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とある人形師と人形の結末

作者: タクミンP

とある二つの曲を聞き、考え付きました。



 その少女は優秀だった。

 他者より優れた手先の器用さに、魔法使いとしての才。

 とりわけ彼女を魅了したのは、糸によって操り動く人形たちだった。

 最初は一体だった人形が、次は二体に、三体に増え――魔法の力まで借りた彼女の動かす人形は、両手の指の数よりも多くなっていく。

 しかし、彼女は不満だった。


 まるで、生きているようだ。


 各地を巡って人形劇を開く事を生業とし始めた彼女へと向けられる称賛の中で、その少女が最も嫌った言葉だ。


 バカを言え。

 命を持つ者が、こんな歪で半端な演技をするはずがないでしょう。


 彼女は優秀だが、完璧ではなかった。

 そして、優秀だからこそ感じる理想と現実に対する矛盾を常に感じていた。

 どれだけ努力を積み重ねようと、彼女の動かす人形たちの演技は「演技」止まりでしかなく、その上に到達する事はない。

 完璧を求める少女にとって、それは受け入れられないほどの苦痛だった。

 それでも、自らの技術に限界を感じた彼女は発想を転換させる。


 人形を「生きている」風に演技させられないのなら、「生きている」人形に演技をさせれば良いじゃない。


 少女の発想は世間の常識からは外れており、決して認められる事はなかった。


 目を覚ませ。

 生命への冒涜だ。

 現実を受け入れろ。

 どうせ出来やしない。


 周囲からの忠告や罵倒は、少女にとってただの雑音でしかなった。

 早々に世間と自分の関係に見切りを付けた彼女は、誰も訪れないような平原の中央に自分の住処と工房を建てて一人で暮らし始める事にした。

 掃除や洗濯、畑仕事や料理。人手の居る作業も、全て人形を操れば簡単に片付けられる。

 そうして、彼女は卵の殻に閉じこもるように外界を遮断し人形に命を与える研究へと没頭しだす。

 何年も、何年も――理想を現実とする為に、目指した夢を叶える為に。

 彼女は一人だった。今までも、これからも――

 他者より優秀であるという事は、時に周囲との隔絶を生んでしまう。

 彼女は孤独を受け入れた。だが、それは彼女自身が望んだ出来事ではなかった。







 薬品の香りと、木々と金属の匂い――そして、フラスコから流れる水泡の優しい音色。

 椅子に腰掛けた「ソレ」が目を開いた時、最初に視界へと入って来たのはそんな工房の景色だった。


「――おはよう、調子はどう?」


 前方で別の椅子に座り、その膝で分厚い本を開く女性から声が掛けられた。

 長い白髪に赤を主体とした長袖のローブを身まとう、顔に多くの皺が刻まれた老婆が蒼の双眸を細め柔和な笑顔を浮かべている。

 ぎこちない動作で、女性に向けてゆっくりと手が伸ばされる。

 首筋まで伸びた金の髪に、くりくりとした蒼の瞳、艶のある真っ白な肌――球体の間接に、笑みのまま固まった無機質な表情。


「初めまして。そして、お誕生日おめでとう」


 ある人形師によって、一つの人形に命が吹き込まれた。

 文字通りの意味で。嘘偽りなく。

 これは、そんな人形が始まりを迎えた物語。







 工房と一体化した二階建ての建物以外、その周囲は全て見渡す限りの草原ばかりが広がっていた。庭には大きな林檎の木が一本、家を守る屋根のように広く枝葉を伸ばしている。

 陸の孤島と言って過言ではないその一軒家で、老婆と人形の生活が始まった。


「ン、ショッ、ン、ショッ」


 清潔感のある白い長袖のシャツに、皺のない黒の長ズボン。シャツ胸元にあるポケットには、蒼のスカーフ。

