埋まっている筈が、今回だけは全てではなくなってしまったのだ。
「俺にだって失敗はあるさ。まぁ今回は結城君に一位の座を上げるよ」
いきなり自分の名前が出て来た事に、読書をしていた僕は肩をビクッ! とさせる。
え? まさか僕が一位になっちゃったの? そんなまさか……。
自分の成績を見ようと思った僕は、吸い寄せられるように黒板に足を運ばせると、周りにいたクラスメート達は僕が黒板を見える様に身体を退かしていく。
そして、僕の目に一位の結果が見えた。僕はその結果が素直に嬉しかった。今まで一番を取った事がなかった僕にとって、この事実は今まで頑張った自分に対する褒美だと、そう思えた。
しばらく僕は一位という結果に目が釘付けになっていた。だからだろう。横で憎悪の目で睨み付けていた明君に気付く事が出来なかったのは……。
その日は何事もなく学校が終わり、下校した。親は義理の親で、僕に関心がないから義親に報告する事などはしない。僕の義親は僕が小学二年生の春に引き取ってもらった人だ。本当の親は交通事故で既にこの世を去っている。
それでも、僕は義親の事を好きになろうと努力した。歩み寄ろうとした。けれど、義親は僕の本当の両親の財産が目当てだったのだ。自分で言うのもあれだけど、お父さんはお金持ちだった。お父さんは製品会社の社長で、うんうん唸りながら考えていたのを良く見ていたのを良く覚えている。
つまり、義親は金が目当てだった。僕を養いながらでも余裕でおつりが貰える両親の財産に飛びついたのだ。悲しい事に、この事に気付いたのは中学に入った頃だった。それまで僕は健気に義親の注意を引こうと成績を上げていたな。そんな事をしても愛してくれるはずがなかったのに。
結局、義親は僕に愛情を注いではくれなかった。愛してくれなかった。僕がどれだけ頑張っても、義親は振り向いてはくれなかった。
義親が愛しているのは義妹の愛奈だけ、僕はいない様に扱われている。まぁそれでも世間体の事も考えているから二十歳までは面倒を見てくれるらしいけど、二十歳になれば家に追い出されるんだろうな。
自室に静かに入った僕は、最近ハマっているケータイ小説を見る為に、ベッドにゴロンと寝ながらスマートフォンを手に電源を点ける。
因みにジャンルはファンタジーで主人公が事故で死んで異世界へと転生するお話だ。
この話はケータイ小説では最近流行っていて、色んな転生物語りがケータイ小説で投稿されている。
僕はその中で面白そうな小説を見つけては見ている。
この転生するお話は僕の願望を見ている様で、ついつい見てしまうんだ。ありえない話だけど、それでももしかしたら本当にあるのかも知れない。哀れな僕の願望だけどね……。
はぁ……気分が悪くなった僕はスマフォを机に置き、ベッドに寝転がって、疲れた体を癒すように目を閉じる。
明日も学校だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
カーテンの隙間から差し込む太陽の光が結城の顔を照らし、結城が顔を顰めて眠そうな顔をしながら起き上る。
「ふぁぁ……しまった。制服のまま寝ちゃったか」
目を擦りながら下を見下ろすと、学校の制服のまま寝ている事に気付き、溜息を吐く。
軽くストレッチして、ベッドから出ると、タイミング良く義妹も自室から出ていた。
「何見てんのよ。クズ」
蔑んだ目で僕を見て、吐き捨てる様に言う。
僕は何も言えず顔を下に向ける事しか出来ない。
そんな僕に妹、早稲は鼻で笑うとリビングへと歩いて行ってしまった。
はぁ……義妹に文句一つ言えない兄か。僕はこの家族で一番弱い立ち位置だし、もし文句何て言えば、僕に待っているのは地獄だ。
今は耐えるんだ。家ではこんなでも学校はまだ平和だしね。早く学校に行こう。
自室にあるカップめんを食べて、歯を磨いた僕は少し早めに学校に行くことにした。
制服の皺を伸ばした僕は、窮屈な空間である家を出る。
すると、空は雲一つない快晴だ。青色の空を見上げた僕は、イヤな事を忘れ、学校へと向かう道を歩く。
コンクリートで出来た地面を歩く僕の周りにはまだ人は少ない。ここの通り自体があまり人が通らないのもあるけど、やはりまだ早い時間だかたという理由もある。
家に出たのが7:30過ぎだったから、学校に着くのは7:50分過ぎかな? 学校は徒歩で20分弱だから、そこまで遠くはない。
あの家から出た事で、軽い足取りになった僕は、思ったよりも早くに学校の門に着き、門を潜って自分のクラスへと歩いていると、途中で遠くから男女の笑い声が聞こえたが、ま、こんな時間でも物好きな人ならいてもおかしくはないし、僕はその時はそこまで気にしていなかった。
校庭から下駄箱まで辿り着いた僕は、自分の名札がある下駄箱まで行くと、靴を脱いで片手で下駄箱を開けると、そこには信じられない光景が待っていた。
「なに……これ?」
僕の目の前には、腐った色んな食べ物が自分の上履きに乗っけられているという信じられない光景が映っていた。
一瞬何が起きているのかわからず、その場に数秒固まる。そして、僕はある一つの答えが頭に思い浮かぶ。
――――イジメだ。
何故僕がイジメを受けなくてはならないのか、少し前までの記憶を遡るが、わからない。この様な陰湿なイジメをする人など思い至らない。いったい誰がこんな酷い事を?