 麦藁帽子と長靴を追加し、両手に鍬を持った少年型の人形がそんな恰好で庭の畑を耕す。

 少年が耕した場所へと、手の平ほどの大きさしかない小人の人形が袋に詰まった種を取り出し蒔いていく。

 部屋を掃除する人形、紅茶を注ぐ人形、薪を切る人形――

 この家は、その少年以外にも二十を超える大小様々な人形たちが動き回り家事や畑仕事などを忙しなくこなしていた。

 しかし、少年以外の人形たちは頭から目に見えないほどの細く薄い糸が伸び、家の中で脚部が曲線となったロッキングチェアを揺らす老婆の両手へと繋がっている。

 糸が繋がっていないのは、少年だけ。そう、彼以外の人形たちは全て老婆によって操られる事で動いているのだ。


「ン、ショッ、ン、ショッ」


 唯一操られていない少年が、両手を広げたほどの幅とその倍程度の長さしかない小さな畑を耕し続ける。


「そろそろご飯にしましょう」

「ウン」


 家の中からの呼び掛け声に反応し、少年は鍬を置いて家の中へと入る。

 人形なので、汗は掻かない。土汚れはあるが、他の人形たちが服を脱がせ塗れた布で全身を拭けばすぐに落ちてしまう。

 洗い立ての洋服で同じ恰好へと着替えた少年は、立ち上がった老婆の背後に付く。


「今日は、ジャガイモのスープにそら豆の煮物と白パンね」

「ウン」


 食事の不要である人形の少年を連れ、老婆は人形たちによって準備の完了したテーブルへと付いた。少年は対面に座り、老婆が食事をする風景をじっと眺めている。


「うん、今日も上出来ね。やっぱり、味付けは冒険しないのが一番だわ」

「ウン、トッテモオイシソウ」

「うふふっ」


 笑みのまま表情の動かない少年へと、老婆はニッコリと笑い掛けた。

 生まれたばかりである少年に、老婆は惜しみない教育を施した。言語、知識、礼儀作法――人形の作製と、それを操作する為の魔法。

 無垢な人形は注ぎ込まれる愛情と共に、与えられる情報を取り込み続けている。

 それは師弟のようであり、祖母と孫のようでもあった。


「こほっ、こほっ」

「ダイジョウブ?」


 食事の途中で小さく咳き込み始めた老婆へと、少年は小首を傾げて問い掛ける。


「えぇ、大丈夫よ。ちょっとスープが喉につっかえただけ――こほっ、こほっ」


 言いながら、老婆はもう一度だけ口元に手を当てて咳をする。


「ふふっ、貴方は優しい子ね」

「ヤサシイ?」

「貴方のような子の事を言うのよ」

「……ヤサシイ――ボクガ、ヤサシイ」


 笑う老婆の答えを反芻するように、少年は何度も同じ言葉を口にする。

 命だけを与えられた人形は、やはり人形のまま変わらない。料理を知り、包丁を扱えるようになっても、その「味」が理解出来ないように。

 しばらくそうした後、結局良くは解からなかったのだろう。老婆を見た少年は、先ほどと同じように小首を傾げるだけだった。







「「えいやっ」。騎士が剣を振ろうとしたその時、狼魔王と騎士の間に綺麗な少女が駆け込んで来ます――」


 勇猛な騎士、お供になった狐と栗鼠、恐ろしい狼魔王、魔王に捕らわれていたお姫様。

 少年を膝に乗せた老婆が操り、空中に浮く小さな人形たちが与えられた役そのままに演技をする。


「「おやめ下さい」。狼魔王にさらわれたお姫様が、なんとその狼魔王を庇っているではありませんか」


 少年は、ただ無言で人形劇の内容を見続けている。表情だけは笑顔のまま、しかし、そこにはなんの感情も示さずに。


「お姫様を助けに来たはずの騎士は、訳が解からず混乱してしまいました――剣を振り下ろそうとしたまま、動けなくなってしまいます」


 人形たちの動作はコミカルであり、実に生き生きとした演技だった。老婆の語りの上手さと脇を彩る楽器を抱えた人形たちの演奏もあり、一体の人形だけを観客とした小さな劇の完成度は非常に高い。


「――こうして、本当は臆病で恐がりな狼魔王を助ける為に退治したと嘘を吐いた騎士と姫様は、その秘密を一生喋ったりせず故郷の国で狐や栗鼠と一緒に平和に暮らしましたとさ――めでたしめでたし」


 締め括りに、人形全員が少年へと向けて芝居掛かった礼をする。左右で音楽を流していた人形たちも、ハッピーエンドで終わった演目に幕引きの音を奏で始めた。


「どうだったかしら?」

「よく、わからなかった――」


 少しだけ言葉が上手くなった少年は、視線を床へとうつむかせてポツリと呟く。

 少年は、老婆が自分に求めるものがなんなのかが理解出来なかった。

 こうして何度もやってくれる人形劇も、与えてくれる役目も、施してくれる教育も、何を意味しているのか解からない。


「そうね。少しずつで良いの――少しずつ、少しずつ、学んでいきましょう」

「うん」


 しかし、老婆は気にした様子もなく少年の頭に手を置くと、何時もと同じように優しく人形へと微笑み掛けた。


「ボクは、どうすればいいの?」

「何も――そう、何もしなくて良いのよ。あるがままを感じてくれれば、私は他に何も望まないわ」


 最近同じ事を問うようになった少年の言葉に、老婆はその細い金髪を梳きながら何時もと変わらぬ答えを返す。

 優しく、優しく撫でられながら、少年は顔を上げようとしない。


「――よく、わからない」


 少年は解からなかった。

 この老婆が何を望んでいるのか。自分にどうして欲しいのか。

 何も、何一つさえ理解出来なかった。

 繰り返される日常と、変わらない日々。

 ずっと続く、終わらない日々――

 少年は変わらない。解からないから。

 解からない事を、解からないままにしておけないという自分の中に生まれた小さなささくれさえ、彼はまだ気付けずにいた。







 月日は流れ、日々は回り、老婆はベッドに寝ている事が多くなった。

 絵本を読んでくれる事も、人形劇をしてくれる事も、食事を取る事さえ減っていく。

 少年の知らない「何か」が、老婆をこの場所から連れて行こうとしていた。


「ジャガイモのスープ、作ったよ。食べる?」


 ベッドの傍で椅子に座り、少年が老婆へと問い掛ける。


「いいえ……要らないわ」

「そう……」


 しかし、老婆は首すら振らず口だけで少年の申し出を断った。

 あれだけ働いていた人形たちは、もう全員が動かない。今、この家で動いているのはこの少年の人形だけだ。

 一体だけでは家事も掃除も全てをこなせず、老婆の生活に必要のない場所は段々と埃を被るようになっていた。

 老婆の使っていた人形たちを操る術を少年は習っていたが、何故かそうはしなかった。

 その理由を、少年は理解していない。


「私はもうすぐ、空よりも高い場所へ行くわ――」


 深い溜息と共に、老婆の言葉がこぼれ落ちる。


「あぁ、今なら解かる……何故、私が貴方を作ってしまったのか」


 弱々しく伸ばされた老婆の手が、少年の頬を優しく撫でた。何時ものように、変わらぬ愛情を込めて。

 生み出された時から笑みまま動かない、硬い堅い作られた皮膚を。


「貴方は、私の弱さだったのね……」


 少年の冷たい手が、自分を撫でる老婆の手と重なる。温もりを伝えてくれるはずの老婆の手は、少年に一欠けらの熱も与えてはくれなかった。


「良く、解からないよ」


 少年の答えは変わらない。

 小首を傾げ、老婆に正解を求めるように彼女を見つめ続ける。


「……ごめんね」