青くなった顔で僕は震える指先で恐る恐るといった風で上履きを手に持ち、近くの水道で洗い流し、それでも臭いは酷いが、ましになった上履きを履き、自分のクラスへと向かった。
クラスの中にはまだ誰もいなかったが、僕の机は黒ペンで落書きされていた。
死ね、キモい、頭良いアピールしてんじゃねぇよ。他にも色々な事が書かれていた。
「何で、どうして……僕がいったい何をしたって言うんだ……!?」
結城の口から漏れる悲鳴が、教室に響き渡る。
「そんな事もわからないのか? 結城君」
先程まで誰もいなかった教室に入って来たのは、完璧超人の男、藍沢 明だった。
「そんな事もわからないって?」
疑問で頭が一杯になりながらも僕は何とか藍沢君に問い返す。
「ふぅ……君は頭がいいのか悪いのかわからないね。あぁイヤ、君は僕に唯一とはいえ、国語で勝ったのだから馬鹿ではないか。で、理由だね。そんなモノ、少し考えればわかる事だよ? まぁでも、僕から教えてあげようじゃないか」
大仰に腕を広げて、僕を馬鹿にした様に嘲笑いながら、彼は言う。
「君は僕の頂点を奪った。それが理由さ」
「え? そんなことで……?」
「なに!? そんなことだと!? 思い上がるなよ、家畜以下の分際で! お前の家の事情は僕は知っているんだぞ? 親に何を期待されず、いないように扱われる哀れな哀れな結城君」
見下す様な冷笑で言う明君に、僕は何も言えず、黙って聞く事しか出来ない。僕が何も言えずにいると、明君は最後に僕の耳元でこういった。
「お前は死ぬべき人間だよ」
そう言って、彼は廊下に消えて行った。残ったのは落書きされた机と、イジメという恐怖で身体を震えさせている僕だけだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あれから僕のイジメは日に日に酷くなり、生傷も絶えなくなった。
家族に相談も出来ず、かと言って友達もいない。クラスメートや先生は僕がイジメを受けている事は知っている。だけど、クラスメートも先生も皆見て見ぬふりをしていて、誰かが助けてくれるなんて希望はなかった。
「おい結城~何寝てんだよ。起きろ」
昼休みに屋上に呼ばれた僕は、今、角刈り頭でがたいの良い男、秋雨君に胸倉を掴まれていた。
「おいおい殺すなよ秋雨。俺は事件にはしたくない」
「かかっ! よく言うぜ明。お前が今から行おうとしている事はその事件になる確率が高いと思うぞ?」
何が面白いのか。秋雨は下卑た笑い声を上げる。
「ふっ! まぁそれはいいとして……結城君。僕が今からいう事を実際にやってほしい事があるんだ。いいかい?」
ニタリとした笑みで僕を見据える明君に、僕は言い様のない不安が襲う。
「い、いったい何を?」
「なに、簡単な事さ。この屋上から飛び降りて欲しいんだよ。ね? お願いだよ」
爽やかに言っているが、明君が言っている事は無茶苦茶だ。
「そ、そんな事出来ないよ!」
「はぁ~……僕が言った事が出来ないのかい? 仕方ない。秋雨に手伝ってもらおう。おい秋雨」
顎で僕を指すと、秋雨君は嬉しそうにな顔で僕の身体を拘束すると、屋上から落ちない様に出来ているフェンスに僕を押し付ける。
「さぁ早く上って?」
後ろから明君の冷たい声が聞こえる。直ぐ横には秋雨君もいて、僕は逃げられない状況にいた。
(やばいやばい!?)
なんで僕がこんな理不尽な目に合わなくちゃいけないんだ? 僕が何をしたっていうんだ。なんで、なんで!?
頭の中でずっと、なんで!? と繰り返していると、横にいる秋雨君が焦れた様な声で言い放つ。
「おい! 早くフェンスに上れ。じゃねぇと痛い目に合うぜ?」
恐ろしい顔で言う彼に、僕は恐怖に逆らえず、そして、フェンスに足を乗せる。
すると秋雨君と明君が同時に口笛を吹く。
「ヒュー! いいねぇいいねぇ! さぁ後少しだよ。結城君?」
「はっはっ……ふぅふぅ」
フェンスの先に着いた僕は、真下の景色に鼓動が早くなり、息を荒くさせる。
こんなこと馬鹿げてる。
そう思うのに、僕は彼らの言う事を聞いてしまっている。
もしかしたらこの絶望した世界からいなくなりたいと思っているのかな。だって、この世界で僕の心配をしてくれる人は一人もいないんだよ? 家族も友達も……僕を必要と思ってくれる人はいない。それどころか僕を消そうと躍起になってさえいる。
はは……なんだか笑いが込み上げてくるよ。僕はなんで生まれたんだろう? どうして生まれたんだろう。
自問自答する僕に、明君はワクワクした顔で言った。
「ほら! 飛んでよ! さぁ!!」
明君の声が聞こえた時、僕はその声に驚き、その拍子に足がぐらつき、屋上から真っ逆さまに落ちていく。
あぁ……僕の人生は何てつまらなかったんだろう。