 老婆の教えは、少年には理解出来ないものばかりだった。

 今回もそうだ。何を謝っているのか、何を苦しんでいるのか、まるで解からない。

 老婆はそのまま目を閉じて眠ってしまう。

 力を失い、呼吸も忘れ、伸ばされていた手の平だけがベッドの外へと垂れ落ちた。

 少年は動かなかった。

 動かなくなった老婆の傍で、ただじっと椅子に座って彼女が目を覚ますのを待ち続ける。

 日が昇り、そして沈み――それが三度終わっても、老婆が起きる事はなかった。

 少年には、その理由が解からない。

 次に少年は、同じ部屋にあった分厚い書物を持って来て膝の上へと開く。

 それは、少年が目を覚ました時に老婆が持っていた魔道書だった。

 自分が目を覚ましたのと同じ方法で、老婆を目覚めさせようと思い立ったのだ。


「――、――」


 瞳を閉じて口が開き、詠唱が開始される。歌うように流れていく旋律が、光となって老婆を満たしていく。

 しかし、詠唱が終わり魔法が完成しても老婆は起きて来なかった。

 魔法が失敗したのかと思い、少年は再度詠唱を始める。光が消え、何も起こらず、また唱える。

 何度も、何度も、何度も、何度も――


「何、で……?」


 発光とその消滅を繰り返し、少年は変化のない老婆へ何時もの通り小首を傾げた。

 老婆は答えない。答えてくれない。

 ただ、眠った時の変わらぬ格好のまま、だらりと片手をベッドの外へと投げ出してピクリとすら動かない。


「何で……っ」


 少年の声に、生まれて始めて亀裂が入る。込み上げて来るものの正体を理解しないまま、少年は更に魔法を唱え続けた。


「――、――っ」


 口調は次第に早口になり、本を掴む手に力がこもり、どうしようもなく全身が振るえ出す。


「何で! 何で!」


 老婆は動かない。

 魔道書に記されているのは、「人形に命を与える魔法」だ。「人間に命を与える魔法」ではない。

 少年は、それを理解出来ない。


「ねぇっ! どうしたら良いの!?」


 遂に、少年は怒鳴り声を上げていた。

 シーツを掴み、老婆を何度も揺らして背後から迫り来るものの答えを求める。


「教えてよ! 何時もみたいに! ボクに教えてよ!」


 老婆は、少年になんでも与えた。知識も、魔法も、人形も――老婆から与えられないものなど、少年の中には何もなかった。

 初めてだった。老婆が与えてくれないのは。

 初めてだった。老婆が答えてくれないのは。


「イヤだ! 一人にしないで! ボクを、一人にしないでよっ!」


 溢れ出す衝動のままに、少年は叫ぶ。


「――、――っ!」


 少年は叫ぶ。魔道書を握り締め、力の限り叫び続ける。

 しかし、結果は何一つ変わらない。


「あ、あぁ……」


 唐突に、少年の行動が止まる。

 顔にはめ込まれた二つの瞳から、流れた雫がベッドへと落ちた。それを皮切りにして、滂沱となった水が少年の目から溢れ続ける。


「あぁ……あぁぁ……」


 少年は、ようやく理解していた。

 自分に訪れたものの正体に。老婆が与え続けてくれた、あの愛情の先にあるものに。


「そうか――これが、「涙」なんだね――っ」


 少年の身体から、温もりが始まる。老婆が教え、そして少年が理解した暖かな温もりが。


「あ、あぁ……っ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 赤子が産声を上げるように、少年は永遠に眠ってしまった老婆に縋り泣き続けた。

 泣いて、泣いて、泣き叫び、それでも耐えられず止まらぬ嗚咽を漏らす。

 チクタク、チクタクと、少年の中で回り続けていた歯車の音が変わる。トクンッ、トクンッと、熱と輝きを伴った優しい音色に。

 自分で考え、自分で動き、自分で思う。命と「心」を持つ、完璧な人の形を手に入れて。

 それを望んでいた老婆は、もう居ない。

 こうして、人形師によって生み出された一体の人形は喪失の中で完成を果たす。

 それはそれは、優しく甘く――そして、残酷に過ぎる結末だった。







「――こうして、人間の「死」を知った人形は涙を流しながら人の心を手に入れたのです」


 首筋まで伸びた金の髪に、蒼の瞳。

 清潔感のある白い長袖のシャツに、皺のない黒の長ズボン。シャツ胸元にあるポケットには、蒼のスカーフ。

 話に登場した人形の少年をそのまま大きくしたような青年が、そこまでの語りで読んでいた本を閉じる。


「はい、今日はここまで」

「えー!?」

「続き、続き聞かせてよぉっ!」


 青年が椅子に腰掛ける比較的広い木造のリビングで、床に座って話を聞いていた六人ほどの子供たちが口々に不満を唱え始めた。


「もうすぐ、シスターが帰って来る時間だからね。続きは、次の朗読会までお預けだよ」


 傍の机に置かれた楕円形の時計を眺めた後、青年は子供たちに優しい表情で笑い掛ける。


「ぶーぶー!」

「あたし、もうここに住む! だから続きー!」

「困ったなぁ」


 しかし、子供たちはそんな理屈を納得しない。ズボンを引っ張り始めた子供たちにされるがままになりながら、青年は本当に困った様子で眉根を下げた。


「こらぁっ! 先生さんを困らせてんじゃないよ! そんなんじゃ、次からは連れて来てあげないよ!」

「げっ、シスターだ」

「シスター!」


 癖のあるツンツンと上に跳ねた赤い頭髪にそばかすを頬に付けた細身の女性が、部屋の出入り口である扉を豪快に開けて大声を上げる。

 肌を隠す修道服を着込み、片方の腕には中身の詰まった巨大な買い物袋を抱えていた。


「外で待ってな。私は、先生さんに話があるから」

「チューするの?」

「する訳ないだろ! 良いから外に行ってな、このマセガキども!」

「にひひっ」

「はーい」


 ケタケタと笑いながら、少年少女たちはシスターの入って来た扉を抜けて家の外へと退散していく。


「済まないね。月に一度の買出しで中央区へ来る度に、あのガキどもを任せちまって」

「いえ。あの子たちの反応は、読者から受け取る手紙かそれ以上の価値がありますから」

「そう言ってくれると助かるよ、童話作家先生」


 聖職者とは思えない喋り方をするシスターは、気安い笑みを浮かべて感謝を示す。

 この町では、それなりに名の売れた作家。それが彼の肩書きだ。

 主に童話を中心に出版し、その人気は時には隣町や遠方から商人が買い付けに来るほど。

 青年が子供たちに語っていた物語は、彼が発行した書籍の内の一冊だった。


「ガキどもは、先生さんの朗読会が病み付きみたいだよ。この前大掃除をした時なんかも、「サボったら連れて行かないよ」なんて言ってやったら皆何時も以上に張り切ってくれてねぇ」

「光栄です」


 豪快に笑うシスターと一緒に、青年は柔和な笑みを浮かべている。


「教会までご一緒しましょう。荷物、半分持ちますよ」

「えっ!? い、良いよ。ガキどもの世話をさせた挙句そんな事までされちゃ、神様に怒られちまう」

「ボクがそうしたいと思ったんですよ。神様も、きっと理解してくれます」

「う、うぅ……」


 整った顔立ちの青年から笑顔で提案され、シスターは顔を赤らめながら視線を逸らす。

 強気で芯の通った肝っ玉シスターも、青年のような甘いマスクには弱いらしい。


「そ、それじゃあ半分だけ……お願いするよ」

「はい、お願いされました」


 最後は尻すぼみになったシスターからのお願いに青年が頷き、降ろされた買い物袋からきっちり半分になるよう荷物を分ける。


「――行って来ます、「お母さん」」


 シスターが出た後、青年は奥の部屋へと挨拶をして玄関の扉を閉めた。

 一人暮らしをしている青年以外、この家に住んでいる者は居ない。

 執筆部屋となっている奥の部屋には、年季の入った机の上に一つの写真立てが置かれていた。

 長い白髪に赤を主体とした長袖のローブを身まとう、顔に多くの皺が刻まれた老婆の写った一枚の写真。

 どこかの工房を思わせる場所で椅子に座った彼女が抱えているのは、金髪に蒼目をした少年型の人形だった。

 老婆も、人形も、口の端を持ち上げニッコリとこちらへと笑い掛けている。


 これは、一人の人形師の作り上げた人形が完成へと至った、そんな小さく優しい物語――


どうか、我が「子」の未来に幸福がありますように。


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